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9683

不定期連載 陸道をゆく 話数知らず
09/03/29 佐倉朝日健康マラソン大会
【9683】
3/29(日)
庵庵…鴨居〜東神奈川〜川崎〜新橋〜上野…京成上野
〜京成佐倉…岩名運動公園…京成佐倉駅前…大佐倉駅
…佐倉草ぶえの丘…印旛沼沿岸…佐倉ふるさと広場
…岩名運動公園…京成佐倉〜京成津田沼〜京成西船
…西船橋〜日本橋〜渋谷〜下北沢…つくし…下北沢
〜渋谷〜菊名〜鴨居=鴨居7丁目…庵庵

…:歩き/走り、〜:電車、=:バス

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マラソンの給食所に、9683か?

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申し込みを、忘れていた。
数年連続参加の荒川市民マラソンも、確か昨年も募集要項のDMが届いておらず、気がついた頃には今年分も締め切りを逸していた。また、東京マラソンは例によって抽選に漏れてしまっていた。東京マラソンの抽選漏れはさておき、少々心掛けが甘かった今年のフルマラソンであったかも知れない。
練習の始動も遅かったと思う。年末休暇からだったと思う。今年は花粉の飛散が凄まじかった。また、アセトアルデヒド分解能力も落ち、飲んだ翌日には走ることは難しかった。天候の悪い週末もあった。既報の第2回高尾颪には色々と課題を残していた。週に1度できるかできないかの長距離走時にストレスを溜めていたのか、体腸不良になったこともしばしばであり、中々長距離、長時間走に踏ん切りがつけられなかったことも否めなかった。1月前から過食を封じるために禁宴月間としたが、今思えば、もう少し上半身を絞れたのかもしれないとの後悔は残った。
佐倉と言えば、小出監督やQちゃんに有森裕子が名高い。実際、市内には「裕子コース」「尚子コース」が存在した。本大会のスターターは小出監督であった。彼等には申し訳ないが、何となしに今回はモチベーションが低かったことも否めなかった。1年大会に出ず、体が弱くなってしまったのか。気持ちも然り、か。確かに2度目の東京マラソン落選はモチベーションを下げた。しかも、出場しようとした著名人がドクターストップで断念したとか聞くと、何故その枠を俺に寄越さないのか、憤りは否めなかった。ただ、52日連続フルマラソンでしかもサブフォーを決めたお爺さんには敬服した。毎日そんなに走る時間はない。時間があっても当然無理だ。お爺さんは凄かった。東京マラソンの翌日も走るかと問われたら、以後の人が記録に挑み易いように、明日は走らないと言ったらしい。このような台詞を一度で良いから吐いて見たいものである。
体調、コンディションは良いとは言えなかった。しかし、やらなければならない。東京マラソンへの怨念を晴らすためにも。
前日は、彼是悩むより、まずは明日の体調を第一にと、多少歩きはしたがそれ程は疲労を残さないようにと大人しく過ごした。
当日である。
佐倉市は遠い。横浜線電車も始発の次の便に乗らなければ間に合わない。新橋で乗り換えたジャージマン2人も間違いなく佐倉ランナーであろう。京成線は日暮里乗換えが便利だが、確実な着席確保と思い、少々小走りに上野から京成上野まで赴いて6:43の特急電車を待った。ジャージマン、ジャージウーマンも少なくはなかった。日暮里、青砥とジャージマン、ジャージウーマンにスーツケースの海外渡航者も殺到し、料金不要の特急電車は殺人ラッシュと化した。海外渡航者は災難であったろう。スカイライナーに乗ってくれればよかったのに。スカイライナーが京成佐倉に停車するならブルジョワランナーはそちらにも乗っていたと思うのだけど。
