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世界の日常

不定期連載 陸道をゆく 話数知らず
04/04/27〜 Ottawa/Ontrio, Fremont/CAとボーナスステージ
【世界の日常】

4/27(火)
庵庵〜NRT〜ORD〜YOW〜Days Inn Ottawa West

4/28(水)
Days Inn〜Ottawa Office〜日本食堂〜パブイタリア
〜議事堂、ケベック州、リドー運河ドライブ〜芝〜Days Inn

4/29(木)
Days Inn〜Ottawa Office〜Lone Star〜Days Inn

4/30(金)
Days Inn〜Ottawa Office〜Days Inn〜Baton Rouge〜Days Inn

5/1(土)
Days Inn〜国会議事堂〜Puzzle〜Mountain Equipment Coop
〜Getineau国立公園〜ダウンタウン〜Korean BBQ〜Days Inn

5/2(日)
Days Inn〜YOW〜IRD〜SFO〜Fisherman's wharf〜Golden Gate Bridge
〜Vista Point〜Golden Gate National Recreation Area View Point
〜Hampton Inn Fremont〜McDonald〜Hampton Inn

5/3(月)
Hampton Inn〜Fremont Office〜Hampton Inn〜Outback Steak House
〜Hampton Inn

5/4(火)
Hampton Inn〜SFO〜HNL〜Honolulu Airport Hotel

5/5(水)
Honolulu Airport Hotel〜HNL〜

5/6(木)
〜NRT〜庵庵

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
今回、どれくらい準備をしたであろうか。US$は2年前の現金が残っているし、CANZ$に至っては7年前のTCが可也の残額である。国際免許を取り直した程度であろうか。確かに不届き千万であったかと思う。出国2日前には暫く日本食を離れると思ってまた寿司を嗜んでしまう。どうしようもない。前回の海外出張時には松屋で不運あれば牛丼の最期を迎えていたのだが、今は其の跡形もない。因みに未だ私は牛丼チェーン店による豚丼に未だ箸を付けたことがない。
前日は業務が案の定立て込み、終電の1本手前まで社内で右往左往していた。そして当日も、結局は成田直行でなく会社に寄って資料の印刷不足分を補う必要があった。直行ならまた数年振りにバスに乗ろうものであったが、社に寄るとなると超混雑時間帯を避けたく、仕方なく始発バス便より早い時間帯にタクシーを呼ばざるを得なかった。さすがのアントニオでもスーツケースを延々20分超転がすのはエネルギーの過剰浪費と判断した。そして、ゲン担ぎに今回はシウマイ弁当を選択させて貰う。灯台下暗し。横浜生まれの幕の内を一口毎に噛み締め、また古くて狭い第一ターミナルに赴いた。広くて新しい第二ターミナルに居ても何を飲み食い買い漁る訳ではないのだが、古いことは損をしたような気がして、劣等感を覚えてしまう貧乏性なアントニオであった。日本での最終メールチェックを済ませ、やがてUnitedの機上の人となる。オタワへの直通便は以前から存在していなかったのだろうか、前回トロントへ赴いたカナディアン航空は廃業してしまっている。GW寸前で悉く適当な便は満席であったのであろう、出発ホンの数日前にシカゴ経由をブッキングしてくれたのは旅行代理店の面目躍如たる仕業であろう。シカゴは如何なる街なのか。シカゴの街に降り立つ可能性はないのだが、来るなら来い。生粋のドメスティック内弁慶なアントニオとしては何処に寄ろうが簡単に落ち着くことはなかろう。
UA機で隣に乗り合わせた老夫婦は、特にお爺さんが平岩弓枝の小説を読んでいたため日本人かと錯覚したが、何語を喋っているかは不明であった。肘が肘掛を越えても意に介せず、寝相も悪く、中々失礼な親父である。自分はウィスキーを頼みながら隣でビールを注文したアントニオに何か叫んでいる。ビールの銘柄について聞いているようだが、台湾語か何かだろうか。さっぱり理解出来ない。パーサーに英語で喋ってアントニオには母国語か。製品担当になって直後と言って等しく、機内食の合間にマニュアルに目を通していたのだが、其れが英文だから氏としてもアントニオが何処の者とも判別しかねたのかも知れぬ。機内食で驚いたのが、即席のきつねうどんが登場したことである。プチどんべぇみたいだが、機内でカップ麺を食わされるとは、青天の霹靂であった。文句があるなら食わなければ良いのに、勿体お化けには敵わなかった。
