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ニークラッシャー

不定期連載 山道をゆく 第171話
04/12/30 鍋割山(庵選千名山322)、塔ノ岳、行者が岳、烏尾山、
三ノ塔、二ノ塔
【ニークラッシャー】

12/30(木)
庵庵…西谷〜海老名〜渋沢=大倉…二俣…後沢乗越…鍋割山
…小丸…金冷し…塔ノ岳…表尾根…書策小屋…烏尾山荘…二ノ塔
…富士見橋…ヤビツ峠…蓑毛=秦野〜海老名〜二俣川〜西谷…庵庵

=:バス、〜:電車、…:歩き・走り

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
先月の山行から1月が経過しようとしていた。先週某山を目指すも雪道の反逆を受けて撤退。年末に忘年会が嵩み、中々山に行けずに焦燥感を募らせていた。雪も降った。何、雪?ふふふ、ならば雪を攻めるか。何時も考えては塔ノ岳迄でギヴアップさせられていたのだが、今回くらいは長丁場で戦うとするか。
何時ものように、あ、最近の何時もは車だったか、ならば4ヶ月半振りに、始発電車で海老名を目指す。フリー切符を購入して小田急線電車に乗り換える。渋沢駅発大倉行きのバスは満席。老々男女の群れ。若者は雪に平伏すのか。否、雪さえ見向きもしないのか。雪下りしかしないのか。勿体無い。大倉で降りた大半が準備運動なり口の運動なりに勤しんでいるのを尻目に、二俣を目指して歩き始める。
思えば庵登山史黎明期にも実は鍋割に到達していたのだった。当初の予定は表尾根だったのだが、秦野駅を乗り過ごして渋沢に着いてしまし、予定を急遽変更して大倉尾根から鍋割を目指した。然しながら鍋割の山頂に至る頃にはガスに塗れ、小屋のカキ氷以外に印象的な物はなかったのである。つい最近社内のG氏が鍋割の展望も雄大だ、との情報を漏らすため、何時もの予定とは逆周りで表尾根を目指すのも良かろうと考えた末の今日だった。あれはもう7年も前のことだ。ルートの記憶が乏しい。こんな道、通っただろうか。偉く林道歩きが長いなぁ。アントニオを追い抜く4駆達。今に見ておれ。登山口からが勝負だ。せいぜ先に車で進むが良い。と、5ナンバーのランクルには魚売りが使いそうな発泡スチロール箱が沢山搭載されていた。ひょっとすると、小屋への食材運搬か?とすると、あの方の車なのだろうか。俺のパワーで小屋までに追いつけるだろうか。
徒渉地点があったとは、とんと記憶にない。徒渉しても林道が続く。二俣には数台の駐車車両が確認された。アントニオを抜いた車も勿論ある。よく頑張った。こんな雪交じりの林道なんて運転したくもない。よく頑張った。だが、其れ迄だ。もう少し君達は早く家を出るべきだった。道が細くなり、積雪が多くなる。スピードが出ない。1月も山を離れて勘が鈍ったのか。体重増で相対的に推進力が落ちたのか。雪道だからか。雪道ではこのアントニオでさえコースタイム通りに歩けた経験はない。いいさ、今日は始発電車、始発バスで此処まで来たのだ。時間はたっぷりある。戦わせて貰おうではないか。
数人追い抜いた後にまた1人、ゆっくりと歩を進める者が居た。エンパイヤステートビルのように高層な荷物だ。ボッカだ。このルートでボッカとは鍋割山荘がゴールだろう。と言うことは。丹沢のボッカと言えば、鍋割山の草野延孝氏を知らない者は居ないだろう。明日晩から山荘で新年を迎えようとするハイカーも多いのだろうか。彼等のための食料を一身に背負い、氏はゆっくりゆっくりと歩いていた。此方側から道を譲って頂きたいと申し出るのもおこがましい。氏が気付くまで、写真でも撮りながらノンビリ後を付いて行った。暫くして後ろを振り向いた。草野氏だ。間違い、ない。大荷物を担ぎ上げている労力から喋るのも無駄骨ではなかろうかと察し、「お疲れ様です。お先に」と一言添えて氏の先を進ませて貰った。鍋割山荘には何時か泊まってみたい。明日はって?ううむ。明日大晦日にはまた天気が大きく崩れるようだから我が山岳猪木祭りの開催も躊躇している。山で新年を迎えるには相応の心構えで挑みたいので、今回はパスさせて貰うことにした。
後沢乗越を過ぎ、稜線に立つ。相模湾が美しい。鍋割からの稜線の先にエボシ岩が。今や世界語、サザンの「TSUNAMI」が脳裏でリフレインしている。西側には箱根連山の向こうに富士が際立って異彩を放つ。否、日本の初春に相応しい純風景だ。燃える朝日。ファインダーを襲う魔白な富士。静寂と研ぎ澄まされた空気。無限に青い空。素敵だ。空が青過ぎるから、アントニオがこうして登ってしまうのだ。
鍋割山荘へは庵登山史黎明期にも訪れていたが、既に書いた通り当時は既にガスに巻かれていた。然し、今日の空の青さよ。時折吹き付ける風の冷たさに凍傷を懸念していたが、富士と空の美しさに見惚れてる間に体温が上昇していた。

