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支援未遂

不定期連載 山道をゆく 第195話
07/08/11~
薬師岳(庵選千名山401)、地蔵岳(八海山八峰、庵選千名山402)、
不動岳(八海山八峰、庵選千名山403)、七曜岳(八海山八峰、庵選千名山404)、
白川岳(八海山八峰、庵選千名山405)、釈迦岳(八海山八峰、庵選千名山406)、
摩利支岳(八海山八峰、庵選千名山407)、大日岳(八海山八峰、庵選千名山408)、
凡ヶ岳(入道山、八海山)(日本二百名山、越後三山、庵選千名山409)、
前グラ(庵選千名山410)、荒沢岳(日本二百名山、庵選千名山411)
グルメ街道を行く 八海山泉ビール苑(地ビール)、じねん(山菜きのこ料理/既出)
【支援未遂】

8/11(土)
庵庵−中原街道−R16−

8/12(日)
−八王子バイパス−R16−入間IC−高坂SA−塩沢石打SA
−塩沢石打IC−R17−ENEOS−R291−県道234号−県道265号
−県道214号−八海山ロープウェー山麓駅駐車場≡山頂駅
…四合半出合…女人堂…薬師岳…千本桧小屋…地蔵岳
…不動岳…七曜岳…白川岳…摩利支岳…大日岳…凡ヶ岳
…巻き道…千本桧小屋…薬師岳…女人堂…山頂駅≡山麓駅
−県道28号−県道233号−さくり温泉 健康館−八海山泉ビール苑
−R17−R352−奥只見シルバーライン−樹海ライン−小白沢ヒュッテ

8/13(月)
ヒュッテ−樹海ライン−荒沢岳登山口…前山…前グラ…荒沢岳
…前山手前分岐…伝之助小屋前…登山口−ヒュッテ…清四郎小屋
…ヒュッテ

8/14(火)
ヒュッテ−樹海ライン−シルバーライン−県道70号
−小出IC−赤城高原SA−入間IC−ESSO−R16−八王子バイパス
−R16−中原街道−マザーグース−庵庵