シカゴ乗換えは厄介であった。乗り換え客も一旦荷物を降ろされ、入国審査が控えているのだが、長蛇の列、列、列、、、出張の同行した氏が泰然自若として構えている様に見えたので余裕なりアントニオの知らぬ裏技なりが潜めているのかと思ったら実はそんなことはなかった。シカゴまでの便が30分早く到着していなかったら如何なる惨事になっていたか。入国審査の行列を漸く通過して焦りながらAir Canada乗り継ぎのために再度荷物を預ける。大丈夫か、荷物。若干の不安が募りながらも搭乗口へ急ぐ。エアバスと言うのだろうか、Air Canadaのオタワ行きは、通路を挟んで2列ずつのとても小さな航空機であった。客室のドアを広げると滑走路の高さまで届いており、裏が階段状になっている。2階建て程度の高さの機内に滑走路から乗り込むなど、航空機慣れはしていないとは言え日本ではジャンボしか乗ったことの無いアントニオにとってはとても新鮮なオタワ行きであった。客室乗務員は若干1名しか居ない。其れで事足りてしまう乗客数しか収容出来ないのである。
何とかAir Canadaも大きな支障なくオタワに到着する。少し、シカゴで懸念はしていたのだが、早くも其の懸念は現実となる。スーツケースが届いていない。シカゴで他の便に載せられてしまったか。はたまたシカゴで載せられ損ねていただけか。Note PCや着替え以外の必須道具は全てDバッグに詰めて機内に持ち込んでおいたのが若干の幸いである。Informationで宿の住所とスーツケースの形や色を申告する。今晩か明日朝宿に届けてくれるとのことである。我々の停泊するDays Innが、オタワ市内に3つもあるのが懸念を払拭出来ずにいた。確かに住所も書いたから、今度こそ間違いはないとは思うが、、、
さて、荷物は諦めて、レンタカーショップを訪ねる。某著名レンタカー会社の法人会員になっているため日本から予約が出来た筈なのだが、5/2(日)のオタワ空港返却時刻がショップの営業の始まっていない午前5時台になってしまうため予約が出来ないと言う不思議な扱いを受けてしまい、今日に至った。空港のレンタカー屋だから相応の返却方法を用意しているであろうと、先ずは法人会員になっている会社の事務所へ赴く。尋ねればExpress Returnと言って残量と距離数と返却時刻を記したメモと鍵を返却ボックスに投函すればokとのことであった。残念ながらナビゲーション付きの車両は1台もなかったが、何とか車を借りることが出来てホッとした。宿までの道程を教えて貰い、出発する。後で発覚したのだが、宿まではもう少し近いルートが存在するものの、事務所のスタッフは不案内人と見越して分かり易いルートを教えてくれたのだろう。AirPort Parkwayと呼ばれながらもいきなり片側1車線と言う此方としてはとても狭い道を行かされ、既に数回オタワに赴いている同行の氏が道を間違えたかと訝っていた。運ばれない荷物を延々と待たされ、すっかり辺りは暗くなり、初見参のアントニオに其れを問われても回答の施しようがなかった。レンタカー屋の提示した地図は、どうやら東京と横浜が1枚に収まっているような大雑把な縮尺もののようで、目印の類が今一つ分かり難い。取り敢えず高速を降りる場所だけは目を皿のようにして確認し、何とかDays Innに辿り着く。アントニオはネット予約をしていたためチェックインは早かった。部屋にイーサネットが通じているようだったため、ネットワークケーブルを借りようとしたら、どうやら部屋に備わっているらしい。
さて、既に21時を回っていたが、遅い飯と言うことで1Fのアイリッシュパブに赴く。ウェイトレスが本日のお勧め品を捲くし立てるのだが残念ながら聞き取れず、メニューにあるサーモンのディッシュとギネスを所望する。平日と言えども可也の賑わい、界隈では割と集客力のあるパブの模様。さて荷物が届くのは今晩か、明日なのか。何故か焦りを殆ど感じていない。部屋に戻ってネットワークに接続する。ADSLが引かれている。おぉ、速い。と言うか、自宅にADSLも引かず何時もダイアルアップで過ごしていたアントニオにとっては衝撃の速さであった。あまりのサクサク振りに色んなところにメールを出してしまう。
4/28(水)
昨晩目覚ましをセットし損ね、大寝坊であった。飯かシャワーかどちらかを削るしかない。アントニオは迷わず飯を選択する。朝飯とは、、、オートミール、コーンフレーク、食パン、ベーグル、マフィンにヨーグルト、クランベリー果肉入りジャムに飲み物各種、、、蛋白源は牛乳とヨーグルトだけか、、、むむむ、、、ベーコン&エッグやソーセージもなければ、魚の塩焼きに納豆、味付け海苔に生卵とご飯と言う日本のビジネスホテルの朝食卓に見慣れた品々は此処には存在しなかった。そして、思い出したかようにスーツケースがフロントに届けられていた。荷物の積み残しは日本以外だから体験するのかも知れないが、日本での乗換えが多発する程発着料金が下がれば、同様の事態を体験出来るのではなかろうか。
昼はオフィス側が、界隈に唯一存在する日本食の食堂に招待して貰う。店長はインド人だがコックは日本人で、思わず日本で食べずに久しい牛丼を注文してしまう。因みに牛丼はメニュー上では「Gudon」となっていたので寄って集ってメニューが間違っているとインド人店長を責めていた。然し怯まない店長、「鯖塩焼き?」などと言うので其の挑戦を受けることにした。若干オイリーだが間違いなく日本の鯖塩であった。「塩辛?」との次の挑戦状には昼飯時であまり調子に乗るのも悪かろうと涙を飲んで辞退する。牛丼も甘辛醤油味で日本人好み、所謂牛丼ショップの味と言うよりは実家の其れの味と言った感触であった。そして昼から飲み物はアサヒであった。
