遥かなる瀬戸内国立公園

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不定期連載 山道をゆく 第154話
加藤文三郎追悼山行
04/04/02〜 御殿山(庵選千名山267)、武奈ヶ岳(日本二百名山、庵選千名山268)、
カラ岳(庵選千名山269)、釈迦岳(庵選千名山270)、
旗振山(庵選千名山271)、栂尾山(庵選千名山272)、
横尾山(庵選千名山273)、高取山(庵選千名山274)、
菊水山(庵選千名山275)、摩耶山(庵選千名山276)、
六甲山(日本三百名山、庵選千名山277)、岩倉山(庵選千名山278)
(includes 不定期連載 グルメ街道をゆく 燕楽(和風居酒屋))
【遥かなる瀬戸内国立公園】

4/2(金)
庵庵…西谷〜二俣川〜海老名〜本厚木…本厚木バス停−

4/3(土)
−京都駅…七条駅〜出町柳=坊村…御殿山…ワサビ峠…武奈ヶ岳
…イブルキのコバ…八雲ヒュッテ…比良ロッジ…カラ岳…釈迦岳
…イチョウガレ…旧しゃかだけ駅…旧さんろく駅…桜のコバ
…比良駅〜山科〜二条城前…ホーユーコンフォルト(HC)…ホテルオークラ
…花八代−HC

4/4(日)
HC…京都御苑…百万遍…京都大学総合博物館…ランチハウス・キクイチ
…清水坂…清水寺…茶わん坂…祇園=堀川下立売…Fresco…HC…堀川下長者町
=四条京阪…燕楽−ハートンホテル−堀川下長者町…HC

4/5(月)
HC…大宮〜十三〜三宮〜塩屋…ドレミファ噴水パレス…旗振山…鉄拐山
…須磨寺公園…栂尾山…横尾山…須磨アルプス馬の背…東山…高取山
…鵯越駅…鵯越第一トンネル入口…菊水山…天王吊橋…鍋蓋山…大龍寺
…市ヶ原…稲妻坂…天狗道…摩耶山・掬星台…アゴニー坂…杣谷峠
…サウスロード…丁字ヶ辻=阪急六甲〜岡本〜十三〜大宮…HC
…北野白梅町…平野神社−堀川下立売…Fresco…HC

4/6(火)
HC…大宮〜十三〜六甲=丁字ヶ辻…記念碑台…六甲ゴルフ場…凌雲台
…極楽茶屋跡…六甲山…鳥居茶屋跡…船坂峠…大谷乗越…岩倉山
…塩尾寺…宝塚〜尼崎〜大阪〜新大阪〜新横浜〜鴨居…ホワイト急便
…信和青果…庵庵

−:タクシー、=:バス、〜:電車/地下鉄、…:歩き/走り

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【序章】4/2,3,4
月一不可避の山行も、決死のマラソン準備のため66ヶ月を持って連続記録が途絶えてしまった。だが、長い人生、未だ未だ登れる日々は訪れるであろうし、連続月一山行の途切れることもあるだろう。溜まった山への執念を発現すべく、虎視眈々と京都行きプランを狙っていた。のぞみ1号をパスして夜行バスに切り替え、少しでも長く京都滞在を堪能せんとしていた。思う様に荷物が詰まらず、半年振りに80リットルザックを押入れから引っ張り出し、周囲から奇異の眼差しを浴び、横山秀夫の「クライマーズ・ハイ」の描写に臨場感を高めながら、本厚木のバス停でハーバーライト号を待ち侘びていた。もう間もなく日付変更線の切り替わる頃、大阪行きに続きいて滑り込んで来たのは神奈中仕様の2階建てバスであった。2階建てバスには憧れていたものの、少々の狼狽を隠せなかった。夜行バスである。何時車窓を楽しむのか。それに、重心が高いことは振動を増幅するだけしかないようにも感づきながら、6c席に身を委ねることにした。前後に陣取るオバハンが逸る気持ちを抑えられず、静まり返った社内で落ち着かずに歩き回り、とても目障りであった。どういう発券システム故にアントニオが間の席に挟まってしまったのか、金返せ状態である。見苦しいものは見ないに限り、目を閉じれば程無く気絶した。
