遥かなる瀬戸内国立公園

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不定期連載 山道をゆく 第154話
加藤文三郎追悼山行
04/04/02〜 御殿山(庵選千名山267)、武奈ヶ岳(日本二百名山、庵選千名山268)、
カラ岳(庵選千名山269)、釈迦岳(庵選千名山270)、
旗振山(庵選千名山271)、栂尾山(庵選千名山272)、
横尾山(庵選千名山273)、高取山(庵選千名山274)、
菊水山(庵選千名山275)、摩耶山(庵選千名山276)、
六甲山(日本三百名山、庵選千名山277)、岩倉山(庵選千名山278)
(includes 不定期連載 グルメ街道をゆく 燕楽(和風居酒屋))
【遥かなる瀬戸内国立公園】

4/2(金)
庵庵…西谷〜二俣川〜海老名〜本厚木…本厚木バス停−

4/3(土)
−京都駅…七条駅〜出町柳=坊村…御殿山…ワサビ峠…武奈ヶ岳
…イブルキのコバ…八雲ヒュッテ…比良ロッジ…カラ岳…釈迦岳
…イチョウガレ…旧しゃかだけ駅…旧さんろく駅…桜のコバ
…比良駅〜山科〜二条城前…ホーユーコンフォルト(HC)…ホテルオークラ
…花八代−HC

4/4(日)
HC…京都御苑…百万遍…京都大学総合博物館…ランチハウス・キクイチ
…清水坂…清水寺…茶わん坂…祇園=堀川下立売…Fresco…HC…堀川下長者町
=四条京阪…燕楽−ハートンホテル−堀川下長者町…HC

4/5(月)
HC…大宮〜十三〜三宮〜塩屋…ドレミファ噴水パレス…旗振山…鉄拐山
…須磨寺公園…栂尾山…横尾山…須磨アルプス馬の背…東山…高取山
…鵯越駅…鵯越第一トンネル入口…菊水山…天王吊橋…鍋蓋山…大龍寺
…市ヶ原…稲妻坂…天狗道…摩耶山・掬星台…アゴニー坂…杣谷峠
…サウスロード…丁字ヶ辻=阪急六甲〜岡本〜十三〜大宮…HC
…北野白梅町…平野神社−堀川下立売…Fresco…HC

4/6(火)
HC…大宮〜十三〜六甲=丁字ヶ辻…記念碑台…六甲ゴルフ場…凌雲台
…極楽茶屋跡…六甲山…鳥居茶屋跡…船坂峠…大谷乗越…岩倉山
…塩尾寺…宝塚〜尼崎〜大阪〜新大阪〜新横浜〜鴨居…ホワイト急便
…信和青果…庵庵

−:タクシー、=:バス、〜:電車/地下鉄、…:歩き/走り

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【終章】4/5,6
普段は畳に煎餅布団ゆえ、クッションの効くベッドではどうも寝付かれ難い。眠い目を擦りながら4時半には既に宿を出る。堀川通り南に向かって右側に並ぶセブンイレブンとローソンの間に構える自動販売機は100円均一であることを目聡く発見し、大宮駅を目指す。朝も5時台からは残念ながら快速特急も運転されておらず、未だ夜の明け遣らぬ摂津の国を各駅停車に揺られていた。十三で神戸方面行きに乗り換え、更に三宮にてJRに乗り換える。このパターンが一番安いのだ。京都駅から延々JRであれば20分は早く塩屋駅に到着出来るが、差額は400円を越えてしまう。本日はコースタイムにして約16時間の長丁場なのに、起床直後からせせこましさ全開である。本来六甲全山縦走は須磨浦公園が出発地点なのだが、運賃の都合で塩屋に軍配を挙げた。いや、せせこましさが極近い将来仇となって降りかかって来ることを、知らずに居た。
