長兄か次男か

不定期連載 山道をゆく 第176話
雁ヶ腹摺山(山梨百名山、秀麗富嶽十二景一番山頂、庵選千名山339)、
姥子山(秀麗富嶽十二景一番山頂、庵選千名山340)、
奈良倉山(秀麗富嶽十二景五番山頂、庵選千名山150)既出
【長兄か次男か】

5/21(土)
庵庵−R16−鹿沼台−城山−R413−R412−R20−相模湖IC
−談合坂SA−大月IC−林道真木小金沢線−大峠…雁ヶ腹摺山
…姥子山…姥子山神社…姥子山…雁ヶ腹摺山…大峠−R139
−松姫峠…奈良倉山…松姫峠−小菅の湯−県道18号−県道522号
−R20−R412−R413−城山−鹿沼台−R16−西谷のESSO−庵庵

−:車、…:歩き・走り

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公共交通機関利用登山戦国時代に唯一無縁だった雁ヶ腹摺山総本山、秀麗富嶽十二景一番山頂に白羽の矢を立てたのは、好天が予想されながら木曜日から腸子を崩していたためであった。アントニオにとっては平易過ぎるため、雁ヶ腹摺山三兄弟制覇、秀麗富嶽十二景制覇は目前ながら長い間敬遠が続いていた。ただ、今後も行くに行けない事情も増えてくることだろう。宮之浦岳や羅臼岳には思い立った程度ですぐに行ける訳ではないが、登る山の優先順位付けが今後は不可欠である。
漸く修理から戻ったマイ休部号のETC夜間割引を利用しようと2時前に起床して庵庵を発つ。通行に支障なくR16を通過し、鹿沼台から城山方面に駆け抜け、R412のワインディングを楽しみながら中央道の人となる。談合坂のSAは未明という時刻を失念しかねない程の若人の賑わいである。彼等もETC夜間割引狙いだろうか。ETC設置車両は随分と増えたと思うのだが相変わらずETC専用レーンは少ない。道路公団の更なる合理化を切に望む。
やや明るみ掛かった大月の町に降り、R20を更に西へ飛ばす。危うく見逃しそうになった真木の交差点で曲がり、暫くは1.5車線道路を進む。やがて林道は幅広になった。約3年前、災害のため通行止めで行く手を阻まれた桑西のゲートを尻目に更に登る。桑西から大峠まで歩くことは、アントニオ以外には容認可ざる選択肢であったため、ハイキング初心者を連れた当時は退却を余儀なくされたが、改めて峠までの林道の長さを痛感させられた。薄墨色の甲州路を、うむ、笹子トンネルの東側を甲州路と呼んで然るべきかは不明だが、今日の好天への序曲が大空を覆い、ついハンドル捌きも軽くなった。
大峠には先客一台のみ。確かに往復のコースタイムが2時間未満で斯くも早朝にこの地を踏む者も少ないか。お握りを一つ貪ってはすっかり明るくなった峠を発つ。標高を上げるに連れ視界は広がり、振り返ればもう主賓が見えてしまっていた。若干1台の先行車両の主と思しき方が一眼レフを主賓に向け、アングル調整に余念がなかった。朝焼けに映える富士はファインダーを焼き尽くすことであろう。多分、山頂より此方の方が別嬪なのであろう。
やがてカヤトの原の先に、山頂碑らしき物が見えた。気温一桁台だろう。5月中旬にして霜も降りている。山頂付近は南側以外粗三方を囲まれてしまっている。然し、鹿倉山、高座山、滝子山、鶴ヶ鳥屋山、三つ峠を従え、五百円札の富士は春霞に浮遊していた。是にて漸く雁ヶ腹摺山三兄弟制覇である。最高峰は牛奥ノ雁ヶ腹摺山だが山梨百名山にカウントされていない。接頭辞のない此方が元祖なのか。ハタマタもう一方が本家か。血肉の争いを指を加えて眺めていたのは三男、笹子雁ヶ腹摺山か。三男とは言え、胎内を長いトンネルが貫き、通過者数は兄弟中比類なく高い。囲んだ林が近衛兵とも言えなくもなかろうが、三方を林に囲まれてしまったのは500円札裏を最高舞台にして今や幕切れを迎えてしまった有様だ。南アルプスを拝むなら少し下らねばならないのだし。
腸子は芳しくはないとは言え、此処で引き返してしまっては姥子の祟りに遭うだろう。天気は上々だが急な下り坂は腸には刺激的過ぎた。其のやや急な、将に大腸破りの坂を下って数分、懐かしい道標を発見した。
ガンバレ!! 頂上迄10分。
福岡かんだ猿氏のあれである。前回の遭遇、山王帽子山から約1年半が経過した。常念岳、燧ヶ岳、万二郎山、寒風山、茶臼山、北横岳、石割山、扇山、山王帽子山、そして雁ヶ腹摺山だが、この地に道標を結び付けたからには、紛う事無く氏は姥子山も踏んだことだろう。失礼だが消化試合と思いつつあった姥子山行脚に、旧友との遭遇で光明が差した。神奈川ずんだ猿は今日も行く。
登り尾根から離別するまでの樹林帯にヤシオツツジの咲き具合が芳しくないと嘆きつつあった最中、林道を横切った姥子山砂被り地帯にコイワカガミが食後のデザートのような笑みを浮かべていた。消化試合なんかではなかった。雁ヶ腹摺山より約400mも低いとは言え、見晴らしは遜色ないどころか、此処には背後にむさい近衛兵も居ない。奥多摩、丹沢、道志、箱根、小金沢、そして富士。是にて秀麗富嶽十二景全十六座も満了である。滝子山に今は亡きJade号で赴いてから足掛け6年、然も前回の大蔵高丸、破魔射場丸踏破から3年も歳月が流れていた。如何せん、腸子の悪化がノスタルジーをアントニオから奪っていた。山の匂いが解らない物は気が付かぬであろう道標に「姥子山神社5分」の矢印を見付けて更に迷う。神社へ下って腸子を悪化させるか、神社まで我慢して腸子の回復を懇願するか。うぬ、此処まで焦らして敬遠ともなれば逆に祟りも避けられないと思い、素直に神社へお参りすることにした。少々東側へ下ること数分、振り返ると、斜面に腰掛けた可愛い神社がおわした。我が腸に、神のご加護のあらんことを。

