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トリプルプレイ

不定期連載 山道をゆく 第190話
06/08/19~21
2006年夏の縦走大会
北岳(日本百名山、山梨百名山、庵線千名山377)
中白根山(庵線千名山378)
間ノ岳(日本百名山、山梨百名山、庵線千名山379)
西農鳥岳(庵線千名山380)
農鳥岳(日本二百名山、山梨百名山、庵線千名山381)
三峰岳(庵線千名山382)
【トリプルプレイ】

8/19(土)
庵庵−R16−八王子バイパス−八王子IC−釈迦堂PA−甲府昭和IC
−R20−県道20号(南アルプス林道)−芦安市営駐車場=広河原
…白根御池小屋…草すべり…肩の小屋…北岳…北岳山荘
…中白根山…間ノ岳…農鳥小屋

8/20(日)
農鳥小屋…西農鳥岳…農鳥岳…西農鳥岳…小屋…間ノ岳…三峰岳
…野呂川越…両俣小屋…野呂川出合…広河原山荘…広河原
≡駐車場−夜叉神観光協会案内所−桃の木温泉桃栄館

8/21(月)
桃栄館−県道20号−R20−勝沼IC−談合坂SA−相模湖IC−R20
−R412−R413−県道57号−淵野辺−R16−中原街道−庵庵

…:歩き、−:車、=:巴士、≡:的士

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
香港出張が勃発していなければ18日金曜日に有休を利用して3連休を画策していたのだが、結果的には天候の塩梅から、翌週月曜を振替休日と設定して正解であった。巷では盆休みである。その出発を予定していた金曜日も結局不可避なユーザ訪問とユーザ向けサンプルプログラミング作成に明け暮れたが標準的業務時間を著しく逸脱しない時刻に切り上げることができ、香港帰国中一日で日本第2位の高峰を目指さんと欲した。今回は登山口までのアプローチが比較的短いため、土曜は午前1時過ぎに庵庵を発った。
香港出張疲れは否めない中、芦安地区のジェットコースターのような回廊を巡ってはバスターミナルに程近い市営の駐車場に、4時前には到着した。此処での悲劇は予想できなかった。1時間程度仮眠を摂ろうと、休部号のインテリジェントキーをシールドケースに仕舞い、運転席脇のロックボタンで車内全ドアをロックしようと思っていた。ところが、アントニオが何れのボタンにも手を触れていないのに、ドアロックが自動でセットされ、セキュリティランプが点滅し始めてしまったのである!!まさか、近くの日産車、或いは他社車のリモコンキーが作動してしまったのか??事件後の翌週にディーラーに詰問して仕掛けを漸く悟ったのだが、どうもキーを車内でシールドしたのが元凶で、車内にキーがないことを感知すると数分で自動的にロックが作動するとのことである。そしてアントニオは、怖いもの知らず、何が発生するのか不安になりながらもセキュリティランプの点滅した車を内側から開錠してドアの外に出たのである。
そして、丑三つ時の芦安界隈に、200dbを超えるサイレンが10回鳴り響いたのである。幸い近隣から五月蝿いと怒鳴りつけられることもなかったが、やられた〜。不安になりながら背凭れを倒して体を休めようとした。その頃は未だ他車が閉じ込めの元凶と睨んでいたため、逆にアントニオの登山中に開けられて車ごと盗まれてしまう懸念が過ぎり、体は横にしても全く気休めにならなかった。あれよと言う間に始発バス出発時刻の30分前になったため、バス停に向かった。バスは5台も待機しており、シーズン土曜のキャパとしては申し分なかったのであろう。乗合タクシーも次々と南アルプス林道を抜けて行った。芦安地区も然ることながら、その先の林道は狭い上に素掘りのトンネルも多く、多少金を積まれても自ら運転したいとは思えない道程であった。
やがてバスは広河原に到着。実はバスに乗るまでは、今日は仙丈ヶ岳から仙塩尾根を越えて両俣小屋に泊まり、明日は再び仙塩尾根に登り返して三峰岳、間ノ岳を越えて農鳥小屋泊、月曜に農鳥、間、北岳との黄金プランを画策していたのだが、ガイドブック中の「あまり歩かれていない」等の表記に熊出没の危険さえ懸念して仙塩尾根を割愛することにし、此処から北沢峠行きのバスを待たずに北岳に直行することにした。2年振りの3日間コースである。着替え、昼間の食料、炎天下に備えてのPlatipus満タンの水は少々両肩に堪えつつあった。序盤から不安は募ったが、それでも常人のペースに満足することなく、数十人を抜きながら進んだ。



