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八達通

不定期連載 陸道をゆく 話数知らず
06/05/28~ 香港 數碼港
香港銅鑼灣快捷假日酒店
【八達通】

5/28(日)
庵庵…白山高級技能地区=中山〜町田〜玉川学園前…天空之舞
…玉川学園前〜成田空港/香港国際空港=

5/29(月)
=香港銅鑼灣快捷假日酒店
…駱克道=數碼港…三座D區(安全電撃網亜細亜統括株式会社/技能鍛錬)
−稲垣漁港…酒店

5/30(火)
酒店…駱克道=數碼港…三座D區=摩利臣山道…酒店…山田飯店…酒店

5/31(水)
酒店…駱克道=數碼港…三座D區
−柏寧酒店−天星碼頭(中環)<(天星小輪)<天星碼頭(尖沙咀)
…尖沙咀プロムナード(シンフォーニー・オブ・ライツ/幻彩詠香江)
…新港中心(Cooked Deli by city's super)…天星碼頭(尖沙咀)
<天星碼頭(中環)−柏寧酒店…酒店

6/1(木)
酒店…駱克道=數碼港…三座D區
=灣仔渡輪碼頭<(天星小輪)<天星碼頭(尖沙咀)…美食大都會
…天星碼頭(尖沙咀)<灣仔渡輪碼頭…酒店

6/2(金)
酒店…駱克道=數碼港…三座D區=金鐘花園
…太古廣場(Great/The Food Fare)…酒店

6/3(土)
酒店…銅鑼灣站〜中環…香港〜青衣〜香港国際空港/成田空港
〜鴨居…庵庵

(一部、庵豚語)

=:巴士or小巴、−:車、〜:電車or地下鉄、/:航空機、<:小輪

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
元々取引のある電撃網機器製造業社が昨年豪州にある類似系統を扱う別製造業社を買収して半年以上が経過していた。取り扱い製品群の整備は進むものの、既存機器側に不足している技術を秘めた製品であるため、関連案件への問合せも持ち上がりつつある昨今、採用の可否の機運が訪れていた。その技能鍛錬の開催期日まで1週間を切った頃合に参加の有無について決断を迫られていた。日本法人側も十分な情報を把握できていないのか、一旦は消極的な回答を示したのだが、「品定め」、即ち市場調査に類する情報収集も含めて受講すべきだろうとの社内調整結果となり、香港行きが決定したのは出発の5日前であった。旅券の有効期限は未だ大丈夫、有料貸出車両を借りる程香港は広くない。然し、恥ずかしながら海外出張単独行は十年近い勤務中今回が初めてであった。緊張は拭えない。香港渡航が決定してから市の図書館に旅行案内書を借りるなり、電撃網を縦横無尽に模索して交通手段等の知識を溜め込む必要があった。宿については、当該製造業社推奨のその料金は、残念ながら小社規定の宿泊支給額を超越してしまっており、一時は上司から実費精算可能とのお墨付きを貰ったものの、諸般の事情を考慮して出来れば当該業社推奨外を選択したく、これも電撃網を穿り回して検索を掛けた。格安宿提供社電撃紙面の多くは、宿泊まで1週間を切ってしまっている場合は既に予約を受け付けてくれなかった。何とか金額的な許容範囲でExpress by Holiday Inn Causeway Bayを探し当てた。Holiday Innの公式電撃紙面の料金より若干安い代理店が見つかったため、そちらにてピピッと予約登録をした。宿の予約なぞ1日も掛かるものではなかろうと高を括っていたが、「通常は1,2営業日必要」などとの返事やら、はたまた2日後に、「多客期のため先日の提示価格での提供は困難」などとほざいていた。幸い、公式電撃紙面側を再訪したところ、その格安紙面記載料金より2%割高だが、辛うじて2部屋分が残っていた。即刻格安社側の予約は取り消し、何とか公式電撃紙面にて宿の予約に漕ぎ付けた次第である。出発3日前であった。旅行案内書の交通事情頁を探っていると、的士の運転手には英語が通じない可能性が高いとのことで、宿ならびに当該業社屋住所の広東語表記情報を入手した。的士が信用硬券払いできないとの不安要素も加わっため、なるべく現地通貨利用を節約すべく、巴士、MTR、小巴などの公共交通機関についても出来る限りの調査を進めていた。八達通なる香港版Suicaが存在するようである。これを空港内の何処かで入手できるのであれば以後の香港内移動は容易となろう、然し航空機の到着は22時過ぎだから、窓口が営業を終了してしまっているかもしれない。9年前会社知人と観光旅行に赴いた時の残りの香港通貨を頼りに、先ずは宿までの手段について可能な限りの模擬遂行を重ねた。もう、後はなるようになれ。どうとでも、なれ。
