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不定期連載 陸道をゆく 話数知らず
07/02/25~ Boston
【雪】
2/25(日)
庵庵=鴨居〜成田空港/Washington Dulles国際空港(竹馬バス)
≡Westfields Marriott

2/26(月)
Hotel≡Fairfield Inn Marriott…スーパーマーケット&ベトナム料理屋
…Fairfield Inn Marriott

2/27(火)
Hotel≡Washingto Dulles国際空港&Matsutake Sushi&Vino Volo Wine Room
(竹馬バス)/Boston Logan空港−Holiday Inn Hotel & Suites Marlborough
−中華料理屋−酒屋−Holiday Inn

2/28(水)
Hotel−Office−城−Hotel

3/01(木)
Hotel−Office−Coral Seafood−Hotel

3/02(金)
Hotel−Office−Natick Mall−タイ料理屋−Hotel

3/03(土)
Hotel−Boston Logan空港/Chicago Ohare空港/

3/04(日)
/成田空港〜鴨居=庵庵

−:レンタカー、≡:タクシー、〜:電車、/:航空機、=:バス

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
〜2/24(土)
選択と集中が叫ばれてから暫くは単一のラインに従事していたが、再び選択肢拡大傾向に戻る一方、人材の確保は困難を極め、兼任令は自ずと下された。以前は、課を跨ぐ兼任のマネージメントの杜撰さに翻弄されてしまったが、この時世、文句ばかり言っても自分の成長には繋がらない。そして、3/1付けで3ライン目が加わることとなった。机上はテンコ盛りであった。
今回、S社技術トレーニングのためボストンへとの出張の運びとなりつつあった。雪多きシーズンだろう。出張慣れした同行者に空路の経由地を考慮いただき、何とかエコノミー席は確保できた模様、宿も事前割引で6泊分を予約し、天命を待つのみであった。
2/25(日)
成田空港には出発の3時間半は前に到着し、チェックインを済ませた。乗換地、ワシントンDCは雪で乗換便がどうなるか判らない、荷物は一旦DCで受け取ってくれ、と乗換便席未定のチケットを渡された。この時、何の不安もなかったアントニオは極めて無神経だったのだろうか。諸般の事情でUAのラウンジに潜り込み、期待外れの赤ワインをちびりつつ、メールチェックをしながらフライト時刻を待った。
フライト25分前にて既に搭乗口は係員しかおらず、既に乗客は機上の人となっていた。生憎通路に面しない席で出入りは億劫だが、最近のフライトでは腸子を狂わすことも減り、結局のところ市内の図書館で借りた本を読み耽って飯食って飲んで寝てワシントンDCへの時間は潰れた。
さて、ワシントンDC空港である。乗換便へのチケットカウンターは、、、UAカウンターは長蛇の列であった。同行知人の印籠に依って、それでも少ない待ち行列で済んだのだが、都合1時間は待たされたことであろう。予定のフライト時刻もとうに過ぎてしまってはいたが、発券係員の声は虚しく響いた。明後日の便にしか乗れない、と。ワシントンDCで2泊、か。日頃の行い故か。厄が付いているのか。ワシントンDCは異例の雪に見舞われ、対応慣れしていないものだからシカゴ経由以上の苦難に見舞われているのか。取り敢えず、2日後のボストン行きのチケットは発券して貰った。全額負担ではないが、天候不順による旅程順延者向けディスカウントの効く宿を斡旋してくれる問合せ先の電話番号とURLを教わった。早速、携帯電話から掛けようとするも繋がらない。空港内のネットサービスセンターでパソコンをいじっても地理感覚が掴めず、何処の宿か決めかねていた。下の階にはホテルの案内所らしきものがあるとの表示に従って赴けば、タッチパネル式モニターと電話が3台ずつ存在し、この中から選んでボタンを押せば宿に電話が繋がるよとの仕掛けらしい。うぬ、これではディスカウントにもならんのだろう。