…:歩き、−:車、≡:ロープウェー

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
♪会津八海山は〜たか〜らぁ〜の(ホイ)や〜ま〜よ〜
磐梯山を踏破して久しい昨今である。一酒漢として必要不可欠な山の1つである。何故、未だ登っていなかったのか。
お盆である。何処彼処も渋滞地獄であろう。宿も割増料金の上、サービスも悪かろう。そんな中、矢張り穴場はあった。杯も満たせる我が避暑地が。
宿に問えば、月曜日からは県内の私立学習塾の小学生軍団が合宿に来るとのことで、常連組みには裏部屋利用で割り引いてくれるようであった。そこまでの配慮をいただけるのであれば、登れる山を探しておくべきと考え、先ず初日は八海山に決定した。翌日は未丈ヶ岳辺りにでも繰り出すか。然し未上は蝮が原らしい。それもまた人生か。或いは作戦変更か。それは現地で考え直せば良かろう。
さて、ロープウェーを利用しなければ麓からは13時間は軽くかかってしまう行程である。最短区間、或いはそれに準ずる区間を地図上に模索し、北側の八海山神社里宮からの大倉口のコースを考慮し、関越道の人となった。晩飯は高坂SAでいただき、関越トンネルを越えて越後の国に入り、塩沢石打ICで高速を降り、近場のガソリンスタンドで給油、三国街道から付近の県道を彷徨うこととなった。近年、13時間ものコースが果たして歩かれているものか、目立った駐車場看板なども中々見つからず、彷徨ううちに時間は過ぎて行った。朝の4時過ぎには出発しなければならない。むむ、確かに登山口について調査不足は否めなかった。時間無制限の13時間コースの他は、8時過ぎからのゴンドラ利用の8時間コース程度の選択肢である。夏真っ盛りである。8時過ぎは灼熱地獄であろう。だが、13時間コースの入り口が見つからない今、多客期に気を利かせて始発時間を繰り上げて欲しいと淡い期待を抱きながら、方角定かなゴンドラ乗り場を目指すこととなった。8時は出発には遅過ぎる。然し、13時間と8時間を天秤にかけると、矢張り人は低きに流れてしまうのであった。8時間、十分ではないか。
ゴンドラ乗り場の駐車場には幾重の4駆車が並んでいた。人は車では判別が付かぬ。車は登山口までの手段に過ぎず。お盆だ。これだけの客が揃っていながら、始発便繰上げと言う発想に至らないものか。車内でうだうだしながらも気温は上がって行った。7時過ぎくらいだろうか、ゴンドラの試運転が始まった。さすが西武グループ。その点は抜かりはない。それに係員は挙って笑顔の対応であった。頑張れ新潟。その笑顔は不要だから、試運転ゴンドラに乗せてくれ〜。。。
ゴンドラ乗り場に来て唖然としたのが、此処から新開道ルートに合流すると、ゴンドラ経由に若干2時間を加えただけのコースタイムで八海山を制覇できそうなことが記されていたのである。我が地図上に、此処から新開道ルートへの道は記述されてはいなかった。然し、この道の存在を、このゴンドラ乗り場に到着した時点で知っていれば、間違いなくゴンドラのお世話になることはなかったであろう。それに、此処の表記は、持参した登山地図よりコースタイムが都合の良いように割り引かれているのだ。やられた。仕方ない、新潟県にはお金を落としておくとするか。
結局始発は時刻表通り8時であった。始発ゴンドラ集団の露払いを務めさせて貰うとするか。露払いと言っても最後尾の者の山頂到着までは2,3時間の差だろうが、ふっふっふ。何時もの通り、老々男女の準備体操を他所に歩き始めた。お盆の午前8時過ぎは灼熱地獄と言えた。ただ、空が青かった。程なく4合目出合に到着した。朝、駐車場を探すのに梃子摺らなければ此処から上は同じルートの筈だったのだ。午前3時台に出発できていれば1,2時間は前に此処を通過していた筈だ。むむ、急げ。山頂が、青い空が呼んでいる。

2週間前の生温い乗鞍岳の上りを除けば彼是3ヶ月登っていない計算だ。然し、空の青さに光合成は進み、アントニオは加速した。虻は多い。そう、山行きを想定して先日購入した虫除けスプレーはしっかり自宅に置いたままだった。虻よりも速く!沿道の玉紫陽花も可憐だ。だが下手すると8時間コースなのだ。未練を募らせている余裕はない。玉紫陽花よりも速く!


女人堂を過ぎ、千本桧小屋に到着した。小屋周辺に電力源の存在を認めるには遺憾ながら乏しい造りであり、この灼熱地獄に湧き、我々を潤すくべき生黄金麦茶の存在を期待するには至難の業であった。缶ビールだけは確保できそうだったが、此処以降、山岳地図では点線で示される難易度の高いコースである。飲酒歩行は危険だろう。心を鬼にして小屋を通り過ぎることにした。
とは言え、点線コースである。2004年7月の鳳凰三山からの下山と2003年暮れの源次郎岳については上級者コースと述べるに及ばぬレベルであった。すると、2002年10月の五竜岳から鹿島槍へのキレット越え、またその翌週の槍岳山荘から北穂を越えて奥穂に至ったギザギザルート並みのスリリングな経路への、約5年振りの挑戦となるのか。銘酒の山で屍を曝すのもまたアントニオらしい人生の閉じ方ではないか。一応、いちお〜、此処までの道程で程よく筋肉は解れているから、軽快なステップを刻めるであろう。今回持参したのは一昨年前の登山地図である。越後三山界隈の図は2001年にも購入していた。現在は裏面までカラー印刷で掲載山数も多くなったが、その6年前の地図の裏面には八海山八ツ峰概念図が大きく描かれていた。概念図上の鎖場は18箇所、この他にも30箇所あると言う。鎖さえあれば死ぬことはない。体力を消耗したり酔っ払って踏み外したり握り損ねたりさえしなければ。


