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永勤も激しく

不定期連載 山道をゆく 第269話
不定期連載 麦道をゆく 第74話
宮之浦岳(日本百名山、庵選千名山604)
山岡酒店(オリジナル、強吟(大山G))
地ビール祭京都
呉ビール(呉吟醸ビール)、ソングバード(ブロンド、ゴールデンビター)、 湘南ビール(ピルスナー)、
いわて蔵(ヴァイツェン、山椒エール、オイスタースタウト、IPA、ゴールデンエール、
和讃エール)、宮島ビール(ピルスナー、デュンケル、ウィートラガー)、
梅錦ビール(アロマティックエール)、オオヤブラッスリー(越中風雅)、
六甲ビール(六甲IPA)、
リトルプラハ
(ボヘミア・アルト、ブロンド、ガーネット、ケルシュ)
けやきひろば春のビールまつり
福島路(ピルスナー、エクストラピルス、ピーチエール、ましましレモン、いぶりエール)、
あくら(あくら吟醸ビール)、湘南(マイボック)、いわて蔵(ショコラスタウト)、
ブルーマスター、ZUMONA(スペシャルIPA)、ハーベストムーン(ベルジャンウィート、
ゆずレモン、エクストラウスタウト、インペリアルIPA)、田沢湖(ブナの森)、
牛久(桜満開ラガー)、コエド(Red Rye IPA)、梅錦(ソクジョウ)
【永勤も激しく】

5/ 8(金)
庵庵=(119系統新井町経由)=鴨居駅…松屋…鴨居駅〜新横浜…セブンイレブン
…新横浜〜(のぞみ111号)〜京都〜烏丸御池〜西大路御池…EXCELLENT西院
…二条城前…堀川今出川…千本今出川…山岡酒店…千本丸太町…めん馬鹿一代
…西大路御池FRESCO…宿

5/ 9(土)
宿…三条商店街(地ビール祭京都2015ボランティア)…Param…宿

5/10(日)
宿…四条通…なか卯…西院〜(快速急行)〜十三〜(急行)〜蛍池〜大阪空港
/JAL2407/鹿児島空港/JAC3745/屋久島空港=牧野
…コンビニしいば…民宿ひまわり

5/11(月)
宿…牧野=屋久杉自然館=荒川登山口…小杉谷山荘跡…大株歩道入口
…ウィルソン株…大王杉…夫婦杉…縄文杉…高塚小屋…新高塚小屋
…第一展望台…平石…焼野三叉路…宮之浦岳…栗生岳(トラバース)
…黒味岳分れ…花之江河…小花之江河…淀川小屋

5/12(火)
小屋…淀川登山口…(町道淀川線)…紀元命水…紀元杉…ヤクスギランド
…荒川三叉路=安房…Sao Paulo…しいば…ひまわり

5/13(水)
宿…安房=屋久島空港/JAC3740/鹿児島空港…リトル・プラハ…空港
/JAL646/羽田空港〜(エア急)〜仲木戸…東神奈川〜鴨居=鴨居七丁目
…庵庵