幾度か目を覚ましたが、何時しか時計の針は6時台を指しており、大半の乗客もカーテンを開け始め、夫々の観光に向けて始動しつつあった。幾度と乗車した夜行バスだが、大抵は予定時刻より早めに到着するものとばかり思っていたが、今回はぎりぎりのようである。車窓には十条の交差点に、あたか飯店が、、、もしや、、、数年前の悪夢が蘇る。どうして都合よく我が目の前に現れたのか。知らずに通過してしまう人が1万人中9999人だろうが、どうしても其の残りの1名にカウントされる運命だった。某社のシステム中枢が存在し、幾度軟禁状態に陥ったことか。二度とは訪れたくない街だったが、京都南インターから駅までの経路上、仕方ない選択だったようである。いや、あたか飯店に全く罪はない。バスは6時半過ぎに駅前に到着した。到着時刻の読めない市バスはパスし、七条を目指してすぐに歩き出す。寝惚け眼状態の京の町を歩くのも清々しい。高倉通りを過ぎ、寄るか迷ったものの、今回はパスさせて貰った、第一旭に新福菜館。どちらかは5時半からの営業だった筈だ。麺類には暫くご無沙汰が続いている。鴨川を越え、地下に潜り、先日の残りのスルッとKANSAIで自動改札を抜ければ、目の前に出町柳行きのクリームソーダカラーの電車が到着していた。鴨川沿いで地盤も弱く、地下鉄に向いているのか何時も疑問に感じるのだが、取り敢えず私が乗っている間だけでも崩れなければ本望であると思いながら、京阪電車の地下区間を揺られていた。
出町柳駅の叡山電車乗り口前には案の定、ザックを持った老々男女の人だかりだ。関東地方に比べると幾分若い人もちらほら見掛けることが出来る、と言った構成要員か、駅前の京都バス乗り場には相応の面々がバスを待っていた。コンビニに寄って朝昼飯の足しを買い込み、公衆水道を目敏く見つけてはPETボトルを満たし、準備には抜かりはない積りだった。ターミナルの京都バス営業案内看板等を見ると、この大きなザックを担いでいる分には手荷物料金は免れないと腹を括った。人だかりの喧騒の割には予定の朽木方面行きのバスには其の老々男女の全員が乗らず、車内は4割程座席が埋まり、有り触れた構成要員で占められていた。鴨川や八瀬の桜並木に漸く春を思い出す。今日は桜を愛でに来たのだろうか。花より団子か。あと数十分後に待つ、粗2ヶ月振りの山に緊張を拭うことは出来なかった。心を鬼にして登り避け続けた2ヶ月は重い。鯖街道は何処までも続く。
出町柳から粗1時間、坊村に到着。大荷物帯同に付き持ち込み料金没収を覚悟の上、恐る恐るスルッとKANSAIカードをリーダーに通せば、すんなり正規料金で降ろしてもらうことが出来た。ローリングエルボーの寸止めで運ちゃんを脅した結果ではけしてない。空いている時期故の免除か。アントニオを含めて可也のハイカーが下車しては方々に散った。準備運動は要らない。行け、アントニオ。春山を目指せ。急登か。其れは山だ。調子を取り戻すには大分時間が必要かも知れぬ。詰まり切っている訳ではないとは言え、2ヶ月振りにしてしかも80リットルザックは肩に食い入った。忽ち汗に塗れ、上着を脱ぎ半袖Tシャツ1枚の姿となった。標高1200m程度とは言え、次第に積雪が増して行く。今宵は料亭の筈だ。雪中行軍泥塗れのズボンで座敷に上がろうなぞご法度だろう。我がズボンは裾をファスナーで着脱することが出来る。雪深かろうが構うものか。4月頭だろうが比良山系最高峰、3月一杯まで東面にはスキー場を構える山に、半袖短パン野郎が勢いを増した。
勢いを増した割には山頂到着までで数十分しかコースタイムを短縮出来ていない。荷物、慣れ、様々な要因が思いを巡るが致し方あるまい。釈迦岳の山肌は未だ未だ白い。少々曇り勝ちで残念ながら遠望が効かない。裾野の桜は今何処、山頂は春の兆しすら見せない。三ノ塔より微妙に高い程度だが、比良山系最高峰だ。丹沢山系ならば人いきれ必至だろうが、此処には先客が1人在るのみ。眠りの中の山頂に蔓延する荒涼感。春休みの宿題を残して、アントニオは山頂を辞した。続くイブルキのコバまでは雪との格闘の連続であった。幾度脚をもがれたことか。左脚を庇う癖が抜けず、嵌るのは大抵右脚で、何時しか流血の惨事となっていた。汚れたズボンで料亭の敷居を跨げない、山より団子イズムであった。直に元スキー場に到達する。もうリフトは動かない。