歩き始めれば、思ったより難しくはなかった。鎖場である。鎖がなければそれは難所と呼ぶべきだろう。然し、鎖場だ。空は青い。小屋泊の連中も含め、殆どの老々男女は巻き道を行っている。勿体無い。少し、すこ〜し、体力と気力が勝れば、この八ツ峰ルートの雄大さを失したことを後悔しないで済むのだ。誰も居ない。酒豪の道だ。酒に呑まれた者のみが享受出来る天上だ。八海山は、宝の山だ。


「八海山に登りながら八海山を飲む」とは野望中の野望である。飲んだ後にこの八ツ峰を五体満足で通過できたら、酒聖の称号を与えられるだろう。八海山は、富士と並んで登るより見るべき山なのであろう。次回は中ノ岳か。「八海山を眺めながら八海山に酔う」べきか。迂回路への誘惑も明後日に葬り、摩利支岳へ向かう。摩利支天ではないのか、摩利支なのか。全国津々浦々、そう、あの標高3776m地点もこの名前だが、剣ヶ峰は辛くも道が通じておらず、山頂の脇を止む無く通過し、八ツ峰の終着駅、大日岳に差し掛かろうとしていた。

釣鐘状の、大日岳。
昭和新山を思い出す。この釣鐘状の山を登ろうと思った者は果たして誰なのか。ほぼ90°の勾配、勾配との表現は不適切だ、壁、壁を攀じるということだろう、少し気合いを入れ直し、必要な儀式として絶壁を昇段した。
そして、釣鐘の天辺に達した。
釣鐘状の地の天辺から降りるには、やはり壁にぶら下がるしかなかった。それもまた人生。山らしい山だなぁ。


大日岳を降り、新開道と合流して、やや薮化の進む道を一路入道岳へと進んだ。もう八ツ峰をクリアしたのだ。酒聖昇格審査への切符は俺のものだ。爽快に野を行けば凡ヶ岳の標が存在した。各種ホームページには、「丸ヶ岳」の記載が9割以上を占めているが、この写真を見て、丸と思う人は視力を疑うべきだろう。或いは、道標を確認してない者が殆どなのではなかろうか。紀行捏造か。然し、襟裳岬のように何もない山頂である。良かった、大展望以外、何もなくて。誰もいなくて。