朝7時過ぎの月曜日の塩屋駅からは職場や学校に向かう通勤通学客に抗うように山を目指さねばならない。後々正規ルートには方々に縦走路を示す指導標が目に付くのだが、サブルート塩屋発は勝手が分からず、結局、年配で縦走路に造詣のありそうな中高年の方を捕まえては道を尋ねた。案の定遠回りをさせられていた。看板がないのは辛い。昨日の雨による泥濘を越え、先ずは旗振山を目指す。ものの数十分で展望は拓けた。やや整備された園地に迷い込んだかと思ったが、縦走路の正規ルートの一環のようだ。振り返れば明石大橋に瀬戸内の漣が揺れている。桜も満開だ。此処旗振山には、地元の登山グループが登山回数を競っているのか、朝もはよから老々男女が押し寄せて来ていた。残念ながら彼等に縦走談義をして頂く時間を惜しんで先を急ぐ。鉄拐山までは鬱蒼とした雑木を駆け抜ける。須磨寺公園前後の階段がかったるい。心なし、早くも些かの疲労を覚えかねない階段の連続であった。我が姿を確認したとあるお爺さんが声を掛けてくれる。「今日は何処まで行くの?」「いや、出来れば今日中に宝塚を目指したいのですが」「若いねぇ〜」お爺さんの声援は有難いが、残念ながら余り気休めにはならなかった。コースタイムにしてどれだけ先んじているのだろうか。栂尾山への登り階段も果てしない。市街地戦か。アスファルトと其の階段による波状攻撃は、北アのコースタイム15時間程度の道程より遥かに難関の可能性を帯びてきた。焦燥感が襲う。横尾山に須磨アルプス、東山迄は迷うこともなかった。それにしても標高数百メートルのアルプスとは。偽八より低いのだ。須磨の皆さん、どうか大志を抱いて頂きたい。
愈々市街地戦の困難は佳境を迎えた。東山を降り、暫くは市街地と戯れねばならなかった。ちょっとした看板を見落としがちである。市街地の狭い路地を詳細に記載した地図は残念ながら持ち合わせていなかった。いっそ、コース写真入りのガイドブックでも購入すべきだったと、悔やまざるを得ない。高速道と地下鉄ガードを越え、分かり易い交差点に出たものの、さて、其の先、一体何処に高取山の取り付きが存在するのか、目を皿のようにしてアスファルトの坂道を登る。看板は見当たらない。此処の路地か、、、でも看板はない。次か。ううむ、怪しい。其の次は、、、時は徒に過ぎ去って行く。赤く燃え立つ太陽に蝋で固めた鳥の羽をもがれたイカロスが如く、墜落の気分を味わわされる。暑い。道も分からない。だが、何処にも親切な人はいるものだ。「何処に行くの?」先程から近場をうろつくハイカー・アントニオを見兼ねて声を掛けてくれるおじさん。「高取山はどちらでしょうか」「小さい看板あるけど、可也の人が見落とすのだけどね、此処からだったら、、、」と道を教えて下さった。少し住宅地を登ってはもう一度別の方に尋ねて漸く高取山の取り付を発見。ずるいなぁ。何故簡単に発見できないのか。。。焦りに焦り捲くり、休憩時間を割愛しながら、あの「孤高の人」に冒頭に登場する高取山縁を急ぐ。加藤文三郎を悼む余裕は微塵もない。未だコースタイムにして3,4時間行くか行かないか程度ではなかろうか。道に迷いながら殆ど時短が成就出来ていない。遠退く宝塚、、、
罠は未だ序の口であった。惜しむ間もなく高取山を降り、再び市街地戦である。山を下りてから鵯越駅までの道程なのだが、坂、坂、坂である。神戸電鉄の駅はこの坂の啼く町の何処なのか。電車の匂いがしないのだ。電車の匂いを感じられない程精神的に疲弊してしまったのかも知れぬ。然し、坂の向こうに坂があるこの町に、一体全体如何様にして駅を探さねばならないのか。縦走路を示す看板も、民家の壁で蔦が絡まり捲くって行方不明になることも屡であった。登れども登れども、我が暮らし、楽にならず。逆蟻地獄の砂漠を彷徨いながら、仕方なく酒屋の自動販売機に230円を投入してしまった。この窮地に、黄金水は喉元を迸ることはなかった。些かの気休めにもならない水分補給に疲労感は増す。歴史ある街のようでそうでもなさそうな坂の啼く町カサンドラである。住民は坂を登るためにこの地を選んだのであろうか。ハムスター・ホイールの中を駆け巡っているのか。はたまたメビウスの輪に迷い込んでしまったのか。ジモティと思しきお婆ちゃんに駅への道を尋ねても方角は覚束ない。