出発日当日、雨である。海外出張当日は雨の確率が非常に高い。前回出張時も、国内では年に1度しか利用しない的士を自宅まで呼び出したりした。午後には上がるらしいが、遊び道具でない荷物を背負っての雨中歩きは億劫のため、やはり年に1,2度しか乗る機会のない最寄駅までの巴士便を利用した。そして、何故か庵は大型背嚢を背負って町田を目指していた。玉川学園前で下車し、天空の舞に向かう。帰国翌日に公演が控えている。香港の翌日はネパールなのである。踊りの稽古の後は今年の秋の大催しの準備の打合せである。ネパール料理を本日の昼飯にと画策していたのだが、打合せが存分長引いてしまい、予約していた成田特急への時刻も迫り、ではまた来週と、空腹のまま玉川学園前を辞去した。
雨は幸い上がっていた。途中の駅で、是も数年振りと思しき駅構内加里で胃を満たし、第1発着拠点へ足を運ぶ。搭乗手続きの前、その生は間違いなくその空港食堂以外では味わうことは不可能と思しき希少な麦酒を嗜んだ。踊りで失った水分は補給せねばならなかった。搭乗手続きを早めに済ませたものの、席を割り当てて貰えずに居た。搭乗口で呼び出すから時間までに来てくれとのことである。むむむ。往路から席無しか。帰路便の変更は未だ可容だが、往路便からとは敢然厳しい。この予定の便でさえ香港着は22時を過ぎてしまうのだから。翌日9時から技能鍛錬が待ち受けている。不慣れな香港の地にゆとりを求めることは無理なのか。心配が増幅する中、搭乗口の受付に何度か問えば、希望通り通路側でしかも2列中隣席は空席との余裕であった。脅かしやがって。
9年前、香港行き日中のJAL機中では仏産のそれであったが、当UA機内はChileの赤葡萄茶である。最初の飲み物配布時と食事時に夫々2本、そして、食器回収時の搭乗員に「Can I have another redwine?」と尋ねる事を忘れなかった。是で猛打賞、安心して香港に着陸できる。赤葡萄茶は美味だった。
さて、機内では旅行案内書や電撃紙面印刷紙にて空港の番台配置等を再び分析することを怠らなかった。空港内で八達通を購入し、往路は巴士で宿へ向かいたい。帰路は朝一だから巴士便は渋滞が心配だ。空港からの往路は運賃節約のために巴士を、復路は時短考慮で電車を、との綿密な計画遂行を脳裏で何百回と繰り返した。22時を過ぎた空港の客務中心に果たして業者が未だ居てくれるだろうか。居なかった場合は如何なる手段で香港島へ向かうべきか。的士を利用すれば成田で両替した金額の半分以上を失ってしまうのである。9年前の小銭を掻き集めるとHK$40程度には膨らんだため、最悪の場合は八達通なしのバス便選択となろう。
9年前の旅行中に食った物で腹を下した悪夢も蘇り、緊張は鰻上りである。旅行案内書の諸食堂案内章には全く興味が沸かぬ。やや割高な宿飯でも構わないので、体腸は万全に1週間を過ごさねばならないのだ。変なものは食うまい。何が美食だ。糞喰らえ。旅行準備のため、出発2,3日前はその準備のために存分時間を割かせて貰った。八達通、これが第2の旅券であることは間違いない。Letme buy an Octopus!
UA899便は無事香港国際空港に着陸し、航空機を辞して空港出口方向を模索する。取り敢えず人の流れに沿って行ったらトラムの乗車口に出てしまったので、不案内な中代替手段を探すわけにも行かず、そのままお世話になった。大型背嚢は待たずに回収出来、早速「客務中心」を探す。あの番台が匂うぞ、、、あった。未だ係員が劇的業務中だった。$150で八達通を購入。これで心配が一つ減った。巴士站も電光表示で確認しながら行き先を間違えずにと小走りした。あ、目的の巴士だ。飛び乗ると直ぐに発車した。
2階建て巴士の2階席で少々落ち着く。青衣大橋からの夜景。本の僅かな気休めであった。高速道路なのか車線も多いが、夜23時を過ぎれば交通量も少ない。然し、対岸へ橋を渡ると交通量は増した。狭い陸路を夜遅くでも所狭しと走り回る車たち。海底隧道を抜け、巴士は香港島入りした。停留所案内放送は皆無のため、目を皿のようにして沿道風景と地図との睨めっこが続いた。あ、消防署だ。宿は近い。停留所を失することなく下車できた。バス停から下車しても香港界隈に人気は失われていなかった。既に日付変更線を越えている筈だ。確かに人気がなく犯罪が起き易い状況も困りものだが。宿も何とか見つかった。手続き時の宿泊者票内に訪問先記入欄があり、現地法人名で良いのかその住所にすべきか迷い、住所が良かろうと名刺やら印刷物やらを探しているうちに時間切れとなって受付の方がさっさと手続きをしてしまった。入室硬券と朝食引換券を渡され、部屋に向かう。22階の角部屋であった。電撃紙面で事前に熟知していたが、風呂桶は矢張り存在せず、代わりに湯浴び室があった。どうせ日本の日常も平日は風呂桶のお世話にはならないのだから。で、驚愕した。
    不能飲用
