長野県境<前編>

不定期連載 山道をゆく 第163話
2004夏特別企画 長野県境
04/08/22〜 飯縄山(日本二百名山、信州百名山、庵選千名山296)、
苗場山(日本百名山、信州百名山、庵選千名山297)、
岩菅山(日本二百名山、信州百名山、庵選千名山298)、
鑓ヶ岳(白馬三山、庵選千名山299)、杓子岳(白馬三山、庵選千名山300)、
丸山(庵選千名山301)、
白馬岳(日本百名山、信州百名山、白馬三山、庵選千名山(既出))、
小蓮華岳(庵選千名山302)、乗鞍岳(庵選千名山303)
(includes 不定期連載 グルメ街道をゆく 白馬 インディモモ(カレー))
【長野県境】

8/21(土)
庵庵…鴨居〜東神奈川〜横浜…YCAT=都庁前駐車場=談合坂SA=

8/22(日)
=白馬八方アルピコバスターミナル−県道33号−県道31号
−白馬長野道路−R19−北長野−浅川ループライン−大座法師池
−飯綱登山口…飯縄神社…飯縄山(1917m)…飯縄神社…登山口
−浅川ループライン−裾花峡温泉−善光寺・縄文おやき本店散策
−北長野−江戸沢−北長野

8/23(月)
北長野−R18−R117−R405−小赤沢三合目…苗場山頂ヒュッテ
…苗場山(2145m)…小赤沢三合目−楽養館−R405−カヤノ平−R403−R18
−北長野−鯨屋−北長野

8/24(火)
北長野−R18−R403−R292−県道471号−聖平登山口
…小三郎小屋跡…荒板沢…ノッキリ…岩菅山(2295m)…ノッキリ…荒板沢
…登山口−県道471号−R292−渋温泉駐車場−月見の湯 山一屋
−R403−R18−ジャスコ−北長野

8/25(水)
北長野−R19−白馬長野道路−県道31号−県道33号
−八方アルピコターミナル=猿倉…小日向のコル…白馬鑓温泉小屋
…大出原…鑓ヶ岳(2903m)…杓子岳(2812m)…丸山(2768m)
…村営頂上宿舎天場

8/26(木)
天場…白馬山荘…白馬岳(2932m)…三国境…小蓮華山(2769m)
…白馬大池山荘…乗鞍岳(2437m)…天狗原…栂池ヒュッテ…栂の森
≡栂池高原=白馬駅−白馬ロイヤルホテル−インディモモ−白馬
〜八王子〜鴨居…庵庵

