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苦渋

不定期連載 山道をゆく 第192話
06/10/28~~30
沓掛山(庵選千名山384)、星生山(庵選千名山385)
久住山(庵選千名山386)、天狗ヶ城(庵選千名山387)
中岳(九重山、日本百名山、庵選千名山388)
稲星山(庵選千名山389)、立中山(庵選千名山390)
平治岳(庵選千名山391)、北大船山(庵選千名山392)
大船山(日本三百名山、庵選千名山393)
【苦渋】

10/28(土)
庵庵…鴨居〜新横浜〜博多…博多交通センター=ゆふいん号=玖珠IC
…豊後森駅…喫茶さんぽ…駅=日田バス=くじゅう登山口(長者原)
…九重ヒュッテ…牧ノ戸峠展望台…ヒュッテ

10/29(日)
ヒュッテ…牧ノ戸峠…沓掛山…扇ヶ鼻分岐…星生山…久住分れ
…久住山…天狗ヶ城…中岳…白口谷登山道分岐…稲星山…分岐
…法華院温泉山荘…鉾立峠…立中山…鉾立峠…山荘

10/30(月)
山荘…平治岳登山道…大戸越…平治岳…大戸越…北大船山
…段原…米窪…大船山…米窪…法華院温泉山荘…雨ヶ池
…長者原…大曲がり…山恵の湯…牧ノ戸峠=くじゅう4号=熊本空港
/羽田空港〜京急川崎〜仲木戸…東神奈川〜鴨居
…一楽…庵庵