未だ午前中とは言え、灼熱の太陽に蝕まれ、ゲームオーバーの死線を彷徨っていた。六甲全山ドリーム、宝塚への野望は風前の灯である。坂の上に坂を作らず、坂の下に坂を作らずなんて、諭吉の面目もない。坂の金太郎飴に揉まれながら、義経は確かに地の利を活かしたものだと呆れて笑うしかない。何とか金太郎飴の中に異質な断面を発見し、道を探る。幾人かの住民の歩跡を辿れば、鵯越の駅が漸く視界に現れた。自動改札の向こうのトイレを借りんとするとすると、「通れます」と味気ない駅員の返事であった。数多の六甲縦走散策者に借りられて辟易している様子が垣間見える。借りた後に礼を言おうとする寸前に駅員部屋のシャッターを閉じて中に閉じ篭ってしまった駅員氏。ううむ、目の前の自動改札は通過させて貰えるのか、駅員は引っ込んでしまい、困ったものであった。意を決して通過すると、何もお咎め無しである。神戸電鉄、このような自動改札でキセル等を防げるのだろうか。トイレを貸してくれたのは有難いのだが。
さて、坂のクラスター爆弾網を掻い潜って一息つけると思ったらそうは六甲が卸さなかった。未だ合戦の最中であることを忘れていた。鵯越駅から菊水山駅方面に掛けて、コースは山道に変貌を遂げて安心し切っていた所に魔が差す。何時道を間違えたのだろう。確かに何の案内表示のない分岐点はあった。地形と地図を見比べると、より南側を通過するであろう登りルートが正しいと思い込み、歩を進めていた。踏み跡もしっかりしているし、赤マーカーも至る木々に記されているのだ。だが、本当の鵯越を、其の時迄は知らなかった。手袋もせず、片手にコンビニ袋を提げ、昨日は一日中雨だった。しかも、馬が下りを恐れんが如き急傾斜面だ。ただ、斜面の先には複数の赤マーカーが誘っている。滑る条件は幾重にも揃っていた。しかも、更に危険な坂であることは、義経さえも知らなかったであろう。
溺れる者は薔薇をも掴んでしまう。
恐る恐る下っても滑るものは滑るのだ。反動で周囲の木枝などを掴む癖が、薔薇の棘を両掌に刻んでしまったのである。この時点で呼ばれざる客であることを本能的に察知すべきではあったが、宝塚ドリームへの野望に眩暈して思考が止まってしまっていた。日焼け止めを宿へ忘れたものの、電車内での時間潰しにクライマーズ・ハイのハードカバー本だけは持参していた。だが、救急セットを忘れずにいたのはアントニオの面目躍如であった。災害は忘れた頃に襲う。消毒液を使い捲くり、絆創膏を貼り捲くり、暫し、呆然とした。掌の痛みに覚醒すべきだったか。鵯越の彼方に平家の落人が如く余生を全うするしかないのか。戻るも危険、進むも危険とくれば、取り敢えず進んでみるか。宝塚への野望は粗費えたが、未だ午前中だ。赤マーカーは未だ留まる所を知らない。踏み跡も鮮明だ。両掌傷だらけになりながら、鵯越山中の彷徨は続く。バイパス道路のトンネル入口が見える。然し、赤マーカーが此処まで来て費えてしまった。降りた坂を登り返そうと振り返ると、驚愕した。
赤マーカーで、「のみすぎ」と記されていた。
性質の悪い赤マーカーである。六甲には斯くも惨い人非人が存在したのか。アントニオに対し、たったの230円で飲み過ぎとは失礼二億四千万である。俺のアルコール分解酵素の威力を貴様は知っているのか。其の輩が目の前に存在したら、超低空53歳を4連発で見舞ってやる。天龍の垂直落下式ブレーンバスターを「53歳」と呼ぶのだが、相手の体がキャンバスに垂直になるまで持ち上がらないうちに落下させるので、他のレスラーの其の技より数段危険度がアップしているのだ。然しこの袋小路、地図も持たずに体力もない者が陥ってしまったら、其の人も53歳程度で寿命を迎えるしかない。分岐点で南側ルートを選択したにも拘らず、地図を見直すと自分は正規ルートより可也北側を通過していることが判明した。
