東海自然歩道再び

不定期連載 山道をゆく 第153話
東海自然歩道行脚 逆四話
04/02/11 長者ヶ岳
04/02/11 天子ヶ岳(庵選千名山265)、長者ヶ岳(山梨百名山、庵選千名山266)
【東海自然歩道再び】

2/11(水)
庵庵−横浜町田IC−中井PA−御殿場IC−R469−県道72号
−R139バイパス−田貫湖駐車場…白山神社…天子ヶ岳…上佐野分岐
…長者ヶ岳…湖畔入口…田貫湖駐車場−R139バイパス−県道72号
−R469−御殿場IC−足柄SA−中井PA−横浜町田IC−庵庵

−:車、…:歩き/走り

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土日は諸般、或いはショパンの事情で山に行けない日々が続いていた。何時しか、どうして行かねば、との気は殺がれていた。1月に1度くらい拝めれば良い。何故に軟弱化したのであろうか。何故に大衆化したのであろうか。世界平和のためには、或る程度のエゴを払拭する必要があろう。だが、2月の山行であることをすっかり甘く見ていたアントニオが存在した。4時過ぎに起床し、前回よりは窓ガラスの凍結度の低い休部号のイグニッションを捻り、中原街道のコンビニに寄る。あれ、白い粉が舞っている、、、確か晴れ時々曇り程度の天気予報の筈だったが、、、確かに底冷えの感は否めないのだが、、、舞うかねぇ、この期に及んで、、、白い粉の存在を無神経な精神で打ち消しながら、慎重にETCゲートを通過する。中井SAには何故か引かれてしまうが、案の定ジャンボメンチは揚がっておらず、ジャンボ肉まんにも何故か触手が沸かぬまま、単なるトイレ休憩だけに留めてしまっていた。何か、惰性と言うか、無気力と言うか、来る3月出走のフルマラソンのために過剰なカロリー摂取を控えようと過敏な反応を続けていると言うか。御殿場ICまで何の障害もなく通過する。R246に寸分だけお世話になった後、R469方面に進路を移せば、およよ、白い粉が、路面を覆いつつあった。取り敢えず対向車も少ないことだし、ゆっくり走れば怖くないだろう。休部号を西進させるに連れ、白い粉の厚みが増してきた。何処でゲームオーバーになるのだろうか。数年前、2輪車で雪のどうしみちを走った大馬鹿者の大胆さは、未だに失われてはいなかったのである。白い粉、ゆっくり走れば怖くない。ゆっくりだ。別に煽る車もない。対向車も殆どない。道路は続くよ何処までも。何で、何故続くんだよ、この期に及んで、、、特に昨年12月に越前岳に寄る直前に通過した地点は可也の上り坂になっており、相当肝を冷やされた。上りはよいよい、下りは、、、身の毛も弥立つ。エンジンブレーキをフル回転させ、ノーマルタイヤの休部号は白い粉の上を滑りながら朝霧高原を目指す。幸いスリップは一度もなかった。帰路は大人しく富士IC経由にするべきだろうか。静岡県でも雪は降るのだ。富士の裾野は恐ろしくどんよりとし、倦怠感を助長していた。生きて田貫湖に到着できれば良い。今日、光合成するのは無理だろうか。県道72号線を越え、R139のバイパスに乗る。田貫湖の看板に従って側道に逸れれば、此方でも矢張り、氷雪の絨毯に迎えられるしかなかった。朝っぱらから田貫湖を目指す輩が少ないのが幸いである。意外と急カーブや坂も多く、肝が4,5個は必要に感じた。