と洗面所に書かれている。お主の蛇口の水には一体何が含まれているのか。うがいや歯磨き等をしたくなった。疲れ果て、不能飲用の文字は見なかったことにしてうがいや歯磨きをした。最終的には気になったので大堂階の自動販売機で純水を所望した。この自販機でも八達通が使えるではないか!八達通での購入方法が英語で記載されていたので戸惑うことはなかった。純水でうがいをして、寝た。
月曜朝。曇っている。食堂に赴く。朝食の選択肢は3つ。Aは小豚饅2つに米麺。Bはベーコンエッグにパン。Cは冷製豆汁に生五目野菜。本日の朝食先頭打者のため、Aの品目の実体が掴めなかったため、何となく生五目野菜を動機としてCを注文した。味は普通である。一瞬、農薬問題はなかろうかと首を捻ったが、それも一瞬で忘れた。豆入りとまと汁が一応この一式の主菜に相当するのだろうか。味は申し分ないのだが、朝から冷製汁とは庵内生活波長が狂う。宿の朝飯に納豆ご飯が存在しないのは辛い。そんな中、続々と席を埋める後続者が、A一式と思しきものを注文して登場した豚饅が美味そうだったため、明日はそれにしようと決意した。
小雨煙る銅鑼灣の街を歩く。歩道橋を渡り、崇光の裏側の駱克道を進む。方向幕枠が緑色の超小型巴士が並んでいた。我が小巴乗り場探索地理感覚に間違いはなかった。7-11便利店の目の前に巨大ながら「69X便、數碼港行き」を示す看板が見つかった。これで交通手段確保が出来た。一抹の不安はこの小巴の一部に未だ八達通が利用できない便があるとのことであった。ただ、小巴の運行を司る進智公交社の電撃紙面によれば、「原有使用69X -> 39M/56八達通轉乘服務之乘客、請改於摩利臣山道轉車。」の記述があり、これは39M便か56便に八達通を利用して摩利臣山道で乗り換える場合、乗継割引が適用される、と言った記述ではないかと希望的観測を強めながらこの場に臨んだ次第である。恐る恐る小巴乗車すれば、何のことはない、八達通読取装置は存在した。これで交通機関乗車に現金を用意しないで済むことが判り、また一つ安心が増えた。
小型巴士は16人分の席が埋まると発車した。一旦北の湾側に抜けてから高速道路に入り、南を目指す。途中、隧道を潜って料金所を抜けた。料金所には、言わば通せんぼ棒が存在しないETC通路があり、実際に何かしらの無線交信が行われているのかは不明だが、小巴は時速60公里で通過して行った。小巴車内に速度表示器があり、時速80公里を超えると警告電子音が鳴るようだが、鳴ったところで乗客側が運ちゃんに対して果たして何ができるのだろうか・・・小巴は軒並み時速80公里近い速度で飛ばすため、立ち客を認めないことにも合点が行く。また、多分座席帯を着用せよと思しき注意書きも見当たったが、香港島民は一人として装着する身振りもなかったため、私もそれに従った。香港島は小さなもので、香港仔を過ぎると南側の海が見え始めた。沿道に「奇力学校」と呼ばれる学校が存在した。奇力とは。魔術師養成のための教育機関なのだろうか。単なる地名なのか。やがてBMWや鞭都が頻繁に出入りする、貝沙灣の高級高層長屋街を通り抜け、數碼港、小巴の終点に到着した。存分時間の余裕がある。終点から現地法人社屋のある三區までは徒歩数分とのことだが、庵にとっては適度な散歩である。当初、当該社屋と宿との往復は小駆け足にしようかと真剣に考えていたのだが、途中に歩道のない長い隧道があり、某高校某手球部の伝説鍛錬法・隧道弾丸走を敢行するには勇気と体力が不足していた。蒸し暑い。高速道路を二本足で歩く、走ることは法に背くことはあるまいか。屋外で運動を嗜むには気合が必要な香港である。
所謂高級技能社集合高層屋であり、この建物自体への入退出にも許可の類が必要と脅されていたのだが、管理人と思しき人に看板に示されているそこの社屋に行きたいと問えば、記名等一切要求されず、電動昇降箱の釦を押し、これで先ずは上へ上がってくれとの指示を受けただけであった。厠に寄ってみたが、部屋扉の清楚さとは裏腹に、清掃については対応が不十分に見受けられた。現法社屋のある9Fに上がり、呼び鈴を鳴らす。幾度か来日して面識のある範富利が既に出勤しており、出迎えてくれた。やがて、従来から付き合いのある技能士池氏も見え、亜細亜各国から電子安全金庫関連業者が集まり、技能鍛錬の開幕となった。
昼は集合高層屋の一角の中華料理屋に招待された。品単を眺めても意味不明である。音頭を取った池氏が、給仕とやり取りをして幾重の皿を招く一式を注文してくれた。その中には水分の少ない長粒米が登場したが、日本人としては矢張り食卓にはご飯が必要だった。想像を凌ぐ油地獄は感じなかったが、中華、此処のは広東料理になるのか、品単の幅広さは銅鑼衛門の四次元嚢の底を見ない程であった。この食堂は都合3日寄ったのだが、ご飯を除いて毎回異なる皿が10品目は並んでいた。