さて、この窮地、どう抜けるか。
バイパスはどう見ても自動車専用道路である。歩道はない。然し、地図と地形を見比べると、100m程の関門を越えれば正規ルートに復帰できることが分かった。意を決し、交通の流れを察知して駆け足でバイパスに降り、一目散に通せんぼ状態の柵をベリーロールで乗り越え、階段を下りると漸く居場所を確保出来た。時間は偉く費やしてしまった。是以上の難関はもう訪れまい。すると何か怒鳴り声が聞こえて来た。何だろうか。無視して進むと、また怒鳴り声がする。振り返れば数百m後方に自転車を押しながら酔っ払いが此方に向かって来ていた。俺にイチャモンを付けようと言うのだろうか。はは〜、あの急斜面で掌を負傷させてハンディキャップマッチにでもしようとでも思っているのだろうか。山まで追って来れるなら相手をしてやる。掌が使えなくとも、裏拳でも何でも出してやる。この菊水山の静寂をぶちのめそうならば、、、と考えが物騒になって来たので無視することにした。徐々に氏の声は小さくなって行く。追って来ようなら来給え。やがて、当然、酔っ払いの声も聞こえなくなった。漸く菊水山に到着。平日であることを忘れさせるような賑わいである。大阪湾を眼下に見下ろせるこの地は、事実、瀬戸内海国立公園に存するのであった。ただ、徐々にスモッグに近付いているような錯覚を覚えさせる繁華街の幻影だ。既に12時を回っている。ヘッドランプは態々宿に置き忘れた。初めての山道を、景色も楽しまずに夜行するなんて勿体無い。今日は途中でゲームオーバーだろう。失われた時間を取り戻すなんて非現実的だ。失われた時間は戻せる訳がない。例え、今後失うであろう時間を最小限にすることが出来たとしても。この焦燥感を噛み締めるには、ギャラリーが多過ぎた。平日だろう?親父さん、会社はどうしたんだい?まぁ良い。其の当人も有休消化だ。宝塚ドリームを断つ無念を引き摺りながら先へ進むことにした。
市ヶ原に掛けて、今迄は幾度となく大阪湾を覗かせて貰った沿道は消え失せ、山らしい佇まいに変化した。市ヶ原は立派な山間の川原だ。六甲ってこんなもの?目から鱗な気分である。丁度、塔ノ岳では湘南の海を仰げるが、ユーシン渓谷に神奈川県内に存することを忘れる錯覚と相似している。もう市街地ルートはなく迷うこともないが、宝塚ドリームと言う大きな目標を失って、無味乾燥的に消化試合をこなしながら、昼下がりの山間を縫うしかなかった。迷いさえしなければ後半のペースは申し分なくなって来ている。悔しい。正しいルートさえ知っていれば。次回は須磨浦公園から正規ルートを赴くか。近場に宿を確保すべきだろう。復讐の青写真を描きながら、皮肉にも山らしくなった山道を歩けば、ロープウェイの繋ぐ摩耶山に到着した。アスファルトの市街地越えが祟り、脚が疲労を訴えつつある中、ただの観光地、摩耶山に感慨を覚えることは難しかった。もう15時だよ。神戸の町並みが、遠いよ。体中からあらゆる疲労が溢れ出す。バスに乗るか、仕方ないか。。。
六甲山方面に向けて、高原道路や散策路も整備されている。矢張り消化試合の念は否めず、脚も重い。バス便が不便ならケーブルーカーでも使うしかないか。兵庫県の軽井沢の積りだろうか、ただ、不便さが幾分喧騒を敬遠させているように思う。小洒落たホテルやレストランもチラホラ並んでいる。もう夕方だ。嗚呼、またアスファルトの上を歩かねばならないのか。ううむぅ。