〜:電車、−:車、=:バス、…:歩き・走り、≡:ゴンドラ

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
【前編:重い腰】
千の風になろう。
不帰の嶮を恐れているのか。予期せぬ事故を恐れているのか。然し、万が一の事が起きても、其の時は其の時で千の風になれば良い。きっと日本中を吹き捲ることが可能だろう。千の名山登頂の夢は潰えたとしても、千の風にはなれるだろう。
体腸がまた芳しくない。久々の縦走に対し緊張を強いられているかのようである。ただの遊びではない。アテネは多くの日本人選手が努力を実らせている。皆、腸も頗る強いのであろう。生まれ変わったら腸の強い人間になりたい。ガッツとは庵の場合、腸を差すのだろう。幾多の縦走前のように、今回も鴨居駅前は松屋に寄る。今回もバスの時刻を調べたが、結局駅まで歩くのが早かろうとの結論に達した。4年前の初縦走時は、バスに乗る寸前で余りの過重に慌てて靴紐を切ってしまう惨事を引き起こしてしまったのが懐かしい。重荷に少しでも早く体を慣らそう。そして、松屋では何故か今迄は極度の緊張ゆえ其のボタンを押すことすら脳裏を過ぎらなかった瓶ビールの其れを確り押していた。以前の食卓と比べて異なるのはビールだけではない。肉が牛から豚に摩り替わっているのだ。貿易摩擦解消のためにも、早く安い牛肉の再来を望みたい。以前なら是が豚めしの最期と言った悲愴感が、食卓にビールが上ることにより簡単に粉砕されていた。ただ、どうしても植物性蛋白質補充が気に係り、納豆をもサイドオーダーしてしまった次第である。
納豆とビールを胃に溜めて思い残すことはなくなりJRの改札へと向かう。2月頃から8月上旬まで粗毎週歯科に通い、口内構造改革を完遂、歯石をごっそり取って貰って歯間がすっきりし過ぎてしまい、食事毎に隙間に食べ物が挟まって気持ち悪い思いから毎食後の歯磨きが習慣化し、生命力が数ポイントアップしていた。虫歯で歯を失えば人間以外の動物では死を意味することだろう、とは既に使ってしまった台詞かも知れぬ。横浜線と京浜東北線に揺られ、横浜駅に到着。山へ行くのにYCATとは。だが、横浜から白馬方面まで4700円とは安い。高速代がタダになったら鉄道業界は料金面で更に打撃を受けることだろう。バスより排出エネルギーのクリーンな輸送手段を国としてもう少し保護すべきだと思うのは行き過ぎだろうか。バスは果たして横4列席でしかもアルピコ車両でない。どうせ新宿で乗り換えるのだ。YCATから新宿西口方面へ向かうのに、首都高を使うとの予想を軽く裏切り、バスは浅間下の交差点を三ツ沢方面へ直進した。サッカーの試合後であろうか、歩道は横浜駅方面へ戻る観客の人の波だ。アテネの裏番組とは言え、可也の賑わいと感じた。アテネと言う特別も大切だが、其れ以上に日々是決戦との彼等の意思が新横浜通りを通して伝わってくる。そして玉川料金所を過ぎたバスは瀬田へは向かわず、環8を南下した。目黒通りや環7などを駆使し、土曜夜の、軒並み工事中の悪路を掻い潜りながら、何とか22時には新宿西口の都庁前駐車場に到着した。
一旦受付をしろと言うのだが、どう見ても庵バスは其のまま白馬を目指すと思われた。其の通りだった。都庁前駐車場には十車十様のバス会社の車両が居並ぶものの、アルピコ車両は殆どなかった。松本電鉄の首都圏進出ドル箱路線なのだろうか。夜行ながらも4列シートであれば参戦条件は容易く、アルピコの甘い汁を吸わんと幾多の観光バス会社が委託を狙っているのではなかろうか。因みに八方ターミナルで見掛けた大阪発の白馬便は神姫バスであった。バスは新宿を発てど、中々高速に乗らない。乗らずとも新宿からの夜行便は途中で時間調整が必要らしいし、また、当然料金の節約の意味もあろう。中央道は調布から乗るものだった。談合坂では雨滴を感じた様に思う。此処の雨が今後の行程にどれだけ影響を及ぼすのか。そしてバスは気付かぬうちに勝沼で高速を降り、只管甲州街道を西走していた。諏訪のおぎのやにて第2回目の休憩タイムである。然し、諏訪でおぎのやとは罷りならぬ。おぎのやと言えば峠の釜飯、群馬は横川以外に存在してなるものか。社長はダイビング中に命を落としてしまったようだが、誰が後を継いだのだろうか。おぎのやで下車せぬまま、また気を失っているうちに穂高まで辿り着く。扇沢、五竜、白馬駅前で次々とハイカーを落とし、定刻より25分も早く八方アルピコバスターミナルに到着した。セリヌンティウスは直脇の空き地に車を停めて待っていた。