夜は寸前にメールのやり取りで調整して、Daveのマニュアルトランスミッションで赤いBMWに乗せて貰い、つるりんの指南でビールの種類が100は存在すると言うイタリアンパブに連れて行って貰う。ビール党と言えども、キリンとアサヒ、あとヱビス程度の区別しかつかないアントニオに100種類ものメニューは混乱だけを引き起こし、Daveにお勧めを聞いてみる。スタウト系の一品(銘柄失念す・・)は美味で杯は止まらず。パブにはヴェテラン演奏者が我が物顔でサクソを吹き捲っていて少々落ち着きに欠けたものの、ビールは間違いなかった。メニュー内に"mussel"欄があり、幾多のバリエーションが掲載されていた。mussel?museeは仏語で博物館だが、博物館がいっぱい???つるりんに聞くと、ムール貝とのことである。ムール貝七変化だ。それにしても野菜が大きい。日本人はきっと遺伝子組み換えの懸念を抱くであろうが、是が此処の生き様なのである。大きいことは良い事だ。
食後、Daveの運転でマーケットや議事堂、何故か羨望のケベック州とリドー運河沿いをドライブして貰った。ライトアップされた議事堂、、、此処は野郎だけで見るべきものではない。何時か、機会があれば、、、sigh。既に半分以上仏語圏内に突入している感触だが、ケベックに入ると何時しか気持ちはトレビアン。さて、ホテルへの帰路、高速にドライブインが無いものか、Daveに詰問する。やばい。やばくなった。あと5分待てと言う。ホテルへの近道程度では間に合わない。すると高速を一旦降りて芝生の前に車を停めてくれた。Go!翌日は芝もスクスク育つであろう。助かった。
4/29(木)
昼飯は私の発案でメキシカンレストランとなった。とあるステーキのキャンペーンメニューを注文したため、USの何処かへの懸賞ツアーに応募出来てしまう。応募資格の注意書きには国内在住者とあったが、私にも差別なく応募用紙が配られたので住所を間違いなく書いて提出した。実はツアー懸賞運があったりするのでひょっとすると?と言う余計な期待を抱きながら、腹に余る巨大ステーキを処分していった。マッシュルーム何とか?と聞かれてオタワオフィスのメンバーは悉くnoと言っていたのに自分だけyesと言ったら、しめじ大のキノコが、ステーキ皿一杯にバター炒めされて登場した。唖然とした。キノコのカロリーはないとは言え、是程脂っこいものを食しては其の一口が豚になる、とは何処かで流行の文句を体現するしかなさそうであった。
夜はまたホテル内のアイリッシュパブで過ごす。
4/30(金)
早くもオタワオフィス最終日であった。いい加減運動不足を痛感し、朝早く起きて、と言っても高々6時台だが、ホテルのジムでエアロバイクを漕ぐ。もしかするとこのジムは数ヶ月間使われていなかったのではないかと思う。何故なら、ジムの時計は未だ冬時間設定で動いていたのだから。
昼は何とも、オフィスにてホテルのアイリッシュパブを予約してくれていた模様。因みにオフィスからホテルまで徒歩3分(庵速)であった。是くらいの距離は歩いた方が良いとはつくづく思う。昼からスタウトを飲み、また昨日とは違うサーモンの皿を頼む。
夜は恒例のようで、Holiday Innの近くのモール街にある、BATON ROUGEと言うステーキハウスに赴く。プライム何とかステーキが此の世の物とは思えない程美味との前評判を受けて、メニューをチェックしてビーフの其れと思しき物を注文する。Steveはポークステーキを注文していたようだが、同行の氏が、しまった、多分Steveが正しいのだと思う、と述懐する。ビーフもソコソコ美味いが、此処のポークは絶品だったのだ、と。いや、アントニオはビーフでも良かった。とてもとてもとてもとても柔らかかった。海の物より陸の物か。カナダ牛を堪能した。そして宿に戻ってはエネルギー補給超過を懸念してまたエアロバイクを漕いだ。
5/1(土)
つるりんが体調不良とのことで、午前中から観光案内をして貰う予定が午後からとなった。ホテルでうだうだ過ごし、11時頃に出発する。待ち合わせの山グッズ専門ショップの場所を確認後、ダウンタウンに進み、議事堂至近の駐車場に停める。議事堂のタワー内はガイド付きで登れるようだが、今回は残念ながら時間の都合でパスとした。オタワ川を挟んでケベック州を睨む。リンカーン並みの著名人物と思しき銅像が至る所に健在した。柔らかな日差しに包まれ、マーケットを彷徨う。此処から日本へ直帰ならばごっそり土産を収集するところだが、サンフランシスコに持参することを思うと遠慮してしまう。
駐車場から再び郊外に戻り、先のMountain Equipment Coopに寄る。ただ時間を潰すだけの積りが、安い数点を買い漁ってしまう。レジでは会員権あるか?と聞かれ、無いと答えたら、会員にならないと買えない、と言われてしまった。Coopか、此処も。再びこの店に来ることが果たしてあるのだろうか、と気分は遠くなりながらも庵庵の住所を克明に記述して会員となった。買い物後、Daveとは隣のコーヒーショップで待ち合わせようと話していたが、腹が減り過ぎていたため数件隣のスポーツバーでファストフードでも、と言うことで暖簾を潜る。道路側テーブルは禁アルコール席であることを知らず、また、今日のスペシャルのハンバーガーの絵を見て、「コレコレ!」としっかり指はnachosを差していたことに苦難を想像出来なかった。未だ未だ甘い。8 onzeのハンバーガーを期待していたのだが、厨房から出てきたのはポテチの大海原にチーズとサルサソースを焼いたものでしかなかった。小皿なら未だ良い。盥と表現するに相応しいナチョス海原を悔恨と共に噛み締めた。