5/14(木)
庵庵…鴨居〜菊名〜渋谷〜新宿〜池袋〜浦和〜さいたま新都心…けやきひろば
…さいたま新都心〜上野〜東神奈川〜鴨居…松屋…サークルK…庵庵

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

彼是某社勤務も20年が経過した。何を残せたのだろうか、疑問は尽きない。ただ、余り難しく考えることはない。今年は夏季休暇も纏めて取得すべく、お上からの指令である。
登頂未遂な百名山があと3座。GW翌週の宮之浦が乙ではなかろうか。京都三条もお手伝いしたいことだし。京都から敢えて伊丹から空路で島入りとはどうあろうか。三条については結局土曜日に宿泊費がアップしない昨年と同じ場所を手配し、ボランティアについては休憩時間不足を懸念して再度いわて蔵専属でやらせていただこうと社長に伝達しておいた。宮之浦を攻めるにあたり、既成ツアーがリーズナブルなのか迷ったものの、果たしてツアーがアントニオの歩足に合わせてくれるのか疑問もあり、また、交通と宿泊込みのパックで1泊のみ山小屋が可能なプランは安くはなかったので、思い立ってJALのHPから早割予約、及び某旅行商品ポータルからピピッと宿をそれぞれ予約することにした。縄文杉までの行程や装備アドバイスを様々に確認したが、山家として心配すべきだったか、そこだけは気がかりではあった。予定通り帰横し、残一日はけやき初日である。迷わず行けよ、行けば解るさ。アントニオに休暇をノンビリすると言う概念は、果たしてなかった。
冬行脚時の鴨居駅付近での昼食での真っ赤な丼絨毯の大失敗に懲り、そう、あれは当日は問題なかったが、翌日翌々日のトイレで四苦八、、、閑話休題。通常通り松屋へ寄った。新横浜でのコンビニでは結局ガソリンは購入せず、新幹線内ではメールチェックに勤しんでいた。
市営地下鉄に乗っているうちに、携帯が鳴った。宿からである。そーいえば、14時チェックインで予約していたのだ。既に15時半であるから、、、宿名は昨年と異なってはいるがシステムは同じ、チェックインをして粗方荷物を置いて、宿を出る。
山岡酒店のキーワードでマップ検索する。二条城の周囲を巡り、北上を続けた。酒店マップの目的地付近に辿り着いたはずが酒屋らしきが見当たらないぞ、、、堀川今出川付近にて業を煮やし、FBにて酒店の連絡先を見つけては電話をした。通る男性の声で、千本側へ来てください、との主旨であった。あー、確かに住所は千本今出川だった、、、東側に無駄に歩かされた訳か、、、次回は住所できちんと検索しないと、、、
千本今出川の交差点を少々北上すると、目的の店は存在した。冷蔵庫には仰山の酒類が目白押しだ。さすがに山岡氏は明日の準備でてんてこ舞い、店にはおらず、山岡氏の父と見られる方が、元気そうに店番をされていた。あ、山岡氏に声が似とったな、、、と改めて感じた。さて、悩みに悩んで酒店ハウスビールと思しきものを1杯と、大山Gの昨年の八郷は強吟を所望した。強吟を嗜んでいる間に山岡氏が登場するも、挨拶もままならぬうちに色々と作業に忙しくされていたので、まぁ、また明日お会いできると思い、2杯で酒店を切り上げることにした。
結局今回はバスのお世話にならずに昨年に引き続き、めん馬鹿にチャレンジである。先客は居ない。金曜の夜なのに、こんなものなのか、、、まぁ、そこで気を緩めてはいけない。焼き葱ラーである。昨年外野席で鑑賞させて貰ったので勝手は知っている。存分燃えてくれ。
確かに燃えた。客一人のため撮影もできなかった。ただ、まずまずの味である。ヤキメシも然り。その、もう一度食べたいと思える程の感動は舌には響かせられなかった。来年の前夜ラーメンは、、、魁力屋本店か?少し遠いけど、それもまた人生。
宿に戻る途中でスーパーに寄る。缶ビールと摘みを買おうとしているうちに、弁当も美味しそうなものが見つかったため、明日の朝用にと一緒に購入する。
航氏より、12時頃に会場入りすれば良いとの話だったが、昼まで時間をどう潰すべきか考えていなかった。そんな手持ち無沙汰は御免だ。美味しいビールを堪能するには存分準備運動が必要だ。自分にできることに何があるかは定かではなかったものの、10時過ぎには会場付近に来てしまった。
未だ殆どのブルワーさんもいらっしゃらない。顔見知りは実行委員の幹部の一部の方とあとはボランティアの常連さんくらいか。今年のTシャツの色、渋くていいなぁ。失敗したな。一般ボラ参加すれば良かったナ。ただ、ボランティアミーティングも、全国地ビールフェスティバルin一関のTシャツを着ているアントニオは蚊帳の外で傍観するしかなかった。それに、一般ボラでないとブースや排水等関連の地図もないため、商店街事務所から湧きいずる数々の作業に便乗するのは少々困難であった。それでもゴミ箱設置班に何とか居場所を無理矢理こじ開ける。ゴミ箱の置き場にも神経を使う。民家や営業店の邪魔にならないような場所を考えながら進むと、だいたいチーム内でコツも掴め、次はあそこ、と声に出さずとも意見は一致するようになった。それを片道800m、往復1.6km沿道にゴミ箱を準備し、あ、そんなうちにいわて蔵の後藤氏も訪れたり、良い運動になったなと感じた。いわて蔵に続き、筒井氏単独の湘南ビールも設営に協力した。湘南ビールの備品不足分をハーベストムーンの園田氏にお借りしたり、やれることをやったかと思う。昼飯は、、、残念ながら自腹したが、商店街で有名な肉屋の弁当を所望した。そろそろいわて蔵のブースへ戻らんとしている途上、西友でミネラルウォーターを購入しようとするや、割引日の多いクレジットカード入会を勧められてしまう。開店寸前にどれだけ回れるか、と言う大変貴重な時間を、入会手続きで失ってしまった次第である。これもまた人生なり。
それでも何とか他ブースを回らんとすると、、、見覚えのある女性が、先方側から挨拶してくださるではないか。アントニオの本名も存じていた。5年程前はPopeyeに勤めていらしたのか。今、ソングバードで醸造していらしていると言う。酒類は少なかったが、最大限頑張っている感覚が味わえた。ベルジャンタイプのしっかりめビールが喉に優しい。
さて、14時のゴングである。案の定と言うか、一旦行列が出来始めると、止まるところを知らない。昨年は一般ボランティアでいわて蔵皮切りだったのに、一滴も飲めなかったので今年はナケナシの憂さ晴らしにちびりちびりとやってはいた。しかし、行列は何時切れるのか。排水処理や自身のトイレ以外に休みようがない。刻一刻と他ブースの売れ筋は消えて行く。嗚呼、今年も昨年の二の舞か。長時間、サービングマシーンと化していた。3種程ケグは瞬く間に空になってしまった。
17時過ぎだったろうか、漸く列の切れ目が見えんとした頃、前売り券消費の旅へ出させていただく。富士櫻に大山は長蛇の列。梅錦が心持ち短い。並んでは何とか待望のアロマティックエールをget。その他興味深そうなブルワーのビールは売り切れか長蛇の列。ソングバードさんに再度赴き、ブルワーさんの意気込みを堪能する。クリス氏やアオイブルーイングのビールは辛くも飲めなかったが、今回は何か不満が殆どない。ゴミ箱設置に往復で1600m歩き回ったことだし。何とか飲めたらと希望していたビールの1/3くらいは試せたか。
打上げ時もソングバードさんとイベント談義となった。話し込んでしまい、お蔭で飲み過ぎることはなかった。京都の地で千葉ビアフェスを!との談義である。千葉と言えば、忘れてはならない大御所が傍を通り過ぎんとしていたので捕まえると、「Sさんも抜けてしまって、今までのように飲み歩き?の時間も取れそうにない」、などなど。語れる方が京都にもいらっしゃる。自分の居場所が出来たとまでは思っていないが、また来年も来ても良いと感じた。クリス氏の醸造所にも寄りたいぞ。
さて、天気予報は。台風6号は。屋久島町内は風が強そうだ。辛うじて曇りマークが提示されているが、山の天気はそんなには甘くはなかろう。左程飲んではいなかったが二日酔い気味、なか卯では普通に牛鮭定食を普通盛りで注文した。大丈夫かなぁ、山の神の逆鱗に触れないだろうか。阪急電車も当初の予定より約20分早い列車で空港を目指す。蛍池駅では一瞬でモノレールに乗り換え可能であったのが幸いである。伊丹空港構内の無料WIFIのお世話になった。
鹿児島行きJAL2407便は機体も古い。E170型。聞いたこともない。今時のプライベートスクリーンの類も設置されていないどころか、オーディオサービスさえなかった。機長アナウンスでは桜島噴火の影響のみを語っていたのだが、台風6号は問題ないのか。続く屋久島行きJAC3745便は形式はDHC8-Q400、、、プロペラ機だ。どデカいタイヤのすぐ脇の席だった。飛行時間も短いため飲み物を配る余裕はなく、その代わり、観光用パンフレットと飴玉を配っていた。窓下には住吉池、鹿児島中央駅、そして開聞岳が美しい。南の離島行脚は、社員旅行の沖縄以来である。