結局公衆電話から何とか斡旋窓口に繋げることが出来、聞き覚えのあるMarriottの言葉を信用して$99のWestfields Marriottへ赴く運びとなった。この雪では宿から徒歩移動圏内に適当なレストランに移動できるとは露にも思えず、仕方なく空港内のスタバでマフィンとサラダを食って晩飯とし、タクシーで宿へ向かうことにした。客引きのタクシーの運ちゃんにWestfieldsを伝えると「あっち行け」である。様相からしてタクシーは初乗り運賃程度で到着してしまう近さなのであろう。こちらは困っていると言うのに冷たい人々だ。仕方なく空港公式?と思しきタクシー乗り場に整列して待った。空港を発ってすぐにMarriottのネオンが目に入ったが、別物のようだ。我々の目指す1泊$99の範囲とは想像もできない空港至便さであるから。だが、我々の目指すWestfieldsは思った以上に遠かった。とても空港から歩ける距離ではない。雪は沿道に積もってはいるが幹線道路は除雪が行き届いており、左程ゆっくりでないペースで15分はタクシーに乗ったであろうか、森の中の宮殿に到着した。
明日の晩の宿泊費もディスカウントになるのか恐る恐る尋ねてみれば、最低$350だと言う。いくら実費精算を会社に呑ませたとしても、高々トレーニングのために1泊4万円の宿はご法度であろう。雪で移動手段もない。明日は安宿を探さねばならない。また、$99からの埋め合わせ分が航空会社から支給される訳ではないらしいが、ディスカウントで泊めさせてくれることには素直に感謝し、部屋に入った。
ネットも有料だが致し方あるまい。LANケーブルをモデムに接続して30分程格闘して漸く開通の運びとなった。泣きっ面に蜂が刺す。近場を探してもMarriott系のFairfield Innですら$165だが、それ以下は発見できなかった。車がない。我が雪中難民はもがきは続く。雪中難民の冥福を祈りたい。
2/26(月)
さて、ジョギングにも兼用可能なシューズとジャージを日本から持参したアントニオは、意志を貫く用意があった。道は若干凍結しているものの、ゆっくり走れば恐るるには足らず。雪の中に他のジョガーを見つけることはなかったが、ならばこの雪景色を独占させて貰おうではないか。ただ、除雪されているのは車道部分だけで、歩道箇所は雪の山、早朝で少ない交通量の中、車道をそそくさと走らせていただいた。時差ぼけもすっきりとまではいかなかったが、毎日走ることに意義があった。宿に戻っても結局移動手段もないため、大人しく部屋でネットを頼りに業務メールを処理し、チェックアウト時刻ぎりぎりまで居座り、次の宿へ移動することにした。$350宿を$99でできる限り満喫、、、嗚呼、みみっちい。フィットネスセンター内にはルームランナーにエアロバイクは合わせて10台以上は存在した。その他筋力トレーニングマシンも多く、筋トレ野郎の垂涎の的であったことは否めない。ただ、アントニオは、道具の要らないトレーニングしか行っていない。道具を頼ると、道具がないばかりに続かないからだ。医食同源なる言葉があるが、自分の姿勢は差し詰め医動同源と表現したいが、何を言っているのかこれでは通じなさそうだ。。。
さて真昼間、チェックアウトを済ませ、ホテルにタクシーを依頼してFairfield Innへ移動した。少し歩けばスーパーマーケットにレストランも並んでいそうだ。小さな池に水鳥が戯れていた。元々$350の宿と比べようもない、$165の宿の陳腐さではあったが、一応室内プールさえ備わっていた。トレーニングルームはWestfieldsの1/3程度か。
取り急ぎ、お昼を食べに散歩した。スーパーマーケットで夜食を購入し、幾つか並んでいた食堂のうち、ベトナム料理屋の暖簾を潜ることにした。ベトナム麺はフォーと言っただろうか、出汁も濃過ぎず、まずまずの味であった。

ここの宿はネットは無料だが、その無線LANがまたまた繋がり難かった。他社メーカー製品の問題調査は行き詰まり、もう1社の製品は着荷不良を起こし、また今回別の社へ赴くには行く手を阻まれ、疫病神を背負ってしまったようだ。ただ、アントニオの生命に別状はない。生きていれば走れるのだ。時差ボケ早期解消に向けて現地時刻の夕刻にも、その池の辺を走ってみることにした。コハクチョウあたりだろうか。水鳥さんよ、明日には僕はボストンに辿り着けるのか教えてくれ。。。


