ランビ2010春分

不定期連載 麦道をゆく 第19話

ランビ2010Special

10/3/20~
嬬恋高原ブルワリー
(つまぶるリアルエール、アイリッシュスタウト、メルツェン、プレミアム・ピルスナー)
麦雑穀工房マイクロブルワリー
(雑穀デュンケルヴァイツェン、はちみつエール、春の小川(ペールエール))、
愛のレストラン(那須高原ビール)
(ナインティルドフォックス2009、スタウト、スコティッシュエール)
栃木マイクロブルワリー
(若緑、偽り、プレミアム・ダーク)
【ランビ2010春分】

3/20(土)
庵庵…鴨居〜東神奈川〜上野〜草津1号〜万座・鹿沢口…R144(長野街道)
…県道235号(大笹北軽井沢線)…農道…嬬恋高原ブルワリー
…県道…R144…大前〜高崎〜小川町…麦雑穀工房…小川町〜高麗川
〜八王子〜鴨居…業務スーパー…Falar…庵庵

3/21(祭)
庵庵…鴨居〜東神奈川〜上野〜小金井〜宇都宮〜黒磯
…愛のレストラン…下松子=黒磯〜宇都宮…栃木マイクロブルワリー
…宇都宮〜横浜〜鴨居…ダイエー…業務スーパー…庵庵

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積雪のために一旦中止した、ラン&ビール2009Final計画時に予定していた嬬恋高原ブルワリーへ、ツーデーズパスを片手にリベンジと決め込んだ。
前述した工数分析で少々骨が折れ、休養を兼ねてツーデーパスで特急利用も絡めて嬬恋高原ブルワリーへ白羽の矢を立てた。連休2日目に天候が崩れるかも知れない。ならば初日に行け。地ビールランナーの血が騒いだ。
特急は自由席乗車の予定だが、満を持して前日にチケットを購入し、4時半過ぎに起床、5時には庵々を発った。未だクロマグロは食べられそうか。日本人は兎も角として、マグロ文化民族にとっても安堵のことであろう。上野で40分以上待つことを考えれば各駅停車で先行して少しでも特急料金を節約できたかもしれないが、偶にはこのようなツアーも悪くないだろう。列車が入線するや否や、車両中程に陣取ると、程なくして後ろのボックスに姦しきオバサン4人衆が座ってしまい、嗚呼、今日の旅もオワッタ、と落胆した。静寂を求めるには席を移動すれば良いのだが、車両中央の振動のより少ない席は譲れなかった。特急草津、水上1号は意外や、高崎以南での下車客も少なくはなかった。金払ってでもゆったりした空間を考える人は、金持ちそうな年配の方だけではなかったのである。発見であった。姦し集団は朝食食って眠ってしまったのか、こちらも意外なほど騒音max時間帯は短かったのが幸いであった。平日の疲労も溜まっていた筈だが眠気も少なく、2ヶ月ほど未読が続いていたメルマガを印刷して読書タイムにと勤しんだ。おにぎりとジュースのPETボトルのみを口にし、高崎からの車内販売にも目もくれず、嬬恋高原の食卓に想いを馳せていた。特急電車は、ダムに沈む事態が最近解消された、劇熱の川原湯温泉などにて観光客を降ろして行った。
特急の終点万座・鹿沢口に到着するや否や、改札口へ向けて階段を駆け下り、改札口通過は一等賞であった。幸先は良い、と思っていたが、、、駅内で地図を見直したりなど一秒も止まらず、駅前の国道に繰り出すと、大型ダンプカーが10cm近くまで幅寄せして来るではないか!!ダンプの癖に、情けない。アントニオに幅寄せするとは、、、ダンプと言う武器さえなければアントニオに勝つことは難しいだろう。きっと天罰が与えられるだろう、運ちゃんには。
さて、界隈の主要幹線道路である長野街道、国道144号線だが、軒並み歩道が途切れている上にダンプや大型トラックの往来も多く、何度も辟易とさせられた。おまけに疲労と好天による高温でバテてしまい、スピードも出ない。約9kmを1時間で良いのだからと皮算用していたものの、昨年秋に自家用車で通過した際は気にならなかった登りの連続にgive up寸前である。帰路は6kmだから少し余裕はあるのだが、地ビールランナーの肩書きに傷がつきそうなほど、バテバテであった。
やっとのことで出発地点から約6kmの大笹の交差点に到達した。国道から県道235号線に逸れ、真正面に雪化粧の美しい浅間山を拝みながらではあったが、こちらの道は国道より更に傾斜が増し、ブルワリー捜索に難儀を極めた。それでも、多少予定よりは遅れても、止む無く帰路はタクシーのお世話になろうとも、今日はブルワリーに辿り着く使命があった。終盤、我が愛用するマピオン地図には記載がなく、Googleマップにしか掲載されていなかったブルワリーへの短絡非舗装路に入り、ブルワリー寸前を積雪に阻まれかけながらも、今日の開店直後第1号客として、嬬恋高原ブルワリーパブの暖簾を潜ることができ、本望であった。