屋久島空港はこじんまりとしており、ターンテーブルなぞ当然ない。カーゴから運ばれた荷物類はすぐ目の前に陳列された。最後の荷物だったがそれでも受領してから40分以上は間があった。屋久島らしいもの、食べようか!
空港内の食堂に入り、飛び魚丼を所望する。いや、そのまんまやんけ。揚がった羽はボリボリと齧らせていただいた。偶にはこんな顎の運動も必要だ。屋久島グルメもまだ序の口だろう。今後に大きく期待したい。
さて、いわさきグループ系列の屋久島交通バスに揺られ、20分ほどで牧野に到着。コンビニしいばに寄り、明日山へ持参する食材を購入し、民宿を目指す。嗚呼、南国だ、南国だ。
アントニオが一番手であったが、数名の宿泊客が来るとのことである。洗濯機と乾燥機も無料で使えるとのことで、有り難く利用させていただいた。ツアー中に洗濯するなんて、もしや、大学院の卒業旅行のオーストラリア行脚以来かも知れない。バッグ内の衣類が綺麗だと、それはそれで気も軽くなるものだ。宿泊者中の登山者はアントニオのみだそうだ。宿のおばさんが何時本州戻りかと問う。プロペラ機は大雨による視界不良に弱いらしい。あれは9年前、日ネ国交樹立50年記念事業の一環として公演ツアーに行ったポカラを思い出す。雨は降ってなかったと思うのだが、似たような悪状況だったのだろうか。帰国のことはどうでも良い。明日、明日の天気が気にかかるのだ。ただ、止める様子もない。この分なら、山ん中雨やろ、との連れない発言、、、弁当は何とカタログが用意されていた。弁当は業者への外注の模様だ。どこの民宿でも似たようなシステムらしい。激早朝にはそれぞれ注文した宿に配達されるとのことである。実際には宿代と一緒の精算となったが、寄付金付荒川登山口行きバスのチケットも購入し、覚悟を決めた。どうせここは雨の国なのだ。なら存分打たれよう。生還だけはしたい。何時かリベンジが必要かも。ってこの島は何時が晴れ時なんだよぉ。。。
少々沈みながらも、晩飯の豪華さに気を取り直す。飛び魚唐揚げにカメノテ!石鯛の刺身!民宿の晩飯に舌鼓16連打で、もうこの旅が此処で終わっても良いと思ってしまい、ホントに大雨に祟られて終わってしまった7年前朝日岳へ向けての大島登山口の朝日屋を思い出してしまった。構図が酷似している。ヤヴァイ。それはいけない。闘う前に負けると思っている馬鹿がいるかコノヤロー byアントニオ猪木。

