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前厄最終日

チョー不定期連載 陸道をゆく 話数知らず
不定期連載 麦道をゆく 第47話
12/11/24~
大阪マラソン2012
Beer Belly 天満(セプテンバーブルー、W-IPA、
インペリアルスタウト(real)、山椒ペールエール(real))
【前厄最終日】

11/24(土)
庵庵…鴨居駅〜新横浜…セブンイレブン新横浜南口店…新横浜駅
〜(こだま649号)〜新大阪〜本町〜コスモスクエア〜中ふ頭
…インテックス大阪…コスモスクエア〜堺筋本町〜動物園前
…ホテルサンプラザ…スーパー玉出…サンプラザ

11/25(日)
サンプラザ…動物園前〜長堀橋〜森ノ宮…大阪城公園
…京阪東口付近…(マラソン)…上町筋…森ノ宮…玉造筋
…下味原…千日前通…難波…御堂筋…淀屋橋…土佐堀通
…片町(第一折返し点)…淀屋橋…御堂筋…難波…千日前通
…大正橋…千代崎橋西(第二折返し点)…大正橋…千日前通
…難波…R26…大国…恵比須(第三折返し点)…大国…塩草2
…なにわ筋…長橋…花園…R26…玉出…南港通…北加賀屋
…新なにわ筋…住之江公園前…住之江通…南港東…南港大橋
…南港大橋北詰…南港税関前…南港東8…WTC前…インテックス大阪
…トレードセンター前〜コスモスクエア〜堺筋本町〜扇町
…Beer Belly 天満…扇町〜南森町〜東梅田…梅田〜新大阪
〜(ひかり532号)〜新横浜〜鴨居…庵庵

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

マラソンの抽選に申し込んだのは、能登マラソンの余韻止まぬ4月6日であった。某江戸マラソンには悉く落選しており、期待感もなく、その後の日々を過ごしていた。やがて、事務局から当選通知が届いたのは6月20日であった。おや、まぁ!?程度であった。大学院時代から始めたフルマラソンを、断絶期はあったものの、その十余年を経て年内に2度とは初めてのことであった。倍率の高い大会である。譲る訳には行かない。通知内の注意書きには、前々日及び前日に身分証等による本人確認が行われるとのことである。出走権売買や住所詐称はここで跳ねられるのだ。ざまぁ見ろ!ってところだ。
大会は11月下旬である。本番は季節的には有難いところだが、練習が大変だ。3ヶ月前から練習となると、盛夏から体を慣らさなければならない。地球温暖化に伴ってか、朝も8時くらいには30℃を越えてしまうような日々も多く、4時起きと言う荒技を駆使する必要があった。従来は早朝のみの練習だったが、スケジュールを調整しては夜に走るのも数度試してみた。この度、AEONとWAONカードを作り、給水給食ポイントはカード1つの荷物で賄えるような体制とした。岸根交差点手前のまいばすけっと、少々距離はあるがイオンの新吉田店や天王町店も射程に入れられるのだ。そして、フィニッシュとしての吉野家西谷店での丼も演出には必要だった。本番でこれ程の給食は期待できないことなぞ眼中になく、基本1時間置き休止体制で4時間走行に漕ぎ着けたのは10月中旬であった。エンジンの掛かりは遅過ぎたかもしれぬ。1日4時間の時間を割くには。9月10月と言えば、ビール党アントニオが避けて通れない道であった。今年はボランティア元年として、何百杯ものビールを注ぐことに没頭した。9月までに5日、9月中に6日、10月は4日、そして11月に2日。お客さんやボランティア仲間、そしてブルワーさんと知り合いも増え、イベント当日の酒量は減ったと思うのだが、回数は嵩んだ。出走前々日も、原宿ベアード1軒に留めようと思いながら歩先は池袋の物産展に向いてしまい、そこで3軒をはしごした挙句、渋谷から徒歩で訪れた中目黒ベアードでは貸切だったのだが、団体の飲み放題イベントに飛び込んでしまった。火に入る夏の虫。ケグに入る秋のアントニオ。矢張り、心掛けの問題だったのか。
連休中日ともあれば、1ヶ月前の発売日でさえも指定席が確保し辛く、ぷらっとこだまも新横浜発11時台の列車の席が漸く取れた次第である。ただ、前日は基本的に大会受付を済ませるだけで観光をする訳でもなく、ましてや飲み歩く訳にもいかないのでそれはそれで適切な選択だったのかもしれぬ。因みに出走日、即ち連休最終日の上り便については、マラソン走後に間に合うぷらっとこだまに残席はなく、已む無く少々値の張るひかり号の指定席に甘んじるしかなかった。