…:歩き、〜:電車、=:巴士、/:航空機

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
エクスプレスカードのG車特典利用期限は来年2月までである。また、ANAの特典交換可能なマイル数に達するまでには、あと残り国内適当な一区間を搭乗すればよい。だが、年末までに貯めなければならないこと、1泊では不十分だが2泊すれば十分回れることを考慮し、九重再挑戦に照準を充てた。宿は迷うことなくくじゅうヒュッテと法華院温泉山荘に決定。のぞみ500系も遠くない将来にはJR東海内での乗車も不可能になるため、当然選択肢はのぞみ1号となった。大分、福岡、熊本の3空港と新幹線およびバスとの接続時間を考慮し、帰路は結局熊本空港発を選択することになった。
5時台に起床しシャワーを浴びて家を発つ。新横浜から博多までの片道乗車券の金額に驚愕、一時は「アレ、往復を間違えて指定してしまったのか?」と数度入力し直したが、残念ながら減額にはならなかった。うむ、この運賃と特急料金を考慮すると、航空券を早めに入手するのが断然リーズナブルであると悟った、のぞみ1号到着前の新横浜駅での出来事であった。
そして、弁当はシウマイ弁当に限る。朝の6時台だろうが飲み物はビールである。G車に乗車するとおしぼりのサービスがあった。結局JR西管内に入ってもう一度おしぼりサービスがあった程度で、取り立ててG車のお買い得感は感じることができなかった。これでは航空機には勝てないだろう。だが、国内最速の500系とは言え、鉄旅はノンビリする人のモノだ。居眠りできる時間の長さが遥かに違うのだ。人間、急いではいけない。
さて、終点博多で下車し、急いで博多交通センターに赴く。楽バスサイトでは当日予約が不可能なことを今日になって知って慌てていたが、今度のゆふいん号には未だ席が残っていた模様だ。ほっとした。そして、明後日のくじゅう4号についても発券を重ねて依頼したところ、此処では発券できない、コンビニか大分の窓口で買え、との回答である。楽バスのネットサイトでは、コンビニでも買えないと言われた後なのである。当旅程中、大分県内の九産交の窓口に寄れる予定は全くない。俺も困って尋問するも、窓口嬢も困って奥の上司に懇願したが、結局何もできなかった模様だ。何故九産交は親和性がないのだろう。不安と不服の中、十数分後のゆふいん号を待った。
車内は昼行バスにも拘らず横3列席で、加えてトイレまであった。天神、福岡空港で適当に乗客を加えながら大分自動車道を進んだ。JRの運賃プラスアルファ程度と本数の至便さではやはり人はバスに乗ってしまうのだろう。渋滞もなくほぼ定刻通りにバスは進む。そして、他に下車客の居ない玖珠インターにて下車し、アントニオは歩き始めた。豊後森駅より徒歩15分程度の目算であった。駅に近いバス停の意味では終点の湯布院に勝るものはないが、湯布院から長者原への亀の井バスは既に乗車済みなので、気分一新豊後森からの日田バスへの乗り換えに決めていた。今時ホームページも持たず、心配になって前日にバスの時刻を確認するため営業所に電話をかけたくらいである。
閑話休題。地図通りに歩き、10分少々で豊後森駅を発見した。昼を少々過ぎている。駅前を散策した。乗り換えまで、食堂で腰を落ち着ける時間はない。何かしら調理済みのものがないか、探した。スーパーが目に入ったが、取り急ぎ通過。少し歩くと喫茶さんぽと言う、喫茶併設の焼き立てパン屋が見つかった。手前の客は近所の中学生か小学生で、明日の祭りのお練が何時いつ頃通る等との会話を店のおばさんと交わしていた。アントニオが清算を済ますと、カード持ってますか?と聞く。豊後森駅近辺の商工会で利用できるくすくすカードと言うポイントカードである。有効期限はないとのことで、次に利用するのは何時か判らないけどと断りながらもカードを頂いた。うむ。次、何か機会を作るべし、か。