案の定、その下車客は京成佐倉駅のキャパを超越していた。Suica、Pasmoの普及で精算機渋滞はなかったものの、大会会場へのシャトルバスの運行が今一つで、長蛇の列であった。目も当てられない、、、日曜の京急佐倉駅前は閑散として交通量も殆どないのだし、京成電車の時刻表を見れば7:40着の特急に人が殺到するのは想像できたと思うのだが、体制は整っていなかったようである。そんな中、大勢がバスを待っていたが、自らの脚で会場を目指す者も少なくはなかった。 バス待ちでフラストレーションを溜めるよりは歩くべし、とその波に乗ることにした。まぁ、皆さん、グループだからか、歩くのは遅い。でも一度号砲が鳴るとそのスピードは変わるのだろうけど、、、グループは歩道を塞ぐ勢いだから、歩くのも少々ストレスが溜まる。ううむ。何故、歩くのにフラストレーションを溜めねばならぬのか。気が短くなった?そうかも知れぬ。昔は待てた筈だ。駅も昔は人が切符を切っていた筈だ。改札数も昔の倍とかそれ以上に増えている筈だ。待てなくなってしまった。何か前を行く人々に嫉妬しているのだろうか。マラソンブームで当マラソン参加者人口も増えたことだろう。
多分、鴨居駅から自宅までとほぼ同じ時間歩き、岩名運動公園に辿り着いた。手前の内郷小にはマラソンランナーのそれなのか不明だったがマラソン会場至近の自家用車がうざったく感じた。
さて、会場入りしてレジャーシート持参未遂を悔やむ。体育館のような巨大屋内施設もなく、そして、前回の荒川前日の買い物時に仕入れたビニール製のきんちゃくが思わず8割方裂けてしまった。屋外を想定して布製のそれでなく、ビニール製のものを、とまでは思考が至ったのだが、、、幸先は悪かった。仕方ない。適当に場所を確保して荷物を置き、野球場側に赴いて受付を済ませた。アウトレットスポーツグッズ販売の露店が並んでいたものの、次回用に新たなジョギングシューズの調達にも触手が湧かなかった。今更?今となっては?もう、シューズを新調する必要もないか・・・それより、トイレが先決だ。トイレも当然待つ行列であった。今のところ、腸子は可もなく不可もなく、であった。走行中に脱線しないことを祈った。
事前練習はスギ花粉との戦いであった。天気の悪い週末もあった。始動が遅れた。体は重かった。高尾颪も町田でギブアップしてしまった。膝の寿命が縮んでしまったようにも感じた。練習で何とか40km程度は知れたのがたったの1回しかなかった。飲んでしまった翌日は、当然花粉にやられて走るどころではなかった。前夜、少し冷え込んだようにも思う。鼻を啜りながら、小出監督による号砲を聞いた。
途上、交通規制が中途半端なため、ジモティーの車が立往生といった場面が少なくなかった。ランナーからしてもコースを阻まれるのはいただけない。しっかり規制できない理由があったのか。幸先は良くない。可もなく、不可もなく。しかし、給水所付近では、何故か尿意を催すことしばしばであった。昨晩は全然「飲」んでなかったと言うのに。仮設トイレの数も少なく、1給水所当たり3分以上は待ったことになろう。それを3箇所だから、合計約10分はトイレ待ちロスタイムと言えたかも知れない。尚子コースあり、裕子コースあり。大会でなければ楽しく走れたと思う。しかし、今日も風は時折強く吹いた。十年以上前に登山用に購入したゴアテックスのレインウェアでの防御が雀の涙程度しか奏功しなかったか。給水所のパンがクロワッサンだったのも少々痛い。荒川ではチョコパンかクリームパンだった。単価的には五分五分か、ひょっとするとクロワッサンに軍配かも知れないが、単価より水分の問題である。何故、マラソンの給食所に、パサパサ感の強いクロワッサンなのか。クロワッサンとしては上出来かも知れぬ。だが、佐倉マラソンの給食所に何故クロワッサンなのか。しかも、給水用カップよりゴール側に並ぶクロワッサンの群れ群れである。位置関係が逆であれば、クロワッサンで少々エネルギーを補給して、その後、水で流す、が本来描かれるべきシナリオではなかったのか。荒川では、毎給食所毎にクリームパンを求めて直走り、引いたのがチョコパンでがっ栗としたのも良い思い出である。今回は、チョコパンからクリームパンの選択肢はなく、クロワッサンとチョコクロワッサンのみである。佐倉朝日健康マラソン大会実行委員会として容認する給食なのか。何処かのパン工場で偶々クロワッサンとチョコクロワッサンを多量に過剰製造したののお零れという事なのか。先週の東京マラソンの給食所にはひょっとしたら、テキサスのサーロインステーキ、高座豚のスペアリブ、厚岸の生牡蠣、三浦の鮪あたりが並んでいたかも知れぬ。先々週に出場を逃した荒川市民マラソンでも、チョコパンとクリームパンは健在だったであろう。栄えある第一回荒川市民マラソン大会にて、そのクリームパンと願って掴んでしまったチョコパンかクリームパンかの1論争が形成されたのだが、形成と言えば、京成である。荒川も佐倉も京成線繋がりである。二位の尼が幼い安徳天皇を抱き、クロワッサンの下にも都がござるとの言を残してクロワッサン波の藻屑と消えたのは各日本史教科書に記載されて久しい。クロワッサン波が印旛沼を示していることも昨今の調査で明らかになったばかりである。しかし、ここのクロワッサンがクリームパンであれば世界新記録達成は間違いない、と言えるほどの記録を残せていないことが心残りであった。
