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老若男女

不定期連載 山道をゆく 第151話
04/01/18 愛宕山
04/01/18 愛宕山(日本三百名山、庵選千名山264)
【老若男女】

1/18(日)
三井ガーデンホテル四条…四条大宮=清滝…月輪寺入口…八大龍王
…月輪寺入口…月輪寺…愛宕大神…水尾の別れ…清滝=嵐山…渡月橋
…阪急嵐山〜桂≡仁左衛門の湯・さぬきや≡桂〜河原町…スタンド
…高島屋…富田豊三郎商店−京都〜新横浜≡庵庵

=:バス、〜:電車、…:歩き、≡:車、−:タクシー

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
昨日のうちにバス停やコンビニの位置を確認して準備に抜かりなかった。6時からの営業の朝風呂を目指す輩も多く、また食堂も朝食開始時刻7時過ぎには可也の賑わいであった。時間を有効に使いたい旅人が多いのだろう。おばんざいとはどんなものか、開けて見れば所謂お惣菜ではないか。取り立てて関東で食えない物でもない。ただ、7時過ぎの朝食客は若人が多く、バイキングテーブルでも和食コーナーは閑古鳥が鳴いていた。勿体無い。日本の朝飯には納豆が必要だ。
朝飯を食い終えて近所のコンビニで食料を調達する。交差点対面の24時間ストアの方が安い物が多くはなかろうか。コンビニでの買い込みは半分にして横断歩道を渡る。案の定、安い。500mlPETボトルの飲み物が95円である。
買出しを終え、バス停に向かう。京都バスは市バス程停車するバス停が多くないことに、ターミナル以外から乗車する人は注意する必要がある。市バスのバス停を数個うちやって四条大宮駅前に辿り着けば、此処にも矢張りお年寄りのザック担ぎが数名待ち構えていた。方角は一緒だろう。案の定、72系統バスにはザックを持った者全てが乗車した。京福電車の路面を幾度も越え、濃霧の覆う渡月橋を左に見遣る。ガイドブックでは嵐山まで電車、此処からバスに乗れ、との記述が多いが、午前8時台の嵐山バス停には年配ハイカーが仰山屯していたものの乗車する者は皆無であった。バスはやがて緩やかに坂を登っていく。清滝寸前にトンネルが1本、バスサイズぎりぎり1車線分の、言わば釜トンネル京都版が刳り貫かれていた。本場と異なり此方にはカーブがないものの、おぉ、勇気在るハイカーが2人程トンネル壁面にへばりついてバスを打ち遣っていた。トンネルの中に歩道なぞ存在しない。釜トンネルより遥かに交通量の多いこのトンネルを歩くには、勇気と体力が必要である。
四条河原町発の62系統バスと遠足バスも集中し、清滝バス停付近は殺人的なラッシュである。何時ものように囲むのは老々男女のみでは無いところに、何か異次元空間に突入したかの錯覚を覚えた。
さて、アントニオは表参道を避け、登山道へ進む。然し。ふざけた事に、この、乗用車1台分ぎりぎりくらいの林道に、舗装されているとは言え、ならず者ハイカーどもがタクシーに乗って攻めてくるのだ。其れも1台だけではない。其のうち1台がクラクションを鳴らすのには閉口した。山に対するテロだ、是は。貴様は本当に山を愛しているのか?このルートは二度と通るまい。嗚呼、悲しい。