豊後森と言えば小学生の頃まで小国まで国鉄のローカル線が走っていた筈だ。今は代行バスにとって換わられている。現在は市バスが運行を賄っているようだ。このような片田舎の駅に複数のバス会社が乗り入れているのも驚きであった。本来バス発車の3分後に到着するJR久大本線の特急ゆふ3号の赤い車両が見える頃よりやや遅れて、日田バスは駅前にやって来た。なんだ、この接続ならもう1本遅いのぞみでも間に合ったのだが、、、まぁ良い。やや短めの車体を誇る日田バスは、豊後中村までの3駅間は久大本線沿いを走り、その後針路を南へ向けた。先程の高速バスとこのバスとで車体は全く異なるが、アントニオが座った座席の、丁度膝の脇辺りの同じ位置に押しボタンが存在した。軽いニーパット攻撃でボタンが破壊される位置だったが、誤操作もせずに済んだのが幸いであった。鳴子川渓谷も美しい。錦繍の九酔峡に、翌々日の開通を控えた、日本一高く長い吊り橋、「九重“夢”大吊橋」の無料開放も重なり、観光客の路上駐車が甚だ迷惑であった。バスは中々進めない。交通整理員なぞ当然1人も居ない。参ったなぁ。ただ、今日の残りの行程は、バス停から15分の宿まで歩くだけだ。多少の時間差は大目に見よう。前回の涌蓋山散策後に寄った筋湯温泉で残りの客も全て下車し、バス内は運ちゃんとアントニオだけとなった。筋湯温泉から長者原まで、とても歩ける距離ではなかった。前回の往路は宿の軽トラックで送って貰い、帰路は矢張りこの日田バスのお世話になった筈だ。田舎道のバス7,8分の距離を歩くには、庵速でも軽く1時間を越えてしまうだろう。このバスは思い起こせば長者原から更にやまなみハイウェイを牧ノ戸峠まで向かう便であり、長者原から1つか2つ先のバス停の方が宿には近いのだが、長者原くらいから歩かずには今日の運動量が少な過ぎて美味い飯が食えまい。宿には午後4時前に到着できた。3年前のGWに赴いた時はほぼ貸切で1階の部屋だったが、今回は2階に案内された。他にも客は居るのだろうか。未だ日も高い。此処から明日回る予定の牧ノ戸峠まで、何分かかるか計ってみるか。荷物を置いて宿を発った。
やまなみハイウェイ沿いに九州自然歩道が伝っていた。自動車に煽られずに済むのはラッキーだ。夕暮れ近い九重山系の縁をとぼとぼ歩けば、45分程で牧ノ戸峠に到着した。明日は荷物もあるし、晴れていれば写真も撮りながらになるので50分以上は見積もるべきだろう。展望台に赴き、くつかけ山の遠望を携帯電話のデジカメに収めて宿に戻ることにした。
宿に到着すれば、玄関にはブーツの山である。ゲゲっ。矢張り紅葉シーズン真っ只中なのだ。食堂の卓に空きがない。鹿汁、鹿刺し、茄子茸山女のグラタン、独活のヌタ、とろろ芋、おからと山菜の和え物、大根の柚子漬け、そして籠にはヤマミツバ・ムカゴ・山の芋・ブナハリタケ・ヤマラッキョウ・スイバ・タラノメの天麩羅が並んだ。壮観である。4年前より更にパワーアップしたくじゅうヒュッテの晩御飯の食卓であった。鍋を食べている最中、良ければ是を使って下さいと香辛料の入れ物を渡された。かんずりと思っていた。かんずりったら新潟だろう。熊本空港に到着するまで、この鍋に欠かせない香辛料の名前をど忘れしていた。庵的にはお腹一杯状態ではあったが、次から次へと料理が運ばれてくるので未だ未だあるのかとこっそり女将さんに問えば、ご飯食べる?と聞くので遠慮はしなかった。ご飯には高菜ときゅうりの漬物を添えて貰った。その「かんずり」でご飯も食えなくもない。オマケに桃の漬物まで頂いた。くじゅうヒュッテ、万歳。