4時過ぎに宿を発つ。少々風があるが降ってはいない。牧野のバス停まで行き、空港側からのバスを待つ。まつばんだ交通のミニバスに乗車、終点自然館で下車する。すると、5時前と言うのに、多数の縄文杉ストでバス停前はごった返していた。この人数だからと言えども増便はないらしく、結局5時始発の便は泣く泣く見送ることなった。ただ、逆に、次のバスまでの20分間、朝食を摂る余裕ができたのが幸いであった。そう、何事もプラスに考えることだ。もし5時のバスに乗れていたとしたら、座る場所もないようなところで食べなければならなかったかも知れない。百里の道も一歩から。行く先の不安を払拭するには、やるべきことを1つずつこなして行くことだ。おにぎりなどを消費しているうちに次のバスがやって来た。当然ながらこの便も補助席が全部埋まるほどの賑わいとなった。新高塚小屋で温存するつもりはないのだが、果たして前便、当便やそれでもあぶれてしまった方々のうち、一体全体どれだけの方が小屋を目指すのだろうか。それはそれは非常に不安であった。
曇り空の荒川登山口に到着。バスを降りてすぐにトイレ個室に直行、ウン良く空いていた!あの人数でトイレを目指されてたら数十分待ちは免れなかっただろう。幸先が良さそうに感じた。そう、アントニオは選ばれし者なのだ、ふっふっふ。そんじょ其処いらの縄文杉ストと一緒にはされたくはないぞ。登山口付近で記念撮影する者は多かったが、思えばあの時分で、どれだけの者が登山届を投函していたのか。殆どの縄文杉ストは未提出だったのではないかと推定される。これを執筆している時分には隣島、口永良部島は新岳噴火が記憶に新しく、御嶽惨事の熱さを忘れた輩ばかりだったのではないかと微妙な憤りを感じてしまう。
暫くは森林軌道沿いを歩く。枕木の大きさや並びはバラバラなのだが、その上を走るトロッコには大きな影響を及ぼしていないことを考えると、線路の建築技術には頭が下がる次第である。空を見上げれば明るみも感じられるようなのは気のせいか。否、気のせいではなかろう!軌道沿いは傾斜も少ないのだが、そのバラバラ間隔の枕木、或いは枕木の間を踏みながらでは、歩幅調整に神経を使い、通常よりエネルギーを消耗してしまっているようにも感じた。このペースで今日中に山越えができるだろうか。光合成にも未だ光量が不足している。