午後の技能鍛錬が終わり、初日とのことで現地法人側で歓待夜食会を開いて頂く運びとなった。右も左も判らぬ庵は、これもまた来日頻度が多く顔馴染みのある玲門度氏の車に乗り銅鑼灣の繁華街の駐車場まで連れて行って貰った。そこから歩くこと数分、これも広東料理屋であろうか、だだっ広い食堂に入る。月曜日の夜なのに家族連れでごった返していた。目まぐるしい料理の間、麦酒を希望したところ、池氏が青島麦酒とCarlsbergを注文した。青島物は列席者中で酷く不評を買っていたが、麦類皆兄弟の原則に基づき、庵は差別なく青島物を頂いた。香港は景気絶好調なのだろうか。豪華そうに見えるが実は廉価なのか。料理に拠っては給仕が小分けをしてくれるが、基本的には大皿に大勢分盛って「はい、お仕舞い」であるから、他国料理に比べ給仕工数を微妙に軽減できるもの、との見解もあるのだが、果たして如何なものなのだろう。他の技能鍛錬出席者の殆どがこの中華料理屋から目と鼻の先の業社紹介の宿を選択した中、単独行の庵は、食後銅鑼灣の繁華街を歩いて宿へ戻った。それでも、ものの数分であった。
電動昇降箱で22階に上がるが、入室硬券を何度挿入口に入れても赤点灯し、一向に部屋に入れない。昇降箱で再び乗って下階へ降り、大堂に寄り詰問する。大堂先生は手馴れたもののようで、ピッポッパで硬券に修正情報を再登録した模様である。
何とか部屋に入る。前夜からその問題は確認していたのだが、今晩も電撃網が使えなかった。PC側には「10Mbpsで繋がった」との表示が確認できたのだが、IP住所が拾えていない。すかさず大堂に電話をする。お姉さんは言った。「Internet Explorerを開けば繋がる」。昨日、訪問先欄に確実に電撃企業名を記載しておくべきだったか。そうすれば電撃網利用に問題ない部屋を宛がってくれたのだろうか。とても此方の技術的根拠話が通じそうにもないお姉さんだったが、調べて折り返すとの事だった。結局その晩のうちに何らかの対処はなされなかったのだが。
火曜日の朝は、予定通りA一式を注文した。米麺上層部には若布とも昆布とも付かない海草が載り、極めて健康的だ。豚饅も美味しい。香港人らしい朝を迎えられた気分である。今朝も小雨がぱらつく。部屋の窓からの光景は、昨日より灰色が濃い。
宿では電撃網が使えないため、現法社屋の技能鍛錬室から繋がして貰うと、日本の中里氏から、香港薀蓄情報が入った。建設現場の足場は常に竹組みなので一度確認されたしとのことである。如何に高層でも竹である。香港の竹は頑丈ということなのだろうか。香港の左官は日本のそれ以上に高所への順応が必要だ。あの二階建て巴士の屋根すれすれの看板設置には中国雑技団並みの技量が要求されるのだろう。
昼はPizzaHutの配達ものを口にした。日本でのそれを日常口にすることは稀だが、味に関しては日本のそれと大差は感じられなかった。手羽先が取り分け美味であった。鳥流感の話題は未だ絶滅していなかったとは思うのだが、火が通っていれば大丈夫だろう。社の特定地位への公募掲示内には「精神的圧力に強いこと」との掲示があった。私も強くなりたい。
夕方は1人で小巴に乗り、繁華街の渋滞の端、摩利臣山道で下車して宿までぶらついた。めぼしい店があればそこで食っても良いと思ったのだが、「決め手」がなかった。宿に早めに帰ると大堂はお兄さん2人、どちらかに電撃網の件を相談すべし!でもその前に腹拵えをしたいなぁ。
香港滞在に精神的余裕が出てきて、旅行案内書の食堂特集章を読み漁ってみたのだが、臘店とは炙り肉を扱う店の様で、これまた美味そうに見えた。宿から徒歩3分、7-11便利店の手前に「臘」の文字を発見した。ただ、店の前に掲げられる品単内には「臘」の文字が見当たらない。昼飯時に隣に座ったタイからの技能士が、「日本には漢字があるからだいたい意味が判るだろう。タイにはそれがないから・・・」との意見であった。むむむ。日本で目にする漢字の総勢は、此処で目にするものの10分の1くらいにしか達しないのではなかろうかと、我が解読不能さに一定の弁解をしたかった。表意文字ワールド筆頭者と呼ぶに相応しい香港に、何と無しに誇りを抱いてしまった。ところで、目の前の田中炙り肉店、満席に見え、英語の品単もないのが不安であった。広東語で「席空いてますか」とは如何なる発音になるのか。万が一香港再訪の機運が訪れるのであれば、漢字を猛勉強しなければ。昨今漢字検定の勉強をしているが、その知識でも到底及ばない漢字世界にただ平伏すのみであった。