窓側テーブル席からの浅間山もデカい。出窓部は夏の日差しが如く、暑いの形容詞が既にマッチしていた。さっそくハンドポンプによるつまぶるリアルエールを所望した。薫り高い英国式で、エビス・スタウトのクリーミートップが如く、泡の抜けと共に琥珀色の液面が緩やかに上昇する、麦の芸術劇場を堪能した。残った泡も、ビールを飲み進めても残り続けてくれた。最後の最後まで液面を空気から保護してくれる由緒正しき泡の演出に、貴方もきっと感動することであろう。つまぶる、さすがだ。専用石釜焼きのピザも外せなかった。トッピングは高原キャベツとアンチョビを選択した。キャベツの歯応えが堪らんのう。臨席のメタボリック3乗ファミリーは、 ビールも飲まず、どうやらこの石釜焼きピザ目当てだった模様である。話し振りからリピーターのようであったが、卓にはピザが数枚の他、フライドポテトのテンコ盛り皿2つなど、 メタボリック街道をリニア新幹線が如く勢いで進み巻くって目も当てられない状況になりながらも、嬬恋高原ブルワリー経済に大きく貢献していたようである。アントニオのような酔狂以外は自家用車以外に交通手段を見出せない立地である。メタボリアン・ワールドはキャベツ畑の如く高原を席巻しつつあった。合掌。
さて、アイリッシュスタウト、メリツェンを続いて飲み干し、そろそろお開き時刻と思い、用を足しに席を立った。土産ビールのある冷蔵庫を見て驚愕した。缶入りものへの製品入れ替えのため、瓶のプレミアアムピルスナーが510円から130円引き、スタウトに至っては610円から200円引きのバーゲンである。大前まで6kmだがほぼ下りだ。瓶だからきっと330mlくらいだろう。腹は決まった。食卓で口にしなかった、ピルスナー瓶を所望し、栓を抜いて貰ってからブルワリーを辞去した。
以前、給水はすべてビールで処するような軽ハイキング行脚があっても良いと空想していたこともあった。そして今日、アントニオは、地ビールランナーの歴史にまた新たな1ページを刻むことになった。飲みながら、走る。走りながら、飲む。瓶の裏書きにまた肝を冷やした。500mlもある。遠退く、大前。。。冷えるのは肝だけではない、胃も然り、、、ただ、往路は苦しめられた分、復路の殆どが下りである。500ml瓶片手でできないことはなかろう。四阿山に草津白根山が美しい。胃は重い。飲んでは速度を上げ、スピードを緩めては飲んだ。ブルワリー出発寸前は無謀と感じていたが、走り出してみると然程の困難には感じなくなった。初夏を思わせる日差しがアントニオを押した。国道に戻る前にプレミアム・ピルスナーを飲み干した。できれば次回は近隣に停泊して落ち着いて試したい食と飲み物である。500mlの炭酸飲料を飲み干した後とは思えない快適感に包まれていた。地ビールランナーズ・ハイ。ノンベーズ・ハイ。この境地に到達可能な霊長類は類稀であろう。身体に良いとも思えないし。危険を省みない無謀さに賞賛の声は聞かれない。しかし、怖いものが一つ、消えた。飲み干して弛緩してしたためか、催してしまったため、近くのガソリンスタンドのトイレを拝借した。確かにスタンドには走り込んで来たとは言え、顔を真っ赤にしたアントニオを従業員は何者と思ったことであろうか。
下り道を快適にこなしているうちに、大前の信号に到達してしまった。あれっ?ブルワリーから40分かかってないぞ、、、今や山の神様は5区の柏原が記憶に鮮明だが、下り6区と言えば大東文化大の島崎であろう。彼の名前がすぐ思い浮かぶ年齢なのか、、、嬬恋パブ伝6区のアントニオの麦界新記録は破られることはないであろう。