食後、MECに戻ると店の前でDaveと落ち合う。レンタカーの保険はどうなってるか?と心配がるが、運転者条件のない保険だと念押しし、Daveのドライブで案内をして貰う。Getineau国立公園に入る。カナダの国立公園である。車で飛ばしても飛ばしても延々と公園は続く。アップダウンも多いものの、健脚な老若男女が挙って自転車を漕ぎ捲くっている。随分と大勢だ。日本と違い、車のドライバーは挙ってとても丁重に自転車を追い越して行く。展望台からの眺めは格別で、オタワ川は糸の様に細かった。あの畑では何が採れるのだろうか。キュウリもピーマンも巨大だ。どうしてそんなに大きいのだ。其れ程此処界隈の畑は肥沃なのか。下界に降りる途中にプレーリードッグに遭遇した。此処は彼らの住処であった。嗚呼、アントニオももう少し公園を慈しむべきだったか。
公園からダウンタウンに戻り、ワインショップに寄る。アイスワインは高級過ぎるが出来ればオンタリオ産の物が買いたいとDaveに懇願したところ、数多の品揃えを誇るワインショップに案内された。どうせ銘柄なんて、と思い、オンタリオ産の棚を数回回って適当な物を掴む。階下では高級ものだが少額にてティスティングが可能であり、中々味なショップであった。所謂土産物屋でメープルシロップクッキーも購入し、後はビールを飲むだけ状態だ。もうどうしようもない、遊び呆けアントニオである。
Daveとともにつるりん宅に寄る。幸いつるりんの体調が回復した模様で、早速晩飯に繰り出す。魚介but辛い物苦手と言う我が侭の暁に、韓国焼肉屋程度では何とかなるかとの指南である。韓国人観光客がバスで押し寄せていた様でヤンヤの賑わいである。彼等は海外でも韓国料理でないと気が済まないとの噂だが、実態はどうなのだろうか。其れは其れは余りにも悲し過ぎないか。シーフードバーベキュー皿にはムール貝、牡蠣、鮭、烏賊、海老と無難な品目のみが並んでいた。ただ量はカナディアンサイズである。休む間もなく焼いては食い、焼いては食いながら、焼肉臭をジャンパーに埋め込む時間を与えてしまった。野菜の盛りも中々減らない。甘くて大きな人参だなぁと感嘆符を表せば、是は芋の類とのことである。ナンだ、カナダの人参も隅には置けないなぁ、と思ったのだが。
オタワはこの時期だからこそ過ごし易いと人は言う。同行の氏は冬に訪れて寒さで泣きが入ったらしい。極近い将来、またオタワに呼ばれるのではないか。其の時にはもう少し下準備をしたいと思う。
5/2(日)
焼肉臭に埋もれたジャンパーをSFOまで携えねばならないのは億劫と思いながらパッキングを終え、5時過ぎに宿を出る。空港までは20分程度で到着した。が。
ありゃりゃ。
チェックインカウンターは長蛇の列である。6:15、ワシントン行きに間に合うのか。宿出は4時半くらいにすべきだったとは思ったのだが、もう遅い。諦めて行列の後ろに並ぶが、同行の氏が係員に問い合わせ、US乗換え者向けカウンターを案内して貰い命拾いをした。国際線乗換え者向けチェックインカウンター氏も、乗換え便には40分前にチェックインを済ませて貰わないと困る、と渋っていた。御免なさい。次からは早く来ますので今回はどうか免除を。。。手荷物チェックを受け、出国審査を受け、また通路を挟んで2列の小型航空機に乗る。隣の餓鬼が観光旅行の様で、後方に陣取るファミリーやらと騒がしい。今思うと空いている席へとっとと移動するべきだっ。兎に角ワシントン行きには乗れた。問題はサンフランシスコ行きまでの乗り換えが1時間程度しかないことである。とても不安だ。
ワシントンでは荷物も自動載せ換えの模様で、入国審査もなく、瞬く間にサンフランシスコ行きゲートで待ち時間の余裕が出来た。初日のシカゴ空港のあれは一体何だったのか。此処からのUA機が一番設備が良く、エコノミー席にもプライベートTVが付けられていた。残念ながらオンデマンド対応ではなかったものの、暫く映画に明け暮れていた。
空港では難なくスーツケースを回収し、Air Trainに乗ってレンタカーカウンターに赴く。大行列とは言え法人会員カードを見せると直に対応して貰えた。此方の車は既に日本から予約済みなので、アントニオの本名と車の位置を示す文字列が煌々と電光掲示板を赤く染めていた。先ずはフィッシャーマンズワーフでしょ、とのことで海を目指す。ナビゲーションが行き成り道なき道を示す。道順を再計算させる方法が今一つ不明であったが、一応片言の日本語も喋ってくれるので何とか付き合ってやろうか。日曜日と言うこともあり、ワーフは観光バスも大量に押し寄せる、久々にごった返す空間に身を委ねるしかなかった。フィッシャーマンズワーフの規模としては釧路の数十倍はあるのではなかろうか。フィッシャーマンズとは言え、サウダウと言う酢入りフランスパンを刳り貫いて注がれるクラムチャウダーが美味とのことである。ただ、其れは余りにも大量で食べると他の物が食えなくなるらしい。クラムチャウダーは帰国日の早朝まで延期して朝食代わりにしようかとの計画になり、結局レストランで相応のロブスターを食した。メニューの端から端まで一口ずつくらい食べたいのだが、、、メニューの中でどれかを選ばねばならないのは拷問のようだった。魚介は豊富だ。市場にて牡蠣皿を注文。600円相当で生牡蠣4つである。季節柄、味は可も不可もなくと言ったところか。あ、あれが有名なアルカトレーズ島だねぇ。アントニオも偶にはオノボリサンやれるじゃないか。