さて、天候が怪しい。此処から急いで八方ゴンドラ乗り場に向かう気が一向におきない。どうするか。今回は不帰の嶮越えの危険を懸念して白馬鑓経由で天狗程度に至って勘弁してやるべきか。ううむ。そう思っては、自販機にて猿倉行きのバス券を購入した。一旦車に戻り、荷物整理をしてまたターミナルへ戻る。そんな中、猿倉行きのバスが来てしまった。一足先にターミナルに戻ったメロスはセリヌンティウスを急かす。然し、空しくバスは過ぎ去って行く。一足遅かったセリヌンティウスとまたスケジュール談義を交わし、今日は鑓すら大変だろうと思い、予てから氏に、此処と此処の名山は未登頂であると送ったリストの中からの選別故か、飯縄程度で勘弁すべきではなかろうとの結論に達し、早速バス券を窓口にて払い戻す。勇気ある撤退だ。車に戻り、移動である。何故メロスは、八方ターミナルまで来たのか。致し方あるまい。セリヌンティウス号はおやきで有名な小川村を越え、勿体無いので普段は利用しないと言いながらも話し込んで交差点に気付かず迂闊に直進してしまって回避し損ねた白馬長野道路で料金を払わされながら、長野市へ至った。セリヌンティウス邸で荷物を再整理し、浅川ループラインを目指す。朝から営業している酒屋がない。山頂ビールはお預けなのか。悩むも既に車は幾つかのループを越えてしまっていた。地図を遣れば大座法師池に付近にコンビニがあるようだ。其の隣の店は酒屋であった。コンビニに結局酒は置いておらず、隣の酒屋で飲み物を調達、準備万端だ。山岳地図には特に駐車場の存在も示されず、また、実際の登山口付近にも、一ノ鳥居まで行かねばトイレも駐車場もないとのお触れが示されていた。構わず登山口から未だ山を目指す車道を北へ向かった。案の定、其れらしき空き地に数台の先客車両と、準備体操中の老々男女の群れが存在した。飯縄山如きで準備体操するなよ〜、と思ったが、もしかするとあれは飯縄山下山後の整理体操、或いは戸隠を攻めた後の中間体操かも知れないので侮ることは出来ない。鬱蒼としたコメツガ林を約1時間登る。偽山頂、開けている。天狗の飯が由来のこの山は、ジモティに親しまれ、日曜日と言うこともあり、快晴には程遠い天候なれども老々男女に留まらず、小学生の遠足部隊まで繰り出している。
タテヤマウツボグサ、ツリガネニンジン、ウメバチソウ、マツムシソウ、ハクサンフウロ、ヤナギラン、イブキトリカブトなど、絢爛な風景である。悪くはない。ヤナギランやマツムシソウを見てしまうと、やや、夏ももう終わりに向かっているような黄昏時を感じてしまう。もう少し早く来るべきだったか。後立山連峰縦走はどうなったのか。天気予報を鑑みれば遜色の小さい天候に苦笑いをするしかない。秋風は吹く。
下山しては時間を持て余し、セリヌンティウスのプチ長野市街地観光案内であった。其の前に温泉だ。県庁局舎から左程離れていないにも拘らず、峡谷が存在した。露天風呂が山肌に対峙する裾花峡温泉。市街地からどこでもドアを抜けた錯覚に陥りながら心地良い汗を流す。鉄分豊富で湯が茶色い。湯上りのビールと共に、キャンペーン中で100円と安上がりなソフトクリームをつい掴んでしまう。やや、100円にしては巻きの段数が多くはないか。ほくそ笑みながら、本来であれば今頃唐松頂上小屋近辺で風雨に喘いでいることなど想像の蚊帳の外であった。そう、アルカリ性の温泉を飲めるとのことで食堂に声を掛けると出てきた出てきた、とてもしょっぱい温泉水が。是はアルカリシオン水と呼ぶべきだろうか。
街中に戻り、善光寺を巡る。花より団子、寺よりおやき。何処のおやきが安いだろうか、小雨のぱらつく中、参拝など二の次が如く境内を徘徊していた。幼少の頃から博物館恐怖症に罹り、暫し史実に目を伏せて来ている自分が居た。今風情があれば其れで良いと思い続けていた。何故風情があるのか考えると、国内旅行業務取扱主任としてのキャリアを上げられるのだろう。散策後は小川の庄 縄文おやきの販売所を訪ね、山頂での山盛りジンギスカンで満胃を懸念して店内消費を敬遠し、2個程テイクアウトとした。次回以降の携行時に1割引にしてくれると言うおやき村住民票を登録し、来るべきおやき戦国時代に路頭に迷う懸念を払拭した。セリヌンティウスにも無料だからと住民登録を勧める。店のスタッフによれば、次回からお安くする、とのことだが、次回の定義とは如何なるものか、一旦店外に出てすぐ戻って来ても次回として取り扱われるのだろうかと五月蝿い割には何も買わないセリヌンティウスであった。因みに住民票は「孫子の代まで有効」とのことである。是で何時おやき戦国時代が訪れても、向こう100年くらいは安泰だ。