2時間少々で御池小屋に到着した。生の旗が靡いてる!!然し、市営の小屋の午前8時台に、生販売の準備のへったくれもなく、缶ビールの自動販売機に至っては電源ケーブルがコンセントからしっかり外されていた。だから公営は駄目なんだ。鏡平小屋の従業員の爪の垢を煎じて飲め。我々の前に、午前6時2分に生ビールを提供したあの潔さよ。当時はテント泊ツアーで3時起きが続いたから、6時は昼時と言えなくもなかった。が、8時にしてアントニオにビールを寄越さなかった罪は重い。意気消沈としながら緑色に濁った御池を尻目に、草すべりを登る。キタダケトリカブト、サラシナショウマ、ウラジロキンバイ、ミネウスユキソウなどは咲いているが、何故か冷静なアントニオが居た。今日の我が思考回路は、3000m級を目指すからにはコマクサや雷鳥の存在が不可欠と認識していたのだ。気の遠くなる急登を喘ぐ。少し雲も増えてきたようだ。絶好のコンディションでもない。会社事情が目まぐるしく変わる中、何とか作った3連休だ。白峰3山を1泊でクリアするは厳しいと感じていた。あと数時間程で今年の念願達成だ。でも未だ冷静過ぎた。アントニオを鼓舞させるには何か足りなかったのである。コマクサに雷鳥。未だ見ないだけ、見ていないだけと虎視眈々と機を窺いながら、3000m地点に到達した。肩ノ小屋。一目見て生はなかろうと察した。常温缶ビールでエネルギー補給だ。少々薄曇ではあるが、3000m級の地で浴びた紫外線量は尋常ではない。軽微な頭痛の原因は熱射か気圧か。山頂は間近だ。何故か躍動感が湧かない。ルーチンワークの一片に過ぎないと体感してしまっているのか。近くて遠い。そして、遠くて近い。今日明日越える5峰をクリアすれば庵未踏の日本3000m峰は残り2つ、前穂と乗鞍のみである。土曜日とあって登山者も多く、静かな山を楽しめないことに焦燥感が募っているのだろうか。



広河原から約4時間半、コースタイムが6時間半だからさりとて遅くもなければ速過ぎることもない。着いちゃった。感動は今一つ。前夜適当な小屋に宿泊してからの先駆者も多い。勿論白峰3山をやろうとする強者の中には庵速キラーも皆無ではなかろう。混雑していた。騒がしい。そして天も白さを増した。羨望も束の間の日本第2位であった。今年最初の3000m級は高かったが疲れていた。ムギチャーゼも不足していた。惜しむらくは御池小屋である。
北岳山荘へ下った。雷鳥は居ない。コマクサも見えない。ウサギギクにオニアザミは元気もない。
北岳山荘の成りを見上げるや否や、ビールは間違いなく電冷されているものと確信した。すると、生ビールも提供できると言う。北岳山荘は我が意を十二分に汲んでいた。ムギチャーゼ、配合。蘇ったネップチューン、ハルクホーガン。イチバーン!!そうか、では猪木は2番か。2番も1番に比較すれば雲泥の差ではあった。混雑度は比べる由もないが、此方も十分混雑していた。先へ行こう。明日もどうせ寄るのだから。
ノルマ達成のために歩かされているような気分であった。否、自車にして丑三つ時の芦安界隈に巨大音量のサイレンを鳴らしてしまったことがトラウマとなっていた。下山時に車が盗まれていたり、サイレンの怒りを持ち主が去った頃に存分車体にぶつけられてしまったりしないかとの不安に駆られていた。3000m級の快感は雲に覆われていた。全国津々浦々、否、山なので岳々丘々とでも表現すべきか、全国に散らばる各種白根山中で最高峰を誇るものと思しき中白根山の山頂も然り。途端に登山者数が激減していた。日本で4番目の高峰、間ノ岳山頂も然り。13時半の百名山。日本第2位と3m差。観衆の数は10分の1以下。もう少し晴れてくれれば、、、疲れていた。小屋まであと1時間。惰性で行けるとは言え、そろそろ床に就きたい気分であった。農鳥岳方面へ進んで稜線を見下ろせば、遥か彼方にポツンと赤い小屋の屋根が確認された。気が遠くなりそうな程小さい赤だった。疲れていた。仮眠程度の後に日本の高峰第2位、第4位と第17位をやっつけたのだ。通常であれば今日はもう勘弁してやるとの台詞を吐く場面だが、今回はギブアップ寸前であった。あともう直ぐで小屋だ。頑張れアントニオ、モスクワは近い。