一時、軌道を逸れた初老夫婦とガイドの3人組みを見掛けた。ん?軌道より近道があるのか?追うべきか否か逡巡したが、結局は追わなかった。アップダウンもあるように見えたし、もし本当に近道だとしても、正規ルートから追い抜いてやる!と思って道なりを行った。暫くして、はは〜ん、あれは隠し観光スポットに行こうとしていたのだろうと理解した。その延長線上に谷があったため、近道たり得なかったのである。縄文杉スト向けプライベートツアーなのだろう。目的にの途上で目に入るのなら避けることはないが、今回は残念ながら杉如きに油を売っている訳にはいかない。

登山口から約1時間、小杉谷付近でバイオマストイレのお世話になった。その辺りから、少々傾斜がでてきたかと思う。山道としては生温い部類ではあったが、森林内で光合成もできなければ思った程コースタイムに先んじることはできていないように思う。先は長い。頑張ろう。只管進むのだ。沿道にはヤクシカが何匹か我々を見物にいらしていたようだ。丹沢、はたまた金華山の猛者と比べて、何と可愛いシカなのだろう。さすが世界文化遺産在住鹿である。


大株歩道入口のトイレにもお世話になった。心持ち、可能な限り早歩きで此処まで来たつもりだ。未だ両不安は一向に拭えない。ただ、大株歩道に入ってから、途端に人が少なくなったように感じる。寧ろ、失速者が続出、と言うことなのだろうか。確かに普通の山道だが、縄文杉のみ目当ての方々は面を喰らう道が続いていた。ウィルソン株付近には未だそれでも人集りを確認した。株中から見上げると、方角によってはハートマークに見えると言われているが、、、それに肖るべきかも知れないが、今回は宮之浦第一主義につき、数枚写真撮影後、未練なく先を急ぐことにした。大王杉、夫婦杉と巨漢が立ち並んでいる。もう少し予習すべきだったか、凄さは感じるが、これをきちんと味わうにはまた機を改めたいと思う。大株歩道入口まで、コースタイムに余り先んじることはできていなかったと思うが、台風6号が心配なため、登山計画書には新高塚泊と記載はしたが、心は何とか淀川小屋へ、と焦っていた。










嗚呼、これが噂に聞し召す縄文杉か。矢張りでかい。このでかさほ保全するのは並大抵の努力では無理だろう。それにしても先客が1名しか居ないとは。確かにここまでコースタイム約5時間だが何時の間にか4時間に収めて来られた。アントニオが山道を普通に歩いた結果と言うことか。申し訳ないが、繰り返すが、今日は宮之浦第一主義であり、ここで油を売り続けている訳には行かない。先を急ぐ。


その先の道もひっそりとしていた。確かにGW開けの平日ともあるが、その割に縄文杉ストの数は半端なかったと思うのだが、真のハイカーは極疎らである。アントニオ独擅場である。勿体ないな、と感じた。小屋が込むとの心配は雲散霧消した。縄文杉から指呼の間だった高塚小屋から淀川小屋まで10kmだ。未だ10時前である。頑張れば7時間程度で行けるだろう。





ただ、高塚小屋を過ぎるや、風の強まりを否定できなくなってしまった。森林鉄道の軌道上からは薄らと上空に明るみを確認できていたのだが、来たるべき台風には抗えないのだろうか。心なしか、ぽつりぽつりと水滴も感じつつあった。嗚呼、矢張りここは年間400日、月に40日雨の降る屋久島なのだ。雨の登頂は避けられないのだろう。ただ、今日中に淀川まで行くべきだろう。今日より明日の方が大変だろうから。






平石辺りでは、期待通り、青空の面積が雲のそれを凌駕し始めたように感じた。密かに自分は晴れ男の筈だ、念じ続けていた。あと1時間持ってくれ。下山開始早々降り始めても構わないから!