万歳、と思っていた。既に過去形である。宿の部屋にも空きがない状態である。年寄り連中は食った後の飲みが煩いのであった。山小屋の夜をなめ切っている。宿の女将さんが心配になって来たのだが、女将さんとしては文句を言い辛いらしいので、アントニオが自ら忠言することになった。「山小屋の夜を弁えろ」。だが、酒の回った爺連中の騒音が鳴り止むことはなかった。あと10分待って鳴り止まねば実力行使も辞さないと思いつつ、殺傷沙汰に至らなかったのは山の神の思し召しでアントニオを眠中に陥れてくれたためであろう。爺連中よ、山の神に感謝せよ。さもなくば、貴様らには天罰が待っていよう。
日曜日である。朝食は6時半からとのことで用意していただいた。連中全員が6時半に揃った訳ではない。勝手にしろ。大人しく寝ていろ。山が連中で穢れる前に登ってしまわねば、と急いで飯をかっこみ、宿を発つことにした。女将さんは昨晩の惨状を詫びてくれた。また、前回同様、登山口まで車で送ってくれようと声をかけてくれたが、今回ばかりは「歩きたいので歩かしてくれ」と懇願した。女将さんは「ではどうぞお歩き下さい!」と了承した。女将さんに罪はない。飯は美味い。次回は時期を選んででもまた再訪を試みたい、そんな宿であった。
九州自然歩道を歩く。ややガス掛かった山並みが気に掛かる。天気予報は晴れの筈だ。上で晴れてくれれば申し分ないと思いながら、ガスっぽい中、牧ノ戸峠を目指す。牧ノ戸峠に至れば少々晴れ掛かって少々安心した。さて、泊まりの山行には通常登山届けを記述していたが、今回は忘れた。坊がつるで屍を曝すか。そんなこともあろう。ただ、思いは耽った。

耽りの中、沓掛山山頂に到着した。ガスの帳が開けつつあり、久住のシルエットが浮かび上がった。阿蘇は雲海に顔を出す。凡そ2ヶ月振りの山だがペースは程々であろうか。風はやや強く時折肌寒さを感じた。風のお陰で雲は流れている。九州自然歩道で見たガスは嘘の様だ。さて、扇ヶ鼻分岐に至り、扇ヶ鼻方面への指導標は見つかった。3年半前の地図上では火山ガス濃厚なため立入り禁止だった星生山だが、既にそれは解除されている筈だ。この近辺が分岐の筈だが、、、星生山方面を示す標が一つもない。少々心配になりながら大人しく久住分かれ方向に少々進むと、左手の道に星生山方面から下山して来たと思しきハイカーを発見!をぉ、我が判断に狂いなし!!星生山、貰ったぜ。擦れ違う者も殆ど皆無の稜線を行けば、進行向かって右手に見下ろす久住分かれ直行コースには人集りである。皆、久住山と最高峰の中岳程度しか興味がないのだろうか。勿体無い。仕方ないので稜線は独占させて貰った。見下ろす紅葉。色は斑だ。それが自然と言うものだろう。 ただ、心は遠かった。山に何があるのだろうか。自分は一体山に何を求めていたのだろうか。紅葉なのだろうか。自然の息吹なのだろうか。物においての自由なのか。動きながら止まり、止まりながら動くことか。人生は実に暴走である。然しこの九重連山に、アントニオの心は失していた。風は巡る。雲は回る。緑紅は躍る。人々は奔る。硫黄は香る。だが、なかった。星生山山頂には。