1時間近い夢遊の後、小屋に到着した。深沢氏に申し訳ないが、想像より遥かに貧弱な小屋の井出達であった。だが先に行くエネルギーはもうない。水は宿泊者には小屋脇貯水のタンクから供給しくれるとのことだが、小屋から往復30分の水場付近の食害も自然勉強になるので水汲み序でに見るも良しと豪語していた。うむ、動く本能氏曰く、この小屋に良い印象を持っていない、との言を思い出し、きっとそれはこの親父の性格が原因に相違ないと確信した。だが、近年稀に見る、山小屋の親父としては威厳最上級と思しきスタンスである。偶には良かろう。山は本来厳しいものだ。地震雷火事親父。厳しい親父が自然から我々を守ってくれていると思うと嬉しいではないか。寝床は今のところ1人1畳の模様だ。この小屋まで辿り着ければこれだけのゆとりが与えられて然るべきか。小屋内には下山口、奈良田付近の数軒の民宿の看板があった。隣の客が明日の宿を斡旋して貰ったようだが、今日は生憎麓まで無線電話が通じないと言いながら、「農鳥小屋の親父に勧められたと言えばサービスして貰える筈だ」と店の名刺を受け取っていた。うむ。次回はこの人みたいに奈良田に翌日の宿を斡旋して貰い、下界でノンビリするのも悪くないと感じた。また、部屋内には、「ゴミは持ち帰れ。持ち帰れない軟弱者は相談しろ」とあった。相談の結果は小屋手伝いではなかろうか。親父に縛られて手伝いするのと大人しくゴミを持ち帰るのと、人に依っては究極の選択かも知れぬ。それから、雷鳥の生息調査研究をしている何処かの大学教授とも知り合いの模様で、雷鳥を見たハイカーに場所、時刻、親か子か等の聞き取りを行っていた。近年猿や猛禽類に襲われることも少なくないと言う。うむ。自然は厳しい。でもひょっとすると、明日は雷鳥に会えるかも知れない。脚の疲労と6℃で滾滾と流れる水場の水とを天秤に架けた結果、今日はもう御陀仏との結論に達し、水は小屋タンクから拝借し、空いた時間を脚のストレッチに充当した。さて、食事は何処で食べさせられうのだろうか。この寝部屋の床を一遍ひっくり返されるのだろうか。
やがて晩飯タイムが訪れた。食堂別棟が存在した。16人の客で満席となってしまうこじんまりとした部屋だった。だがそこには相応の晩飯が待っていた。大量のご飯。ひじきや山菜、高野豆腐の煮物。大刻み野菜の味噌汁。タッパーに収まっていた漬物2種。山の飯としては本来この程度であろう。だが、煮物、漬物、ご飯、味噌汁はどれを取ってもその味に申し分なかった。こんな質素に見えるおかずが千金に値した。雲が落ちている中、親父は3時間後くらいに夕焼けが見えるんじゃないかな、と零す。今日は従順な宿泊者が多い為か、親父の講釈もテンポが良さそうだ。親父の言い分は一介の山家としては存分理解に値する。有限実行な親父なのだろう。やがて親父の言うように、天は分け、陽が戻り、ブロッケン現象まで確認された。標高2800mの地に来た若干数十名の者だけが堪能できた夕日だった。忘れていた青春ドラマの一コマだった。細くて折れてしまいそうな三日月。オリオン座。富士のシルエット。甲府市街地の夜景。結局1人1畳独占のまま、ハイシーズンの土曜日の山小屋の夜を明かした。
翌朝、3時半を過ぎた頃から周囲はガサゴソとし始めた。飯は4時である。良く寝た。皆潔く布団を畳んでいる。ご飯。生卵。梅干。野菜の味噌汁。漬物1種。山小屋の朝飯は本来そんなものだ。あと何か一品あったような気がする。山小屋の朝飯だ。文句があるなら山を降りろ。親父のお陰で今日一日の時間が長くなった。6時飯を想定していたのでこれは非常に助かった。親父、これからも理解ある客だけでいいから泊めて貰って、頑張って欲しい。住めば都。農鳥小屋を嫌う奴の気持ちは解るが俺はいいと思うよ。多分また俺は来るのではないかな。