荷物も極力減らし、1泊分はDバッグに全てを収めた。新横浜駅ではぷらっとこだまのクーポンで紛う事無くモルツのプレミアムを所望し、昼食は東海道新幹線旅規定通り、シウマイ弁当を選択した。東海道新幹線の旅の序章に欠かせないアイテムである。車内は混雑していた。こんな場合、席は通路側に限る。弁当を食べ終えて、三浦しをんの舟を編むを読み始め、終ぞや富士山は見損なってしまった。こだま号は最近になって車内販売サービスを廃止してしまったが、数駅毎にのぞみ・ひかり号退避のために5分程度の停車時間もあり、駅ホームの売店の位置情報までアナウンスされるようになった。駅ホーム売店売上向上にも繋がるのだろうか。浜名湖を過ぎ、名古屋を過ぎ、やがて新大阪に到着した。地下鉄乗り場へ急行し、窓口にて大阪マラソン2daysパスを所望した。市営地下鉄は運賃が元々JRより高いので、2日1000円で乗り放題であればお得感は大きい。限定のため売り切れ御免の前触れに少々怯んではいたが、難なく購入でき、これで今日の課題はほぼクリアとなった。御堂筋線から中央線へ乗り継ぎ、コスモスクエアで下車するつもりが、階段を昇ったら丁度ニュートラムが発車間際だったのでそのまま乗車し、インテックス最寄りの中ふ頭駅まで揺られてしまった。
インテックスは東京で言うとビッグサイトのようなものだ。3万人規模の大会の受付なので致し方ないのかも知れないが、少々不便に感じた。最も、東京駅からビッグサイトへ、そしてその館内を歩くことと比較すると此方の方が遥かにコンパクトでベターなのだが。受付周囲にはスポンサーブースが多数、無料のお土産から当然有料のものまで色々と目移りしがちだったが、荷物は増やしたくはなかった。少々悩みつつも屋台でラーメンを1杯いただいた以外の出費は抑え、宿に向かうことにした。
帰りは大会実行委員会側の勧め通り、コスモスクエアまで歩いた。普段のアントニオなら「三歩」程度の距離だったのだが、夕方の寒々とした空気と、マラソンランナーに似つかわしくない、前行く方々の遅々とした歩速に辟易とさせられた。自らも緊張しているのだろう。往路の御堂筋線との乗換えも余計に歩かされた感が否めず、吉と出るかは不明ながら、同じ動物園前に行けるならばと堺筋線利用を試みた。期待通り、乗換え時間は少なくて済んだ。
宿は大阪ビアフェスの時とは変えたものの、交通至便な場所とは言え、否、場所だからか、JR線と南海本線の立体交差する角の建物だと知ったのは、予約後暫く経過してからであった。五月蝿くはないだろうか。チェックインして渡されたのは5Fの部屋の鍵であった。電車の高架線はとても近い。気にし出すと電車の音が耳に残ってしまう。安宿を選んでしまった宿命だろう。気を取り直して明日の朝食用のパンなどの買い出しに表に出た。これも歩いてすぐだったが、多分大阪人は当たり前と思われる激安スーパー玉出の暖簾を潜る。晩飯のことは何も計画していなかったのだが、眼前に広がるは、割安惣菜海原である。ホテルのロビーには電子レンジもあった筈だ。下手に飲み屋に入ることもない。出走前日なのだ。店内を探せば、適当なアルコール飲料も購入できるではないか。兎に角、安い。お好みの豚入りも100円である。妙に幸福感が増加した。スタミナ補給に、にんにく揚げもいただいてしまうか。宿に戻り、風呂に向かった。11階の展望大浴場である。思った以上に眺めが良い。通天閣は当然指呼の間だ。広告は日立か、地元企業ではないのだな。部屋に戻り、お好みなどを摘みながらプチ晩酌とした。随分と安上がりな出走前日だ。
気にしていたと思っていたのだが、電車の音に睡眠を邪魔された感覚は全くなく、翌朝を迎えた。普段テレビは殆ど見ず、また荷物量の都合でPCも自宅に置いてきたためネット浮遊もせず、休養は十分だったと思う。惣菜パンなどを消費し、支度をして宿を発つ。