反対側からは登山者も多く、山頂には聊かの人集りであった。天候は上向いているようで、稜線は風に捲くられていた。久住分かれの溝には登山者の数に関わらず冷涼感が漂っていた。雲は再び立ち込めてしまう。先行く人々が雲への葬列に吸い込まれていく。山頂で焼香を済ませた気分になりながら、下り始めればまた雲は流れ晴れ間も回復した。やや不案内な稜線を更に進んで天狗ヶ城に到着。果たして天狗は居たのか。そして、既に読者の貴兄もお気づきであろうが、今までの奇行の中で、最大級の滅裂度を迎えていた。体力はそこそこあった。何かしら記録のみを目指していた。記憶を置き去りにして。緑紅は躍っては視界から消えた。脳下垂体から消えた。天狗は果たして居たのか。鬼か。我が皮算用に鬼が笑っていなかったか。

何だか普段と勝手の違う紀行の最中、何時しかツアー中最高峰の中岳に至る頃には天候も快晴に落ち着いた。もっと喜んでもいいんだぞ、自分よ。感動を沸き出でたさせてもいいんだぞ、自分よ。九州本土最高峰を心底味わっていいんだよ、自分よ。沸き出ずる噴煙に、躍動感を覚えてもいいんだよ、自分よ、。肉体は確かに大分県竹田市久住町に在った。然し、精神は横浜市に残して来てしまった。区までは言えないが。一月前の本行程計画時にはは九州本土最高峰へ、4年前のリベンジを試みて喜び勇んでいた。今、その精神を一端解放して横浜市を忘れ去る作業が目的ではなかったのだろうか。きっと新横浜駅構内の崎陽軒でシウマイ弁当とビールを購入して準備万端だと弛緩した序に、気持ちを置き忘れ忘れてしまったのだろう。迂闊だった。次回、があるならば、シウマイ弁当以外の選択肢も検討の対象とせねばなるまい。