ワシントンDCで逗留とは予想も出来ず、車もなければ観光も出来ず、あ、業務出張だから車があったとしても観光もする積りは毛頭なかったのだが、ワシントンDC空港郊外で空しくデスクワークを続けるしかなかった。緑区の図書館で借りた本は合計6冊、全てスーツケースに突っ込んでおいて正解であった。大抵の業務出張であれば1冊すら読了することは侭ならないのに、ワシントンDC空港郊外の地には時間が豊富にあった。夜食のお供にと思って購入したワインをちびりながら、更け行く東海岸の寒空であった。
夕刻、仕入先からはAmtrakのExpressに乗れば6時間半でボストン入りできるとの情報を入手した。この情報を昨晩のワシントンDCで入手していたら、今、相応の行動を取れていたであろう。ワシントンDCからボストンへの途上にNYやNJが存在することに今更ながら気がついた。もう少し周到に地図を見遣っていたら、、、ただ、雪故に、電車だからと言って動いているのか訝しかったのだが。
この日、フロリダを見舞った雹がスペースシャトルの車体を襲い、打ち上げ延期を免れないダメージを負った。大丈夫か。シャトルの冥福を祈りたい。
2/27(火)
氷点下だろう。そんなことはどうでも良い。続けることに意義があるのだ。昨日夕刻とほぼ同じルートだが、池の水鳥を眺めながらまたワシントンDC空港郊外の地に足跡を刻んだ。路面凍結は激しく、スピードは出せない。周辺には宿も散在しているが、此処にもジョガーを発見することはなかった。環境は悪くないとは思うのだが。この日の便も午後2時台発なので、チェックアウトぎりぎりまで粘っては空港までのチャーター便に乗せて貰うことにした。
空港カウンターは、2日前の喧騒とは打って変わり、水を打ったように閑散としていた。同行知人が洋食に飽きたとのことで、空港内の寿司屋に赴いた。山葵は粉山葵だろうか、その山葵も含め、各ネタはまずまずの味であった。ただ、矢張り、その山葵はシャリと共に握られてはおらず、丸で対象が刺身であるかの如く、容器の脇に盛られている状態であった。プラスティック容器が玉に瑕。美味しい物も美味しく見えないのだ。空港まで来て小僧寿しが如し。
寿司を食ってもBOS行き便までの時間を持て余し、コンコースをぶらつくと、、、Vino Volo WineRoomなどと言う興味深い一角を発見した。ティスティングワイン喫茶とでも呼ぶべきか、米国産以外の諸品目も味わうことができるようである。まだ出発まで1時間以上ある。一滴一会と言う。今日此処で口にしなかったワインにはもう一生涯出合えない可能性もあるのだ。それ程不幸なことはない。腹は決まった。この店の敷居を跨ぐことにした。
パソコンを打ちながらワインを片手に、、、などとブルジョワ的なビジネスウーマンの姿もある。庵的にはスタバなどよりこのようなVino Volo WineRoomが関東近郊のビジネス街や世界を席巻してくれると、ビジネスの待ち時間を今以上遥かに快適に過ごすことが可能になると感じて止まない。東海岸に居るとは居え、侮り難し西海岸のワインに敬意を表し、Napa Valleyの3品目ティスティングを所望した。手にしている本は、本多静六の「自分を生かす人生」。ワイングラスを燻らせながら嗜む書籍であろう。しかし、一体自分は何をしに此処に居るのか。そんな疑問はQuarry Vineyars製の赤ワインを口にしてしまえば沸き起こることは果たしてなかった。
美味しいワインを堪能し、BOS行き便に搭乗した。横3列席の機体だが、非常口付近のためかアントニオは本来中間席の筈が窓側に席がなく、小錦クラスの者が隣に、、、などとの悲惨な状況を免れていた。2日間、無駄だったのか。一応業務メールは捌いて来た。事故である。無駄とは言え無駄だ。事故であるときに、ゴールドカードと言う印籠がなかりせば、2日以上の苦しみがあったのだろうか。何が正しいのか、何が正しくないのか。雪が降ることは正しくないのか。しかし、明日からの3日間、失った2日分の情報を死に物狂いで入手したい。異国の地での決意だった。
Boston Logan国際空港は想像以上に大きな建造物であった。レンタカーオフィスまではとても歩ける距離にはなく、シャトルバスのお世話になった。そして、昨日、SUVを用意してくれと電話で問い合わせた結果を見て驚愕した。
Cadelac Escalade.