炙り未遂で少々残念な気分ながらも数軒隣の山田飯店に至れば、きさくなお兄さんが英語交じりで声を掛けており、品単も英語表記があり、客が少なく味に一抹の不安があったものの、初級者として経験を積む上では必要な通過点と判断し、暖簾を潜った。漢字の読んで品目の想像が可能な排骨飯を注文した。飲み物品単内に麦酒と思しきものが見当たらなかったが、「Anything to drink?」と聞かれたので「beer」と答えたら奥から2種類の瓶を持って来た。その一方、San Miguelを注文した。排骨飯$27、麦酒$25か。排骨飯は大味だったが、遺伝子組み換えによって巨大化したのではないかと訝しいゴーヤと豆が大量に投入されており、栄養補充の意味では万全だったと言えよう。
飯を食った後宿に戻ると、大堂は、、、お姉さんが復帰していた。あのお姉さんでは通じない。頃合いを見計らって、もう一方のお兄さんに問う。DHCPサーバが動いていないのではないかと。すると、大堂先生曰く、トニーに調べさせるとのことだった。なんだか判らんが部屋で待ってればよいとのことで待っていると、トニーと思しき人がNotePCとイーサネットケーブルを持参して部屋に入ってきた。ケーブルを変えても無駄だった。それは庵も既に自前のケーブルで確認したのだから当然だ。現象を確認し、他の部屋も一緒か調べてくる、と彼は他の部屋に向かったようだ。その後、他の部屋も繋がっていないこと察した模様で、HolidayInnのDHCPサーバを起動し直したのか不明だが、もう一度彼が部屋来たときにはInnの電撃窓口紙面筆頭が表示され、www.yahoo.comに繋がった。おぉ、言うべきものは言うべきだ。
水曜朝、暖簾を開くと昨日より更に空は暗い。このまま順調に暗さが増すと、帰国日頃には真っ暗闇になりそうである。香港も日照不足は悩みの種なのだろう。朝食はBコース、ソーセージ、スクランブルエッグにトーストと洋食ものを選択した。味は悪くないが、矢張り明日からは香港らしきを食したいと感じた。
夜は取り敢えず的士で柏寧酒店に戻って荷物を置く者は置き、更に的士で中環の天星碼頭に向かった。尖沙咀に行くには灣仔からも小輪の便が存在し、灣仔の碼頭の方が的士代が抑えられるのだが、池氏が此方を選択したと言うのは帰路時の交通手段の確保のし易さ故だったのだろうか。天星小輪も八達通が利用可能である。片道$2.2。日本円にして40円に満たない6分程の船旅であった。九龍半島へ赴く手段としては地下鉄、巴士、的士が存在し、これらは海底隧道を潜るのだが、この隧道通行料が小輪利用の十数倍に達するのである。小輪には観光客も地元民も入り乱れていた。
さて、翌日旅行案内書を調べて初めて知った、高層建造物壁面電飾舞踏会なのだが、池氏、野郎ばかりの、しかも無差別級クラスの体格保持者数名を含む集団を、若き恋人連れも目立つ遊歩道に連れ回してくれた。毎晩20時になると、Englishnative speakerに拠る放送を合図に、光の舞踏会が始まった。全部の建造物を呼び出す訳ではなかろうが、そのうち著名建造物名を連呼しては、呼ばれた建造物が寸分の電飾演舞を繰り広げていた。その電飾自身の経費を何か世界の為に善用できないものだろうか。野郎ばかりで見るものではなかった。ただ、呼ばれた建造物間での連携を考慮すると、その機構の壮大さに敬服の念を抱き禁じ得なかった。このシンフォニーオブライツの光景は、2006/6/14現在東京メトロの各駅発売中の3000円分共通磁気軟券に写真が掲載されているので日本の諸氏も確認し易いであろう。晩飯は新港中心に向かい、小奇麗な飲食番台集合地で夫々好きなものを注文した。10近い個店のうち、約半数が日本食を提供していた。日本食は日本で食すべしと思いながら、中華料理系統の店にて蒸し豚の載った焼き飯を所望した。中々の美味であった。食後菓子に芒果プリンも頂いた。徐々に香港慣れし、その食卓に興味が沸き始めた庵は、旅行案内書と睨めっこしながら、翌日は別の飲食番台集合地を目指さんと皮算用を始めていた。帰路、中環天星碼頭の的士乗り場に残されたのは小錦と朝青龍、日本法人の技能士と私である。4人だが、超重量級の2人で的士に乗車すれば居住空間限界超過は免れぬと察し、地下鉄の乗り場が判れば地下鉄に乗って帰りますよと日本からの技能士に訴えたが、乗れますよとの返事だったので心配ながらも便乗させて貰うことにした。ただ、その技能士、或いは自分がその立場なら間違いなくそうしていたであろうが、人間大陸2人のうちどちらか一方に、助手席に乗って貰わないと後ろ3人乗車は厳しいと感じていた。然しながら、あれよあれよと言う間にその2人は我々の懸念も天竺の彼方、後方認識鏡を埋め尽くす座位置に腰を下ろしてもう動かし難い状況に陥ってしまった。4人の中では立場上自分のみが「客」相当故、有り難く助手席乗車を授かったものの、技能士は10分程圧縮の刑に処せられてしまった次第である。