食後はご多聞に漏れず、ゴールデンゲートブリッジに赴く。日本の数々の橋脚美を知る者として、やや色褪せた印象は拭えなかったが、威厳ある橋を渡るときにはHound Dogの"Bridge"を心中で熱唱し、何かが変わることを期待してしまう。ゲートを渡った直のビスタポイントで展望を貪るものの、未だ高台に展望の良さげな展望台が見える、ちょっと行って見るか、と思って半島の小道を走り回った。道が半端でナビが役に立たず、感覚のみを頼りに何とか展望台至近に到達。何と展望以外に何もないこの地点で結婚式が執り行われていた。いいなぁ。大雪山の山小屋で挙式を挙げるカップル募集をしていたが、其れを遥かに凌ぐオリジナルウェディングに心を洗われた。高台の最高地点までプチ散策、サンフランシスコ市街地を見下ろす。標高にして数百メートルであろうか。礼文岳程もないであろう。見えるものが初めてな上に予備知識が全くなく、勿体無い感覚であった。遊びの準備にももう少し気合を入れるべきであったかと思う。

時刻も時刻だけに宿へ直行する。高速に乗るも数十分は軽く要する距離である。ホテルを最終目的地としてルート検索をさせたものの、下車するインターチェンジの前にFremontの通りの名前が登場し、ナビの信憑性を疑ってしまう。目的地入力には停車中に行わねばならなかったため、途中のインターで下車をし、再度ナビと格闘してルートを再計算させる。だが、道は正しかった模様。嗚呼、成る程、やがて、Fremont通りの南側と言う注意書きのあるインターチェンジに到達し、其処から一般道に降りる按配であった。宿の部屋にはCAT5と言うコンセントがあり、もしや?とは思ったが、部屋電話に一応データポートもあったためFremont市内のアクセスポイント経由なら無料で接続出来たため、暫くはダイアルアップの速度に甘んじることにした。昔はこうだった。庵庵なら今でもこうだった。もっと昔はダイアルアップなんてしなかった。人は遅かろうがネットワークに釘付けになってしまった。ついネットワークを頼ってしまい、自分で考える時間を逸しているように思う。米国に居るなら米国でしか出来ないことをやれば良い。確かに米国から実況生中継と言うのも其の範疇だが、、、閑話休題。チェックアウトに至った時点でフロントにて「ネットワーク使えます」の表示を確認し、嗚呼、是ならばケーブルを借りれば良かった、と後悔はした。同行の氏には何時も難儀をさせてしまっていたのだが、今宵も明日のための資料を作成しなければならないとのことで晩飯の時間もはっきりせず、車の鍵を渡された。ホテルのプールは21時までである。さて、、、プールの水加減を確認し、是はアカンと思って飯にする。ナビで適当にレストランを探すも、下手に飲んで捕まるのも怖く、結局車で数分のマクドナルドに甘んじることにした。至近にベトナム、韓国および日本料理の店があったが、何れも触手が沸かない。結局マクドナルドでサラダとビッグマックセットを注文する。テイクアウト時にフォークを持ち帰らなかったのが誤算だったが、サラダの大きさは申し分なかった。日本でも是くらい食べたい物だ。芋のラージサイズは半端ではなかった。小学生のランドセル程度とは誇張し過ぎか。
5/3(月)
打合せには社長が終日対応してくれるなどのメーカーの協力振りに感謝であった。昼も時間が惜しいため、サンドイッチプレートを出前で注文してオフィス内で平らげる。打合せは一部予想外の結果へと転落した。大量の不具合品の代替品が間に合わないため、家内制手工業を発揮して部品交換を行わねばならないようで、今回は其のトレーニング受講のために訪れたのではあったが、とても1日程度の学習知識で対処できるシロモノではないと言われてしまう。然し何時になく精力的な協力を惜しまない社長から、何と今回は国際深海底掘削計画と言う土産の振る舞いがあったのである。HDDは15GBタイプのものであるが、前回は人数の都合でボールペンだったと思うと、随分とアップグレードしてしまった様だ。日本人でも貰って嬉しい国際深海底掘削計画であった。目的のトレーニングも受講できず、しっかりお土産だけは貰って来る。とても強運なアントニオであった。
何とか打合せも佳境を越えたものの、同行の氏はオフィスを辞去した後も日本の営業マンとの再打合せを続けていた。帰宿後約1時間漸く開放され、米国最後の晩餐の旅に赴く。ナビで最初に引っ掛かったシーフードレストランは跡形もなく、時刻的にショッピングモール等で数件並んでいるような場所を探さないと晩飯にありつけない可能性があると不安が過ぎる。目的地への途中、モールもどきの店を幾店か見掛けるが、挙ってファストフード系の店である。次第に焦りが募りつつある中、とあるレストランの看板が見えた。Outback Steak Houseである。界隈を彷徨い続けて腹も減り、シーフードへの執念は消え、また、同行の氏はOutback初見参るとのことで意見が一致した。既に時計は21時半近くを回っており、しかも店の営業時間は22時までの模様だ。恐る恐る暖簾を潜り、未だ大丈夫か?と問えば、入れとのことである。助かった。嗚呼。肉でも何でも食ってやる。定番のオニオンフライにまたプライム何とかステーキを注文。矢張りOutbackの量は尋常ではなかった。前回の20オンスは敬遠したものの、今回は14オンスでもギブアップ寸前である。前回はシーカヤック後の空腹時に、オニオンフライ約2皿+同行者4人分が平らげられなかった皿に加えての20オンスメルボルンだったが、今回はエネルギー消費も微塵であったため、完食には困難を極めた。もう暫く肉は良い。