何時しか少々脚を引き摺りながら歩道を歩き続け、丁字ヶ辻に至った。ううむ。丁字ヶ辻、って文字の如くか。芸のないネーミングに辟易しながら、バス停の時刻表と携帯の時計を見比べる。平日はバスが2時間置きにしか走っていないのか。ヤバいぞ、是は。一本逃すと寿命が縮まりそうだ。今16時ちょっと過ぎ、あれ、8分、、、あ゜!交差点を挟んだ対面に、正しく阪急六甲行きのバスが、関東近郊の下界では常識的なノンステップ型でないバスに、二人のバス乗務員が何とかして車椅子の客を乗せようと躍起になっている最中であった。後ろのドア脇のカードリーダーにスルッとKANSAIを挿入しても、車椅子が塞いでしまって車内に入れない。乗員は私には何もアドバイスをしない。仕方ないか。乗員は苦虫を噛み潰したような顔で、明らかに貰い業務のような車椅子客に面倒を蒙っている様子であった。そんな乗員に立腹するエネルギーもなく、カードを通しては前のドアから車内に入る。然し、このバスを逃すと2時間待ちとは。恐るべし強運が六甲の藻屑からアントニオを救ったのである。バスはアントニオの強運振りなぞ知らぬ顔、夕日の差す市街地を見下ろしながら下った。4月1日からバスの運営が神戸市から阪急にバトンタッチされた模様である。便は著しく整理されてしまったことであろう。致し方あるまい。だが、市バスだったらどうか不明だが、阪急バスにはスルッとKANSAIであった。勝った、勝ったのだ。
夕方の六甲駅には学生が溢れていた。そんな時間であろう。電車までの待ち時間の間に売店に寄り、目ぼしい図柄のスルッとKANSAIカードがないか目を凝らす。をぉ、上高地!やるではないか。然し、スルッとKANSAI最高額の5000円カードであった。とても今日明日中に使い切ることは無理だ。だが、上高地は私に諭吉一枚を払わせ、稲造と共に手元にやって来たのである。岡本、十三で乗り換え、また大宮から宿を目指して暮れなずむ京の街を歩く。さぁ、今日は飲んで憂さを晴らすか、、、
今宵パンチ氏と計画していたのは、花見酒であった。当初は北野天満宮の5文字だけを念頭にしか置いておらず、やれ堀川今出川に天満宮らしき建造物が見つからない、でも待ち合わせ時刻は寸前だと慌てふためくアントニオに、平野神社に移動したとの氏からのメールが届き、困惑を一人で増大させていた。マラソン明けでリハビリの侭ならぬアントニオに久々のコースタイム十時間超の喘ぎにエネルギーが存分枯渇していた。しかも、京都市街地図のインプット不足だった。北野白梅町は堀川通りより更に西側に進まなければならない。千本今出川にて漸く北野天満宮を発見するも、平野神社は何処だろうか、いい加減腹が減ったので早く飯にありつかせろと怒り半分になりながら、何とか地図看板を発見し、ありゃりゃ、看板こそ隣の大通りの記述だが、西大路まで更に西進しなければならないと諦念に蝕まれる。花見はもう勘弁だ、旗振山で堪能した。早く酒を遣せ、飯だ、と怒り八分になりながら、西へ急ぐ。氏に電話しながら進むと大通りが視界に現れ、あとは北上するのみである。早く飯を食わせろ、酒を飲ませろと逸る気持ちを顔中に蔓延させながらバックストレッチを駆け抜けて行った。平野神社に到着するも、氏が居ない。どうしたのだ!空腹でもう怒り絶倒になりながら電話をすると、西大路手前のスーパーだかで時間を潰していたらしい。ヌボボボボ・・・空腹で気が遠くなり、怒る気力も失った。
心なしか肌寒い。境内に広がる露店から、桜を見上げながら酒を飲めるのは此処だけらしい。ううむ。だが寒い。露店だから何処も似たようなメニューしか並んでいない。数店を巡り、最終判断を下した。この店には大根サラダがメニューに存在した。他店はトマトサラダになっている。トマトをスライスしただけでトマトサラダを名乗るとは納得が行かぬ。サラダ業界の品位を損なうものだ。猛省を促したい。おととい来やがれ。俺は腹が減っているのだ。花見どころではない。パンチ氏には申し訳なかったが、実はそんな気分であった。綺麗だが、コンパクトデジカメで撮影してもストロボ程度では映えない、平野神社の桜であった。前回の「スタンド」で服用したような二級酒で悪酔い街道に足を踏み入れながら、寒い中時折見上げた。