セリヌンティウス宅に戻り、オリンピックを見ながら、明日は何処を登ろうかと思案するも天候が未だ未だ覚束ない。オリンピックが気になって仕方がない。明日は面倒だ日帰りだ、其れよりオリンピックではないか。晩飯は、氏の東京都内在住時も両国と言う近隣のため何度か訪れたちゃんこ鍋の江戸沢が、何と長野にもあるとのことで暖簾を潜る。確か、長野に縦走に来たのではなかっただろうか。氏と江戸沢でちゃんこ鍋をつついていると、未だ日常から抜け切れていない自分に気付く。
未だ日常から抜け切れない中、早起きして何となしに定めた苗場山を目指す。長野に移住してから、インターネットサーフィン中に県境行脚に目覚めた模様である。長野の県境は果てしなく長い。日本百名山巡りも楽しいが、県境山頂行脚も渋過ぎて心地良かろう。其の苗場も、東側からの登山コースはやや長めで日帰りを決め込むには若干の勇気が必要ではあったが、折角の長野側からの攻めが敢行出来る機運から、我々は秋川郷からの最軟弱コースを目指す。学生時代、バス便で野沢方面にスキーに赴いた時は飯山線の立ヶ花駅前を折れて信濃川を渡った記憶が未だに鮮明なのだが、どうもオリンピック絡みで道路が整備されてしまい、あの記憶を蘇らせる目線を置くことが終ぞや出来ず、残念であった。コンビニに寄り忘れて暫しR117を走らすも、漸く見つけたヤマザキデイリーストアには文字通り山崎パン以外を見つけることが出来なかった。握り飯の一つもないのか、、、交通量は少なくはない。観光地を示す看板も少なくはない。然しコンビニはない。非コンビニ文明の逆襲だ。今日は我慢しよう。だが、風呂上りのビールと言う縄文時代から守り続けた日本人の文化がこの地に未だ芽生えていなかったらどうしようと早速悩む。天候不順だ。何とか晴れ渡ってくれないだろうか。本当に俺は縦走しに来たのだろうか。
津南から国道とは言え細いR405を南下する。道が細い割りに路線バスと2台も擦れ違い、山道で思いがけず雷鳥に遭遇したような束の間の幸運感に浸る。温泉地帯故に、下山後は何処に寄ろうかと悩みながら、細い道を進む。楽養館の看板を見つけて林道に逸れ、数分程走らせると小赤沢のだだっ広い駐車場に到着した。小奇麗なトイレがぽつねんと佇む。推定100台くらいは収まりそうなスペースには、夏後半の月曜日に我々の車以外に何も見当たらない。空は雨模様、今にも泣き出しそうだが短時間で終わらせようと意気込みながら三合目を発つ。
元々泥濘の多い区間なのか、昨今の雨の影響か、滑り易さは否めなかった。少々進むと、恐らく麓の宿から歩き詰めの中年夫婦に追い付く。ぐずつきそうな天候に歩も気も進まない旦那に対し、我々も行くのだから行って見ましょうよと旦那のケツを叩く奥方である。遥遥苗場まで来て見たくはなかった光景であった。其れも今日見た最初で最後の我々以外のハイカーであった。ヒメシャジンやミヤマトリカブト等が残夏を惜しんでいた。
空が遂に泣き出した。山頂一帯の湿原の頃合いは、、、僅かにミヤマアキノキリンソウやオヤマリンドウ等、矢張り此処の夏ももう終わりの様相であった。花さえあれば湿原に雨は良く似合う、の台詞を吐けたのであろうが、花の名山にはまた機を改めて赴く必要性を感じた。山頂ヒュッテは予約の有無で料金が異なっているところが面白い。当然予約している方が少し割引になっている。山小屋は予約が不要な宿と思っているハイカーは五万と居るかと思うが、予約が不要だろうが此方が泊まることを伝えるのは社会人として常識だと思うのだが如何なものだろうか。山なのだから様々な不可抗力によって其の小屋への到達が難しい場合も当然ある。ならば断りの連絡をする。其れも当然だと思うが出来ていない人が多いらしい。混雑状況を確認したり、小屋を守る人の機微に予め触れておくのは山小屋泊行脚の準備段階第一歩ではないかと思う。所で山小屋も最近は偽麦茶も用意しているようで、同じ量で150円も安いとなるとつい掴んでしまう。この天候ではハイカーの到来も見込めないから僅かとは言え我々はヒュッテの収益に貢献したと自負しているのだが、ヒュッテのスタッフは無愛想であった。どうせお前等日帰りだろう、とでも思っているのだろうか。残念なことである。