5/4(火)
愈々帰国である。今迄の慌て振りを反省して今日はとっとと空港に入らんと、空港11時過ぎの便ながらも6時から営業のホテルの食堂でパンを食べてジュースを飲み、チェックアウトを済ませる。一部有料の高速道路を使いながらも、市街地近郊で若干の滞りに遭遇しただけで、7時過ぎには難なく空港に到着出来た。レンタカーを返却するも、時刻の都合で未だチェックインカウンターが動いていない。フードコートに赴き、予てから狙っていたサウダウ入りのクラムチャウダーを嗜む。むむ、美味い。同行の氏は是を指して今回のツアー中で一番美味い食事かも知れないと言う。クラムチャウダー、侮り難し。だが其の時点で更に上が登場することを知る由も無いアントニオに、UAのチェックインカウンターの起動を醸し出す空気が漂って来た。すかさずチェックインの手続きをする。私には未だ席が決まっていない。何故だろう。ゲート付近で1時間前くらいに呼び出しがあるから注意してくれとのことである。確かにGW中の旅を手馴れた旅行社に斡旋して貰ったものの、私の帰路便の最終確認に手間取っていたのが伏線であったのか。ゲート前で待っているとアナウンスである。席の決まっていない者を対象に、ホノルル便ファーストクラスとホノルルの宿、及びホノルルからのJAL便への変更希望を募っている。成田行きに俺の席はない。だがホノルル行きのファーストクラスには席がある。ファーストクラスが、、、ホノルルか、、、私の旅は簡単には終わらなかった。意を決して変更を志願したが抽選の模様である。どれだけ待ったであろうか。だが最終的には変更希望が通った。大胆な。何故ホノルルなのか。信じ難い。然し、善は急げ。P25-27にこのクーポン券を持って行き、夕方便でなくてもう1本早い便に乗ってくれと促される。この付近にはG90台からG100台のゲートしかなく、焦りながらUAのスタッフに尋ねると、国内線ゲート方面に行け、とのことである。左程近くない国内線ゲート付近のチェックインカウンターで聞き直すと、今度はこの番号は国際線だ、などと言う。25〜27の番号を示すゲートやカウンターは果たして何処だ?もう1つ国際線ゲートがあるのか?空港内を彷徨っているうちにUAのカウンターも見失い、Informationカウンターのお爺さんにも尋ねてみる。ターミナル1を通過し現在ターミナル2に居るのだが、UAはターミナル3だ。途中無人のカウンターがあるが気にせず同じフロアを進め、と促され、急ぐ。成る程、此処が先程のお爺さんの言にあった無人地帯な訳か。9.11以前は此処にも人の息吹が感じられたのであろう。ただ、進めども進めども、目的のカウンターが見付からない。ホノルル行きの早い便とやらに間に合うのだろうか。汗だくになりながらターミナル3へ急ぐ。振り回され続け、一番至近に見えたUAのカウンターで搭乗便変更を印したクーポンを見せても取り合ってくれない。志願したとは言えUAの都合で便を変更しようとしているのだから、もう少し協力的になっても良いではないか、こんちきしょう、ぶん殴ってやろうかと思ったが直先に25〜27番を示すチェックインカウンターを漸く発見した。すると、先程国際線ゲートへ行けと言っていたカウンター嬢に再会した。嗚呼、俺はSFOを1周してしまったのか。幸いこのカウンター嬢は我が事情を飲み込んでいてくれた。我が表情に「どうにかしてくれ〜」の文字を読み取ってくれ、隣の同僚に逐一確認しながらチケットやクーポンの手配を行ってくれた、幾許かの日本語を交えながら。宿はホノルル空港でこのクーポンを係員に見せれば手配をしてくれる。JALはスターアライアンス系列でないためか、手書きでチケット引き換え券を作成してくれている。Class欄にBの文字が輝く。おぉ、JALもビジネスクラスか、おぉ、、、有難う。手間を掛けてしまったね。嗚呼、空港を一周した甲斐があったよ。。。
既に当初の成田行きはSFOを飛び立ってしまったが、12:05発のホノルル便搭乗へは何とか間に合いそうである。然しSFOを庵速で駆けずり回って力尽き、遂にベルトコンベアに乗る不覚振り。ホノルル便の座席がどうもエコノミーっぽい番号で券片もエコノミーの青さなのだが、もうどうでも良い。アントニオはSFOにてゲームオーバーを迎えかねない状況ではあったが、ホノルルでただ宿だと思えば文句は言えまい。成田行きに向けて一度荷物検査所は通過したが、また国内線ゲートへ向けて再び検査を受けた。疲れ果てて86番ゲートに到着すると、Shigenariのコールである。矢張り、出番だろう?ホクソ笑みながら呼び出しを食らう。