4時45分、それでも最終出発に近い小屋発で、農鳥岳へ向かう。小屋から稜線を見遣れば遮る物もなく、西農鳥岳が取り分けでかく立ちはだかって見え、いきなり脅威に感じ、朝も早よからギブアップ寸前となった。ただ、朝のひんやりした空気の美味しさに何時しか加速して、瞬く間に西農鳥岳山頂に到達した。そう言えば昨晩の食卓で、西農鳥岳のピークは果たして何処なのか、議論となっていた。親父曰く、貴方が思った所が山頂で良い、と。此処西農鳥岳が標高3050m、更に南下した先の正規農鳥岳は3026mである。確かに白峰3山をやる者にとっては不可避な通過点ではあるが、西農鳥岳の扱いは侘しい。昨日はこの近辺で雷鳥も観測されたと言うのに。侘しくさは西農鳥岳の形容詞としてお誂えではないか。



晴れ渡った農鳥岳山頂からの展望は雄大極まりなかった。間ノ岳と北岳が両方見えるのだ。今日中に帰宅せねばならない事情ならば斯くも痛快感は得られなかったであろう。日本の屋根に居ることを誇りに思う。農鳥岳まで来る者は、矢張り違いの解るゴールドブレンダー達であった。昨日の間ノ岳山頂より人数が多かったものの、人見知りなどなく、皆で自然の雄大感覚を共有していたように思う。これにてトリプルプレイ完了である。
小屋に戻ると北岳方面からやって来たハイカーが親父と立ち話をしていた。肩ノ小屋の昨晩は3人で1畳だったと言う。ご苦労さんとしか言い様がない。矢張り、正義は勝つのだ。この親父の性格故に農鳥小屋を避けているハイカーも皆無ではないのだろう。そんな不遇な親父の売り上げに貢献すべく、今日もこれから向かう間ノ岳山頂で祝杯を上げたいためと、また1缶所望した。将来はあんな親父のように山小屋を守ってみたいと思う。とても今の自分の性格とは似ても似つかないのだが。