人の足も中岳を最後に途絶えた。稲星山なぞ誰も見向きもしなかった。他のプロレス団体が異種格闘技戦に興味を注ぐ中、いみじくもジャイアント馬場は言った。「それならば私はプロレスを独占させていただきます」と。きっと、牧ノ戸峠から中岳までのピストン日帰りと言うハイカーも多いのだろう。この稲星山は割を食ってしまったのだ。人は砂ばかり掴む。結局侘しい気持ちまで稲星山についてきてしまった。山頂は独占だったが嬉しくはない。溶岩性の山頂は、丸で生体の感じられない月面が如し。ただ、この静寂は貰った。
広がる大山原。坊がつるはもうすぐだ。一人耽るには最高の舞台であった。4年前、この辺りで落石を見たのだろうか。あの時の数十秒の判断が生死を分けたと言っても過言ではない。お陰で屍を晒さずに今日を迎えることができたのである。滝のような雨。山道を流る濁流。忘れることはできない。思い出にすることすらできない。ずっと脳裏の現状記憶領域を占領して微動だにしないあの体験なのだろう。そして、今回置き去りし損ねたそれも、メモリ空間に焼きついたままであった。
懐かしの山荘に着いた。未だ12時過ぎである。駆け付け1杯を所望後、足の疲労具合と相談し、至近で一番近そうな立中山を攻めることに決めた。
鉾立峠方面へのルートも今回初通過となった。今日の坊がつるまでの道程と違って歩かれる頻度も少ない道であった。ただ、その不整備具合にはまだまだ上が居たのである。
鉾立峠では立中山から下山して来る団体客に、一つ手前の踏み跡を指され、そっちから登った方が迷わない、との指摘を受けた。今進もうと思った方には立派な指導標が据え付けられていて、そのハイカーの言には訝しさを覚えずには居られなかったが、恐らく氏もアントニオを困らせようと迄は思っては居なかっただろうと腹を括り、 僅かな踏み跡を頼りに登り始めた。少々進むと獣道であった。薄穂の覆う道だが、下に踏み跡ははっきりしていた。だが、矢張り立中山まで相当難儀である。アントニオが難儀と言っているのだ。手持ちの地図には行き止まりになっているが、立中山から大船山までも道が通じていると言う。是も間違いなく獣道だろう。夕暮れや朝の薄暗い時間帯であれば遭難することは必至だ。午後で人も減り、今はやっぱり秋だった。天は黄昏ろ、と言っている。紅葉原に迷い薄穂に埋もれることも悪くはない。もう間も無く11月になろうとしている九重路に、リンドウは慎ましく咲いていた。とても、慎まし過ぎた。そして、見過ごすことは、命を懸けてでも無理であった。
呆然と宿に戻る。明日の帰路のバスだが、一体全体、予約は通っているのか。昨日博多交通センターの窓口でさえ購入不可能だった九産交の九州横断バスのチケットが気に係り、先ずはネットに記載されていた予約センターに電話をした。
愕然とした。九産交、相変わらず使えず。ネット親和性なし。楽バスサイトでは予約できたが管轄外で発券できず、九産交に直接問い合わせろ、だと。何のための共通ネット予約システムなのか。何が管轄外なのか。仕方なく、一応、直接電話を入れた。予約は入っているので直接バス内で運賃を払ってくれとのことである。電話口の応対振りは4年前と比較して存分改善はされたのだが。4年前は酷かった。GW中の渋滞を覚悟の上で電話したところ、「GW中だから渋滞で予定通り運転できないが、それでもいいのか」と言った親父口調であった。もう少し客商売らしいソフトな言い方はなかったのだろうか。多分悔い改めなかったのが再生機構のお世話になった要因の1つではなかろうか。
さて、温泉だ。温泉は加温されてはいるものの温めで長湯向きである。循環利用もなければ、入浴剤など薬物も投与されていない、ピュアな温泉である。男性風呂脇のテラスのすぐ傍を玄関までの小径が通じており、丸見である。昼間、テラスに出るのには若干の勇気が必要であった。
そして、個室が空いていると言われながらも500円の金額差を容認できず、大部屋を選択した。スヮ、120畳貸切かと思われた。個室は白装束仏教徒参拝団も見える。大部屋で正解と思いながら、来月中旬のネパールツアーに向け、先日まで覚えていたネパールダンスの復習をと、サケラ・ソーラン節にタマン・セロを、観客不在の120畳の大ステージで披露した。7時間程度の山中歩行で疲労も溜まり、我ながら体の動きに緩慢さを覚えざるを得なかった。そして、残念なことに、隣の区画に整理された布団20組には今晩の利用者がしっかり予定されていたのである。17時過ぎにノコノコと現れる団体ハイカーの群れ。一気に騒がしくなり、120畳独占の夢は木っ端微塵に崩壊した。嗚呼、姦しい、姦しい。その喋るエネルギーを脚に適用していればもう少し早く宿に辿り着けたのでは御座いませんか。
晩飯の時刻となった。食堂のテーブルがほぼ埋まる程の賑わいである。賑わいとの表現は大人し過ぎた。殺人的であった。食券を持っては配膳所に殺到する面々。山小屋の食堂の味わいはない。3人寄れば酒宴も始まる。彼等にはpublic spaceとしての弁えもへったくれもありゃしない。旅愁は消え去り、旅醜だけが残った。
殺人的な晩飯の戦場を抜け、2度目の風呂に向かった。昼間は登山者から丸見えのテラスだが、頭上には星が細胞内の分子の数くらい瞬いていた。明日も好天だろう。だが、想いは、、、
月曜日。坊がつるは冬を迎えていた。辺り一面に霜が降りていた。そそくさと朝食を済ませ、歩き始める。コースタイム通りであれば2山がぎりぎりだが、何時もの庵速を駆使すればもう2山は軽いだろう。ただ、今日その4山を制覇してしまうと、次回此処に来る理由を探すのが困難となろう。あ、ミヤマキリシマ満開期は確かに未踏だが。