やった!遂に、98座目!好天でリベンジ不要だ!地ビール祭京都をヘルプして十分堪能したご利益かも知れない。京都行はこのツアーに必須のステップであったのだ。そうそう、あれが永田岳だろうか。ゼァッ!雨無なので存分自画撮りできるぞ!50までにIWGPか!俺は来年までに100座だ!ゼァッ!


いや〜っ。緊張は崩れた。未だ先は長いのだが、足取りは軽かった。少々気になる雨脚になり、一時はザックカバーにレインウェアで応戦したが、天気雨程度に留まり、じきに止んでしまった。高塚小屋直後の強風は一体何だったのか。台風は予測進路を大きく逸れたのか。縄文杉組の中に雨男は沢山居そうだが、ハイカーの方には皆無だったのであろう。ラッキーだ。
体力的に、申し訳なかったが黒味岳はパスし、丸で花札の絵柄が如き、ヤクシカと花之江河の風景にも感動を覚えられず、そそくさと淀川小屋へと向かった。


コースタイム13時間程度のところ、ほぼ10時間の歩きで淀川小屋に到着。小屋泊まり先客はおらず、また次の客も挨拶には来たが結局小屋前で天泊されるようだった。実質、貸切である。無人小屋なので当然電灯の類もない。膝サポーターを一旦外すも、暗くて実態を確認できなかったのだが、左脚側は血豆の脚バージョンみたいのができてしまっているようだ。。。全治3週間くらいだろうか。。。ただ、膝は持ち堪えてくれた。感謝である。朝晩は冷え込むだろうと2階部置くに陣取り、夕方に少々惣菜パンを口にし、歯を磨いてトイレに寄って、早々と就寝した。
普段の約2倍の睡眠時間の堪能を、滝が如き大音声に妨げられた。3時台だろうか。あちゃー。矢張り台風は未だ居たのか。。。嗚呼、未だアントニオは屋久島に居るのだ。。。昨日のうちに下山してタクシーでも呼んで、、、宿代も1泊分捻出できていれば、、、後悔先立たず。早く起きても淀川口側のバス便の時刻を考慮すると7時くらいに出れば十分なので、うだうだと過ごす。念のためセットした目覚ましで6時を知り、残ったパンを食べているうちに、小屋の外の雨音がフェードアウトしていた!雨は止んではいなかったが小康状態である。支度をしているうちに、この天候下でこれから宮之浦方面を目指さんとする初老のハイカーを確認した。アントニオは運が良かった。氏の運や如何に。
申し訳ないが、自己防衛すらままならない状況である。アントニオは淀川登山口を目指す。雨量は減らないが、登山口までコースタイムで40分である。気持ちは軽かった。山道は軒並み小川が様相を呈していたが、もう消化試合である。危険個所はないだろう。ただ、雨脚はどうなるのか。紀元杉側のバスは運休になってしまわないだろうか。
誰もいない淀川登山口に立つ。雨を凌げる屋根のあるのはトイレくらいである。山道よ、お世話になった。有難う。さらば。

舗装路を下る。バスは紀元杉発が10時40分。偉く時間はある。雨脚は収まらないし、バス待ちで暇を潰すよりは進むべ。そう、この雨!これが屋久島だ!参ったか!!と納得する。なぁ、ヤクザル君よ、そうだろう。晴れの山に、嵐の下山。濃密で適切なシナリオだ。この嵐が明日止んでいれば文句はなかろう。