親父に北岳から両俣に降りるコースの按配を伺えば、少し急な斜面で大変かも知れない、とのことである。親父の発言は10倍ぐらいに拡大して解釈する必要があろう。多分、アントニオの今日のコンディションでも怪我は免れないかも知れぬ。となると、間ノ岳から三峰岳を巡り、仙塩尾根を利用して両俣小屋に降りるのが無難であろうか。今日は間違いなく北岳周辺は人間渋滞が発生しよう。山に来て何故フラストレーションを増やさねばならないのか。渋滞は避けるべし。でも、仙塩尾根から両俣小屋経由だと、今日中に芦安まで下山できてしまうなぁ。どうしようかなぁ、両俣小屋に泊まるのも興味深いのだが。時の運に任せるか。仙塩尾根方面へは、間ノ岳を経由せずに巻き道を行くコースもあるとの親父の言だが、巻き道コースの方がコースタイムが長いことと、昨日はガスってて展望不明だった山頂にリベンジを果たしたいので、間ノ岳経由を選択した。そう、或る意味ショックではあったが、恐らくアントニオと左程年齢の変わらない超庵速夫婦に漸く間ノ岳山頂で追いついたのである。最も、宿を出た時点で彼等は空身、アントニオはフル装備だったのだが、農鳥岳へ向かう途中で追い抜かれてはアントニオが山頂で追い付き、の繰り返しであった。この夫妻が今年の庵速オブ・ザ・イヤーを受賞することは想像に難くない。聞けば都合により今日中の下山が避けられず、渋滞覚悟で北岳から広河原に降りるとのことである。両氏の無事を祈りながら、晴れ渡ってギャラリー豊富な間ノ岳山頂で別れた。
常温ビールでは満足できる程、気温は低くはなかった。両氏の後を追えば、北岳山荘と御池小屋で生ビールが待ち構えていてくれることだろう。両俣小屋に生ビールの存在を期待するのは酷であろう。静かな山を取り戻すべく、人通りの途絶えている三峰岳方面を目指す。爽快な稜線である。やがて我が進む道はあの森林に埋もれて行くのだろう。標高2999m、山頂に立てば頭上は3000mの三峰岳に到着したのは未だ9時前であった。今日最後の山頂。さらば、三峰。さらば、3峰。そしてアントニオは仙塩の尾根に消えた。
何せ2時間もランドマークが現れない尾根である。擦れ違う人こそ少ないが、少な過ぎて逆に不安である。次に会うのは人ではなく、熊かも知れない。一瞬の不注意でランドマークを見落とすと、次のランドマークまでは3時間歩かねばならない。不安が増幅する中、擦れ違った人に野呂川越は未だ先か問うてしまった。何時もなら人に道は聞かないものだったが。一応「未だ」先であることが確認できただけで安心した。ムギチャーゼも不足していた。生2杯を失い、頑張っても水冷缶程度であろう1杯ではその不足分を補い切れるか疑問であった。夢は森林を駆け巡る中、彷徨い続けて三峰岳から1時間45分くらいであろうか、野呂川越に漸く到着した。見落としていなかった。やれやれ。もう生2杯が絶望的など、どうでも良い。1杯でも冷えていてくれれば!星さん、頼みますよ〜、発念しながら小屋へ下る足並みは割りと軽快であった。
果たして、黒ラベルの缶は程よく冷えていた。星さんに問えばこれでも水冷とのことであった。うむ、水には事欠かない小屋の特権だ。それにしても星さん、少々お年を召されたようだ。最も、星さんの写真が掲載されているガイドブックは、岩崎元朗氏の髪の毛も十分健在であったくらい古いものだったので、それと比較しては失礼だったか。
さてさて、野呂川出合まで林道歩きである。とてもかったるそうだ。ひょっとすると、、、バスの時刻を良くは覚えていなかったのだが、広河原14時発芦安行きなんて便が運良く存在するのであれば、それに接続すべく北沢峠からの南アルプス市営バスの便に乗れて、南アルプス林道を1時間半以上も歩かないで済むのではないかと期待に胸は少々膨らんでいた。だが、市営バスと山梨交通バスの接続が良過ぎると、万が一、広河原山荘に生ビールのサービスがあった場合、ムギチャーゼを配合する時間が確保できないのが深刻な懸念であった。結局バス時刻を調べ直すと、期待より40分も早い時間帯の運行となっていた。今からそのバスに乗車するには、林道を走らなければならない。然し、小屋でムギチャーゼ配合したとは言え、脚には堪えていた。林道走りは無理だ。うむ。何時かは停泊したい希望を胸に抱きつつ、星さんに会釈をして両俣小屋を辞去した。折りしも中学生くらいの女性7人衆がテントを担いで林道からやって来た。頼もしい。日本山塊の未来は明るい。