長堀橋からの長堀鶴見緑地線内はランナーでごった返していた。森ノ宮で下車し、大阪城公園へ向かう。兎に角人が多い。ランナー以外の方々、即ちランナーの同伴者数もバカにならず、移動にも人間渋滞が所々で発生してフラストレーションが溜まってしまう。更衣室として用意されている大阪城ホールに寄っていたら、荷物預け受付のラストオーダーに間に合わなくなってしまいそうだ。3万人の大会だ。矢張りこんなものか。自己申告の走行タイムに基づいて区割りされたスタート地点への移動も厄介である。寒い。トイレも長蛇の列だ。だが、それに怯んでいては本番に悪影響だ。生憎、待ち行列はビルの狭間の日陰で寒さが身に染みた。待ち行列を余所目に京阪電車は寝屋川橋を過ぎて行く。行列が形成されない程の大量の仮設トイレを大会実行委員会側が用意すべきかと言われたらそれも難しかろう。参加費値上げか。TOTOやINAXに大スポンサーとして参加いただくか。人は、極度の緊張状態で腸子を悪くしてしまう。まぁ、今日のコース内には勝沼のような大腸破りの坂は存在しないだろう。練習の成果が出せれば。って程練習を積めたのか、、、
今思えば、練習通りにすべきだった。練習通りにやらず、この年齢では失敗は必然だったかも知れない。今回、何故か本番に採用してしまった走法はアップライトタイプでなく、低重心タイプであった。界隈の地理に詳しくはないが、普段歩いたりすることのできない御堂筋などの車道のど真ん中を堂々と走れるのは本大会の醍醐味の一つであろう。号砲から本当のスタートラインまで約7分程かかってしまったが、その先の道幅は十分と言え、自分のペースで進めなかったのがスタートラインから数分程度で済んだのは幸いであった。両膝には1999年代にバイク事故による左裏十字靭帯断裂以降の大会同様、分厚いサポーターが装着されており、膝痛とは無縁であると思っていたが、世の中は甘くはなかった。数年前も採用した低重心走法では脚の付け根にダメージが蓄積してしまったのだが、今回はこともあろうに膝に負担がかかり続けてしまったようである。20kmまでは順調だった。サブフォーも可能なペースで進めていたが、異変は起きた。20kmより先の給食所辺りからだろうか。右膝に痛みを感じるようになってしまった。靭帯を切ったのは左脚であり、サポーターは左膝用の方が病院提供のもので締め具合がきつく、練習時も被れや膝裏がこすれての流血が絶えなかった。ただ、今回も練習による慣れによって、11月にもなると被れ自体は症状が薄らいだ。こすれには古布を忍ばせてダメージを軽減できていた。右膝用は市販品を購入しての充当である。左用に比べれば締めは緩い。何時か、左膝を庇い過ぎて右膝が悲鳴を上げる日が来やしないかと。今日、その日を迎えてしまったようである。もう少し右膝への締め付けをきつくすべきだったのか。否、そもそも走法の問題ではないのか。練習時もそのように走っていれば、慣れで障害を防げただろう。
とは言うものの、20km地点での出来事である。この20kmまでの貯金を切り崩すのか。5時間で終われないかもしれない。ビールタイムが短縮されてしまう、なんてことはどうでも良い。1年に2度、とは今年になって初めてではあるが、1度か2度しか味わえないイベントにて、取り返しのつかない事態に陥ってしまった。嗚呼。花粉症者が鼻をもぎ取って捨ててしまいたいかの如く、右膝を葬りたい気持ちで一杯だ。大阪のアスファルトが横浜のそれより硬いのだろうか。確かに、軒並みダンプトラックなどの重量級車両に踏み凹まされたまま、改修工事も行われていないような箇所も少なからずあったかと思う。同じく膝痛そうに沿道で休止している選手は阪外からの参加者ばかり、なんてことではないのか。ただ、路面の硬さは参加選手3万人共通である。5度もオリンピックに出場したリディア・シモン選手にとっては、大阪以上に硬いコースの経験もあろう。別にスタミナが切れた訳ではないのだ。膝が痛くてスピードが出せないのだ。沿道の方々の声援は非常に有難い。能登での沿道の方々のほんわかさとは違う。ギャラリーの数は半端ではない。近年の流行で、ハイタッチを求める観衆も多かった。ハイタッチした数の分だけ膝痛から解放されるなら、観衆を追ってでもやりたかった。御堂筋から続く国道などを南下し、今宮戎駅付近で3回目の折返し、西成区、住之江区、と何とか走って来た。右膝破壊で速歩き程度だったが。住之江では、地元商店街の方々が、売り物と思しきものの数々を給食所に並べて我々を待ち構えてくださった。卵焼き、漬物、おにぎり、まんじゅう、、、出された物は完食するのが、作って頂いた方への感謝、並びに食の神への忠誠である。しかし、膝痛にはほとんど効果はなかった。美味しくいただいたのだが。