宿に戻るとまた入室硬券が突っ撥ねられた。磁気異常なのか。2度目ともなるともう当たり前で、私が大堂に戻ると何も言う前に先生が、「入れなかったの?」と聞いてきて急いで再登録のために端末を叩いていた。
木曜朝、日を増す毎に、空の曇り具合が深くなってきた。初日は未だ薄曇、次の日は曇り、その次の日は曇り曇り、今日は深曇である。土曜日には闇と化すのは不可避であろう。大雨で巴士便も滞り気味なのか、巴士停には長蛇の列である。巴士停付近に立つ、系統行き先調整員も無線交信しながらてんやわんや状態であった。
繁華街は大雨でも、隧道を抜けた香港島南部側は小降りであり、技能鍛錬途中にはまた雨も上がった。昼は高級技能社集合高層屋内の飲食番台集合地に赴いた。池氏としてはその味質が高くない点で積極的に我々を招待したくはなかったようだが、毎昼中華料理の多皿一式では凭れてしまうため、胃の骨休みとしては適当な選択であった。今日も何とか蒸し豚焼き飯を入手した。味はまずまずであった。
今宵は随分と余裕を噛ましてまた九龍半島へ赴こう。此方に来てから電撃紙面にて巴士の系統を確認したところ、平日18:06に灣仔渡輪碼頭行きの便が1本あるとのことである。偶には経由路を変えてみたいと思ったら、お誂えがあったのだ。1日1本の40系統だが、途中下車乗車客は少なくはなかった。幹線道路の脇道を目まぐるしく回っている。空間の有効活用振りには敬服するしかない。ただこの光景を見た世界の殆どの人が、有効活用と言うより無理していると感じることだろう。道路の起伏は激しい。道も2階建て巴士の大きさでは車幅ぎりぎりだ。道路にはみ出た看板も、2階建て巴士の屋根擦れ擦れである。周囲の景観は江ノ電が如し、そして通路の起伏は箱根登山鉄道が如し。天星小輪乗り場まで45分程度中、繁華街の渋滞に嵌る前の40分間くらいは2階の被り付き席はさながらジェットコースター並の軽快恐怖心が味わえる。従来、日本の巴士の運転は世界一高度な技術が要求されるものと思い込んでいたが、今日その考えを改めざるを得なかった。灣仔の小輪乗り場は昨日の中環のそれよりこじんまりとしていたが、人いきれは左程変わらないようだ。尖沙咀に渡り、彌敦道を早歩きする。香港で地図を広げながら歩くと金持ちの旅行者として窃盗に狙われ易いだろうから、鍛錬の休憩時間等に予習を重ねたが、中々美羅間酒店が見つからず、地図を見直したい衝動に駆られていた。此方にもHolidayInnは存在するが、宿泊費は銅鑼灣の1.5倍はするようだ。やがて酒店は見つかり、その地下に美食大都會が存在した。どのあたりが大都會なのか、、、厨房の半分くらいは化粧板で封鎖されていた。飲食番台集合地の中でも少々地元らしい深みのある食事が楽しめるとの前評判ががらがらと音を立てて崩れ去った。帰るか否か。昨晩の新港中心は遠くではない。数分の逡巡の後、冒険は貫くべしと覚悟を決めて、何度も品単表を検索した。見本のはりぼてを多く期待していたが、総取り扱い品目の極一部でしかなかった。何とか英訳付きの品単中に骨付き豚腹肉ご飯と思しきものを発見し、食券番台にて注文をした。晩飯時とは言え、卓の4分の3は空いていた。厨房の半分以上の閉鎖と言い、諸行無常、営業努力が不足していたのは明白である。厨房大堂で引換券を提出すると広東語で何やら話しかけた。English?Yes.料理ができたら番号で呼び出してくれるとのことだった。
場末の飲食番台中心。日本で言えば演歌と思しき背景音。冷水機内の水は切れており、蒸し暑い中、お湯を飲まざるを得なかった。豚腹肉に遺伝子組み換えの疑わしき巨大青梗菜と檸檬芝汁。見た目による精神的被害を覆す美味しさ。然しながら、檸檬芝汁に沈んだ大量の長粒米の運命よ。医食同源と思うべきか。旅行案内書内の香港式日本料理の店店はひょっとすると昨晩の新港中心に厨房を移してしまったということではなかろうか。客の大半も移ってしまったようだが。。。
「大都會」に名前負けした美食大都會を後に、何処で復讐を敢行するかと、既に明日の予定を占い始めていた。7-11便利店では蹴球世界大会に乗じて独逸製麦酒の販促活動を実施していた。2本購入でおまけ付き等。また、1本+数&にてW杯記念火打石付きの選択肢も存在したが、火打石は帰路の香港空港で捨てなければならない。無難にお守りのおまけ付きを購入。宿に戻って飲んでみたが、、、この独逸麦酒、美味くないぃぃぃぃぃ。多分、晩飯頃からそのような運命だったのだろう。
金曜、技能鍛錬最終日の朝を迎えた。珍しく、今日は昨日より空が明るい。それでも100人中99人がどんよりとした、と表現する空模様である。雨も止んでいるではないか。
