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復帰09

不定期連載 山道をゆく 第214話
不定期連載 麦道をゆく 第9話
09/04/11
鐘ヶ嶽(庵選千名山446)、三峰山(庵選千名山447)
ランビック
(Abby Tripel, Belgian Strong Ale2009, 紫蘇エール)
【復帰09】

4/11(土)
庵庵…旭区図書館…鶴ヶ峰〜海老名〜伊勢原=七沢…七沢自然ふれあいセンター
…鐘ヶ嶽15丁目…浅間神社…鐘ヶ嶽…山の神隧道入口…不動尻…三峰山
…山の神…煤ヶ谷…別所の湯…別所温泉入口=市立病院前…ランビック
…愛光病院前…本厚木駅〜海老名〜鶴ヶ峰…旭区図書館…Foleo…庵庵

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飲んだ晩の翌日は半死状態を迎えることが常態化して久しい。しかし、偶の酒宴、マラソン後の酒宴は旧交を深めるには欠かせなかった。宴後半はソフトドリンクで紛らわすなどし、一次会のみで辞去を決めた。それでも風呂を沸かしたため、就寝時は日付変更線を越えていた。
目覚まし時計を2台セットし、1台目の鳴動で起床できたが、少々胃の重さは否めなかった。きっと歩くうちにアセトアルデヒドも抜けることであろう。
借りていた4冊を戻すべく、今日は西谷駅に直降せず、鶴ヶ峰へ向かうことにした。下って上って下って上って下り、また上り返す図書館までの行程は、プチハイキングと言っても過言ではなかった。しかし、居住区は保土ヶ谷区なれども、最も近い図書館は旭区のそれであり、次いで緑区のそれなのである。鉄道線路が一番近いのが横浜線であり、次いで、駅はないが、東海道新幹線の方が保土ヶ谷区に駅のある相鉄線より軍配が上なのである。保土ヶ谷駅を利用することはないだろう。
閑話休題。
プチハイキングで準備万端、鶴ヶ峰駅から各駅停車に揺られて海老名に向かった。小田急線側の駅では、券売機でフリー切符が買え、しかもカード払いが可能であった。今日の登山出発地点の七沢までは本厚木からもバス便が選択できるのだが、何となしに伊勢原発の方が空いているだろうと希望した次第であった。果たして、伊勢原駅にて数人の客を乗せた始発便のバスは、途中でアントニオ以外の全員を降ろしてしまい、終盤10分程度は貸切であった。最も厚木バスセンターからの便が込んでいるとは思えなかったのだが。
7:14、七沢のバス停から歩き始めた。七沢自然ふれあいセンターの先の道は通行止めの看板が塞いでいた。鐘ヶ嶽方面への道標を今日は1枚も見ていないのだ。間違えたのか。アントニオが山をやり始めた12年前に初めて購入した山地図が、この丹沢のそれである。手前のかぶと湯温泉は健在だった。果たして、廃道と化してしまったのか。少々怯みながらも一か八か進むことに決めた。山地図のコースタイム表示を怪しんでいたが、何とか鐘ヶ嶽方面を表する最初の道標を発見した。「鐘ヶ岳15丁目へ」とは。15丁目か、、、何丁目まであるのだろうか。。。しかし、このまま舗装された林道を進むよりは目的の地には近づくことであろうと、その道標を信用して山に入ることにした。
15丁目の先、1丁毎に碑が存在した。碑製造とその運搬も楽なことではなかったであろう。都合30丁目くらいまであっただろうか、浅間神社に到着し、急な石段を上ることとなった。視界は少々良くなりつつはあるが、大展望が果たして望めるのだろうか、浅間神社の階段に飽きた頃、8:20、鐘ヶ嶽山頂に到着した。日本武尊風2体の像があるのみだ。展望なし。しかし、三角点は存在した。恐らく、日本武尊時代頃には周囲の樹木も育っておらず、展望は著しかったのであろう。

少々下って広沢寺温泉からの道と合流した。不動沢周辺は3年前に大山から雪の残る最中を歩いた筈だが、風景に殆ど記憶がなかった。当時この周辺を歩く頃には、セルバジーナを目指す麦意が自然探訪を勝っており、文字通り脇目も振らず仕舞いだったと思う。本日初めてハイカーに遭遇し、追い抜いては三峰山方面を目指した。上級者向けで覚悟が必要との看板はあるが、本当だろうか。ミミガタテンナンショウが所々に顔を出していた。山桜も花開き具合が宜しい。宜しいのは有難いが、山桜の季節と言えば黄金週間あたりではなかったか。4月中旬にして初夏を髣髴とさせる陽気である。木陰を切り抜ける涼風が有難かった。大展望な稜線でなかったのが逆に幸いであった。
10:01三峰山に到着、歯応え十分だった。そこそこの展望である。こんなものだろう。鎖場は多かったが、然程の困難は感じなかった。上りの鎖場は鎖を頼らずに何とかクリアしたが、下りの痩せ我慢は命取りと思い、慎重を期した。矢張り、今日のアントニオも麦意を隠せず、一応汗流しの温泉行脚は考慮していたものの、夢は湯気を通り越して麦汁の彼方で運び去られていた。もう少し、山に対する情熱がないと、何時か痛い目に遭うであろう、そう思いながらも下山を急いだ。
下山口には大きなプラケースに塩が盛られており、山蛭を退治してから下界を歩けとのお触れであった。叩いても踏んづけても死なないらしい。所々、「ここで山蛭を振り払うべからず」との看板を目にした。例年5月以降に発生とのことであるが、この陽気であればもう発生していることであろう。自分のズボンの裾にもと心配しながら確認をしてから、煤ヶ谷のバス停に向かった。
11:37である。バスには未だ時間がある。仕方ない、温泉まで歩くか。バス停にして5つ分、お昼のゴングが清川村に鳴り響くと同時に、温泉の暖簾を潜ることとなった。明日以降苦しむこととなったが、山行で筋肉痛はなかろうと、マッサージを怠っていた。汗は綺麗さっぱり流し、風呂上りの一杯は我慢した。
宮ヶ瀬からのバスに乗り、少々揺られた。市立病院前のバス停の位置を事前に調べきれず、それを冠する交差点の信号待ちに少々泡を食った。そうか、1つ手前のバス停で下車すべきだったのか。しかし、華麗な琥珀色の麦茶が待っているのだ、焦ってはいけない。
旨い麦茶に浸りながら、さて次の山は何処にすべきか思案は尽きなかった。しかし、麦意中心に考えると行動範囲も狭まりかねず、困ったものである。
(完)

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付録:
山旅アドバイス
・山蛭注意のお触れが煤ヶ谷側登山口に散見された。4月でも既に危なかったと思う。