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ヒュッテの一年

不定期連載 山道をゆく 第168話
04/10/30〜 七ヶ岳(日本三百名山、会津百名山、庵選千名山317)
【ヒュッテの一年】

10/30(土)
庵庵−ESSO−第3京浜−環状8号−用賀IC−C1−5号−上河内SA−矢板IC
−JOMO−R400−R121−R352−会津高原ホテル駐車場…たかつえスキー場
…七ヶ岳登山口…七ヶ岳…登山口…駐車場・白樺の湯−R352−まる家
−小白沢ヒュッテ

10/31(日)
小白沢ヒュッテ−R352−銀山平−シルバーライン−JAゆのたに
−ゆーパーク薬師(未遂)−かたっくり−見晴らしの湯こまみ(未遂)
−小出IC−土樽PA−入間IC−R16−八王子バイパス−庵庵

−:車、…:歩き・走り

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ヒュッテの短い一年が終わろうとしている。思い起こせば6月初旬、今年の営業開始期日を問い合わせたあたりからアントニオの小白沢ヒュッテは始まった。其の後平ヶ岳を目指すも道路が未開通で急遽駒ヶ岳に行き先を変更したり、其れでも何とか夏にはベルギービールを飲んだくれて涼しい夏の夜を過ごすことが出来た。今、紅葉は真っ盛りであろう。にも拘らず、自然の脅威は計り知れない。今訪問はヒュッテの今年最後の営業日となった。彼是何処の山を攻めてから伺おうか皮算用をしている矢先に台風と地震が新潟県を襲う。秘境への道は遠い。新潟側からが其れでも若干近回りだろうか。だが、昨今、其の選択肢には危険が臭い過ぎた。

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あの画像を見て、背筋に戦慄が走った。陸上版タイタニック?或いは、食中毒で山に行けなかった時に読んだ泉康子の「いまだ下山せず!」だろうか。幼少の頃に読んだサバイバルクイズ本に、土石流などに巻き込まれたら逆らわず泳ぐと助かる確率が上がるとの記述の存在を思い出す。微塵の可能性であろうが、雪崩であればそのような対処が考えられよう。雪崩の被害者と言うのは大抵ハイカーであるから、山に登らなければ避け得ることも可能である。が、今回、車毎持っていかれた場合、一体何が出来たのであろうか。母親貴子さんは即死だった。真優ちゃんも一週間以上も土の中に眠らされてしまった。胸部圧迫による窒息と聞き、「いまだ下山せず!」を思い出してしまった。其の因は、雪崩に巻き込まれたのと同じではないか。二次災害を懸念して救出作業を一旦中止した時、親の気持ちを痛感した。早く助けてあげて、と。優太君は4日間、頼れる者もなく苦しんだことであろう。そして母の死を実感出来たとしたら、悲しみのどん底に陥れられてしまうのではないか。どうすれば立ち直れるのだろうか。貴子さんと真優ちゃんの冥福を祈ると共に、優太君が母と姉の死を直感した時、力強く行き続けてくれることを願って止まない。