帰路に見上げれば栂桜もちらほらと見受けられた。確かに行動半径は狭いとは言え、最近は似たような花模様に埋もれていると感じ、次回の山行からはランクを上げねばならないと思った。是から一応「下山」なのだが、400m程登らねばならないのである。何しろ姥子山山頂は今日の出発地点、大峠より標高が低いのである。再び林道まで下り、優しい陽光が幹間に憩うシラカバの林を登る。朝日はすっかり昇り、悪い夢も醒めたのだろうか、何時しか足取りは軽快さを増していた。雁ヶ腹摺山山頂直下まで登り切って再び大峠へと下る。幾つかのグループと擦れ違う。果たして彼等は雁ヶ腹摺山登頂後、何を目指すのか。姥子山往復か。其れでも、幾ら遅くても午前中を潰す程には至らないであろう。この時刻でタクシーはあり得ない。即ち彼等は大峠の自家用車に舞い戻るしかないのだ。アントニオの様に他山とのハシゴを考えているのだろうか。
思案を巡らすうちに大峠に到着した。未だ7時20分である。車も増えている割には擦れ違ったグループ数に達していない。すると彼等は黒岳を目指したのだろうか。未だ駐車場で支度中のグループも居る。林道を下っても未だ擦れ違う車も多い。頑張ってくれ給え。アントニオには次の山が待っているのだ。
R20迄下り、甲州街道を少々戻って自衛官募集中の大看板を左手に見ながら大月市街地を通過してR139へ向かう。当時は5ヶ月経過後も工事が続いていたのだが、3年前の岩殿山に赴いた時の其れはさすがに満了した模様だ。案の定の1.5車線幅道路が続いたが、標高を上げると途端に道の整備が行き届いた地域に入った。2001年度発行の地図には掲載されていないダムの登場である。そう、そうだ、此処近辺は前回は原付で喘いだ筈だが、辺りはすっかり様変わりしていた。ダムが整備されると著しく道質が向上するが、ダムが為に其処まで整備をする必要があるのだろうか。ダムに従事する方には失礼かもしれないが、何かお金の使い道が違うと思うのだが。暫く登ると再び1.5車線幅に戻った。直前をステップワゴンが行く。ステップワゴン氏も頑張ってはいたのだが、馬力が足りないのだろうか。我が休部号との距離がみるみる縮まってしまった。もう少し頑張れ、先を行くなら頑張れ、もう少し頑張れるだろう、君ならやれる、今やらなくて何時やるのだ!、と念じ続けて十分くらい経過しただろうか、漸く道を譲って貰えた。譲って貰ったのは遅過ぎたか、ものの数分で松姫峠に到着してしまった。嘗て来た時も存在したか不明だが、小菅村が立派なトイレを設置してくれたようである。前回、ロサンゼルス渡航直前で10時過ぎに庵庵を発ち、航空機墜落等の惨事の場合に依ってはファイナル富士と思って無理矢理赴いたのだが、ガスで何も見えなかった2年前のリベンジに今日またアントニオは降り立ったのである。と言うか、小菅の湯併設食堂の山菜が気になって仕方ないのだが、直行しても未だ温泉の営業時刻には1時間以上も待たねばならないとなると、途中にある奈良倉山ルートは午前中のパズルを埋めるには最適なプランであった。
今日は好天だぞ、頑張れ、富士。今日くらい見えてくれ。頑張れよ。踏み心地優しい雑木林の山道を行く。既に先客が沿道に架かる筈の蜘蛛の巣を切断してくれたようである。そう、其の当人なのか、途中で1人と擦れ違った。奈良倉山にしては仰々しい大き目のザックを共にしていた。小菅村辺りから縦走?とてもマニアックな方だ。幹越の青々とした奥多摩山系の中に、真白な仏舎利塔が覗いている。2年前の冬に訪れた大寺山山頂の其れと知るや否や、この山域は我が庭と化した。世界は山道で繋がっていたのだ。
前回はガスで視界が芳しくなかっただけかと思ったら、山頂には道標が更なる展望地を指し示していた。前回はこんな道標は見なかったぞ。半信半疑ながら道標に倣って西へ少々下るとあった。秀麗富嶽十二景にエントリしている理由が。