しかし、大前の駅前周辺には鉄キチが群がっていた。群がると言っても仲間になったり、ということは殆ど見られない。大体鉄キチ特等席と言うのは限られており、彼等同士のポジションの奪い合いの熾烈な争いは止まないのである。そのオーラが大前駅と3両編成の電車を近寄り難く覆っていたが、初夏を思わせる日差しが僅かに常人の余地を空けてくれた次第であった。確かに自分も20年前はその一員だったことは否定できないが、自分よりも年配も数名居るのだ。メタボタイプともやしタイプの2極である。とても健康そうには見えない。その場のアントニオも寸前までして来たことが健康的とは言い切れないが、どちらかの選択に迫られれば、間違いなくアントニオは再びビール瓶を握って国道の彼方に走り去ることであろう。嫌なら無視すれば良いのだろうが、オーラを感じてしまったアントニオは、ローカル線電車上で旅情を保持することは最早困難となっていた。メタボったり、もやしったりは彼等の権利であるのだが。
高崎行き電車は徐々に地元の乗客を増やし、淡々と高崎へと向かった。高崎線上野行き電車より接続の良い八高線列車に乗り換え、小川町を目指す。吾妻線内と言い、この八高線といい、食後の春眠には快適な振動であった。地ビールはしご2軒目に雑穀マイクロブルワリーというのも初めてであった。今日はデュンケルタイプの雑穀ヴァイツェン、はちみつエールにペールエール風の春の小川を嗜んだ。野菜のプレートを摘みながら、心地良いビールタイム再びであった。店内には全国津々浦々の地ビールパブの逸品の空き瓶が飾られており、嬬恋高原のそれが幸か不幸か見当たらず、プレミアム・ピルスナー瓶を陳列の一つとして進呈させていただいた。16時を過ぎたが未だ外は明るい。春だった。
さて、昨日晩から強風である。新聞にも連休は海山ともに大荒れの天気との脅し文句が躍ったものの、帰宅後の天気予報に拠れば、午前6時頃の雨の後は少々強風を我慢すれば済むようで、高を括って那須高原と栃木マイクロブルワリー行脚を予定通り刊行することにした。
起床時の大雨は予想の範疇であり、レインウェア上下で堅めて傘要らず、風雨に直接晒される鴨居駅までを辛抱すれば後は何とかなると、意を決して庵庵を発った。
10年以上もお世話になっているゴアテックスのレインウェアは、歩き始めて5分と経たないうちに、ヌレテックスからシミテックスへと変貌を遂げてしまった。靴内も床上浸水である。仕方ない。この天候なのだ。災害に従来弱いとされていた横浜線が意外や平常通りに動いているではないか。ならば他も大丈夫だろう。だが、東神奈川からの上りの京浜東北線が辛うじて予定通りであったのだが、下り列車はダイヤがボロボロらしかった。車内のサイネージュ画面には至る方面の路線で運休やダイヤの混乱の様が幾重にも飛び交っていて目が離せない状態であった。宇都宮線も宇都宮まで、また、京浜東北線も赤羽以北がストップしているらしい、、、東京か上野で新幹線に乗り換えるか、、、京浜東北線は何事もなかったかのように粛々と北上を続けていた。東京乗換えは見送り、上野で判断することに決めた。そして、列車が上野に到着するや否や、高崎線と宇都宮線の運転再開のアナウンスが木霊した。オー、ラッキー!!!そう思うのはただ、早計だった。
今日、宇都宮線上野発の始発電車に乗車することとなった。小金井までしか行かないのが心配だが、あわよくば大宮から湘南新宿ライン経由の宇都宮行きなんかに接続したりしてくれるのでは、との淡い期待を膨らませながら、7番線の電車に乗った。その電車は上野を37分程遅れているらしいが、アントニオ的には定刻であった。その後、電車はほんの少しずつ遅れを回復しようとしており、古河での快速通過待ちを割愛するなどして7分程頑張ってくれたのだが、、、小金井手前の小山で不審な小休止があり、また、小金井の先の列車も結局遅れが続き、宇都宮到着は予定より25分遅れ、乗り換え列車も1本遅い選択を余儀なくされた。もともと5kmを1時間で歩くスケジュールであった。1本遅れは20分の差であるから、ジョギングが必要だ。