さてさて、今思うと、態々巻き道を行く必要は全くなかったと言えるのだが、少しは楽なのだろうか、確認すべく大日岳手前で南側に逸れることにした。だが、予想を翻し、狭い道に梯子が続き、シンドさは八ツ峰ルートを凌ぐのではと感じた。しかも所々泥濘があり、体力の消耗も激しい。おまけに展望も良くない。確かに悪天候時に八ツ峰は自殺行為だが、此方のタフさも侮れず。漸く幾人かのハイカーと擦れ違った。幾人かはアントニオとほぼ同じスタートを切った筈であろう。頑張れ、巻き道は大変だ。これなら上を選択すべきだった、、、
巻き道との格闘を終え、千本桧小屋に戻り、ささやかながら祝杯とした。ポン酒はない。麦茶だ。そんなもんさ。アントニオ以外の休息者は全て今から登る者である。八海山は宝の山だよ。でもお主等、その宝を見ずに進むのだろうけどね、、、
真夏の昼時の下山は辛い。だが、擦れ違う者も多い。も少し涼しい時間帯から歩き始めればいいのに、とツクヅク思う。我慢大会の好きな面々さ。山頂で干乾びないように気をつけてくれ給え。
翌日も何処かの行脚を画策しており、徒な快速下山は膝に響くと思いながらスピードを抑えたものの、14時前にはロープウェー乗り場に到着した。灼熱地獄の中、山頂駅隣接売店付近でアイスクリームを食べながら、既に世の終焉を迎えてしまったかのような面構えの者が殆どである。お盆の真昼間に佇む場所ではなかろうに。一人仕事を終えたアントニオもササニシキアイスの恩恵に与ることにした。歯応えのある素晴らしい、名前負けせぬ山であった。
ロープウェーは時刻表と違い、10分間隔で運転されていた。有難い。残された面々には申し訳ないが、もう、今日は用はない。さらばだ。
さて、お盆、日曜日、外湯お断りの可能性も十分示唆されていた五十沢温泉ゆもとかんを目指す。玄関に看板あり、今日は宿泊者のみ入場可能だと。ただ、付近に別の温泉の看板も見つけており、そちらに急行することとした。案の定、露天はなかったが、370円と銭湯なみの料金で夏山の汗を存分流させて貰い、まずまずの満足度であった。と言うより、気分は既にあの黄金水に迸っていた。温泉でなくても良かったのだ。汗さえ流せれば、、、
さて、この温泉に到達したまでの方向感覚のままであれば迷わなかったのだろうが、態々温泉の受付でその場所を聞きながら、近道と思って選択した道は果てしなく、迷ってもう一度近所の商店で道を聞きなおした次第であった。黄金清水への思いで逸っていた。
三国街道にその看板を見つけ、それに従って通過しつつある侘しい田舎道に、その存在を訝しく思いながら数分車を転がすと、魚野川の辺と言うべき地に、それは存在した。その建物も見物に値するとの言われであった。確かに木造でやや厳しい造りだったが、それまでだ。アントニオの前にはあまりにも非力過ぎた。建物がどうであれ、そこで提供される黄金清水の出来しか眼中にはなかった。
定食盆上の逸品揃い。その素材、味も然ることながら、この期に及んで器との調和に心を打たれたことも記録に残さざるを得まい。お盆の昼下がりに失敗して日当たりの良いテーブルを選んでしまったものの、そんな席でも味わえた感動であった。後程宿で、大湯温泉は吉田屋からヒュッテへアルバイトに駆けつけている令嬢りえちゃんに聞けば、此処で結婚式も執り行れた経験もあるようで、その宴席には残念ながら美食は少なかったものの、飲み物の品格に不足は全くない状態だったらしい。
館退出間際には、ヴァイツェンソフトクリームまで口にしてしまう始末であった。アントニオの求めていた黄金清水が、そこには存在した。
宿へ急ぐ。急ぐと言っても最後の30kmを1時間より遥かに速く縮めることは走り屋でも不可能であろう。狭い国道352号線には何時もより多量の車が流れていた。そんな中ではアントニオも手馴れている方と言えよう。矢張り、銀山平からは1時間はかかってしまった。
明日からは小学生軍団が来るとのことで、今宵が最後の平穏な晩餐か、とは大袈裟なれど、以前もお会いした自転車ヒルクライマーの方など、偶に世を捨て自己満足の世界に浸りたい者が、静寂な鷹ノ巣の夜のヒュッテに集い、今日も杯を傾けていた。アントニオも飲酒による意識不明を懸念し、ヒュッテでの大本命酒シメイの大瓶を明日に敬遠したものの、深夜の運転と睡眠不足、また明日も激早朝出発とのことで、宴も酣で部屋に引き篭もる次第であった。
翌日、3時半過ぎに宿の外へ出る。星が、降っていた。無限に。一つ一つ数えていたら忽ち寿命を迎える程の数だ。帰宅して土曜日の新聞を読み返したら、あら、あの、小白沢の未明に流れていた星は、ペルセウス座流星群の一部だったのかと感慨も一入であった。流星に導かれて銀山平に向かえば、オコジョが国道を跨いだと思えば、一方、午前4時台にしてあの忌々しい伝之助マイクロバスと狭過ぎる国道352線で擦れ違ってしまったのである。4時台にして客は満載だ。事故でも起きなければ良いのだが。