排気量6000ccのトラックと呼ぶに相応しい機体であった。車体との表現では6000ccの車両を表すには不相応である。デカい。多分、アントニオを知る者は十中八九、アントニオが操縦するに相応しい大きさと言うだろう。しかし、大きかった。ガソリン満タンを購入すると出口係員に述べ、空港を発つ。
高速道路、freewayはfreeではなかった。。。小銭の用意もなく、料金所ではとても慌てふためいた。序盤は片側3車線とは言え、首都高の中央環状線が如きカーチェイス場であった。Marlboroghなんてもっと郊外なんだろうと思っていたが、十数分は首都高並みの風景が続いた。日も暮れたが、幹線道路は除雪されており左程の不安感はなかった。空港から1時間は経過しなかったとは思うが、漸くHoliday Innに到着した。事前予約の影響で、何時の間にか昨日から宿泊しているステータスになっていた。2泊分、どうにかなるものか。だが、幸運なことに、朝食ビュッフェのクーポンを貰えた。朝食は出ないと予想していたが、それはそれで朝食を欠かす事のできないアントニオにはお誂えであった。
夜は、既にボストンに到着していたメンバーと落ち合い、中華料理屋に赴いた。とても疲れた。ボストンに来るだけで。脱力しているうちにお開きとなったのだが、未だ飲み足りない連中もおり、酒屋に赴いた。予てから聞いていたベリンジャー銘柄のワインの1.5l版を発見し、購入した。入社年の展示会終了時に幕張のサイゼリアで飲んだマグナムに匹敵する量だろうか。帰宿後、少々嗜んだが存分堪能できた。美味であった。
この日、NY株も暴落した。厄が回ってきたのか。株の冥福を祈りたい。
2/28(水)
ワシントンDCより緯度の更に高いボストンである。Lake Williamsに面した州道20号線を走っては交差点で右折し、楡の並木道を少々走って折り返すルートにした。Sun Microsystemsのオフィスも見えた。朝の6時台で交通量も少なく、路肩の除雪は十分ではなかったが、凍結した路面に注意しながら走るのは左程不便ではなかった。氷点下も10℃以下ではなかろうか。昨日を更に凌ぐ冷たさであった。宿から庵速3分以内のダンキンドーナツには朝6時直後から客が集まっていた。彼等はただコーヒーを飲むだけなのか。それとも朝からドーナツ十連射くらいを捌いてしまうのだろうか。まぁ、シャワーを浴びてアントニオも朝食ビュッフェに赴いては口にしたパンの数も尋常ではなかったかも知れぬ。
前回のオタワ行きで悟ったレンタカーの除雪除霜作業も適当に役に立ち、宿を発つ時も左程時間を要しなかった。そして、仕入先オフィスへもものの10分とかからなかった。
さらに、その仕入先が、両手で数え切れる程度の人員で構成されているものとの先入観は一瞬で吹き飛んでしまった。フロアは広い。100人まではいかないかも知れないが、相当の人員である。トレーニングにも各国から総勢20人程度が参加している。昼食のケータリングだが、使い捨てバーナーと台座、アルミホイルの使い捨て鍋に盛られたラザニアの味は侮れなかった。トレーニング内容としては既に日本で学習したことに毛が生えた程度であった、とは言い過ぎだろうか。
この晩は、和食好きMichael Sutkowski氏の通い慣れた「城」なる寿司屋へ赴くこととなった。寿司屋の割りに、何故か鳥の肝が余っているので酒の摘まみにするかと日系二世かモノホンの日本人と思しきおばあちゃんに勧められて食したが、さすがに旨い。寿司、そして、無理して注文させた地酒、Otokuyamaなんて聞いたことないぞと期待して登場したのは男山であった。いや、日本食、天晴れ。
宿に戻ると、10月に引退した仕入れ先からのメーカー公式書面に関する問い合わせが入っていた。例の「マグナム」をちびりながらメールを検索するも希望通りの文面を探すことができずにいた。その仕入先日本法人の担当者の電話番号を失念しており、結局自社担当者にその番号を聞いてボストンから電話を入れた。かくかくしかじかで今ボストンに居り、過去の履歴を持ち合わせていないと言えば、なら文書を作り直した方が早いのでそうします、ボストンならLegal Seafoodと言う店のクラムチャウダーが美味との情報を得た。いろいろとあり、マグナムは2日目にして底を尽こうとしていた。マグナムの冥福を祈りたい。
3/01(木)
昨日の靄立ち込めるLake Williamsの幻想感を写真に収めるべきと思って携帯電話を持参して走ろうとしたが、今朝は逆に気温が高過ぎるのか、それでも氷点下だろうが、靄は見えなかった。だがそれなりのボストンの片田舎の幾つかの光景を写真に収めた。