エコノミーの搭乗券をゲートカウンターおばさんに渡すと、其の青いチケットをビリビリっと破って捨てては金色のチケットを発行してくれた。「First Class!」5A席である。をぉ!矢張り、私には其の権利があったのだ!個人用TVが付いてたりするのかな?飯は?もう期待に胸が膨らむ。ハワイアンドリーーーーーーィッム!ゲートの前には人だかりだが、ファーストクラスは優先搭乗が認められた。ファーストクラス部屋は結局満席であった。アントニオは最後のハワイアンドリームを手にしたのであろうか。代理店は当初、同行の氏とは25分遅れの成田行きをブッキングしていた。寸前で同一便に導かれたのが運の尽き、否、運の月、ボーナスステージが待っていたのである。某渦巻きロゴ製品立ち上げの努力も空しく売り上げ貢献に対するインテンシヴツアーに見放された今、是程度のボーナスは許容範囲かと思った。ハワイの宿にADSLは通じているか。そもそもアクセスポイントはあるのか。どうでも良い、そんなこと。チャンス、チャンスなのだ!!!
ホノルルで何をすべきか。海パンの出番か。777にはプライベートTVすらない。そんなことはどうでも良い。何故3度目のホノルルを、日本の反対側から攻めるのか。何故"事故"に巻き込まれ、ほくそ笑んでいるのか。何故空が青いのか。フライトの約1時間前に呼び出されたのは何故か。ダブルブッキングで武道館2F席からアリーナ席へ案内され、ジャイアント馬場さんを目の30cm先で見た記憶が蘇る。そう言えば全日本プロレスの選手は毎年誰かはホノルルマラソンに参加していたなぁ。帰路便のエコノミー席でドン荒川と永源遥が窮屈そうにしていたこともあったっけ。5A席に着くや、パーサーが一人一人名前を呼びながらメインディッシュの選択希望調査を行っていた。相変わらずサーモンを注文する。リクライニングシートの背凭れがどうも馬鹿になっているようで、レバーを押さなくともアントニオの体重程度で直に傾いてしまい、少々難儀を覚えたが、是ぞダブルブッキング向けの専用シートなのではないかと思うと合点が行く。ファーストクラスは思う存分倒れろとの神のお告げだろう。飯に遠大な期待を抱いている最中、先に飲み物が回ってくる。赤ワインはLuis Felipe Edwards Colchagua Reserve Merlot 2002の模様で、使い捨てプラスティックのカップでなく、まともなワイングラスに注いでくれる。途中爆睡するまでの間、グラスを空ける度に注がれたワインは全部で9杯である。7杯目から銘柄がCasa Silva Colchagua Cabernet Sauvignon 2002に替わってしまったのは、偏にアントニオが飲破してしまったからのような気がする。ワインの銘柄には無頓着だが、美味中の美味を提供して貰っている、そんな気分である。隣の乗客は大学の教授のようで、学生のレポートの添削に明け暮れていたように思う。ハイネケンをちびりながらであり、ホノルルへの渡航目的は恐らくビジネスではなかろう。思わず其の目的を聞いてみたくなったが、彼もビジーそうなので敬遠した。ファーストクラス人には夫々のファーストクラス道を歩む必要がある。United機内食用ナプキンは言っている。We're glad you're here。此処に居てくれて有難う。何か周囲がとても尊く感じられるようになった。人生は愉快だ。
サラダやメインディッシュの皿もしっかり陶器製である。フォークナイフは当然金属モノだ。サーモンディッシュが美味い。パンもしっかり温められている。もしや、と思ってファーストクラス専用トイレにも入ったが、この空間は残念ながらエコノミー向けと変わりがない。トイレに金を掛けるなら他に掛けるべきだろう。ホノルルまで何時間の旅だろうか。時差がまた2時間、ホノルルまでは4時間のフライトだ。プライベートTVがなくとも退屈の無い旅である。ワインの杯が進む。SFOもそれなりに暑かったが、次の渡航地は間違いなく南国であろう。南国は暑くなくては困る。予定通りに行かないからこそ計画が必要だ。今、海の上だ。太平洋の海と雲の上だ。飲めや、飲めや。楽園なのだ。海は荒海、向こうは佐渡よ。
UA59便は無事にホノルル国際空港に到着した。タラップで我の名を呼ぶアロハオジサンあり。どうやらこのオジサンがアントニオへ宿を斡旋してくれる模様だ。電話で無料シャトルを呼び出せるとのことだが、Honolulu Aiport Hotelは説明員の言の如く空港に至近で、逆にワイキキやアラモアナとは可也の距離を置く。ガイドブックの無いアントニオは距離感覚が掴めず、進むか否か、惑う。ロビーのclerkはとても朗らかにUA客を捌いていた。夕飯には$11、朝飯には$5.50まで出してくれると言う。それもただなのだ。ホテル内を歩くと、嗚呼、ただ宿ではこの程度かと思しき井出達であったことは否めなかった。まぁ良い。プールもある。当然ネットワークなぞない。部屋の電話にデータポートすらない。南国にその様な物は期待してはいけない。南国には南国なりの過ごし方があるのだ。Hampton Innと異なり、此処ではローカルコールでもしっかりチャージされるようだが、ホノルル界隈のアクセスポイントを利用してメールチェックをする。