悪夢は一旦去れども狭い舗装林道は続いた。此処で1つ目の失敗を犯す。月輪寺方面へは行く積もりは皆目なかったのだが、どうも愛宕山直登コースとの分岐の筈が、其れを示すような指導標が見当たらないため惑う。先程追い抜いたお爺さんが事も無げに月輪寺方面へ直進してしまったのが運の尽き、釣られて追随してしまった。気付いたのは大分先、其処には月輪寺方面を示す指導標が。ううむぅ。左にまた別のルートが存在するようで、裏の裏を掻こうと、月輪寺側に屯する老人等を余所目に一人空也ノ滝の音を左側に聞きながら石段に駒を進めた。誰も見当たらない。しめしめ、第三のルートは俺のものだとばかりとほくそ笑む最中、八大龍王社殿まで到達して行き場を見失う。階段を模索するも其の先が崩れ掛けない超傾斜振りだ。少し気合を入れれば登れなくはなさそうではあるのだが、山の一部を大幅に崩壊させてしまう危険性があった。止むを得まい。八大龍王を参拝して静寂を奪回出来たことを山の神に感謝し、再び月輪寺入口へ戻る。先程準備運動をしていたと思しき老々男女はとうに登り始めているようで、月輪寺入口は蛻の殻であった。
2度の失道で早くも上気してしまったか気分ではあったが、京行脚にはすぐに安らぎを取り戻していた。今晩は一体何を食ってやろうか。今日も美味い酒にあり付けるだろうか。やがて道には雪も付き始めた。昨日の平地では小雨がパラつく程度ではあったが、此処では白いものが降り頻っていたのであろう。今日はアイゼンのお世話になるだろうか。一応準備はしておいたが、履かずに行かれる所までこのまま行って見よう。土曜日は雨天を示していた週間天気予報を戦々兢々と眺めていたものの、開けてみれば晴天だ。幹葉に積もった雪が、時折頭上を過ぎる。其の量も尋常でなく、雨に打たれるが如くの水量ではあった。京の太陽の照り返しが眩しい。空が蒼い。やがて東方にも視界が所々開け、雲上に山脈が流れていた。伊吹山以外に知る山もない。御在所山、釈迦ヶ岳、藤原岳や金糞岳辺りも視界を埋めていたに相違ない。見慣れぬ山並みだが友達だった。矢張り、山と目線を合わせる稜線行脚は辞められない、例え雪深くなろうとも。標高900m程度の山にも拘らず、京都の中心部より1時間以内で登山口に赴けるにも拘らず、アントニオをほくそ笑まさずにはいられない積雪の量であった。
やがて鳥居を潜り、石段を登れば、愛宕大神が泰然自若と構えていた。ハイカーも確かに多いが、長靴の者も居る。明らかにハイカーではなく信心深い信者であろう。冷え切った空気、蒼空、雪化粧の杉並木。火除けの神に二言なし。
さて、方角を地図で確かめて、表参道を降りることにする。10時半過ぎである。この多量の積雪の中、日曜日のハイカー、信者の数は、異例とも感ずる。関東近郊で是だけの雪を頂いていれば、下手すると両手で数える程のメンツにしか擦れ違わないことも稀ではないのだが、軽く数百人のオーダーに達している模様である。先週の老々男女の群れを超越し、感動さえ覚えてしまう。
そして水尾の別れで、是また保津峡駅と一言も書かれていない看板を鵜呑みにし、また清滝方面へのみ人が流れているため、今日3度目の方向違いに陥る。清滝からの表参道には雪が大量に積もっているにも拘らず、奥多摩諸山より遥かに大人数のハイカーが押し寄せて来ている。兎に角、多い。若い衆も可也の数だ。遠足の子供達だけではない。それと、あまり形に拘らない人も多く、太い麻紐を滑り止め代わりに運動靴に巻いている者も目立つ。形式にばかり拘って中身の伴わない者の多い関東では考えられないことだ。日本人の知恵だろう。原始、アイゼンなぞ日本には存在しなかったのだ。近所の中高生か、野球部のユニフォームのまま、トレーニングがてらに走っている者も2,3人どころではない。みんな頑張れ。雪深いが頑張れ。帰路は間違いなく泥濘だが頑張れ。山は本来登るものだ。林間から西側に時折山並みが覗く。地図で再度確認しても馴染みが全く無い山ばかりであった。だが、あの何処かにはきっと加藤文三郎の軌跡が残っていることだろう。結婚式の当日まで山行脚に勤しんだ加藤である。アントニオの比ではない。何時か、六甲縦走もしたい。あの山並みは何時か加藤が来た道なのだ。