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前回、7月末の行脚寸前にも災害でR352が復旧
直後で、目まぐるしく変わるヒュッテへの交通状況は事前調査も容易ではないが、其れは其れで旅の準備として必須であり楽しいものである。天気予報を睨み続ける。新潟側の道路が例え開通していようとも、山の空は泣き出してしまうことであろう。未だ東側の方が崩れるまで若干の猶予が長い。ならば燧リベンジか七ヶ岳か。御池周辺の路面凍結も心配だ。七ヶ岳に落ち着けるか。路面凍結の懸念や天候に振り回され、何時出発しようか迷いに迷った。天候が崩れなければ夜行で、凍結する前に登山口に到着すべきだから横浜は早い時刻に出発すべきだろう。天候が崩れるなら桧枝岐周りでどうゆっくり運転しても8時間程度で宿に着いてしまうと思うと、夜出発では早過ぎる。
結局帰宅後1時間半程横になり、12時過ぎに家を出ることにした。第3京浜をぶっち切り、環8を北上して用賀から首都高に乗る。土曜日の未明は未だ未だタクシーの群れも多いが、5号線を抜けると大分交通量も減った。宇都宮まで3車線で快適な東北道を矢板で下車する。桧枝岐へは西那須塩原が一番近いのだが、24時間営業のガソリンスタンドのあるR4に戻らねばならないため、高速代も節約する意味で一歩手前で下車してから奥羽街道を進むことにした。東北方面へ向かうトラックで夜中とは思えない交通量である。24時間営業のJOMOで給油をする。初期の尾瀬行きの二の轍を踏まないために、だ。シルバーラインのトンネル内でガス欠寸前になり、ライトやエアコンをオフにしたり停車時にはエンジンを停止したり、相当の苦労を覚えたことは未だに鮮明な記憶として残っている。深夜のR400を北上、交通量が皆無と予想していたが、意外や其処退け其処退け大型トラックが閑散とした深夜の塩原温泉街を疾走する。R121に入り、放っておくとフロントガラスが曇ってしまう。外気温計は1℃である。路面凍結は不可避な気温だ。決して少なくはないトラックの往来が路面を凍結から守ってくれている。前をゆっくり走っているのでつい追い越したくはなるが、此処は彼等の道なのだろうと思うと、大人しく追随するのが身の為だ。R352に逸れると街道を外れたようで、遮る交通は皆無であった。天候に対する過度の懸念から、結局たかつえスキー場城下町に車を進めた。さて、何処が登山者向け駐車スペースなのか。ペンションとホテルは多い。付随する駐車場も枚挙に暇がなく、季節外れで何処もガラガラに近い。一度はペンション前に停車し掛けたが、駐車スペースが斜面で仮眠姿勢が摂り辛いため、ホテル前のようだが特に駐車場看板の見当たらないスペースに陣取ることにした。明日、と言ってももう3時過ぎだが、明日の風が吹け。天候が回復すれば万々歳だ。

6時前に目覚める。想像を遥かに凌ぐ明るさ。をを、是は、天気予報、ざまぁ見ろってところか。高杖地方は穏やかな秋晴れの朝を迎えていた。登っちゃうぞ。ふふふ。太陽と会話の出来る者の強みだ。しらかばの湯も直ぐ其処だ。6時からの営業である。起き掛け、「ギヴアップ、パンパン!」ってな方にもお勧めだ。寒々としたこの時期に、朝も早よから登山する酔狂は皆無であった。だが、朝っぱらから烏が五月蝿かった。人のある処に食べ物ありと思っているのか。付ける相手を間違えてないか。たかつえスキー場のゲレンデを闊歩する。誰もいないゲレンデ。あと1月もすればスキーヤーでごった返すのか。スキーヤーの到来を全く予感させない静寂に包まれていた。ゲレンデ独占は山頂独占に匹敵する優越感だ。山頂到達者人口とゲレンデ滞在者人口を比較すると、果たしてどちらが多いのだろうか。ただ、ゲレンデ歩行は長かった。紅葉の散りばめられた奥会津の高原の風景に頬も緩みっぱなしで時間の経過は左程気にはならなかったが、林道を庵速で進むこと約70分、漸く「七ヶ岳登山口」指導標を発見した。言わば此処がリアル登山口なのである。リアル登山口からはものの十数分で今度は東側の展望に息を飲まされた。蔵王も遥か彼方。携帯電話のアンテナインジケーターもしっかり3本立っている。あ、あれはドコモの巨大アンテナだろうか。この風景の中では艶消しだと文句を言いながらも常日頃は其の恩恵に十分入り浸っている筈だ。某大某武道系部員時代、語彙の貧弱な部員界隈では物凄さを強調する形容表現として、「鬼の様に」が流行していたのだが、将に其の鬼の様な大展望である。其れは決して鬼が如き形相の様に酷似していることを意味しない。普段割りと見慣れている北アや甲州周辺からの展望とは様相も異なり、初見の絶景に唸るしかなかった。山頂付近には微塵の積雪を観測するも概してコースに難所はない。