佐倉の野は平和な筈だったが、どうも千葉県知事選投票日らしく、それも交通規制を万全にできなかった理由とすると、不運であった。前週の東京マラソンほど寒くて時雨れることもなかったのは不幸中の幸いではあるが。
陽光の勢いは初春をとうに越え、初夏の印旛沼岸に歩みの鈍いランナーは顔面日焼けから免れることは不可能であった。やはり、膝の寿命が来た。脚回りも万全ではなかった。前回同様、号砲から3時間で両膝から分厚いサポーターを取り外したが、少し血流が良くなったと感じていたのも束の間であり、スピードが落ちることはあったも戻ることは終ぞやなかった。荒川より人数が遥かに少ないと思われるものの、救護ボランティアの方々の機敏な動きには敬服する次第であった。アントニオにも終に救護の手を借りる時が来たか、そんな邪念が523度は逡巡した。しかし、その度、余りにもゴールから遠く、印旛沼サイクリングロードの途上でくたばった末、どのような手段で岩名運動公園まで移動するのかを考えると、夜も眠れそうになかった。それならば、例え歩みが鈍くとも、前進すべきだろう。膝はもう言うことを聞かなくなった。回る回るよ、風車は回る、膝痛の苦しみを繰り返し。今日は倒れたランナー達も、生まれ変わって、また、走り出せるのか、佐倉ふるさと公園の風車よ、教えてくれ。
CDラジカセを持参していた沿道声援者が居た。ZARDの「負けないで」を大音量で流してくれていた。♪最後まで、走り抜けて♪か。。。走り抜けなくてはならない。
体調、体重、体質調整不足だったのか。毎晩のように、ファミリーマートのフライドチキンを軟骨まで齧ってコラーゲン摂取に勤しんできたのだった。ただ、体重は絞りきれてはいなかった。4時間程でゴールできていれば表彰式に間に合ったのだが、50分近く遅れてしまった。しかし、アイツには負けたくなかった魂が、地に這い蹲らせながらもアントニオを岩名運動公園へと導いてくれた。やった。アイツには勝ったぞ。ざまぁ見ろ。空腹かつ脱水気味だったが、ファストフードや飲み物を扱う露店には触手が湧かなかった。ゴールした途端、歩く足取りは軽くなった。ただ、帰路くらいは駅までシャトルバスを、と思って待ち行列の最後尾に並んだが、行列の先頭が地平線の彼方で見えない程だったため、諦めて歩くことにした。
足取りは更に軽くなった。ビールが待っている、そう確信した随意反応だからか。運賃節約のため、京成西船から西船橋駅までこの期に及んで歩いた努力も実らず、目指していた下北沢の地ビール屋は満席であり、今日この日ばかりは着席せずにビールを楽しめる余力はなく、辞去せざるを得なかった。もう一軒の地ビール屋は先日、対応の悪さに既に選択肢から外れていた。通常のより一段旨いビールを浴びる程飲む権利が、今のアントニオにはあった筈だが、アントニオは下北の路頭に迷った。20分近くは迷ったことだろう。お品書きやショーケースもない和風の飲み屋の前で老夫婦が「ここも評判の店なのだけどね、どっちにしようか」と言いながら別の店に流れて行ったため、こちらに運を賭けるべく、暖簾を潜ることにした。果たして、アサヒビールの琥珀色の時間が生で飲める店であった。代打逆転タイムリーヒットである。大辛鯖塩焼きを注文し、「辛かったでしょ?」と主がのたまえば、42kmの苦難の途上に噴出した塩量には遥かに及ばず、「マラソンして来たからそんな感じもしなかった」と答えた。主曰く、ゴルフシューズは3万円もすると言う。ナイキの我がサブフォーシューズは庵史上最高値のジョギングシューズであったが、これでも8,500円である。マラソンはエコノミーなスポーツだ。さて来シーズンは。今から皮算用するか。引退か。ただ、重い体、、、マラソン一週間後になって漸く体の軽さを感じつつあるのだが、重い体は百害のみなので、引退はもう少し先にしておく。
今日の総歩数は64323歩であった。
(完)