対向者の波状攻撃が、表参道序盤の石段の連続する地点で大分落ち着いてきた。保津峡ではなく、間違いなく清滝に降り着いてしまった。バスの便はあるだろうか。何処までバスに乗車するのが桂への近道だろうか。西院辺りまでバスに乗れば良いのだろうか。麗らかな小春を偲ばせる日和にアスファルトの坂道を喘げば、京都駅行きのバスが待機していた。運ちゃんに阪急電車への最短ルートを尋ねた。阪急の何処を目指すのかと問われる。桂だ、そう答えると、嵐山で渡月橋を渡れば良い、との事である。或いは、歩くのが億劫ならば、、、思考は其の時既に、運ちゃんの続く言葉を脳裏から遮断していた。成る程!嵐山ウォークか!其れは盲点だった!そうか、、、嵐山か、、、大抵のインターネット或いはi-modeによる乗り換え検索ツールでは、JRや京福の嵐山と阪急の嵐山は徒歩連絡圏との認識がなく、予定通り保津峡に降り立ったとしても、JR->嵐山で京福->西院で阪急、が乗り換え数と運賃の安さで最良のルートとして認識されていた。嵐山乗換えと言う地理的盲点には脱帽であった。京都経験値が5ポイント増加した。今回の旅路に渡月橋の喧騒は粗縁なしと思っていたのだが、思わぬ所で巻き込まれることとなった。広隆寺を回っている旅行同行者に急いでメールを入れる。バスは程無く嵐山に辿り着いた。観光客が犇き、歩き難い。ただ、急いで阪急電車を目指しても桂からの送迎バスまで未だ時間もある。何処か茶屋で反省でもするか、そう思った途端に渡月橋手前の茶屋前で同行者と落ち合った。
氏が湯豆腐を所望しており、アントニオとしては反省用に麦茶があれば十分であったため、角の茶屋の暖簾を潜ることにした。界隈では有償人力車サービスも酣ではあるのだが、運ちゃんも客引きで大変そうである。狭い嵐山界隈に人力車は是か非か。アントニオなら客席側でなく曳く側が相応しかろう。ごっつい体育会系のあんちゃんが、桂川の辺で来客を待ち侘びていた。反省を済ませて渡月橋を渡り、公園を横切る。空手着を纏う子供達が、どうあがいても練習中には見えないのだが、戯れていた。春は未だだろうか。
4両編成の茶色の電車は単線を行く。町並みを縫えば10分も経たぬうちに桂に到着した。さて、風呂行き送迎バスに乗るには何処に並べば良いのだろうか。西口に其の表示の片鱗を探そうにも何も見当たらない。数分間掛けて十分探した積もりだが目印さえ見付からず、業を煮やして橋上駅舎に戻って駅員に問い合わせる。桂温泉行きのバス乗り場は?と問えば、仁左衛門の湯か?、と問い返す。ニーザエモン?聞き慣れぬ人名に行き成り怯んだが、そう言えば!と思い出して合点が行けば、階段を下りて横断歩道の手前あたりに来ると言う。礼を述べて再度西口に急げば、2人程の先客が待ち構えていた。関東では有り得ないことだろうが、看板もない。大型1ボックスカーでやって来た運ちゃんも無愛想だ。至近に競合もないためか、商売っ気が感じられない。何とも不愉快である。ブーツの泥汚れまで注意されるとは。不満を抱えながら10分程車に揺られれば、スーパー銭湯が待ち構えていた。
昼から館内はごった返している。ただ、関東近郊なら軽く1,500円はぼられる造りである。漫画喫茶すら併設されている。露天だが、水風呂の他は若干高温なのが残念至極だ。界隈に妙額の湯が皆無だから仕方ないか。休憩スペースは狭いが併設食堂は大きく、昼下がりに修羅場度は沈静化されていたのが幸いであった。夜の大逆襲に備えて胃に貯めるべき物は控えておこうと、野菜系中心に摘みを3品ほど所望したところ、どれも是も大盛りでつい貧乏魂を擽られてしまう情け無いアントニオはほくそ笑んでしまった。愉快だ、愉快。帰路は路線バスでも良いかとは思ったが、残念なことに烏丸が終点になっている。止むを得まい。また送迎車に揺られるとするか。送迎車待機列の人いきれ、危うく席を逃しかけた次第である。運ちゃんは変わらず、嗚呼、終わり印象悪ければ全て駄目かも知れぬ。仕方ないか。タダなのだから。タダより高い物はなし。