単なるシーズンオフではなく、閉鎖である。昨年まではグリーンシーズンも稼動していたリフトやリフト乗り場からJRの最寄り駅までのバス便も、辛くも僅か3日前に其の使命を終えてエンジンには二度と噴射エネルギーは戻らなくなっていた。比良スキー場。家族連れが雪の無いゲレンデに戯れていた。リフトが停止したことで、テレマーカーが還って来るのであろうか。天気も荒涼感を助長するだけであった。明日は雨だろうか。釈迦岳山頂は雑木に囲まれひっそりとしていた。リフト亡き今、展望も何も無いこの空間を慈しむ者は酔狂かも知れない。だが、愛想の良い初老夫婦がアントニオに気付いて写真を撮ってくれた。是から矢張り、リフトやバスの無い道を延々と駅まで歩くと言う。原始、人は歩くものであった。動かないリフトを見下ろす。リフト沿いに下山しようも、トラップがありそうなので大人しく登山道を下る。スカッと晴れていれば琵琶湖の海原に思いを馳せられようが、リフトは今日も動かなかった。麓の土産物屋は一応開店しているものの、収益は激減したことだろう。アントニオがこの地で商売をしていたら、どのような営業努力が出来るであろうか、想像も及ばない気重な天気である。桜のコバと呼ばれる付近にはコブシが咲いていた。比良の春だ。下界に降り、せめて下山後の一杯とも思ったのだが、比良駅には売店すら見当たらなかった。琵琶湖が寒い。寒過ぎる。往路のエンジンの回転不足を補う庵速で下山して来たと言うのに、何故ないのだ。。。湖西線はオール高架のため、減速することを知らない快速列車や特急は正しく韋駄天が如くホームを擦り抜けて行く。どんより曇り空。各駅停車も車内は転換クロスシートに張り替えられサービスもアップしているものの、13分後に到着する新快速を待て、とのi-mode指令である。時速130kmには敵うまい。乗り換えの一つ手前西大津にて先発の各駅停車を見下して一足先を急いだ。
山科駅の乗り換え時間に急いで薬局を探す。先日のフルマラソン時に消費し切ってしまった筋肉鎮痛剤を探しに。薬局では500円につき1枚クーポン券を態々くれた。20枚か30枚揃うと500円分の買い物券になると言うが、とてもとても横浜住民には気の遠い話であった。急いで薬局を模索したため、i-modeで算出された標準の乗り換え時間内に東西線ホームに到達出来た。然し、東西線、小さい。大江戸線並みでないか。とても車内が狭い。狭い上にとても混雑していた。息苦しい。此処で火災や大地震が発生したら、一巻の終わりだ。間違いなく呪ってやる。この狭さ、二度と乗りたくない。二条城前駅は遠い、、、確かに烏丸で80%程度の乗客が降りて、漸く呼吸が出来るようになったのだが、東西線、恐ろしい。京都の住民が左程コンパクトな体型とは思いも寄らないのだが。
二条城の脇を掠め、堀川を渡り、数年前にも寄ったマンションに向かう。ダイヤル式ロックは一回しし過ぎたような気がしたが、何とか強引に外して鍵をゲットする。ベッドにユニットバス。安宿に越したことはない。早速汗を流し、本日のメインイベントへ向けて支度を調えた。支度と言っても下着を替えた程度でしかないのだが、山より団子は否めなかった。高瀬川の水面に映える夜桜。京料理を彩るポン酒。ジャパニーズ・ドリーム。御池の一つ隣の押小路通りを逸る気持ちを抑えながらホテルオークラへ向かった。事の発端はパンチ氏がこの日程で休暇を取ることであったが、夜一緒に飲む以外は4日間とも全て別行動という理に適ったプランニングであった。飲まば飲め。ルーガ氏、ER氏との待ち合わせのホテルのロビーは人だかりで落ち着かない。この空間を一秒でも早く抜けたい。ア・ラ・カルトより幕の内だ。日本の晩飯よ、待て。
