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八達通2

不定期連載 陸道をゆく 話数知らず
06/08/14~ 香港 數碼港
香港銅鑼灣快捷假日酒店
【八達通2】

8/14(月)
庵庵…鴨居〜成田空港/香港国際空港=銅鑼灣…香港銅鑼灣快捷假日酒店

8/15(火)
酒店…駱克道=貝沙灣…數碼港 三座D區(技能鍛錬)…數碼港=灣仔碼頭…酒店
…兄弟得記燒臘飯店…酒店

8/16(水)
酒店…駱克道=貝沙灣…三座D區−置富巴士總站(美心大酒楼)−三座D區
…數碼港−大酒楼…酒店

8/17(木)
酒店…銅鑼灣站〜中環…香港〜東涌=香港国際空港/成田空港
〜鴨居…庵庵

=:巴士or小巴、−:的士、〜:電車or地下鉄、/:航空機

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
まさか海外の同じ地に3ヶ月以内に再渡航する機会が訪れようとは露にも思わなかった。八達通の手数料を鑑みれば払い戻すべきでなかった。さて、今回が本番と言うべき技術訓練である。前回は亜細亜各地から10人近くが1週間滞在したが、今回は私も含めて2人でたった2日間の日程である。
折りしも英国から米国行き航空便爆破テロ未遂直後で煽りで空港の搭乗手続き番台には長蛇の列が確認された。否、液体類機内持込禁止は大分浸透しているようだから、単にお盆休みで客が溢れているだけ、とも言えなくもない。然し、米国方面便は軒並み出発遅延が発生していた。庵戸仁尾は一時は3ヶ月前と同じ美国航空便を選択しようとしたのだが、全日本空輸電撃網窓口から国際便予約をすると、どうも美国航空との共同運航でない便が見つかり、此方の方は3週間前割引も利いて往復で1万円も安いとのことで紛う事無く此方の便を選択しており、正解であった。搭乗手続き番台の行列の長さに雲泥の差があった。そして、昨晩満を持して電撃網から搭乗手続きを試み、座席指定も万全で搭乗券の発券を待っていた。搭乗券発券機は言った。係りの者にお尋ねください、と。何があったのだ。何が足りないのだ。何処が良くないのだ。私の搭乗券を返せ、と心の中で思っていると、受付嬢は言った。「生憎廉価席は満席なんですが、標準席に移って頂くので宜しいでしょうか」こ、是は!武道館入場券の再来ではないか!もう8年は前だろう。1月半前の前回の武道館大会にて発売開始の翌武道館大会入場券を購入し、重複予約と言う事件が発覚した。チケットぴあ券の者をその2階席、厳密に言うと、競技場階を除いて2階だから実質3階席なのだが、そちらに座らせ、我々は待つこと30分くらいだろうか、係員に連れられてずんずんと階段を降りて行くと、競技場階席の死角席と呼ぶべき、土俵頂点の四方に延びる席域に案内された。2階席料金で競技場階である。そして、健在であった巨大馬場さんは、入場行進曲が鳴り始める前から我々の脇を通り過ぎようとしていた。大きな買い物であった。そして、今回も特別報酬劇場である。航空便の特別報酬劇場は今回が初めてではない。2年前の黄金週間のハワイ行きに次いで2度目である。あの時はサンフランシスコ空港内を2周くらいさせられた。成田行きの便に搭乗と思って荷物を預け、さて、ホノルル行きの搭乗口は国内線のか国際線か、係員捕まえる毎に違う反応を示し、気がつくと空港を1週して最初に発券処理をしてくれた登場手続番台嬢に再会してしまったので、彼女も止む無く上司と思しき男性をひっ捕まえて事情を説明し、庵戸仁尾も漸く正しい搭乗口に導かれた次第であった。上級席への搭乗には庵戸仁尾級の脚力が必要であった。今回は標準級席ではあるが、全日空系の運行便である。思えばこの出張は卒業式と言えなくもなかった。卒業記念の標準級席である。
標準級席者の特権として搭乗1番乗りを決めた。2-1-2列の中央席は、左右を人が行き交い、また、幼児に至っては構わず前を通り過ぎる有様で、出発間際まで落ち着くことはなかった。国際線で搭乗員が日本人ばかりと言うのもホノルル線以外には記憶がない。活動写真の画面も大きい。Always三丁目の夕日を見損ねていたので良い機会に巡り合えた。期待に胸が膨らむ中、清楚な機内食菜単が回覧された。紛う事無く和食を選択した。食事前は当然赤葡萄酒である。何時ものカヴェルネを敬遠し、オーセイ・デュレスト・ド・アウレオ・スピリト・グランチェイオ・カストロ・ピノ・ノワール2002を所望した。仏蘭西はブルゴーニュ産である。硝子製のグラスが出てきただけで酔ってしまった。和食菜単には鰻ご飯、かじき昆布押しと小鯛笹漬け、蛸柔らか煮と鴨臘煮、冬瓜と茄子の鶏そぼろ餡掛け、それに、椀によそわれた味噌汁である。機内で椀入りの味噌汁とは有難い。酒は地酒、信濃錦、美山錦の芳醇な味わいに食も進んだ。ハーゲンダッツの氷菓登場時には再び葡萄酒に切り替えた。左側の親子連れは彼是と搭乗員に注文を続けていた。機内販売品を購入するなど、貴族なのだろう。標準級席慣れも余りしたくないな、と感じた。廉価級席でも良いから、硝子製でなくても良いから、葡萄酒が同程度出ればそれで良い。確かに座席間隔などは気になると言えば気になるものだが、、、