やがて開けた田貫湖畔に出た。何時か来た道。あれは5年前のゴールデンウィークのことであった。寝袋を携えて、丹沢湖側から山中湖や忍野を越え、この田貫湖を掠めて白糸の滝まで3泊4日の大縦走を敢行したのだ。忍野のハリモミ純林であわや遭難の事態さえあったのだ。平地歩きも多かったとは言え、単身縦走の黎明期に良く歩いたものであった。神奈川から歩いて山梨、静岡と県境を越えた。其の記録は田貫湖から白糸の滝へ下った5月2日以来、西進が途絶えていた。田貫湖畔の駐車場では、未だ白い粉が舞っている。ただ、心持ち空に明るさを確認していた。上空はまだどんよりとはしていたが、是から回復することのみを願い、寒さを感じさせないマガモの元気に泳ぐ姿に鼓舞されながら田貫湖を巡ることにした。
白糸の滝側から天子ヶ岳を先に攻めるか、前回の東海自然歩道行脚の続きとして湖畔側から山に入るか。若干の迷いはあったものの、ガイドブックに一点、天子ヶ岳南側の「急坂」の2文字が、必然的に進路を前者へと選択させていた。急坂は本来登るものだ。ガイドブックは其の点、ケツが青い。田貫湖畔にはマガモの鳴き声のみが響くものの、空の鬱陶しさを決して晴らすものではなかった。ただ、水面は人間の興味を惹き付けて止まず、湖に面する休暇村富士の食堂に賑わう宿泊客は一様に視線を此方に向けていた。そう、アントニオは、一面ガラス張りの食堂と湖面の間の散策路を通過しながら、彼等の視線を釘付けにするしかなかったのである。この寒いのに、歩く阿呆を蔑み、呆れさせることだけは譲れなかった。山頂はガスの中。久々にガスの中。今日の天気予報は晴れ時々曇り。其の時々を積分してしまったかのような連続した雲間に、晴れへの祈りは収縮させざるを得なかった。田貫湖を離れ、舗装された林道を進むと、天子の森キャンプ場である。姑息にも、其の道中、河川工事中で通行止めとなっていた。この通行止め地点を、下山後疲労を背負ってから突きつけられたら暴動を起こしていただろう。人様を迂回させるのに全く指示がないとは。アントニオは橋が工事中で渡れないとか、そんなことは余り気にはしなかった。道がなければ作るだけだ。是がバレると工事業者の叱責を買うだけかもしれないが、迂回路をきちんと指示しなかった貴方方の遣り方にも問題があろう。5年前は難なく通過出来たと言うのに。斯くして道は開拓した。万一の場合を考え、天子の森キャンプ場周辺のトイレの扉を叩いておこうとするも、全て鍵が掛けられている。この時節にキャンプをしようなぞと言う数奇な人物は居ないのか。かったるい舗装路を逸れ、砂利道を進んで漸く山道に合流した。ガイドブックの帰路相当のこの近辺では富士が嫌でもか、と視界を埋めるとのことであるが、幾度も振り返れども富士の姿は拝めない。登ること数十分か、やや、あれは頭を雲の中に出し、中に出しって危険な香りが否めないが、裾だけを雲下に晒す富士は、些か恥ずかしさを覚えさせる。恥ずかしさに違和感を唱える間もなく、苦行が待っていた。ガイドブック曰くの急坂である。そして、願ったかのように、雪はコチコチに凍り付いているのだ。危急存亡の秋こそアイゼンは家に置いて来てしまったのだ。この坂は足掻けば登れこそはすれども、下りには3,4度の転倒骨折も免れないであろう。斯くもコチコチの雪斜面に遭遇したことはなかった。否、あったかも知れない。この硬さのみならば経験があるかも知れぬ。この程度の傾斜は何処でも味わっている。然し、この硬さと斜度のブレンドは、本日のスペシャル珈琲より遥か苦い。アイガーの文字が脳裏を過ぎる。比較のしようも無い絶壁なのだろうが、アイゼンの無いアントニオはプチ・アイガーに苦しいんでいると自らを鼓舞するしかなかった。此処まで到達したら引き返すのも難儀だ。
この斜面は二度と登るまいと苦しんだ矢先に、山頂が存在した。程無く逆方向からもハイカーが訪れ、南ア側が雑木枝に遮蔽されていることに不満をぶちまけていた。氏はガイドブック通り、長者ヶ岳方面からやってきた模様である。アイゼンは持っているのだろうか。長者ヶ岳側も積雪で大変だと言う。此方も大変だった。どちらの大変度が上か。勝負してやる。オジサン、気をつけて下ってくれ。アイゼンが無いと、可也急速に下山出来よう。但し、下山後に五体満足の保証はない。南ア側は確かに枝に阻まれて残念ではあるが、其れが天子ヶ岳の山頂なのだ。文句があるなら富士見山にでも登れ。