一月に其の暖簾を潜り損ね、涙を飲んだ3ヶ月の日々を反芻しながら、小奇麗な料理屋の敷居を漸く跨ぐ。残念ながら高瀬川を脇に見遣る座敷席を確保出来なかったものの、カウンターにて仲良く杯を酌み交わせることとなった。酒はメニューの端から端までを注文してやるぞ。三重産の「瀧自慢」が売り切れとは。衝撃の余り、メニューを端で折り返して復路をまた爆走、否、爆飲するしかなかった。京の夜を彩る大鉢小鉢に舌は翻弄されながら、メニュー折り返し地点を過ぎて、意識が朦朧として来た。もう、一人で、歩けない、、、とは前回使ったネタだった。国産の赤貝のヌタ。ほの柔らかい味わい。やはり、京だった。
さて、世が明けようが、何もする気が起きない。昨日の酒が残っている訳でもなく、予想通り、京都地方は天の恵みの雨に見舞われた。雨の日の代替予定は一切考案していなかった。パンチ氏推薦の京大ミュージアムでも訪れてみるとするか。携帯の充電器は阿呆なことに台座諸共持参したにも拘らず、デジカメ用電池の其れを持参しなかったことを悔やむ。業務用の携帯を充電しながら、うだうだと10時前に漸く、宿を出る。
雨の京都御苑は其れでも桜を愛でんとする少なくはない散策者を魅了していた。百万遍まで、探せば直通バス便があったのかも知れないが、急ぐこともあるまい、京の雨に打たれんと傘を片手に彷徨う。複数のガイドブックを探せども京大ミュージアムの8文字は見当たらなかったものの、東大路通りを少々南下した場所に佇む建造物の井出達にピンと来て、扉を叩く。京都大学総合博物館が本名であった。雨天だろうが花より団子でアカデミックな観光客も少なく、ミュージアムは閑散としている。そう、博物館には幼少の頃から苦い思い出しかない。小学生低学年の頃から身長が高く、背の順で並べば何時もクラスの一番最後である。クラスの一番後ろは不幸である。自分のクラスの先頭は自分の好きな時間だけ好きな展覧を味わえる。だが、其れを俺がやろうとすると、次のクラスの先頭連中から、早く先へ行け、と急かされるのだ。小学生時代の社会見学と言えば大抵この様だ。糞食らえだ。くたばれ小学校の社会見学め。金返せってんだ。あれから二十数年経った今、失われた時間を取り戻すため、展覧の説明文を一字一句残らず貪り穴が開くくらい読んだ。ざまぁ、見ろ。博物館の正しい鑑賞法を思い知れ。雨で山に登れないアントニオは思う存分時間を潰す。横浜市戸塚区の地層の写真なんてのもある。しかも、牡蠣の化石が発掘されたことがあるらしい。アントニオもあと数億年早く生まれていたら、横浜で地場の牡蠣を堪能出来たようである。しかも現在の一般食用の其れの数倍は大きいのだ。惜しかったなぁ。植物動物夫々に役割があることをつくづく思い知らされた。上手く住み分けしたものだ。上手く進化、或いは同化したものである。チンパンジーが薬草を吟味して採取しているなど言われると、人間もうかうかしては居られないだろう。それにこの博物館は奇を衒う事無く、研究の苦労話を適度に鏤めているところに親近感を覚えてしまう。そして、極め付けは「花は植物の生殖器官である」と。春休みの補修を受けて、10単位ぐらいを得、逆転飛び級したような気概である。2階建ての博物館を延々3時間掛けて堪能した。400円は腹が減ったが安い。草木に、そしてアントニオに必要な雨であった。
然し腹が減った。ただ東堀川下長者町から百万遍、そして博物館内を歩き回っただけとは言え、もう午後2時を回っている。大学近辺なら安い食堂もあろうと歩き回るも、日曜休業であったり、中々触手が沸かなかったり、結局堂々巡りをしながら東大路に舞い戻っては只管南下することにした。何故人は、清水に惹かれるのであろうか。気構え不要だからか。全ての道は清水坂に通じるのか。ナンちゃってKyotoWalkerを魅惑するフェロモンが蔓延しているのであろう。何処か力尽きたらバスに乗ろうかとは思ったが、結局有り触れた喫茶店のランチメニューに空腹感が敗れ、魚フライ定食を口にしながら脚を休めることにした。雨は止まない。空腹だった。何処でも食べられそうなメニューだが、そんな雨の午後だった。昼飯後に少々復活し、再び針路を南へ向ける。あと約2km、、、交差点には車での所要時間が掲示されていた。20分。え。何故?祇園に近付くに連れ、庵速が顕著になった。渋滞に嵌ったバスに人はもがく。市バスはアントニオとデッドヒートを繰り広げていた。