銀山平まで速く走ろうと思っても1時間。既に日も昇りすっかり明るい登山口を発ったのは5時6分であった。じめじめとした中、嫌らしい急登である。一気にダメージは嵩む。長い。長い。遠い。遠い。そんな感覚だ。そして、6時台にして灼熱地獄が如き陽気である、、、宿で朝飯を通常提供の時間通りに食べてから来たのでは、焼け石を昇るようなものであろう。修行も喉元過ぎれば、何時かはクライマーズ・ハイと思いながら一歩一歩進むうちに、7時台ともなると風が吹き始めて、文字通り、風向きが変わって味方が増えた勢いとなった。だが、荒沢岳はそれはそれは奥深かった。人は低きに流れるのか。難易度で言えば上級とは言えぬ。だが、タフである。前グラ手前の急降下と急上昇に、諦念を禁じ得ない。何故俺は、登るのか。今、どれ程登ったのか。何故俺は、また下るのか。今、どれ程下ったのか。何故俺は、また登るのか。。。此処で力尽きる者が一人や二人居てもおかしくななかろう。前グラトンネルでも掘って、急降下を避ける手立ては組めなかったものかと先人を恨みたくもなる心境であった。然し、前グラの鎖場を越え、この地に鎖を通した者、或いは夏場に再び通し、冬場に取り去る者の作業の粋に、感嘆の念をこれまた禁じ得なかった。も少し今より体力を失っていたら、此処で諦めて世を捨て去る気持ちも湧き上がらぬこともなかろう。この地での遭難では、十年近く発見されない可能性も強い。そんな奥深さを感じさせてくれた、荒沢岳である。こんな雄大な山に、お盆の時期に殆ど登る人が居ないのは勿体無い。前グラで遭難寸前の曲がり角は貴重な体験であった。

最後の最後、遂に今日の先頭集団と思しき、否、間違いなく先頭集団であるべき2人を射程距離に捕らえた。抜けるか、オィ。やれるか、オィ。山頂まで残り数十mといったところか、追いついた。その2人にとっては無念だったかも知れぬ。否、頂上での会話振りからして、登頂1番乗りの野望なぞ露知らずと言った風貌であった。3時50分に同じ登山口を発ったおじさん2人を寸前で抜いて感無量であった。コースタイムは5時間30分だから、このおじさん方もそれより1時間は先んじている計算である。

あ、富士だ。

昨日の八海山からも実は見えていたのかも知れぬ。雲間に溺れそうな富士であった。此処では溺れることもない。前グラで諦めなくて良かった。守門、浅草、会津朝日、飯豊連峰、磐梯、安達太良、那須、会津駒、ヒウチ、男体、日光白根、平ヶ岳、丹後、巻機、中ノ岳、魚沼駒、苗場、妙高、南アルプス、御嶽、北アルプスも、、、山頂の展望は雄大さ。。。静寂で奥深い荒沢岳であった。