パンチ氏には恐縮だが、俺は桜はもう要らないから、もう少しまともな物を食いたかった。一応此処の店も揚げ物の風味はまずまずではあったが、露店の域を超越することもなかった。氏は私のあからさまな表情に我が意を察したのか、別の店で飲み直すか?との提案であった。だが、もう21時近い。阪急バス内でゲットした時刻表に拠れば、六甲駅8:40発が山上を目指す始発便となっているようだ。逆算すると其れでも大宮駅を7時少々過ぎには出なければならない。今日は4時起きとは言え、明日も6時には起床しなければ、と、早くも今日のリベンジと言うか、縦走路の続きに思いを馳せながら、今宵は此処で大人しくお愛想すべきとの結論を下した。では最後に明日の糧にと炭水化物を思い残す事無く口にすべしとの提言により、広島焼きを注文した。焼き蕎麦入りのお好み焼きだが、関西で食うには斯くも不味い物を口にすることがあろうとは、晴天の霹靂、或いは夜桜に鼻汁、であった。広島は他所の物だから、なのか。人は間違いなく、花より団子を求めていた。
確かに3日目に六甲プランを組み込んでいなければチェックアウトも必要ないため、神戸市街地に安宿でも探せば良かったのであろうが、致し方あるまい。昨日の疲労は残念ながら癒え切ってはいない。宿から大宮への道も飽きが来た。昨日より少々遅い時間帯で通勤ラッシュに巻き込まれ、しかも今日は4日分の全荷物、即ち80リットルザック諸共背負い込んでいるため、迷惑千万をどうにか捌きたく、なるべく早めの列車を選択しようと思い、既に汗を掻きながら快速急行電車に飛び乗った。昨日までは快速特急のため、細かい駅は知らぬまま通過していたのだが、今日、長岡天神に停車し、4年前のしまなみ街道行脚の最終章を思い出した。同行者の親戚宅に上がりこんで地鶏のすき焼きをご馳走になった。其の歯応えが今も忘れられずに居る。麦酒は工場も近く、サントリーを出して貰った。とても冷え切って迸りに留まる所を知らぬ麦酒であった。しまなみ街道のリベンジも必要か、、、
記念碑台行きのバスには、ジモティの他、初老のハイカーが一名のみ乗車していた。記念碑台には行くのだが、アントニオは其の手前、丁字ヶ辻で降りなければならなかった。昨日の続きである。誤魔化しは出来ない。バス停の位置も上り下りで若干離れていたため、態々昨日乗車したバス停まで戻って本日のスタートとした。潔く進まねばならない。昨日のダメージは回復し切ってはいなかったが、朝日を浴びながら、静かな山並みを歩けば、アントニオは加速するしかなかった。瞬く間に記念碑を越え、バスに同乗していたお爺さんに追いつく。氏は写真を撮りながら、氏の六甲を慈しんでいた。私には私の方法がある。達者であれ。
山道はゴルフ場を貫いていた。貫いている箇所は、山道が金網で覆われていた。一人金網デスマッチである。戦いは金網の外側で行われると言う、不思議な空間であった。高原を縫う車道と幾度となく絡みながら、道は最高峰へと導かれて行く。風が吹いている。はっ!この風は、、、下界で感ずれば、即ち六甲颪!私が生粋の阪神ファンであれば、此処六甲の中心で、「六甲颪」を間違いなく叫んでいただろう。貴兄が生粋のファンを自称するのであれば、此処も聖地の一つに加えるべきではなかろうか。諸氏の連想の及ばぬ静寂が待っている筈だ。
最高地点でさえ標高は1,000mに満たない六甲山系ではあるが、連なれば相応のダメージをこのアントニオの脚にも与え続けることもあろう。大きな目標をクリアし、茫然感がアントニオを襲い、疲労を目覚めさせたのだろうか。小山の波状攻撃によりアップダウンを繰り返しながらも徐々に標高を下げて行った。六甲山上から大阪湾に別れを告げ、黙々と東を目指して下って行く。壮大な消化試合である。
あ゜っ!