膝痛を感じ始めた頃は、この辺でリタイアしたらインテックスまで荷物を回収しに行くのも厄介だなぁ、と感じていた。今や、頭上にはニュートラムが走っている。中ふ頭まで一本で行けるのだ。楽は楽だが4時間もの走行記録に瑕がついてしまう。それは少々恥ずかしい。何しろ、倍率の高かった大会である。アントニオより好記録を残せそうな方で苦杯を舐めた方も何千人と居るのではなかろうか。アントニオを差し置いて東京マラソンにて途中棄権した者を罵ったものだが、それがそのまま返されるのである。右脚を引き摺りながらでも何とか5時間は切れそうな勢いだった。「勢い」との表現には申し訳ない程度のスピードではあったが。ゴール後に何とかビールを飲める時間は残せそうだった。インテックスも近い。止まるな、アントニオ。タイムが4時間そこそこだったら、BeerBellyの開店時刻まで時間潰しが必要だが、失速したために待たずに済みそうである。ここまで計算して右膝を破壊したのでは毛頭ないのだが。あの練習振りだとしても、サブフォーは狙いたかったのだが。単独での参加だが、ひょっとして間違いが起き、女神がゴールに待ち構えてくれているかも知れない。アントニオの直近のコースタイムを4時間程度と見越していたのなら、大分待たせてしまっていることになる、それならばビールをご馳走して差し上げねば!人は独りでは走れない。走る本人は孤独ではあるが。自分のために走ると何時か流されてしまう。人のためにと思って走ってみると、何かエネルギーが生まれてくるのではないか。
グロスタイムは4時間44分53秒であった。アントニオの初フルマラソンは19年前のホノルルであった。その時も2時間で膝を壊したが、今回より1時間はタイムが悪かった筈だ。今年3月の能登マラソンは今回よりコースコンディションが悪かったが4時間半を切れていた。走行中は、分厚いサポーターにも拘らず、この膝痛の体たらく、もう引退しか有り得ないと一瞬は考えたが、人は何故、ゴールを通過すると気持ちを切り替えてしまうのだろうか。安いのか。安くはないが、未だ次は走れるのではないか、と。次の作戦はビールを飲んでから考えよう。
メダル授与や給水を経て荷物置き場に至り、着替えてもう用はない、とインテックスを出た。人いきれ。応援者の数はままならなかった。正直、邪魔に感じた。走って疲れたランナーがスムーズに動けるように、さっさと移動して貰いたかった。また、昨日コスモスクエア駅へ向かった道はマラソンコースと交差するため分断、即ち通行止め扱いとなり、遠回りを余儀なくされた。コスモスクエアでなく、一旦トレードセンター前駅方面へ向かわされた。人の流れも悪く、フラストレーションが溜まる。エイヤっ、でそのままトレードセンター前駅に進み、ニュートラムの乗ることにした。タッチの差で1列車逃したが、どうやら時刻表通りではなく、マラソン大会臨時ダイヤで増発されていたようで、思ったより待たずに済んだ。コスモスクエアからの中央線も明らかに臨時便であった。堺筋本町にて堺筋線に乗り換えて少々北上し、扇町で下車した。天満市場界隈を歩き回るとあった。
15人くらいは余裕で座れそうな長いカウンターの先に、テーブルが2つ見える。メニューは長大な黒板に記入されていた。以前、別の箕面ブリュワリー直営店に赴いた時にはゲストビールが置いてあったのが驚きであったが、こちらは純粋に箕面ブランドオンリーである。直営店はそうあるべきだ。惜しむらくはカベルネなどの珍酒が入荷待ちだったことだが、リアルエール用ハンドポンプが4つもあり、店の気合いを存分感じることができた。セプテンバーブルーにW-IPA、リアルのスタウトに山椒エール。毎日15時から営業とは心強い。また別の酒類を目指して再訪したいものである。
扇町から地下鉄を乗り継いで新大阪へ赴く。学生時代に知ってから定番化していた自土産の蓬莱551の豚まんだが、新大阪駅内外に5店舗もあると知って油断していたところ、どの店も行列であった。どうせ改札内にもあるからと思って入場したが運の尽き、改札内の店舗では冷凍モノしか購入できないと言う。失敗だった。3連休で何処も込んでいるのだ。仕方なく普通の弁当を購入して夜食とした。
過日、完走者新聞が配達された。ネットタイムは4時間37分49秒。男子フル20650人中10329位。思ったより好成績とも言えるし、練習の成果が出ていないともいえる。本番から約1月経過した。そろそろ、走り出すか。
(完)