ところで、本日分の朝食引換券を紛失した。どうせ明日は朝食提供開始時刻より1時間は前に宿の引払い手続きしなければならないので「明日は食うの断念するから、明日の引換券で今日食わせろ」と給士脛男君に言うと、難しそうな返事である。上司と思しき給士静香ちゃんに問うても無理、の返事だった。脛男君が「食堂側では対応できないので大堂に聞いてくれ」とのことで一旦食堂を辞した。大堂で顛末を話すと、無料で券を再発行してくれた。幸運である。本旅行最終の米麺を口にして宿を発った。
今日は昨日までの逆で、山を越えた香港島南側では激しい雷雨となっていた。香港にも雷は落ちるのだ。夕方には止んでくれれば問題ないのだが。
さて、今日も昼は中華料理屋に講師受講者一同で会するも、爪楊枝を率先して利用するのは豪州からの使者ばかりなのが興味深かった。講師の部来庵氏に至っては、午後の講義中も片時も歯間から爪楊枝を離さない徹底振りであった。今日の一式中の一皿には鴿の丸焼きが盛られていた。足の形状もそのままである。若干の躊躇を覚えながらもいざ口にすると美味であった。そして、丸焼きであった。間違いなく、丸焼きだ。鴿の頭も皿内に存在した。池氏もその首筋を食開拓したが、その後は断念した模様である。魚の種類や焼き加減次第では目玉以外は粉砕消化してしまう庵だが、大陸民としては相応の姿勢を鴿に対して採れる者が居る、ということなのだろう。
さて、講義も午後数時間で終了したが、残務なり報告作成なりは熱いうちに打てとばかりに処理を進め、夕方を迎えた。雨は上がっていた。取引先の関係者に一通り別れの挨拶をして、社を発つ。
さて、今宵もあの40系統の巴士の緊張感を満喫したく、うだうだと構内を散策しながら時間を潰す。総合食料雑貨店があったので駆け付け1杯にと、$2.90の一番廉価な麦酒を所望する。高々50円未満だが日本の所謂偽麦酒ではなく、本物の麦酒であったのが幸いだ。香港は飲酒歩行で特にお咎めなしとのことで安心して飲めるのである。然しながら、公共交通機関の車両内では飲食禁止で、罰金は$2000である。気をつけねばならない。そして、今日も昨日と同じ軽快恐怖心を味わいながら、約40分のジェットコースターの旅を終え、金鐘駅前で下車をした。手元の旅行案内書には至近に飲食番台中心があると記載している。太古廣場、西武は何処だ、、、あった。この煌びやかな百貨店街に、庶民価格の飲食番台は果たして存在するのか。Food Fareは小奇麗な中、品単の価格を見ると安心できた。然し、焼臘飯の「臘」の字を品単内に終ぞや見付けることができなかった。此処の地下にも飲食番台集合地があるとのことでgreatを散策したのだが、eat inと言うよりは百貨店地下そのものであった。 そうだ、明日は朝飯を食う時間がないので、焼き立てパン屋で大蒜トーストとブルーベリーデニッシュを購入した。で、結局Food Fareに戻り、彼是と品単を窺っていた。上海物の店の前で漸く立ち止まり、番台頭上の品単表から選んでいたのだが、電算機脇の写真を見て急遽上海租炒、stir-fried Shanghai thick riseに変更した。むむっ!ウメ〜っ!おぉっ!これで香港飲食番台中心道三級は皆伝であろう。海月、筍、芹菜、豚肉、鶏肉を濃い目の牡蠣油汁で炒めたものに、半熟目玉焼きが上乗せされているのだが、大当たりしましたよ。日本風の表現としては「中華丼」の3文字で方が付いてしまうのだが、香港の食卓は、晩飯の最終走者に相応しい美味で幕を閉じることができた。
さて宿まで地下鉄で2駅、運賃も日本円換算で数十円ではあるが、庵が地下鉄のお世話になる距離では到底なかった。宿への帰路の途上、AntonStreet を発見した。漢字表記は「晏頓街」である。そうか。この文字が正しいのか。では明日から和名は「庵」ではなく「晏」に変更しよう、とは思ったものの、街路の名前の割には寂れ過ぎている。晏頓街が成長し、何時か庵豚街へ発展した暁にもう一度訪れてみたいものである。
銅鑼灣の繁華街には日本と違わず携帯電話売店が犇き、どうやらこの地でも本体価格$0運動が酣であった。香港も市場原理主義の波に逆らえていないのだが、生産者であればこの事態を苦々しく思わずにはいられまい。生産者の動機を減退させる市場原理主義である。
最終日の朝を迎えた。宿の食堂で飯を食う余裕は全くないため、大堂にて粛々と引払い手続きを済ませ、地下鉄の駅を目指す。宿の前の通りの対面は時代廣場であり、その一角に地下鉄の出口が存在した。八達通にて改札を抜けるも、乗降口までは数分歩かされた。乗降口は半ば丸屋根式になっており、列車の到着と同時に丸屋根側の扉が列車のそれと連動して開く仕組みである。乗降口頭上の電工掲示版での宣伝に拠れば、6/6より的士でも八達通が利用できるようである。何やら此方も地下鉄との間で、乗継割引の対象になるように見受けられた。