平治登山道も獣道である。九重連山内に縦横無尽に登山道は張り巡らされているのだが、みな決まりきったルートしか選択しないのであろうか。それならば私は平治登山道を独占させていただきます。ただ何時ものアントニオと異なり、独占欲満喫に入り浸ってはいなかった。もの侘しさを引き摺りながら、歩き難い植生を掻き分けながら、半ば消化試合気味の気分である。平治岳山頂一帯は、水無月には一面のミヤマキリシマに彩られるのだろう。だが今、眼前にそれが広がったとしても、、、もの想いに耽りながらの山行はほぼコースタイム通りのペースであった。此処に、、が、、くれたなら、、、





消化試合は続いた。大自然。秋晴れ。錦繍の段原。感動する精神を崎陽軒に置き忘れたか。北大船山を独占し、晴れて4年前のリベンジを迎えられた大船山に至っても、心、此処に在らず。由布岳、平治岳、北大船山、三俣山、中岳、稲星山、星生山、久住山、阿蘇連山、祖母山等が見えようが、だからどうしたと言うのだ。足取りは重い。4年前の道を思い出しても、懐かしさに耽る余裕はない。





法華院山荘に戻った。ほぼコースタイム通りの行脚で、三俣山を攻める余裕はなくなった。最も、今の精神状態で新たな山を攻めることは至極無駄である。此処から長者原へ下山するには、4年前の雨中の濁流に苛まれた諏蛾盛越コースより、雨ヶ池コースの方が所要時間が短い。時間に余裕があれば諏蛾盛越経由で三俣山攻略の策もあったが、兎に角思う存分耽っているうちに時間は経過してしまうため、健常時のアントニオとは想像も付かない短経路を選択してしまう。歩き易かったかと思う。だが、心の重石が脚のスピードに釘を刺していた。矢張りコースタイム程度の速度で下山するしかないアントニオがそこにはあった。 呼ばれざる客だったのか。生命体と呼ぶには不十分な存在だったか。何時か見た長者原の原が何なのだ。前回雨中の足掻き故に発見したショートカットコースで星生ホテルの裏に出て、なけなしの肉体疲労回復を目指して温泉に浸かった。2年前週刊された、朝日新聞社の「花の百名山」に山恵の湯と九重星生ホテルが紹介されていた。その展望露天風呂と九重の山並みの写真を見て、多少値が張ろうが、その運さえあれば相応の人を是非とも連れて行きたい場所だと心に刻み続けていたのである。男性用でさえ8槽、女性用は10槽あると言う露天風呂の浴槽である。週刊誌の写真が如く風景はそこには存在していた。間違いない。天候も上々だ。 取り敢えず山で掻いた汗だけは流したが、それだけだった。勿体無い症候群故に全浴槽制覇は完遂したが、それだけだった。この風景に、何か、足りなかった。休憩室にお誂えの生ビールサーバが存在し、何時もの気分を呼び戻そうとしたが、それはビールの泡と共に霧消した。このホテルであればまだ長者原の方が近いのだが、若干100円のバス運賃を節約するため、くじゅう4号は牧ノ戸峠から乗車する手筈としていた。午後3時を過ぎ、九州とは言え12月の山間では体を動かさねば肌寒さを覚えかねない気候の中、昨日朝と同じ九州自然歩道を昇り、牧ノ戸峠に至った。
売店が2店並んでいた。土産、、、に意味があるのだろうか。モノで気持ちは伝わるのだろうか。モノの非力さを痛感していながら、所謂「余り重くないもの」を探していた。それなりに見つかった。今更モノに何ができよう、と投げやりになりながらも1品選び、自分の腹の足しにとおやつと共に購入した。そのおやつを食べながらバスを待つ。定刻になっても来ない。午後4時の牧ノ戸峠は肌寒い。午後4時に九州の登山口を発ってその日のうちに帰横可能なことには日本の狭さを痛感するが、バスは何をやっているのだ。月曜日だ。休日の観光地渋滞に巻き込まれたなどと言う言い訳は通用しない。バスは何台も通り過ぎるがどれも九州産業交通のものとは違った。定刻より15分は遅れただろうか、漸くバスはやって来た。運ちゃんは低姿勢にも「大変お待たせしました。予約の重成様ですね」と言うので勘弁してやることにした。バス車内は黒川温泉までのツアー客を降ろしてからは閑散としていた。やまなみハイウェイの九十九折だが、運ちゃんも若いながら手馴れており、スピードが落ちないながらも乗客に恐怖感を与えないその巧みなハンドル・アクセル捌きには賞賛感謝の辞を述べてやらんこともない程絶妙であった。熊本空港には定刻より若干遅れての到着だったが、そんな遅延は計算済みで、痛くも痒くもない。その運ちゃんを見て、九産交も再生したな、と感じた。
さて、厄介な航空機乗車である。事もあろうに、今回は行程上利用するタイミングもない筈の食器類まで持参してしまっていたのである。捨て難いSKIPキャンペーンのボーナスマイルと、放棄すべき食器とでどちらが金額換算的に上になるものか、予断を許さなかった。空港のカウンターにて先ずはザックの大きさについて、持ち込み可能サイズか否か、確認をした。中身が少ないために寸法上は合格だ。さて、次に、結局使いもしなかった「武器」の処分はどうするか。フォークとナイフは間違いなく御法度であろう。係員に放棄すれば持ち込み可能かと問うたところ、ナイフのみの放棄で十分とのことであった。ナイフ1本ならいいか。ボーナスマイルの方が残念ながら価値が上だった。ナイフに心の中で御免なさいしつつ検問をパスし、土産物屋や食堂の並ぶフロアへ上がった。
各種食堂で如何に晩酌をするか模索していた。熊本地ビールには惹かれたが、サイドディッシュの値段に驚愕して断念した。大人しく馬刺し等を出す和風の店の暖簾を潜ることにした。晩酌セットには馬刺し、枝豆、辛子蓮根のフライ、地鶏の塩焼きなど、申し分ないサイドディッシュが並べられており非常に満足であった。思わず中ジョッキを追加注文してしまった次第である。
晩酌セットでほろ酔い気分の後、手荷物検査場を余裕で通過した。ポケット内のものも全て出した。フォークはお咎めなしか。何だよ、大丈夫なのか?万が一アントニオが機内で発狂してタイガージェットシンに変身してしまったら、どうするのだろうか。次回からは怪しまれないように、フォークの持参は慎むことにしよう。
セキュリティチェックを通過し、搭乗口方面へ向かう。小さな空港で搭乗口付近にはJAL系とANA系の2店舗のスナックコーナーと土産物売り場のみが存在した。近い方のANA系の店の前で思わず唸り声を上げた。あ、柚子胡椒だ!くじゅうヒュッテで食べたのは!然程の価格ではない。行き着けの飲み屋へ土産に買って帰るか。
NH650便はA320型機で、フランスでは乗ったが国内でこれ程小さな機体の航空機乗車は初めてであった。3列3列席でビジネスシートはない。有料だろうが思わず赤ワインを所望してしまった次第である。機内食の赤ワインには、例えエコノミー向け安物でも今まで外れがない。羽田行き便は順調に夜空を舞い、到着は予定より15分も早かった。当初の予定より1本早い電車で鴨居に戻り、さて、飲み屋に寄るか迷った。店の前を通過する頃には23時を回っているだろう。幸い、未だ看板の明かりが灯されていた。暖簾を潜れば近所のスナックのお姉さんも飲んでいた。彼女が、柚子胡椒で鍋を食べたい気分だったと言う。残念ながら鍋の準備はなかったが、取り急ぎ板わさに柚子胡椒を添えて頂いた。あのエムボマの中津江村産である。柚子胡椒、天晴れ。
(完)

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付録:
山旅アドバイス
・東海道山陽新幹線グリーン車はおしぼりサービスあり。
JR東海内は使い捨てタイプ、JR西内は再利用タイプ