やがて会津百名山碑の立つ山頂に到着。ツアー出発時の予想に反し、意外や雲も少ない。会津駒、燧、平ヶ岳、越後駒の山並みの裾野に錦織。那須、安達太良、磐梯、吾妻、蔵王など展望雄大。日留賀岳、高原山、帝釈山、会津朝日岳、男体山、日光白根山、武尊山も一望だ。うーん、この天気、うーん、燧も余裕だったな・・・やがて束の間の静寂を劈く爆音が木霊した。ヘリコプターが2機、新潟方面へ飛んで行った。ヘリでなければ出来ない作業が山積みなのだろう。何かアントニオにも出来ることはないかとは思うが、いざボランティアに手をつけようとも、自らの食事や宿泊についての処遇をどうするかと考えると、一歩引いてしまう。
さて、日本三百名山中、此処で99峰目である。栄えある100峰目は一体何処の山か。年内には達成したい。

軒並み枯れている沿道の植生の中、鬼薊には威圧感を覚えた。将に鬼が如し。来年また綺麗な花を咲かせて欲しい。下山時には眼前に広がる錦繍はややくすんでいるとは言え、圧巻である。俺の物だ。すげえだろ。下山際にゲレンデの職員らしき車に2台擦れ違い、また駐車場に近づいた頃に漸く今日2人目のハイカーを迎えていた。展望は莫大ですよ、お気をつけて。
さて、風呂だ。温泉だ。白樺の湯へ早速突入する。ジモティと思しき方も数名湯浴みを嗜んでいる。ゲレンデの下とは言え、高杖界隈を守る湯なのであろう。月並みな表現だが、いい湯だった。
汗を流してさっぱりし、再びR352に戻る。この気温なら先ず大丈夫であろうとは思っていたものの、なるべく気温が高まるのを待ってから御池越えをしたく、ゆっくりと休部号を走らせていた。桧枝岐村に入ってからは沿道の道路情報表示盤が、御池付近に積雪ありと脅す。いや、確かにチェーンは持参した。だが、事勿れ主義が脳裏を席捲しており、面倒は矢張り避けたかった。尾瀬るるぶで検索したまる家に入る。少々お昼時より早い時間帯か、閑散としている。薬膳蕎麦セットと蕎麦掻団子のフルコースを所望する。今思い起こせば、数週間前に可愛いと実物を確認したサンショウウオの天麩羅を知らぬ間に食していたように思う。あれまぁ。セット内に登場したはっとうだが、蕎麦粉と餅粉を捏ね、荏胡麻を絡めたものである。美味過ぎて村民に食わせられない程と言うのが語源らしい。ただ、庵的には蕎麦掻団子の方が更に美味と感じたのだが。アントニオが美味しそうに蕎麦三昧しているのを嗅ぎ付けてか、まる家には客が増え始めた。桧枝岐の蕎麦も味が落ちたなどとの風評も久しかったのだが、まる家の蕎麦は遜色はないと思う。また、御池駐車場の領収書を持参すれば駐車料金を還元してくれるらしい。次回
もし燧からヒュッテを目指す場合は昼飯はまた此処にしようか。
桧枝岐で蕎麦を食って時間稼ぎをし、路面温度の上昇を待ち兼ねていた。徐々に寒々とした雲行きになり、昼飯後に最早夕暮れを感じつつある中、ゆっくりと西を目指す。小雨がぱらついている。やった!雨になる程気温が高いのか。いいぞ、雨ならじゃんじゃん降れ!雪は御免だが。