GWとは言え、休日出勤申請をしているのだから、最低限のことはしなければ。メールチェックを済ませ、何時しかまどろんでいるうちに周囲は暗くなってしまった。アラモアナやワイキキ繁華街にも惹かれて、バス通りと思しき道でバスの行き先を確認するも、アラモアナやワイキキで何をするのか自問自答し、結局宿に戻ることにした。小さなプールで折角持参した水着を使っているうちに南国にも夜が訪れる。フルーティーなドラフトビールを飲みながら、レストラン特製のプレートランチを突付く。ポテトフライはどうでも良いが、チキンステーキ、ツナステーキ並びにリブステーキは案外美味であった。リブステーキはoutbackの其れ以上か。照り焼き風の味付けは泣かせるものであった。
5/5(水)
朝は100%トマトジュースにホットケーキを注文。朝食に動物性蛋白質の無い日々が続く。周囲の非日本人の注文する皿には朝から大量の料理が並べられていた。成る程、皆相応の体格である。特に人間大陸的な所が。日本でアントニオがジュニア・ヘヴィー級だと思っても、此方のランキングではライト級相当ではなかろうか。然し、アントニオも滞在中にしっかり増量してしまった気がする。体重計に乗るのが恐ろしい。
日本人客が大量でチェックインも余計に時間が掛かるものと見込まれたため、6時台の朝食後身支度を調えて7時30分のシャトルバスに乗る。乗客はアントニオただ一人、ほんの数分のドライブでJALのチェックインカウンターの前に連れて行って貰う。結局何をしにホノルルに寄ったのだろう?ホテルから空港へまた直行である。ノンビリしたホノルル滞在。贅沢の極みと言うべきだろう。ホテルから徒歩数分の所に小さなショッピングセンターが発見され、昨日寄らなかったことを悔やむ。空港の土産物屋は高い。3度目のハワイにして、クールな何かを求めていたが、私の触手を動かす物はなかった。日本行きの便数も多く、搭乗予定者も殆どが日本人で、旅情は既に失われていた。おまけに、UAから手配されたJAL便席だが、Class欄にBとの記述があってビジネスクラスと期待に胸を膨らませていたところ、エコノミーと軽くあしらわれて意気消沈せざるを得なかった。其れでもチェックインカウンター氏は一旦は窓側席を確保したものの、2階の通路側が未だ空いているとのことでチケットを取り直してくれて助かった。ただとはそんなものだ。手荷物検査所では靴まで調べさせられた。搭乗約3時間前にチェックインして暇を弄ぶ。南国の朝の風が吹き抜けて行く。マカデミアナッツ、コナコーヒーより南国の風そのものが何か尊い。Honolulu Airport Hotelの質素さは南国を感じるには都合が良いだろう。日本では未だGWが終わったばかりだ。然し、夏だ。航空機のエンジン音が轟く。椰子の木が揺れる。日本人が過ぎ去って行く。SFOでは疎らではあったが、もう既に日本に来てしまったかの様だ。
2F席は割りと開放的な感じでエコノミーにしては快適に感じた。ただ、SFO->HNLより長いフライト時間とは言え、エコノミー席で飲めたワインは5杯に留まった。JALのホノルル線ではビンゴゲーム大会が繰り広げられたが、リーチまで達したものの残念ながらビンゴには至らなかった。ただとはそんなものだ。成田空港では荷物取得に20分は待たされた。嗚呼、もう成田である。庵史上、卒業旅行の豪州に次いで二番目に長い海外渡航であった。荷物も届かず、ホノルルへ飛ばされたが、無事だった。世の中上手く出来ていた。鴨居駅からは、海外渡航か縦走時など大量の荷物を抱えている時でしか利用しない119系統のバスを運良く十数分の待機にて捕まえることが出来た。2年振りくらいの乗車だろうか。庵庵には、新聞受けに約1週間分の新聞が束ねてあった。世界の日常を知る旅だったが、未だ日本の日常に未練を感じる自分が此処に居た。

(完)

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付録:

陸旅アドバイス
・米国での入国審査に掛かる時間は半端ではない。トランジットで
カナダ入りの人も同じ時間が必要。トランジットでも2時間程度ないと
乗り換え遅れの可能性あり。
・逆に、カナダから米国入りする場合にカナダでの出国審査のみで済んだ。
その分カナダで時間が掛かるのは言うまでもない。
・米国行きの場合、預ける荷物は鍵を壊してでも中身をチェックされる
可能性があるのは周知の通り。
・機内持ち込み手荷物の中で、Note PCと携帯電話は荷物から取り出せと
言われる。検査が済んだら速やかに移動させないと、検査員の雑な
取り扱いによって二次的災害を被る可能性もあり。
・オタワはやや涼しい。フリーモントは正直暑い。ホノルルは当然ながら暑い。
・ダブルブッキング後のボーナスステージ(笑)については、全係員が正しい
取り扱いを熟知しているとは限らない。ボーナスはただでは貰えない。
・SFOのホットスポットは有料。HNLのはDNS接続がうまくいかず。
ORD、YOW余裕もなく未調査。IRDは何かしらサービスがあると思う。