さて、すっかり湿った木道を少々散策する。苗場の山頂を彷彿とさせる写真に多く見受けられる池塘を今、目の当たりにしているのだが、オヤマリンドウ他僅かな種類の花しか見当たらず、残念至極である。お盆の時期に来れていたらどうだったろう。何時までも夏は待っていてはくれなかった。ゴロゴロと空が鳴り出したような気がした。先程の夫婦は雷と勘違いし、一目散に下山を開始していた。今日の雲に雷は有り得ない。然し、花寂しき池塘群は我々に感動を呼び起こすことはなく、興味を惹きつけ続けることは困難であった。
また、やや泥濘の道を下って行く。そして先程の夫婦と出くわす。さっさと追い越して三合目に到着。当然ながら誰も居ない。セリヌンティウス号以外に車はない。何か消化不良なまま、小赤沢の駐車場を去る。何となしに厳しさに誘われ、風呂は至近の楽養館に決める。豪雪地帯のためか残念ながら露天はないものの、鉄分豊富な赤茶けた湯が何とも言えない。昨日の裾花峡も鉄分が豊富だったが、当然此方も負けては居ない。寝湯や打たせ湯スペースさえある。更に、この寂れ具合から想像もつかないジェット風呂さえも。温い。おお、温い。風呂上りには早速食堂に赴き、間違いなく生麦茶を所望する。お通しとして登場した地場の茄子の漬物がとても香ばしく、我々の今迄の行いの正しさが証明された気分である。山葵の葉を出汁に入れて楽しむ地場の蕎麦を嗜んでいるうちに小赤沢地区の天候は回復の兆しを見せ始めていた。窓を開放した食堂には20cm程の巨大オニヤンマが飛び交っている。其の大きさに、地獄のオニヤンマ、或いはゾーマオニヤンマ、ハタマタ、ボブ・オニヤンマと形容するのが相応しかろうと感じる。所で昨今、めっきり格闘技界に話題のないボブ・サップだが、お元気ですか。嗚呼、此処に住んでみたい、長閑な楽養館の昼下がりであった。
帰路は往路を戻るのは腑に落ちないと、地図を隈なく探せば未だ南下してから志賀方面へ抜けられる道があろうと模索する。途中、威圧感猛々しい、折り紙の兜の形容が相応しい堂々とした鳥甲山に魅了される。近い将来に是も征服しないといけない。R117は偉い長かったと思ったが、此方のルートも尋常ではなかった。志賀高原にはスキーにさえ赴いた経験がなかったアントニオは、どれもこれも新鮮に映った。
北長野に戻り、またオリンピック観戦に明け暮れる。今年は審判が成長したため、明らかな誤審に悩まされることなく威風堂々のタイトル奪取が実現した日本人選手も多く、一介の柔道経験者としては自分のように嬉しい日々が続いていた。縦走が目的だったとは言え、斯くして世評を鑑みては天気予報を睨み、日を追う毎に徐々に高度を上げて行くのが、登山の道としての王道ではないかと自負している。そして今宵は玄米や鯨が食えると言う、文字通りの鯨屋と言う小洒落た飲み屋に赴く。今迄見たことも喰ったこともない鯨のタンは濃厚な珍味であった。もっとも一切れ200円くらいするブルジョワの味ではあったが、面白いものを食べさせて貰った。
今日も何となしに決まった岩菅山に赴く。このような機会でないと中々赴くこともままならないであろう。ただ、地図がない。弱い。弱過ぎる。横浜と長野の山岳巨匠の2人が揃って地図を持たぬとは。ただ、力量から可能な範囲の無理とそうでない無理は弁えている。岩菅山の難易度は左程高くはない。見慣れぬ志賀のゲレンデの脇を快走し、登山道を探す。中々見付からない。岩菅山なぞ誰も登らないのだろうか。焼額山スキー場まで行っては引き返し、ゆっくりゆっくり登山口らしき地点を探る。先程通り越した、トイレも何もない、出来れば此処から出発するのは内心避けたいと思った箇所に、立派な岩菅山登山口木碑が異彩を放っていた。ヨツバヒヨドリにアオスジアゲハが戯れている。何だ。登れと言っているのか。うむ。解った。やってやろう。
鬱蒼とした樹林帯が小三郎小屋跡まで続いたが、其の後は暫く平坦で、上条用水路を眺めながら歩く。荒板沢での水浴び後、登山道は傾斜を増して行く。4本のコメツガ巨木を跨いで暫く進んで振り返ると焼額山の視線が眩しい。喘ぎ喘ぐとノッキリで、東館山ゴンドラ山頂駅からのルートと合流する。確かに山頂駅からのルートは此処までの標高差が殆どないが距離が長いため所要時間は甲乙付け難い。なのに何故ゴンドラに乗るの?と思ってしまう。此処からはガイドブック等に良く見る岩菅山の上半身全貌が浮かび上がる。好天だ。後標高差で200m少々。やってやろうではないか。急登とは言え、妙高、火打、高妻山辺りに見守られて満更でもない気分だった。