香港国際空港到着時も1番降りを決め込んだ。案内された階から、今日は夜も遅くて電動地上移動機も動いていないのかと思って早歩きを決め込んだら、入国審査口近くの電動昇降階段から多量の人員が運び込まれていたのには衝撃を受けた。入国審査も審査員も少なければ審査に時間を要する旅行者も多く、受託荷物は既に回転卓上を数周はしていたと思う。客務中心で八達通を購入し、巴士乗り場へ急ぐ。前回到着より入国審査に時間を要したが、それ以外は時間短縮を極め、多分前回より1,2便早い巴士に乗れた計算だと思う。青衣大橋からの電飾。夜景は矢張り自然光が一番と思いながら、香港島に上陸してから何とか前回同様の巴士停で下車できた。宿の部屋は今回は12階である。前回の22階と比べ、電動昇降箱乗車時間が約半分なのが有難かった。7-11便利店で硬水と麦酒を所望した。
どうも体腸が今ひとつの様に感じた。未だ香港食には一度も手をつけていないと言うのに。朝食はA一式の米麺にした。前回と異なり、豚饅に替わって豚入り粽の登場であった。洋酒の瓶が並ぶ居酒屋での朝食に似つかわしくない本格的な粽であった。此方も前回の豚饅に甲乙つけ難い程美味しい。宿を出て、何時もの通り69X系統の小巴に乗った。今日は乗客が少ないのに直ぐさま出発してしまった。貝沙灣手前で下車客が居たので一緒に降りて散歩をした。蒸し暑い。亜熱帯地方の綺麗な海辺を歩いた。小巴達が五月蝿く、この光景に玉に瑕である。技能鍛錬の受講者は結局庵戸仁尾1人だけであった。昼には日本食店に案内され、握り寿司と豚の炒め物の定食を頂いた。味噌汁が美味い。皆日本から輸入したものだろうか。昨今の日本食も原料は中国の物が多いから、この定食の各材料の出生地の実態は如何なものなのだろう。技能鍛錬1日目を終え、數碼港の巴士発着場に向かう。今日も例の40系統だ。相変わらずえぐい道並みである。建物は崩れないか心配だ。巴士は灣仔で夕方の渋滞に巻き込まれた。下車後、繁華街の歩道階上通路を進んで宿に戻る。荷物を置いて、さぁ出陣だ。一旦は3ヶ月前に門前を通過して一度は味わいたいと思っていた兄弟得記燒臘飯店の菜単の中に、叉燒の表記が2つ程見つかったため、案内本お勧めの店が発見出来なかったら今宵はこの飯店に挑戦すべしと意気込んでいた。案内本を見ながら町を歩くと観光客と思われて窃盗の被害に会いかねないからと、その地図は手帳に模写して来たのだが、地図を写し間違えたか、はたまた店の消滅かの何れかの理由で発見が至らなかった。案内本ではそちらの店も叉燒飯が安いとの紹介であったのだが、きっとこれも神のお告げであろうと、念願の兄弟飯店の暖簾を潜ると、運良く卓が空いていた。店内に英語表記は皆無で、店員にもきっと英語は通じなかろうと、数種類ある叉燒飯の中から滑蛋叉燒飯を指差して所望した。おばちゃんが飲み物は?と広東語で聞いたのであろう、「ビア」と答えると、訳解らん顔をしていた。 厨房の親父さんの1人が聞き取れたみたいで、もう1人英語を聞けるお爺さんが現れて、現地物があるからと差し出してくれた。薄いと悪評高き青島麦酒は果実的な味わいで問題はない。滑蛋とは何ぞやと思ったら、マッシュルーム、セロリに玉葱の混ざった卵餡かけであった。滑蛋叉燒飯HKD25で満足であった。他に涼瓜叉燒飯HKD22と粟米叉燒飯HKD25も菜単に記載されており、特に後者も気になったものだ。もう暫く香港はご無沙汰であろう。然し、次回は挑戦してみたいものである。
翌朝は割りと好調であった。朝食は粽の美味さが忘れられず、またA一式を注文した。淡々と食事をこなし、崇光の裏に回って粛々と69X系統の巴士を待った。今日も晴天、貝沙灣で他客と共に下車して朝の散歩を楽しむことにした。貝沙灣の英名はBel-Airである。人工造成の貴族階級的な高層長屋が海岸沿いに並んでいる。昨日漸く2台の日本車を見掛けたが、出入りする乗用車は欧州車ばかりである。確かに「絵」にはなる風景だが、庵戸仁尾の居場所ではないようだ。