バックミラーの角度を調整しようと思ったが、直接傾けるのではなく何かしらボタンで操作するものかと思い、十字キーのマークのついたそれを押してみた。すると、何かしら女性の声が聞こえてきた。電話が掛かって来てしまったようだ。十字のアイコン、、、emergency callボタンであった。済まぬ、押し間違えた。バックミラーは少し押せば簡単に傾いた。最初から言ってくれればそうしたのに、、、
ボストントレーニング受講2日目である。新版の新機能の説明やら何やら、興味は広がった。そして、昼飯を食った後の午後は何時ものように睡魔に襲われた。そんなものだろう。このトレーニングツアーが決定したのが1月上旬だったろうか、その頃の予定であれば、既に某大手メーカーへのOEMビジネスにGOサインが出ている頃と見込まれていたのだが、客には客の事情があり、メーカーからは煽られ、板挟み感は否めなかった。
夜は、昨晩別メーカーの仕入先の方からの勧めでシーフードを申請していたところ、Coral Seafoodと呼ばれる店に集うこととなった。メインディッシュの選択肢が読めず、結局アントニオはサーモンを注文。別皿に盛られた生牡蠣や小海老などの味も申し分なかった。さて、この宴には私としては初顔合わせとなるMike Worhach氏も見えるとのことであった。近所に住んでいるとのことで、「一杯飲むだけ」と聞いていたのだが、、、氏は一杯どころか、追加で注文した生牡蠣皿の全牡蠣を1人で平らげ、そう、この牡蠣皿は先程は7人で1皿をシェアしたのだが、それでも未だ足りないようでメインディッシュまでナイフとフォークを動かし続けていたのである。ボストンで言う「一杯飲む」はここまでを意味するのか。「ちょいと一杯のつもりで・・・」で始まる日本の「一杯」とは様相が全く異なる模様だ。植木等氏の冥福を祈りたい。
3/02(金)
雨である。仕方なく、ホテルのジムのルームランナー上を走ることにした。景色の変わらない走り程詰まらないものはない。ジムにはテレビはあるが、テレビを嗜むタイプではないし、、、とは言え、味気ないひっそりとしたジムであり、テレビのスイッチを入れてから走り始めることにした。ダイエット話題の番組である。そして、あの薬のCMは、、、あの忌々しい花粉アレルギー対策薬なのだろう。この国にも被害者は多いのか。
仕事の方も、トレーニングの主だったところは午前中に終わり、その後細かい打ち合わせ等をこなして社のオフィスを出て土産購入にショッピングモールを目指したのは15時過ぎだったか。助手席に陣取ったシンガポールからのJames氏は、「I'ma GPS.」と豪語して止まなかったため彼の道案内に任せていたのだが、、、どうも様子がおかしく、結局ネバーロストに素直に従うことにした。夕刻の渋滞に巻き込まれたりなどしながらNatick Mallに到着。しかし、、、所謂ブランド品店はあるのだが、アントニオが求めているスーパーマーケットが見当たらない。既に運転疲れしてウィンドウショッピングをする気力もない。そして、あれ程買い物好きを豪語していたJames氏も元気がない。これは、中国からのジャイアン氏の話相手に疲れてしまったからと推測された。そのジャイアン氏はピンク色のTシャツを毎日着用していた。臭いが気になる。氏は我々の間ではPink Manの異名を縦にしていた。
Mallでの時間潰しの後、タイ料理の店に案内して貰った。以前、某所でタイ料理の食事会に参加したのだが、当時は辛党ばかりが集って辛い物ばかりしか卓に並ばず、アントニオはそれ以来真っ平御免と思って「またタイ料理か。。。」と半ば消極気味であった。しかし、招待なら多少は我慢せねばとその店の卓に就いたのだが、何だよ、タイ料理、辛党でなくとも食べられるデリーシャスな料理が五万とあるではないか。何だよ、あの時食べさせられたのは!タイ料理、お主、中々やりおるな。天晴れ。私の胃袋の藻屑と消えた数々のタイ料理の冥福を祈りたい。
3/03(土)〜
色々な出来事が発生したが、もう帰国の途に就かねばならなかった。別のホテルに宿泊した同社のメンバーはシカゴ行き8時台の便に乗らねばならない都合で、6時頃には宿を発つ必要があった。Escalade号でその宿に迎えば、空港までの乗り合いタクシーが如き4駆車輌が止まっており、のび太君が荷物を預けてジャイアンを残して先に香港へ向けて発ってしまった。矢張り彼等は仲が悪かったのだろうか。のび太君としては漸く解放されて気分も一入だったのであろう。