頑張れ、市バス。もう少し頑張れば、俺に追いつけるぞ。其れでも力尽きた市バスは見放すしかなく、アントニオは清水坂へ逸れて行った。境内の桜が目当てか、雨にも拘らず清水坂上部は立錐の余地もない。竹下通りに迷い込んだオノボリサンの坩堝である。アントニオが高速運転をすれば人身事故の一つや二つは免れないであろう。一億総清水状態。そんなに清水の桜は凄いのか。何か間違っていないか。雨に打たれながらも拝観料を納めて境内を巡れば、清水の舞台の彼方に雲の切れ目が垣間見え、嗚呼、人は是を求めていたのかと勝手に納得した。延々と続いた夜に一筋の光明を迎えた目出度さが其処には存在した。この混雑、清水襤褸儲けだろう。学生時代にアルバイトをしていた某崎大師を思い出す。神聖とは斯くの如きか。空の切れ目と桜のみが美しかった。雨の滴る妖艶さを解き放つものの、人は未練なく結局団子へと戻って行く。土産物屋に急襲される観光客の胃を得ながら、この街も潤って行くのだろう。清水の坂は常人には急坂なので上り時は特に休み休み進む必要がある。休み休みの低速状態で土産が視界を埋める訳だ。どんなに潤おうとも、この坂を均すなどとの考えには至らないのであろう。この街に必要な、斜度なのである。
清水の喧騒に揉まれて少々力尽き、ガイドブックと睨めっこしながら適当なバス便を探す。祇園まで戻れば宿の近くまで誘う系統があるではないか。今回も乗る機会は無かろうと思っていた市バスだが、漸くチャンスが巡って来た。十数年前に購入したプリペイドカードが使えるか否か。宿の一つ手前のバス停付近に確かスーパーがあったと思う。恐る恐るカードリーダーに通す。何事も無かったかのように、均一運賃の220円だけ引かれてカードは手元に戻って来た。学生時代に京大に寄った時に掴んでしまった、市営バスと市営地下鉄しか利用できない京トラフィカカードであるが、12年経過した現在、残額磁気記録は少なくとも現在のリーダーで読み取れる程度に維持されていたのである。やれば出来るではないか。
スーパーで明日向けの食料を買い込む。今宵はバリバリの祇園へ赴くのだ。昨晩の花八代の紹介とのことだが、バリバリ祇園、即ちバリオンは果たして我々庶民の懐に優しいのか否か。一見さんお断りで今日も終わるのか。不安の中、明日への体力温存のためにとまた12系統の市バスを待つ。日曜の夜は道路が混雑していると言うよりは途中バス停での乗降客が多いため、バスは思うようにスピードを上げられず、パンチ氏との待ち合わせ時刻に間に合うか微妙であった。四条京阪には待ち合わせ時刻ぎりぎりに到着し、愈々バリオンとの遭遇である。旧き良き祇園の街並みが敷居を高くしていまいか。恐ろしい。紹介して貰った店名は「エンラク」だが、果たして如何なる字を充てるのであろうか。園楽あたりではなかろうか。バリオン界隈に度派手な看板は見当たらない。一軒一軒軒先1m付近まで近付いては所在を確認しながら歩く。20時も過ぎ、空腹は限界に達しつつある。店は何処だ、、、路地を間違えてしまったかと不安ながら彷徨すると、可也奥まった場所にあった、あった。燕楽と来たか。恐る恐る扉を開ける。ムム、何だ、極普通の居酒屋の佇まい。予約済みと言うことでカウンターに通して貰う。小さな黒板に本日のお勧めメニューが並ぶ。ムムム、何だ、随分と庶民的な値段ではないか。バリオンにして通貨単位が$とか、はたまた1バリオン=数十円などとの単位が存在するとか、其処まで特異な空間ではなかろう。何しろ厨房が若い。しかも皆楽しげに料理を作っている。仕事は楽しくやらなければ!万願寺の焼き唐辛子、鱧の焙り、春菜の天麩羅、、、酒も進む、進む、、、明日の活力を見越して高菜チャーハンも頼んじゃうぞ〜。兎に角厨房の笑顔に釣られてどれもこれも美味く感じるのだ。いや、鱈腹飲み食いして、一人6k-ちょっとはみ出た程度だ。バリオンにも庶民の味である。庵的には期待過剰であった花八代より高得点を付与したい。燕楽、か。ツバメよ、教えてよ。あの美酒の名は何と呼ぶのだろう?
(続く)