六甲縦走路にも、プルタブが落ちていた。形状としては所謂アメリカンサイズ缶の其れである。次回はゴミ拾いのため、此処に戻って来なければならない。だが下りには飽きが来た。下り飽きてもうすぐ乗越かと思いきや、シマリスが目の前をサブリミナル映像のように横切って行った。済まぬ、君の陣地だろうに、邪魔して済まぬ。下るに連れ、六甲常連と思しきハイカー、トレーニング者を幾人か見掛けた。下見なしに1度で1日だけで全山をクリアしようなぞ、彼等には10年早いと笑われてしまうことであろう。六甲縦走路は一日にしてならずじゃ、と。
午後になり、やっとアスファルトを確認した。甲子園大学を擦り抜けても未だ未だ下りが続く。容赦ない。嗚呼、膝が悲鳴を上げている。下界に下ることも飽きてきたが、そろそろ帰路の新幹線の予約とお土産購入を考えねばならない。宝塚か新大阪で時間が取れれば、、、閉鎖されているらしい宝塚温泉の交差点を挟んだ反対側に、炭酸煎餅屋があるではないか。看板には名物とある。ほほぅ。コストパフォーマンスに優れている上、80枚購入したらアウトレット品を20枚くらいオマケしてくれたのである。そういう運命だったのだ。土産捌きが思いの外速く解決し、次は新幹線である。移動や豚マン購入などの各所要時間に安全係数を見積もり、数週間前に登録を済ませたエクスプレス予約を通してi-modeを叩く。希望した列車の座席も難なく確保出来たものの、乗車券同時購入は区間の都合で面倒と思い、別途購入を選択する。長距離だからカード購入しようかと思うと、宝塚の窓口は大行列であった。4月最初の月曜日、皆定期券購入ではなかろうか。この行列待ち時間が惜しいため、止む無く近距離切符を自販機で購入し、改札を抜ける。タイミング良く折り返しの始発快速電車がホームへ滑り込んできた。i-modeで運賃を計算して、改めて驚く。宝塚から横浜市内直通運賃より、大阪で区切って購入する方が数十円ながら安いことを発見した。せせこましさも此処まで出来るものか。
尼崎で新快速に乗り換え、大阪で降りる。さて、豚マンは何処だったか。桜通り側を隈なく探す。見当たらない。中央口周辺にもない。ううむ、蓬莱が店を畳むことは信じ難いが、是が事実かと覚悟を決めながらも、一旦ホームに登ってから新大阪寄りの御堂筋側に一縷の望みを託す。あ、ああ、あった。私の記憶は正しかった。御堂筋口、万歳。早速豚マンとシュウマイを買った。あとは新大阪駅で麦酒を買うだけだ。一旦改札を出て、窓口で新横浜駅までの切符を購入し、再び改札内に戻る。また新快速電車に揺られ、次の新大阪駅で下車。麦酒のみに飽き足らず、鱧の揚げ蒲鉾も興あるものなれ、と帰路の食卓素材探しに余念はなかった。14:30発ののぞみは残念ながらJR-C所有の安っぽい700系で、しかも満席に近い。隣の会社員連れには申し訳ないものの、80リットルザックで網棚を占領させて貰った。
さて、12年前の不良債権と化そうとしていた京トラフィカカードは運良く消化出来たものの、上高地の写真柄に惹かれてまたもや掴んで残額の多いスルッとKANSAIカードは未だ手元にある。縦走路を1日でクリアする野望も捨て切れない。市街地戦と鵯越戦については別途下見の機会を作るなど再び準備を積む必要があろう。今回の予定の中から未遂に終わった蓬莱・比叡・金剛・大和葛城の諸山も待ってくれることであろう。
また、行くか。
西の都へ。
のぞみ16号は時速270kmの勢いでアントニオを現実の世界へ引き戻して行った。

(完)

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付録:

山旅アドバイス
・武奈ヶ岳周辺は未だ雪深い。
・六甲全山には一切雪無し。
・市街地の自動販売機を活用して、重い飲料水を持ち歩かない方法も。
・塩屋駅から旗振山方面への市街地、東山から高取山までの市街地、
高取山から鵯越駅方面への市街地は迷い易い。
・鵯越駅付近から菊水山方面へも迷い易い。
・阪急六甲から記念碑台方面へのバスは、平日は便が少ないので注意が必要。
・六甲山頂は携帯圏外。
・大阪駅構内の蓬莱551売り場は御堂筋口側(新大阪寄り)。