長者ヶ岳方面にも積雪は残るも、期待通り、遥かに難易度は低かった。標高高々1,300mだからと言って舐めると天罰が下るのだ。天子ヶ岳まで辛酸を舐めさせられ、日溜りには笑われていたのかも知れない。東面に富士景の広がる長者ヶ岳山頂にて、漸く日溜りを味方に付けたような気がする。白い綿帽子を被った富士。彼も頭が寒いのだろう。
さて、長者ヶ岳からの下山だが、北側に下りるともなると天子ヶ岳の比ではないと思しき困難が待ち受けている可能性は否定できなかった。だが其の懸念は杞憂に終わり、区間快速アントニオ号程度のスピードを伴って除雪を敢行していた。徐々に此方側からの登山客も増えて来た。彼等はピストンなのか。天子ヶ岳まで縦走するのか。アイゼンは持っているのか。彼等の運命は彼等が握っていた。雪も少なくなり快速運転を始めれば、見上げると、綿帽子を脱いだ富士が笑っていた。我がゴールを待ち受けているのか、其れともアントニオと擦れ違ったハイカー達の行方を案じているのか。富士は何でも知っているのだ。
そして、5年前の続きに、今、立った。長者ヶ岳の田貫湖側の登山口である。あの時は此処から本線を逸れて白糸の滝方面へ流れたが、今日は東海自然歩道の続きを少々塗り替えることが出来た。皮肉にも、逆進ではあったが。天子ヶ岳と長者ヶ岳の間に上佐野方面への分岐があった。何時かは其の続きをせねばなるまいとは思うのだが、上佐野分岐から始めるにしろ、其の地点まで赴くのも楽ではない。其の何時とは果たして何時になるのだろうか。
駐車場に戻ると、朝は3台程度しか存在しなかった車の数が膨れ上がり、観光客で賑わっていた。レストハウスも営業していたが、何か此処で飲み食いをする気分は起きなかった。未だ十分にエネルギーを失っていないような気がする。コンビニで買ったお握りは平らげたものの、行動食代わりのスナック菓子には全く手を付けては居ない。腹は減ったが何か食欲はそそられなかった。車で戻る頃には路上の雪も大分溶けており、一旦は富士IC経由の選択肢も過ぎったが、結局来た道を戻ることに落ち着いた。今日は大野路温泉以外に浸かろうと目論み、田貫湖近辺で目にした西富士湯ランドの看板に探りを入れるも、休業なのか廃業なのか疑わしい佇まいに無念さを募らせる。一応、御殿場温泉会館のスタンプカードも持参してはいたのだが、R138を上るのも何故か億劫であった。温泉代の500円程度の消費と、自宅風呂釜での化石燃料消費に伴う地球温暖化と、両天秤に掛けていたら気が遠くなり、何時の間にか目の前に御殿場ICが立ち塞がっていた。嫌、塞がっていた訳はない。空いていれば50分程度で帰庵出来るのだ。23%程後ろ髪引かれながら、紫色のゲートを潜った。
腹は減っていた。いけない。SAへ向かう車線へ強引な割り込みだ。空腹で苛ついているのか、自制が今一つだ。いけない。だが足柄SAにも、また惹かれて吸引された中井PAにも、我が触手を動かす食べ物が偶々存在しなかった。渋滞も知らず、午後2時には帰庵していた。何か勿体無いような気もするが、嫌、其れでもプチアイガーを登ったのだ。
(完)

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付録:

山旅アドバイス
・R469、県道72号、田貫湖周辺の道路は若干の積雪や凍結あり。
・天子山塊一体に積雪有り。所々氷結しており、アイゼンの類は必携。