軽アイゼンを装着し、山荘前を発つ。山荘から金冷シまでのルートは積雪も甚だしく、深い箇所は膝まで埋もれた。神奈川県とは思えぬ豪雪だ。踏み跡を見失えば遭難だ。吹き荒む風にたじろぐこと屡。庵速は侭ならぬ。庵速を阻むのは雪か、はたまた慣性を増やして鈍った体か。大倉を発って未だ4時間は経過してないが、コースタイムに自分の進捗状況を鑑みると焦りが冷や汗を掻かせた。プロは午前10時台で既に先行きを案じるものだ、と言うのは大袈裟だが、あらゆる可能性を懸案するのが真の山屋だ。降りたくはないが、一時は金冷シから大倉尾根直降も辞さないと考えた。其れ程雪深かった。凍風に苛まれた。

鍋割山荘辺りから噴出す汗を拭おうとタオルを首に巻きながら歩いていたのだが、どうも何処かで落としてしまったらしい。塔ノ岳で気が付いたが、戻って探す気力はなかった。帰路の温泉では買わねばならないのか。家にはタオルが有り余っていると言うのに、、、また奉納だ。山頂は幾分の人集り。都心もファインダーの直向こうだ。相模湾の照り返しが眩しい。潔白な景観を鑑賞する気持ちを削ぐ寒さ。此処から大倉まで2時間15分。ヤビツ峠まで2時間半。大した違いではない。何時もは登るだけの表尾根を、今日こそ下りに使ってみようと思う。
雪深い箇所は問題はないのだが、少ない箇所で雪下に小さな岩や木段があったりすると、6本爪はバランスを崩し、膝や足首を捻らざるを得なかった。一度や二度ではない。数十回はあっただろう。軽アイゼンの装着が甘いのか。云年履き馴らしたブーツの底がスリック状態のため、軽アイゼンもフィットし難いだろうと思っていたのだが、下り始めて30分程で脚が方々で悲鳴を上げ始めた。三ノ塔や振り返った富士は其れは美しいのだが、捻った膝の痛みが脱水感を助長し、慈しむ精神的余地を奪われていた。ヤビツ峠までは2時間半だが、この雪の状況で神奈中バスがヤビツ峠迄の乗り入れは不可能と考えると、更に50分かけて蓑毛まで降りなければならない。何時ものコースタイム半分から2/3男がコースタイムに襲われていた。然し、もう其れどころではない。膝がヨレヨレだ。登りの雪で疲れたのだろう。結局鈍っていたのだろう。下りは怖い。もう下らなくて済めば良い。行者が岳、烏尾小屋、三ノ塔、二ノ塔、、、アップダウンは続く。二ノ塔から下り続けて林道にぶつかった地点で軽アイゼンを脱いだ。これ以上の装着は膝へのダメージを倍化させる。富士見橋迄は慎重に下る。ヤビツ峠までの舗装路は半分くらい雪が残っている。是でも車は少なくはない。スリップするなよ、と念じながら、行き交う車を白い目で睨む。ヤビツ峠に到着してバス停の時刻表を読む。運良くバスが此処まで到達出来たとしても2時間近く待たねばならない。気持ちだけは蓑毛まで下山する積もりだった。今の膝の状況を考えると出来れば歩きたくはなかった。だが、バスまで待つよりは山屋として蓑毛まで降りる必要があった。
蓑毛までの道は意外と歩かれていたようで、踏み跡は上手く雪が削り落とされており、危険な箇所はなかった。膝の故障のため、コースタイム通りにしか歩けない。蓑毛発のバスは毎時0分と30分発の30分置きの筈だ。見覚えのある養鯉場の脇を過ぎて時計を見る。残り3分でバスが行ってしまう。走れば何とか前のバスに間に合うだろう。だが、無理だった。久々の丹沢に辛酸を舐めさせられた。丹沢も侮れないなと思いながら、寒いバス停で20分以上待たされる。確かに風邪気味で力尽きた感慨だった。
計画では東海大学前の温泉に寄ることも考えていたのだが、タオルを失ったのは兎も角、風呂上りの帰路で酷く湯冷めして寝正月の予感が脳裏を過ぎったため、大人しく真っ直ぐ帰路に向かった。

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丹沢に久々に登ったのだが、擦れ違うハイカーは殆どが挨拶なしだった。雪の丹沢はアイゼンの踏み外しが多くとも楽しいが、挨拶のない丹沢は要らない。

(完)

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付録:

山旅アドバイス
・要軽アイゼン。
・蓑毛以北の道路も凍結。要タイヤチェーン。
バスもヤビツ峠まで走っていない模様。
・秦野駅・蓑毛線のバス、スナック菓子車内販売健在。
・強風で凍傷の恐れ有り。防寒体制は入念に。
・挨拶しよう。