やがて山頂に到着。焼額を見下ろせば秋風靡く。ハクサンイチゲ、アキノキリンソウ、コバキボウシ等が残夏を惜しむ。苗場、鳥甲、浅間、四阿に横手山も余裕の一望である。好天ながら火曜日の志賀地方に岩菅山を共有する者は皆無であった。山頂直下のトイレが臭いの問題で物議を醸し出しているようだが、近付かなければ何ともない。触らぬ廃に祟りなし。岩菅山、ノンビリと心地良い秋のひと時を楽しむには申し分なかった。
帰路の途で数名のハイカー、否、装備振りからは観光客としか見えないのだが、と擦れ違った。観光客が登り始める時間帯か。午前中の雲の少ない時間帯を楽しむ術なんて、万民に与えられていると思うのだが、嗚呼、勿体無い。
今日の温泉としては、湯田中渋温泉界隈を模索しようと決定した。一時は地獄谷で猿と戯れることも考えたが、駐車場から温泉までの歩行距離の問題で、山の汗を拭う目的には少々お門違いと思い、パスさせて貰った。意を決して観光案内所で露天のありそうな温泉宿を聴き出す。電話すると、ガイドブックに外湯の表示がありながらも受け付けていないなどと言う客を馬鹿にした商売も目立つ。温泉巡り者向けの駐車場を勧められた途端、滝のようなにわか雨に祟られた。1時間、山行きが遅かったらと思うとぞっとした。数m先の車に戻るまでにびしょ濡れなのに。駐車場でまた御用聞きをし、念のため電話をしたらとのお告げ故、数軒に掛けてみる。2,3軒目で快い返事が返って来た。しかも駐車場もあるとのことで、態々市営?の駐車場で問合せさせて貰った挙句、駐車場があるなら此処のはいいわよ、との気風の良い対応に、断られた温泉への不快感を払拭させて貰った。その快い返事を貰った山一屋だが、何処が駐車場かと尋ねれば、どう見ても自宅の庭のような箇所を勧められて恐縮してしまう。看板娘のお婆ちゃんはまたまた気風良く、昼は未だ入る人が居ないから、少し広い女湯を使ってくれとのことである。此処まで来ると何処までが本音か疑問符がちらついたが、悪い気はしない。内湯は劇熱で露天も思ったより狭く、恐らく宿泊者向けには別の広い空間を用意しているに違いないとは思いながら、渋温泉の外湯は斯くの如きかと湯船で落胆する。宿泊客が優先なら仕方ないか。だが、界隈は温泉激戦区故、急増する日帰り客の確保に一層の努力が求められている。さもなくば、、、
にわか雨に降られながら、長野市方面への帰途に就く。今宵は宅で鍋でもするか、とのことでおでんの具や出汁を片っ端から買い漁った。明日朝にでもとの思いで冷凍のおやきにまで手を染める。嗚呼、鯖も安いと思って掴んでしまう。長野のジャスコは鴨居界隈のスーパーより品揃えが豊富なところに歯痒さを覚えずには居られないアントニオであった。昨日及び一昨日の外食より雲泥の差で低料金で抑えながらも食い切れない量を掴んで来てしまったのが悔やまれる。鯖、何で買ってきてしまったのだろう、と思う程、既に腹は表面張力の限界に達していた。明日くらいはそろそろ本番とするか、白馬天場で一夜を明かす積りで支度を整えながら、今日も長野市内で平穏な一夜を明かした。

(続く)