山頂からの戻りである。あの前グラは避け得るものか。ビチアス海淵ほど下り、マチャプチャレほど上りを再び味わわねばならないのか。そして、ドーバー海峡を渡るミドリガニの横這いをクリアせねばならないのか。繰り返すが、今、気力を失って命も失えば、向こう10年は発見されまい。昨日の八海山八ツ峰と言い、山らしい山の選択ができて感無量だ。奥深き荒沢岳、万歳。
暑き山肌に艱難辛苦あれど、後半は惰性で何とか分岐地点まで到達した。往路の駐車場からのルートがやや急に思えたため、帰路は前山への登り返しの少ない分なだらかではないかと期待して、伝之助小屋直降コースを選択した。然し、失敗だった。全然、歩かれていない。薮化が激しい。往路と違わぬ急峻さである。そして極め付けは、2001年の登山地図には掲載されていなかったこの経路、然し2005年のそれには掲載されているこの経路、即ち、開通から4年未満しか経過していない筈だが、最後の数分の経路は完全に草木が道を埋めていて歩くのに難儀した。伝之助小屋も平ヶ岳のツアー送迎と異なり、銭を取れないこの荒沢岳についてはもう全く工数を掛けていないと言うことだろうか。この伏流水で仕込まれていると思しき清酒「荒澤岳」製造には加担しているだろうが。残念である。
さて、白銀の湯は、料金650円はいかがなものかと感じてパスし、シルバーラインを一走りして大湯温泉などの界隈に立ち寄りたいと思っていた。ただ、午後に入って急に運が尽きたのか、下調べが足りなかったのか、猛暑日の界隈は、アントニオにとっては非常に冷たかった。栃尾又温泉、大湯温泉、殆どの宿では日帰り入力を断っている。日本秘湯を守る会会員宿自在館もである。同じ会員宿である、山梨の嵯峨塩鉱泉では入れてくれたのに、、、しかも、ユピオへ行けとは、、、2度の震災を経て、集客にもう少し躍起になっていいと思うのだが、いかがなものか。共同浴場でさえ、観光客はユピオへ行けと張り紙の始末である。温泉街のせせこましさを髣髴とさせていた。皆川優太ちゃんの奇跡の生還に感動したり、僭越ながら新聞社を通しての寄付金を提供したり、少なからずの応援はしてきたつもりである。それに対し、この対応は許されまい。アントニオが2度とこの湯を訪れることはないだろう。新潟、それでいいのか?
ホントに仕方ない。気は進まないが荒沢下山で汗だくだ。さっさと体を洗いたいため、止む無くユピオの暖簾を潜った。屋内は節電のため、暗かった。人件費削減でスタッフも少ないのか、窓口に人が立っていてもお役所が如く、見向きもしない。嗚呼、矢張り来るべきではなかったな、、、9年前に来たときは、もう少し印象が良かったと思うのだが。露天はないが、幸い内湯の湯温が割と温めだったのが少々の救いであろうか。この湯温だけは許せるが、もう此処にも暫くは訪れることはないだろう。
腹の虫は治まらない。温泉への怨念は美食で晴らしてやる、そう意気込んでじねんの暖簾を潜った。確かに昼時、平日とは言え日本中夏休みであろう8月は13日の午後12時過ぎに客は店内を埋め尽くしていた。確かな物を出してくれる店が繁盛するのはとても嬉しい。荒沢で流した水分吸収に、一風変わった冷たいお茶の杯が進む、進む。黄金水に手を出したかったが、、、断念した。きのこの盛り合わせと山菜の天麩羅などが卓を埋め尽くす。じねんの卓だけは裏切ることはなかった。因みに、じねんの店の入り口に、外湯を受け付けてくれる温泉の一覧図が掲載されていた。嗚呼、来る順番を間違えたか。。。さすが、じねん、、、美味くてぐぅの音も出ん、、、自家製紫蘇ジュースに、ヒュッテで貰ったクーポンでコーヒーまで頂いた。じねん、有難う。開いてて、良かった。。。
じねんで満足行く食卓に頬を緩ませた後、炎天下をまた小白沢を目指して進む。何と、宿に戻る途中にも、あの伝之助マイクロと遭遇してしまう。マイナスとマイナスを掛ければプラス、そう判断しよう。心なしか、乗客数は少なかった。
さて、宿に戻り、風呂に入り直して駆けつけ1杯。ビール日和であった。そして今日は大和市から中学受験を控えた学習塾の先生と生徒軍団が間も無く勉強合宿に訪れると言う。宿の主、櫻井氏は、生徒さんは歩いて来ると思うけど、荷物を運ばねばならないので迎えに行って来る、と車で出て行った。すると、バスで2分、歩いても20分くらいでどうにでもなる距離を、会津乗合自動車の大型バスに揺られて十数人がやって来た。しかも、小6でもキャスター付バッグを引っ提げているのが1人や2人の数ではないのだ。今から自分の荷物も持てないようでは、将来自分の子供も抱けないのではないかと心配になってしまう。宿の主や常連客は釣りや虫取りの「先生」に替われるかも知れない。しかし、アントニオを師事して山登りなぞとは、、、そのキャスター付バッグを持参した数人は、間違いなく師事はさせたいとは思わない。履いている靴がそれぞれ見てくれは良さげなのだが、皆、踵を踏み潰してしまっている。靴が嫌ならサンダルでも下駄でも履けばいいのに。