先日までも感じていたが、車内でも朝刊を目にする人が極めて多い。それも本当に老若男女である。日本人なら同じ割合の人数が携帯電話を覗き込んでいるような場面対比だろうか。携帯電話には情報更新と言う武器はあるものの、一度に掌握できる情報量には圧倒的な差がある。庵は暫く新聞人であろう。
3駅先の中環で下車し、粛々と東通線乗り場を目指す。機場快線乗り場を目指すのと粗同等だが、矢張り此処も歩かされた。だが、東京駅で京葉線ホームまで移動するのに比べれば近く、庵速で10分は要しなかった。名目上「香港站」であり「中環站」ではないのだが、途中に改札は一つも存在しなかった。東通線電車は機場快線電車と最高速度は一緒、車両外観も色違いなだけ、全線のうちの一部は物理的に共通の線路を利用しているとのことである。縦形腰掛式の列車は地下隧道を抜けると、隣に線路が併走しているのが確認された。とある電撃紙面に拠れば、空港からは巴士でないと青衣大橋の美景を堪能できないとのお触れであったが、その付近では鉄道側も隧道でなく橋梁の形態を保持しているため、天気は悪いが風景が著しく損傷されているとも思えなかった。青衣站にてこれまた粛々と機場快線に乗り換える。線路はすぐ近くだが、階段の昇降を繰り返させられた。先ず東通線青衣站の改札通過で十数$を徴収された。そして機場快線乗り場の改札で、期待通り、$60-(青衣までの運賃) のみを徴収された。庵に似た運賃節約型乗換えをしている者は当然庵だけではなかった。機場快線車内は車両乗降口脇に荷物置き場があり、客室内は2列*2列の向かい合わせ形の背凭れ傾倒可能席であった。運賃も高い分、乗客は1両に数人居るか程度である。時間的余裕を抱きながら空港に到着することが出来た。
空港内の客務中心に寄り、お世話になった八達通を返却した。$7の手数料は取られたが、十数$は割引が利いていたのだ。一人だけの移動時には的士を一切利用せず、経費節減は会社に自慢しても罰は当たらないだろう。美国航空の受付に寄り、大型背嚢を預けた。成田便は搭乗口がとても遠いので早めに手荷物検査を済ませるよう、親切に助言もいただいた。
さて、荷物検査場で引っ掛かってしまった。何時ものように、帯の留め金か?財布類は嚢から取り出してあるのだが、何が残っているだろう?と思ったら、金属探知機はどうも粘菓子を包む銀紙を有罪と判断したようである。この銀紙を利用して、機内でどのような犯罪行為を行うことができるのか、教えていただきたいものである。
成田からの往路便下車時は他の乗客の動きに従って空港内電車を利用したが、今回は歩くことにした。凄く遠いとの搭乗手続き番台女史の言だが、庵にとって凄く遠いは10公里以上を指す事を彼女は未だ知らなかった。途中の売店に土産をと色々なものを手にするものの、純香港製のものは終ぞや見つからなかった。確かに、ハワイ土産のマカダミアナッツの大半が豪州のものと聞いている。そんなものなのか。
機内では午前中であることなぞ露知らず、往路機内に引き続いて赤葡萄茶の小瓶3つの猛打賞を獲得した。香港旅、一瞬だったなぁ。次回は是非とも臘店に入って臘を堪能したいものであった。

(完)

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広東語検定3級
下記の意味は何か。 (括弧内は配点)
・公尺(5)
・公里(5)
・英尺(5)
・英里(5)
・機場(5)
・或(5)
・熱線(5)
・多謝合作(5)
・迪土尼(20)
・奥運(30)
・三文治(30)

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付録:
陸旅助言
・Express Holliday Inn Causeway Bayのfacility:
ADSL(DHCP不調時は大堂(男性が適)に
対応を依頼すること)
日本用電化製品向け2本足向け電源挿入口あり(変圧器はなし)
不能飲用!
湯浴び室のみ、風呂桶なし
24H自販機有り(水と清涼飲料水のみ)
徒歩数分圏内に7-11便利店あり
・八達通は空港、地下鉄駅の客務中心などで購入可能。
HK$150中、$100が既払い分、$50が保険分。
3ヶ月以内の返却には$7手数料を取られる。
・香港の巴士は運賃先払い方式。乗車区間が同じでも
系統によっては値段が異なるため注意が必要。
例えば起点から終点まで乗車しても、次の巴士站で下車しても
運賃は同じ。
・小巴では、押し釦の他、運ちゃんに「停めて!」と言えば
停めてくれる。「停めて!」の発声は広東語でないと不可。
・香港仔隧道通過はHK$5(的士)。誰か隧道内歩行に挑戦を!
・朝夕には道路渋滞あり。