蒲須坂と片岡の間でか、人が線路内に入ったとのことで急停車した。どうも付近の住民が、下り線と上り線の間ので山菜摘みでもしていた模様である。本人には罪の意識はなさそうに見えるのが罰が悪い。。。1人のちょっとした行動で、150人とかそれ以上に影響を及ぼすことを、その住民は自覚した方が良い。訴訟問題が起これば人家も吹っ飛ぶ賠償請求となろう。撮り鉄も然り、だ。その、下り線と上り線の間の土地はJRの用地だろうから、既に山菜摘みイコール窃盗に相当するのである。慎みたい。強風による遅延で、ただでさえ乗客の憤りは沸騰間際だと言うのに。。。ワンマン運転だから余計に手間取ったような気がする、、、
さて、今日は改札口通過金メダルは逸したが、昨日同様改札を通過してから一寸の停止もせず駅舎を発った。当初の予定より20分遅れである。走らねばならぬ。駅前から幹線道路の那須分岐点交差点までは左程時間がかからず、残り3kmくらいだろうと浅読みし、減速してしまった。R17の松並木ルートが思いの外長い。路肩は狭く、遊歩道は少々距離が嵩む。休み休み進むうちに11時開店のゴングは鳴ってしまった。いかん、再びスピードを上げ、開店後第2号客に甘んじながらも何とかブルワリーに到着した。
ナインティルドフォックス2009、スタウト、スコティッシュエール、 那須和牛のビール煮の豪華キャストを卓上に呼び寄せた。古酒、ナインティルドは2ヶ月前と遜色なく、むしろ、僅かながら熟成も進んでいるのだ。しかし、牛のビール煮の皿の上の品々が全体的に冷めてしまっているのが気になった。。。まさか、これでレンジ・チンの類なのだろうか、、、和牛は冷めてもとろりと軟らかく美味ではあったのだが、少々残念であった。
下松子からのバスは5分程度遅れて到着したが、黒磯駅には12:30頃に到着し、当初の予定より1本早い12:35発の宇都宮行きに乗れたのが幸いであった。ただ、その列車も福島方面からの列車の到着を待った影響で結局出発が5分遅れたが、トータルで予定より15分早く宇都宮に戻ることができた。
10分程駆け足で栃木マイクロブルワリーの暖簾を潜る。店主とは東京マラソン、正月の地ビール行脚の話で盛り上がった。特に3酒類目のプレミアムダークがアントニオの舌線に敏感に触れ、都合3杯もいただくこととなってしまった。話題はマラソンからプロレス興行へと移り、アントニオの独擅場となってしまった。あれよあれよと時は流れ、乗車を予定していた快速列車の発車時刻も迫り、4月下旬のグランビエールに果たして参上するか、決める間もなくなってしまった。チケット購入の暁には、是非とも栃木の美酒を再び所望する次第である。
13:39発の湘南新宿ラインは、黒磯からの列車の車内放送にあったにも拘らず運休であったが、15:40発のそれはどうやら運転されるとのことであった。但し、15両編成のホーム案内放送にも拘らず、回送されて来た列車長は10両分しかなかった。状況を瞬時に察知した鬼の様に素早いアントニオは、ホームの13両目相当地点から猛ダッシュで、10両の枠外からあぶれた客で芋洗い状態の中を潜り抜けてちゃっかり着席し、逗子行きの人となった。直通で快速とは言え、2時間は気の長い道程であった。長い。長過ぎる。次回は、、、新幹線???
(完)