御池駐車場はemptyかと思っていたが意外や数台]の駐車車両が確認された。だが人気が全く感じられない。シーズンも終わっているが通行規制も解除されず、駐車場も有料のままと言うのは腑に落ちない。さて、此処からが正念場、ヒュッテの日記ページには既に冠雪してコチコチな路面の写真が載り、其の記憶が鮮明過ぎて脳裏を離れなかった。其のためのチェーン持参ではなかったのか。道幅も狭くなり、沿道を埋める落ち葉の上には若干の白いものがちらついている。この程度なら逃げ切れるか。峠を越え、道が下りになり、別に束縛されていた理由も無いが解放された気心地で安心しながら小沢平を過ぎた。新潟県境を越えると夏に訪れた平ヶ岳登山口は指呼の間であった。あの夏の日の鷹ノ巣駐車場には今日は車は1台もなかった。ヒュッテにも数分で到着した。既に富田さんと原田さんが、オーナー櫻井さんの雪囲いの手伝いを進めていた。昨日にも大分捗ったらしく、ヒュッテの一部は既に物置化が進行していた。多種多様な木材が転がっており、一部はゴミかも知れないが、一部はやがてヒュッテ内の家具へと変貌を遂げる可能性もあった。力仕事は得意とは言え、今日は天候が心配だから昨日のうちに作業を増進させてとのお願いをして、私の出来そうなことはあまり残されていなかったように思う。薪用木枝を拾って燃えるゴミの処分を手伝ったくらいか。雨も降ったり止んだりである。降られて室内から外を眺めると、ヒュッテの直ぐ傍の木の実を目掛けて猿の軍団が、破竹の勢いで攻め立てて来ていた。総勢、、、30匹くらいは居たのだろうか。ボスが食った後に、何が残っているのだろうか。木枝自体を貪っていたのだろうか。斯くも巨大な純野生猿集団は、上高地で見て以来であった。
やがてヒュッテは夜を迎え、お約束の宴会であった。昨日も大分捌けてしまったようで、私のノルマとしてはシメイの白大瓶3本とのことだったが、2本程度でギブアップ寸前となってしまった。櫻井さんは食卓も残り物とは言っていながら、宴の食卓に乾坤一擲のディッシュを登場させては皆で行く秋を惜しんでいた。電話が鳴り、予定では参上が難しいと思われていた下田さんがもう間無く到着するとのことである。聞けば、将に地震の被災者で、当日は翌日の山行きの準備をしていた頃に被災して避難所に駆けつけ、多分明日には戻れるだろうと思ったら大間違いだったとのことである。通常ならヒュッテまで80km程度のところ、道が分断され迂回路が不明で彷徨い続けた挙句、総行キロは180にまで達してしまったと言う。その他被災者の生の話に、唸り続けるしかなかった。そう、ヒュッテの雪囲いの手伝いの締め括りとして、酒の処分も含まれていた。私の出来ること、其れは飲むことしかなかった。そう、注文しておいたシメイだが、夏に飲んで其の味が忘れられず、帰り際に十日市場の酒屋で同じ瓶を購入して庵庵で飲んだが、今ひとつピンと来なかった。このヒュッテの存する湯之谷村の気候が、シメイの味を豊かに深めているのであろう。ヒュッテには泊まりに来ると言う感覚ではなく、飲み屋に飲みに来る感覚が大切である。宴会は2回の寝室へと場所を移し、シメイ3本目に取り掛かっているうちにどうも気絶してしまった様だ。周囲に迷惑を掛けていなかっただろうか。最近飲んでは記憶を失い勝ちで危ない。今日中に運転して帰る必要がないと思うとつい安心して大量摂取してしまう。飲み過ぎてどうしようもない、と何度か反省したが、人は反省を繰り返す、、、あ、人でなく、一霊長類アントニオは反省を繰り返して飽きなかった。