今日の昼は數碼港の建造物群を離れての昼食会である。數碼港から5,6分、あの40系統巴士も通る置富に的士にて赴き、所謂飲茶食堂なのだろう、幾つかの点心を所望した。台車にて各卓に配られる蒸篭等もあるが、基本は卓上の菜単上の希望品の印を付けて従業員に渡して注文する方式のようだ。焼売等、色々と美味な食卓であった。
數碼港に戻り、今日も午後一番の眠気覚ましのため星巴珈琲に寄った。3Fから4Fへ昇る電動昇降階段は、日本で話題が既に縮小しつつあるシ社のものであった。電動昇降箱はどうだったのか。事故等の発生は聞いていないので大丈夫なのだろう。
技能鍛錬講師の池氏宛に韓国から問合せの電話が休息の間を与えなかった。挙句の果て、明日丑三つ時の航空便で、即ち庵戸仁尾より先に香港を発つと言う。何たる強靭さ。2日目とは言え最終日とのことで晩餐を、空港快速起点の香港站付近で執る運びとなった。2ヵ月半前と違わず、中華料理を仰山頂いた。然し今回は前回より更に美味な菜単類を満喫させて貰った。そして晩餐後、池氏は旅立った。庵戸仁尾は、運賃は若干HKD2と、池氏推薦の安さを誇る2階建て路面電車をも敬遠し、地下鉄3站分の繁華街を歩いた。汗だくになったが、そこに道がある限り歩き続けることだろう。そう、今日16日は宿楼で火災報知器訓練が実施されるとの通達が、昨晩部屋に通知されていた。あの鉛直に高い香港の宿楼街で火災発生なぞしたら、、、想像することを拒否したい。
さて、香港出発日である。今回は前回より離陸時刻が45分も遅い便である。7時からの朝食を摂ってからの駆け足を決め込むか?ハタマタ香港ケチ道を邁進するか。腹は決まり、5時台に湯浴みと会計を済ませ、快捷假日酒店を発った。地下鉄の地上出口までは庵速で1分であるが、地下は思ったより深い。5:50に改札口が開いた。6:01の始発電車は日本のそれより乗客は多いようだ。最も6:01の始発電車と言うのは朝寝坊過ぎるのだが。
3站目で京葉線車両着き場に向かうと程なく接続列車は発車した。京葉線は地上に出て暫く進むと、迪土尼線の乗換站に停まった。ここの迪土尼線車両は、車体自体は地下鉄車両の型で、窓枠等を米老鼠を象ったものであり、少々感動を禁じえなかった。既に前回乗り換えた青衣站は遣り過ごしている。車内に空港を使いそうな客、即ち庵戸仁尾と同じ経路を辿りそうな客が居ないか見回してみると、搭乗員の制服姿の方まで見つかり、一安心であった。若干の渋滞があれども、所要10分の区間に3時間もかからないだろう。やがて東通線は終点東通站に到着した。これで東通線は全線乗車達成!と喜ぶも束の間、庵速にてB出口から巴士発着場を目指す。待つこと若干8分、車体全面モスクワ広告入りの2階建て巴士が、各停留所の案内を表示すべく車内電光掲示板の電源をしっかり落としたまま空港へ向かった。「この巴士路線は渋滞にはまったら憤死」と脅す電撃掲示板を至る所で確認していた。渋滞は何処にあるのか。教えてお爺さん。教えて〜、おじい〜さん。教えて〜(以下、紙面の都合で省略)
電光掲示のない不安は否めなかったが、他客の流れに合わせて問題なく空港に到着できた。何のことはない。6:01銅鑼灣始発電車を乗り継げば、中環と香港間は庵速が必要だが、東涌站6:50発の巴士で空港には7:00頃には到着してしまった。全日空の搭乗手続き窓口は未だ営業を開始していないではないか。
全日空の窓口嬢にしては日本語に難点が多かったぞ。前回の美国航空の窓口嬢は単語が滑らかに繋がってたぞ。帰路便の座席は、、、19E。事前に電撃網から搭乗手続きをした座席にビタ1mm違わなかった。のに、衝撃であった。特別報酬劇場は昨日で終了したのだ。きっと日本では横暴な台風が我々の針路を塞いで待っていることであろう。帰路便で飲んだ仏蘭西製のカベルネは都合4杯に至ったが、極めて美味であった。
事故もなく成田に着陸した。入国審査窓口は仰山の列ではあったが流れは悪くはなかった。流れの中、会社の電子郵便受信を確認したが、休み前に伝えたことを同僚が忘れており、非常に落胆した。会社携帯電話の電池も切れた。仕方なく個人携帯電話から電子郵便を何度となく書いた。特別報酬劇場は夢の跡。お盆休みも夢の跡。次の仕事の準備に追われて振り替え休日が思うように取得できるか不安を抱えながら、日本語が飛び交う電車にて帰途に就いた。
(完)

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広東語検定4級
下記の意味は何か。 (括弧内は配点)
・馬拉松(10)
・漢堡王(10)

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付録:
陸旅助言
・渋滞時のS1乗車で、東涌站から空港まで何分かかるかは不明。