駅で関西版パスネット、スルッとKANSAIのカードを購入する。正直申すと、パスネットはこのスルッとKANSAIの二番煎じでしかない。スルッとKANSAIではバスにも乗れる。更に、乗車時には最低運賃さえ引かれない仕組みになっている。残額が不足していて改札入場時にゲームオーバーになってしまう関東とは仕組みが異なっている。強か関東、太っ腹関西と言うべきか。やがて特急電車がホームに滑り込む。西院の手前から地下に突入だ。地下だろうが特急は中々停まらない。斯くして河原町に戻る。
昨日晩からガイドブックで品定めしていた目的の飲み屋が開店する時刻まで、土産物屋の物色を試みるとするか。其の前に、月桂冠を特級や二級との銘柄で未だ販売している飲み屋で軽く引っ掛けることにした。更に其の前に、錦小路市場で自分向けの土産を漁ってみるか。余り割安とは思えないのだが、唐辛子が同梱された千枚漬けが1週間持つとのことで入手した。恐らくこの数枚は後日、1食で完食されてしまうであろうが。其の後、新京極の修学旅行生等でごった返す界隈の手前の、昭和30年代を彷彿とさせる飲み屋の扉を叩く。特級と二級の飲み比べだが、、、果たして相違を我が舌で検知することは不可能であった。あまり変わらない。寧ろ二級に私は軍配を上げたい。こ、是なら麦茶でいいや。この30年代を彷彿とする飲み屋もファンが多数存在するようで、若者は夕方に定食のみを貪り、小さな子供連れの若夫婦さえもカウンターに並びながら、夫々の古を偲んでいたようである。アントニオはキリンの黒ビールならぬスタウトが気になって所望する。黒ビールは最近の物だが、スタウトには歴史があると言う。だが、初めて見た、スタウト。ぉを!ブレネリ!成る程ねぇ。スタウトねぇ。武藤敬二がプロレス・ラヴなら此処にはスタンド・ラヴが充満していた。
さて、四条通を渡ってデパ地下で知人向けの土産を購入すれば程よい時刻となり、再び木屋町の界隈に足を運んだ。日曜の18時開店間際とは言え、既に幾多の席は埋まっていた。酒屋の経営する飲み屋故にメニューは豊富である。店の洒落具合が、野郎のみを寄せ付けない造りなのだが怯んではいけない。然し、摘みの方も一捻り半くらいの充実振りである。酒も美味い。一緒に襲撃すべき相手を選んでも良いだろう。ガイドブックも時にはやるではないか。
結局、10年程前、京大学会に遊びに来た時に購入した京都市営バス地下鉄用プリペイドカードは今旅路でも一銭も使わず仕舞いであった。京都駅では新幹線用の摘みをと、定番の蓬莱551の豚マンとシウマイで〆る目的で購入する。のぞみ66号は残念ながらけち臭いJR東海持ちの700系であった。けちであろうが豚マン、シウマイと缶麦茶で満了したアントニオは何時しか気絶していた。関ヶ原に苛まれることもなかったのであろう。京都、マイ・ラヴであった。
(完)

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付録:

山旅アドバイス
・中腹より上は積雪多し。ワカン、長靴、軽アイゼン
などの準備を強く勧める。
・仁左衛門の湯の送迎バスは桂駅西口側に向かって
最初の階段を左側に下りて線路沿いに進み、横断歩道の
付近にやってくる。