夜が明けた。天候は悪くはなさそうである。朝の食卓を囲み、雪囲いの続きをまた手伝う。天気予報は一体何だったのか。明けてみれば今日も絶好の山日和ではなかったか。作業が一段落すると、下田さんと原田さんでなめこを採りに行くと言う。天然なめこか。果たしてどれくらい採れるのか。山はやっても山菜採りには未だ手を付けていない。毒性の有無の判断が出来ないからである。キノコ道の方々に言わせれば容易いのだろうが、一世一代の弱腸の持ち主はキノコ選別のための時間は矢張り山巡りに費やし、キノコはお金で買うべきかと感じている。小一時間程度で帰ってくるかと期待していたが難儀をしているのだろうか、奥地へ進んでいるのだろうか。空腹を迎えてしまったため、残留組で冷蔵庫の中身の整理とのことで、蕎麦を食べる。この蕎麦が侮れない。聞けばカト吉の冷凍物だそうだが、昨日のまる家のとどっちが良いかと問い詰められれば迷ってしまう。
美味しい蕎麦を頂いてからも1時間くらい経過してからだろうか、きのこ狩りの2人がバケツ盛りのなめこと共に戻って来た。天然もの。スーパーで掴まされているなめことは大きさが違う。ほほ〜っ。洗ってみるとするか。A型の悲しい性、恐らくなめこ洗い選手権での綺麗度9.99くらいはマーク出来そうなくらい懇切丁寧に洗い続けると、次第に体が硬直し、エコノミークラス症候群と並んで農村地域に恐れられているキノコ洗い症候群に一足踏み込んでしまったようだ。なめこは自然に生えている物とは言うものの、是に相応な値段の付くことを身に染みて感じた。
山日和に心地よい空気を感じながら、そろそろ帰宅を考え始める。行く秋を惜しみながら、ヒュッテを後にした。夏の緑の濃さに息を呑んだR352に、今日の紅葉は目を見張るものがあった。紅茶色の山肌。勿体無いがアントニオ以外に視聴者は皆無だった。幾分くすんだ色合いに、地震のために例年が如く大勢に見守れないまま冬を迎えねばならない諦念を覚えるのは気のせいか。山も間も無く眠りに就こうとしていた。
地震の影響で観光客も少なく、温泉も軒並み休業が続いている。銀山平の囲炉裏じねんも、被災地炊き出しのために休業とのことであった。憧れていたじねんの食卓も、来年までお預けである。少しでも新潟に「出資」しようと、またJAゆのたにでいろいろと買い込む。雪蔵はこの店で買う3度目の日本酒にして漸く当たりだった。ゆーパーク薬師も休業。道の駅ゆのたにも到着時刻が遅過ぎたのか、既にシャッターが閉まっていた。近所の「かたっくり」なる土産物屋でいろいろと物色を試みるも、八海山地ビールは品切れであった。震災の余波で納品が出来ないのであろうか。土産物屋のパンフレットで探したこまみも休業。大人しく、横浜へ戻るとするか
高速入り口には係員が入場者に方角を尋ねていた。未だ長岡方面への一般車は通行禁止となっている。東京方面も軒並み舗装し立てでやや目立った起伏は否めず、時速50km制限となっていた。湯沢近辺で漸く平静を取り戻し、大きな渋滞に巻き込まれることもなく庵庵へ到達した。
ロシアと気仙沼で獲れた魚の刺身を新潟は湯之谷村で購入し、神奈川県で食べた。ヒュッテに前もって入手を依頼していた栃蜜。是をJAゆのたに17時からセールで半額の食パンにつけて食べる。とろ〜り。自然な甘さ。そして、買ったばかりの味噌に、今日採れ立てのなめこを入れて、味噌汁だ。このなめこを食べ切る頃、奥只見の界隈に雪が降り始めることだろう。ヒュッテの長い冬が始まるのだ。

(完)

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付録:

山旅アドバイス
・コースの半分以上はたかつえスキー場のゲレンデを歩く。
作業車道跡沿いに歩き、暫く上った踊り場で「七ヶ岳登山口」
の表示を見逃さないこと。