3人揃ったEscalade号は渋滞らしきものにも阻まれず、空港のレンタカー事務所に帰還することができた。
しかし、災厄は我々を今日も掴んで放さなかったのである。
DC便が今日も雪で遅延である。その同僚の乗るべきシカゴ便も然り。同行者はすかさずUAカウンターにて印籠を翳し、スタッフを煽った。我々が依頼したスタッフ氏を誤ったのか、一度は翌日便のチケットに振替させられようとしていた。既に車を返却してしまったのである。また、あの、$99の宮殿に迎えられなければならないのか。DC経由でなくとも構わない。行列を押し切ってもう少し早くカウンターに並んでいれば、予定していた便より早いDC行き便にて余裕綽々だった可能性は否めない。日本での発券時にそこまで読めなかった我々も弱かったとは言え、今日も事の運びが腑に落ちることはなかった。何とかかんとか、今日中にシカゴ経由で3人分の席が確保できた模様である。同行者の1人は52Jの席を割り当てられ、こんな席要らないと嘆いていた。ビジネス席へのアップグレードの夢は潰えた。一時はまた1日遅延との心配もあったが、まぁ、帰国できればいいか、、、
ファストフード店で3人で食事を採ることとなった。その1人がよくよく52J席のチケットを見直すと、アントニオの実名が記載されているのに気がついた。自分の席があったとは言え、3人の中でビジネス席に座るチャンスを既に失った者としての敗北感は筆舌し尽くせない。確かに従来の一般的な帰路の様相とは変わらないとは言え、、、
色々と惨劇を味わわされたボストンもこれでおさらばである。次回は是非、幸運を伴いたいものである。
そして、シカゴには、元々290便は香港行きのためか、国際線ロビーに到着したため、乗換は非常に楽であった。数分の徒歩で目的の搭乗口に到着した。2人はチケットカウンターでビジネス席への割り当てに期待していたが、彼等も結局エコノミーシートに押し込められる按配であった。そして、ゲートを通過した時、何も起こらず、敗北感に改めて襲われた。あの、シャルルドゴールでのキンコンの音が忘れられなかった。AF便エコノミー席の割り当ての筈が、満席でビジネスに振替となった、あのときのキンコンである。AF搭乗口担当のチェン氏の「French?English?」に続く、「Yourseat is business one. Wait a minute.」の言葉が蘇ってきたのだ
が、後の祭りであった。渋々狭いエコノミー席に座らざるを得なかった。ただ、窮屈感を感じる間もなく読書に勤しんだ。ワインは都合5本を頂いた。エコノミー席での最多本数を更新した。エコノミー席用小瓶は1本187ccで、4本で所謂4合瓶分の計算であるから、ボトル1本以上を飲んだ計算である。もっともあの1晩、否、1夜食時間だけで1本空けたあのフランスの夜程の酔いには程遠い。ビジネス席と言う楽園を味わう野望がなければこれ程の敗北感や貧しさを感じることはなかった貧乏性なアントニオであった。ワインの冥福を祈りたい。
3/04(日)
成田に着陸してからはスムーズであった。ビジネス席でないにも拘らず、荷物は割りと待たずにターンテーブルに現れた。成田エクスプレスも立ち席を我慢すれば数分で乗車できたのだが、鴨居駅でのバスの接続を考慮すると1本待っても十分であった。重いスーツケースを引っ提げていること以外は日常的であった。色々あった。次回は航空便選択も吟味すべきであろう。色々、あった。先週まで土日の何れかに4時間マラソン練習をしてきたのだが、夕刻帰宅でその気力もない。数日後に振替休日を取得して最終調整とするか。
(完)

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

付録:
陸旅アドバイス
・ワシントンDC空港での各コンコース間移動には竹馬バス
に乗る必要がある。地下経路を利用した移動手段は目下建設中。
・ホテルのネットが有料であることも。
・ワシントンDC空港Cコンコース内端にVino Volo Wine Roomあり。
待ち時間をブルジョワ的に過ごす空間。
・高速道路は有料の箇所あり。
・SUVは車種まで指定できれば貴方はレンタカー選択に困ることは
ないだろう。
・万一に印籠(ゴールドカード)。