雁ヶ腹摺山、大菩薩嶺、そして富士。奈良倉山リベンジは大勝に終わった。見晴らし壮大な林道を戻ることにしよう。ううむ。素晴らしい。先にこの見晴らしを堪能してしまうと山頂での有り難味が雲散霧消する。奈良倉山を訪れる時は注意が必要である。松姫峠に戻れば、下方が大分隠れているが此処からも富士が見えてしまうことに今気付いた。駐車場到着時にも気にも留めることもなかったが、気が付くべきではなかったか。
さて、未だ9時40分である。ゆっくり小菅村へ下れば、台本通り、小菅の湯が今日の営業を開始したばかりであった。気分爽快間違いない五右衛門風呂を筆頭とする露天風呂が数槽あるなど、お買い得感は群を抜いている。其の抱擁感に暫し溺れ、時の流れを記憶の彼方に葬り去った。
さて、是からが本日のメインイベントと呼んで過言ではない食堂の食卓である。お摘みに山葵の酢漬けが早くも登場だ!然し、掲示板の季節メニューの数は前回の比ではなく寂しい。5月も半ばとは矢張り山菜シーズンとしては遅過ぎたのか。丁度一昨年前の笠取山の下山後は季節メニューを数えるのには両手が必要だったが、今回は片手で済んでしまった。今年の春は早かったのか。はたまた、昨年より早過ぎたのか。そんなことはない。昨年のメニューが「受け」なかったのか。至極残念である。来年は4月中に唐松尾山に赴く序に其の真意を探りたい。
土産売り場も今一つ刺激的なものが見当たらない。未だに腸子の悪さを引き摺っているからか。山葵の酢漬けの姿は見えない。
ドライブをしながら幾度と峠を越えて上野原に下りる。時間的余裕から下道を選択、其のまま甲州街道を東進し、相模湖インター入口からは往路のルートをなぞるまでだった。山葵の酢漬け土産は何処へ行ったのか。山菜マニアの方々はメニューを選択することによって支持を続けて欲しい、そう願って止まないまま、昼下がりの帰途に就いた。

(完)

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付録:
山旅アドバイス
・林道真木小金沢線は少なくとも大峠まで舗装済み。割と道幅広く快適。大峠以北通行止め。
・大峠にトイレあり(紙無し)。
・松姫峠には綺麗なトイレが設置された。
・松姫峠から奈良倉山へは(徒歩用)登山道経由がベター。林道経由だと既に大展望が広がってしまい、山頂での有り難味が薄れる。