さて、手紙でも出すべ、と思って近隣の投函口の所在をりえちゃんに聞けば、確か清四郎小屋にポストがあったような、との発言であった。車ならちょっと、歩くなら結構あるよと言われながら、確かに未だ暑いが、小白沢界隈の緑を堪能すべく、歩いて南を目指す。庵速で約25分、清四郎小屋に到着した。あの赤いものは、、、登山カード入れ箱であった。遠景からは一瞬ポストに見えるものだ。成る程。。。
宿も、小学生向けに献立をアレンジしていた。ハンバーグに白身魚フライ、サラダ、そして、小白沢らしく、岩魚塩焼き付。生徒の1人が「おぉ〜、イタリアン!」と豪語していた。普段、どのようなものを見たら彼はイタリアンと叫ぶのであろうか。彼に哀れみの念を禁じ得なかった。私には和食が似合う。それでいい。
さて、食事中の賑わいも然ることながら、食後の、合宿最初で最後の祭り?なのか、鷹ノ巣地区の静寂を揺るがす大花火大会が敢行されてしまった。静けさを味わうことなぞ不可能なのであろう。今日は存分喚いて、明日からは勉学に集中できるのだろうか。そんなのは要らぬお世話かも知れないが。
宿前駐車スペースの脇の湿地帯に、今年も蛍が戯れていた。時期的には少ない方であろうか。花火の喧騒に蛍も肝を冷やしたに相違ない。無念なり。
今夜、宿選酒定番の白シメイのボトルを頂いた。3時置きで睡魔も近づいており、宴も酣な中、今宵も早々と床へ退去させていただいた。
宿3日目である。5時台に起床し、毎朝定番の腹筋運動と背筋運動をこなし、表へ出た。清清しい朝である。幾人かの先生生徒達も散歩を嗜んでいた。何時かこの静寂の崇高さを思い出して欲しい。アントニオは早い朝食を頂き、6時台に早々と宿を辞去させていただいた。ごきげんよう。
勿体無いなぞとは言わない。旅の終わりまで気分良く出来たらそれこそ成功だ。旅の終わりに渋滞があれば、それで思い出の数々の美しさが汗に塗れて塩だけが残ってしまうことであろう。
途中、赤城高原SAにて給油を試みるも、R16沿いの方がリッター当たり3,4円は安そうに見えたため、パスした。交通量は少なくはないが順調だ。下り線の動きは鈍くなってきた。埼玉県に入ると道路交通情報のラジオが騒がしくなり始めた。圏央道も、あきる野ICから中央道方面に渋滞が形成されているようだ。首都高から郊外方面へ渋滞圏も破竹の勢いで拡大していた。圏央道はお盆だからか、中央道と接続したからか、以前に比べたら「多過ぎる」車両が見られたが、渋滞には程遠かった。入間ICで降りればR16は何のことはない、普段の運転時より空いていた。思わず給油所で洗車もしてしまったのだが、そんなロスタイムも大勢には影響はなく、お盆にしては気楽なドライブであった。
ただ、朝飯は平日出勤時とほぼ同じ6時頃に摂った都合で腹も減ってきた。何故か脳裏を駆け巡る、明太子フランス。あの、硬過ぎることのないフランスパンと明太子のハーモニーが珍しくアントニオの食欲を掻き立てた。食欲を掻き立てられたのは、まぁ、確かに八海山や荒沢岳下山後には間違いなくあったが、運転も疲れるものであった。明太子フランスが脳裏で鬼ごっこを始めてしまった。逃げ惑う明太子フランス。追うも明太子フランス。明太子フランスは駆け巡り、耐えられなくなって仕方なく、白山高校前は自宅方面へ左折せずに直進し、マザーグースへ向かった。然しながら、明太子フランスはこの店にはなかった。愕然としたが、アルコール発酵成分を吸収して気分も回り、この店のパンなら何でも良くなってきてチーズブレッドにオニオンブールを所望した。日照り続く鴨居界隈である。暑い夏はこれからだ。
(完)

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

付録:
山旅アドバイス
・八海山ロープウェーは混雑期でも始発繰上げはなし。
但し、通常の20分置きは10分置きになることも。
・八海山は八ツ峰ルートと巻き道とでは、体力的消耗度は五分五分。
難易度は前者が少々上、巻き道側もシンドい。
爽快さは前者が遥かに上。
・入道岳の道標なし。
・前グラ手前の急降下、急上昇に寿命も縮む。
・伝之助小屋から前山までのルートは新しい道の筈が歩かれておらず、
薮化している。お勧めでない。