雨は強いがヤクスギランドには沢山の自家用車に観光バスが押し寄せていた。まぁ、せいぜ、この天気の中、杉を楽しんでくだされ。もう私の役割は終わったのだ。存分雨に濡れなさい。観光バスも遠慮なく動いていることだし、それに、紀元杉行き往路バスも発見!安堵に胸を撫で下ろし、更に下ることにした。時折雨の勢いは滝が如しなれども、足取りは頗る軽かった。
やがて到着するは荒川三叉路である。荒川側ゲート詰所は幸い無人のため、と言うか、それ以外の場所で雨宿りをすることができないため、バスが来るまで待たせていただくことにした。この雨の中、タクシーを使ってでも縄文杉を愛でに、との方も数パーティーいるようだ。せいぜ頑張っていただきたい。しかし、タクシー乗客も自然保護協力金支払いが義務付けられているのだが、きちんと徴収は実践されているのだろうか。
待つこと20分以上だろうか。何とかバスに救われた。「(ザックは)床に置いてください」とのことだ。態々言われなくてもそのつもりだったのだが。シート自体もビニールカバー掛けで水分は弾くようにはなっているのだし。さすがに荒川分かれから自然館までのコースタイム5時間半には怯み、こうしてバスのお世話になったのだが、先客のおばちゃん軍団は何処から乗車したのだろうか。ヤクスギランドか。ご苦労なことだ。さぁて、昼は美味しい島グルメを食わせてくれよ!
安房にてバスを降りる。手作りマップを頼りに界隈を歩く。興味深そうな食堂は多いのだが、、、まずはかもがわに寄れば、後30分近く待ってくれ、と言われる。この天気の中、30分は待てない。ならば、と思って第二候補、第三候補など巡り巡るもどこも開いていない。GW開けの平日ともなれば、仕方ないのか。かと言って屋久島まで来てモスバーガーはなかろう。もう一軒、頼みの綱と思しき、複数のガイドブックにも掲載されている焼肉屋に行くも、、、今日は休業。だが、1軒手前の、火曜休業の記載のあったSao Pauloに電気がついているように見えた。恐る恐る入れば営業中だった。ここの名物はステーキか、、、高額なものは要予約であり、少額メニューについては「お休み」となっていた。。。鹿児島豚を使ったとんかつ系くらいか、地元らしいものと言えば。みそとんかつ定食を所望した。海の幸かシカ肉に期待していたのでSao Pauloさんには申し訳ないが、美味しくなくはないが感動はあまりなかった。
昼食後、ひまわりに電話をする。紀元杉発のバスは10:40と15:00発の2本である。普通のハイカーなら昨日新高塚小屋泊で紀元杉15時の便になろうが、まぁ、昨日新高塚小屋泊は遥かにリスキーであり、この通り既に昼飯時に下界に降りてしまっていた。事情を話せばすぐに風呂を沸かしていただけるとのことである。途中、コンビニしいばに寄って缶ビールを購入し、民宿へと戻る。
民宿の玄関には濡れ靴乾かし用にと新聞紙が大量に用意されていた。ザックカバーは装着していたものの、いろんな箇所に水漏れが発生していたので、室内干し大会である。風呂に入り、濡れた衣類も洗濯&乾燥へ。宿のオバサンには15時くらいまでは絶対窓を開けないでください、と釘を刺された。郷に入らば郷に従え。台風は隣島を急襲しているのか、煽りの風が強い。しかし、空には明るみが。我が体験を本場モノと言っては失礼だろうが、屋久島の天候の喜怒哀楽を短期間で体験できたようで、アントニオに相応しいステージであったことは間違いない。山行前にも洗濯をさせたいただけたので、今回のツアー直後に限っては自宅に戻ってからの洗濯祭りは不要だろう。今日の昼食は残念だったが、未だ晩飯があるぞ。屋久島飯を堪能したい。1本早い便で入島したら、紀元杉行きの夕方便でその日のうちに淀川小屋、翌日山越えで荒川登山口下山では屋久島飯が1晩だけとなってしまう。それは勿体ない。アントニオの旅計画は割と充実だったかと自画自賛だ。コンビニ購入のビールは冷蔵庫に入れておいたのだが、、、残念ながら、冷蔵庫は台風一過に伴う停電に備えてなのか、電源が入っておらず、コンビニビールは少々温かったのが悔やまれる。
夕食には石鯛の塩焼きやきびなごの南蛮漬けなど、ほっこりとした気分で屋久島飯を堪能した。
屋久島最終日も大晴れ。朝食は質素ではあったが、そう、初日から味噌汁が海産の出汁に涙がチョチョ切れる思いの連続であった。たんかんのジュースが送辞か。アントニオは基本晴れ男か。聞けば、昨日の荒川登山口行きバスは全休したと言う。正義はカツ。朝食をいただき、少々早いが宿を発ち、風に吹かれながら安房方面のバス停を目指す。安房にて、次のバス停までどれくらいか、待っていたおじいさんに問えば、遠いぞ、ここで待ってりゃすぐバス来るさ、とのことで、郷に従うことにした。実際、次のバス停まではかなりの距離があり、大荷物で大汗だく、はたまた乗り過ごしも有り得ただろう。




山中では幾つかのトイレの世話になったことだし、これは寄付をすべきと認識して募金箱を模索していたが、そう言えば空港近くの観光案内所にあったと記憶していたので、バスが空港に着くや否や、走った。だが、案内所は施錠されていた。ううむ。スゴスゴと空港側へ引き下がろうとすると、向こうから、どうも案内所の方と思しき女性が向かって来た。「今開けますので、、、」とのことだったが、アントニオは純粋に募金をしたいだけだったので、微力ながら、漱石さん1枚を彼女に手渡してその場を辞去した。食堂や土産物屋には時間の都合で目もくれずに再び機上の人となった。
何事もなく飛び立ったJAC3740便だが、昨日欠航に対する謝罪アナウンスが機内に流されていた。一日でも予定を前後していたら、予定通り島に辿り着けなかったか、島から離れられなかったかの何れかだったのだ。ラッキーである。


鹿児島でのトランジット中に霧島高原ビールに寄れるのだ。鹿児島では敢えて数十分後の便でなく、2時間後のそれを指定して予約したのだ。いぶすきマラソン時に次いで2度目の訪問である。辛くもレストラン開店は11時半からであった。少々待ち切れず、売店の立ち飲みブースに寄った。アルトを所望し、イベント出場の話題などを持ちかけたからか、ブロンドを追加で試飲させていただいた!ラッキー!ほどなくしてレストランに入った。メニューが以前とごっそり異なり、欧風になっていた。ランチと、ガーネットをパイントジョッキで頂く。んまい。店内のガラスドアかしこにビールの製法が記載されていた。ここも解放タンク、即ち穴開きタンクを利用して醸造しているようだ。それなりの気苦労もあるのだろう。追加のケルシュも美味しくいただいた。




空港に戻る。羽田への帰路は少額奮発してJクラスシートに納まった。ゆったり感は有り難い。今回のドラマも思い出深かった。運良く山で晴れたよな。そして、屋久島らしい風雨も体験できたし。惜しむらくは未だ、屋久島グルメを堪能し切ったとは言えないことだ。また訪れたいものである。
さて、山行の前後で洗濯ができたため、帰宅後に洗濯祭りは開催されなかった。道中Tシャツも増えたことだし。翌日は出勤ではなかった。否、さいたま新都心オフィスへ通わねば。今週3日来週も2日が担当となっている。おっと、新横浜オフィスで会ったことのあるN氏も今日はさいたまか。3月に福島路工場で醸造に立ち会ったましましレモン♪の披露日である。調子に乗って、知り合いブルワー、関係者に配ってはお返しをいただいてしまい、の連続で、これまたやり過ぎてしまった。ましまし外交なのか。単なる押し売りか。タダ乗りが薩摩の守ならば、タダ飲みは武蔵の守と言うべきか。実家及び小中学校とも相模の国であったが。嗚呼、節度ある外交を。日程はあったのだ。1日で回り捲る必要はなかったのだ。秋のけやきシフトは担当日自体を自制べきか。どうか、節度を。

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

永年勤続20年を振り返る間もなく、無事に休暇を終えた。健康第一。

(完)


付録:

山旅・麦旅アドバイス
・「山岡酒店」でマップ検索すると別の地に誘導される可能性あり。千本上立売の住所で検索すること。
・民宿ひまわりは有線LANサービスあり。LANケーブルは部屋にあり。冷蔵庫も利用可能。
・登山用弁当は民宿から弁当業者に外注するシステムの模様。
・荒川登山口シャトルバスは乗客と台数の都合でバス停に居ても次の便に乗れないこともあり得る。
・荒川登山口から約2時間程度、レール沿いを歩く。傾斜は左程ないが枕木間を歩くのは少々骨が折れる。
・淀川小屋は無人、無電灯。トイレは小屋外にあり。