野呂川出合までの林道歩行中に幾重のパーティーと擦れ違ったが、うち2チームくらいはアントニオと逆コースを目論んでいるらしい。、農鳥小屋の親父の評判は千里を走っており、その2チームとも、「未だあの親父、居るかね?」と苦手そうな素振りであった。あの親父が苦手なら白峰3山縦走は止めるべきではないか。
野呂川出合に漸く到達したが、バスは十数分前に通過してしまったばかりであった。此処からは舗装路である。また林道を1時間半も歩かねばならないと思うと気が遠い。脚にも足にも堪えていた。明日も振替休日であるから、無理して今日中に下界に降りることもなかろう。こんな機会でなければ広河原山荘に宿泊することもなかろう。だが、広河原山荘から下界に降りるには、明日の平日では11時発のバス若しくはタクシーまで待たねばならないのである。それはそれでノンビリできるとは言え、明日の時間の利用方法としては頗る勿体無い。南アルプス林道の通行規制がもう少し緩ければ有難いのだが。野呂川出合から飽きに飽きた舗装林道歩き1時間強を終え、広河原山荘の門を叩いた。一杯の生ビール。やったはやった。3峰やった。存分歩いた。矢張り2日で3峰を終えられてしまった。止まるか否か躊躇しながらも結局、16時発のタクシー便のチケットを購入してしまった。芦安界隈で宿泊しようか。チケット売り場で宿の斡旋を希望したが、役に立たない連中であった。タクシー待ちのベンチで金曜日の朝刊の残りを読みながら時間を潰す。タクシーも相乗りの中、複数のタクシーの運ちゃんが好き勝手に配車を決めているので、要領の悪い運ちゃんのタクシーは何時までも人数が揃わずに出発することができなかった。庵車が将にそれであった。見ててフラストレーションが溜まった。全くだ。このジジイ。だが、バスより100円高い運賃なれども、乗客には1人1缶の清涼飲料水が配られ、またバスより早く下山できる点で大きなアドバンテージがあった。林道下りも当然素掘りのトンネルの連続であった。オートマチック車とは言え、自ら進んで運転したいとは思えない道である。運ちゃん、ご苦労であった。
バス発着所に界隈の宿の人が客引きをしていて・・・などと言う淡い期待は崩れ去った。誰も居ない。バスが到着した頃に出てくるなんて気配もない。明日が月曜では引ける客も少なかろう。一時は諦めて日帰り温泉の暖簾を潜ろうとしたが、その駐車場で針路変更を決意した。今日帰宅するのはシンドい。GWに引き続き体当たりで今宵の宿を決めてみるか。近隣の民宿にでも、、、と思って目に入った民宿の暖簾を潜ろうとは思ったが、日曜夕方にして休業の様相だ。所が運良く、道路の反対側に観光案内所を発見した。よっしゃ。斡旋して貰うが間違いがない。周囲の民間の宿を宿泊費の安い方から順に電話をかけて貰ったが、営業してないとか、親切なところでも晩飯の準備に間に合わないなどとの連れない返事ばかりであった。で、少々値は張りそうだが、受付嬢曰く「此処は間違いなく大丈夫」と電話を掛ける前から太鼓判を押す桃栄館は、2つ返事でokを出してくれた。
桃栄館へはバス発着所方面へ少々戻らねばならなかった。丁度広河原16時発と思しきバスの群れと擦れ違った。ご苦労であった。桃栄館の方が本館であるが、現在は露天風呂もあり少々高級な山和荘に大きく客足を取られているようで、どうやらこのアントニオにして今宵の桃栄館宿泊者第1号の模様であった。夕食時には3人揃ったが、どうも此処は当日駆け込み組み向けの駆け込み寺の模様である。民宿や市営宿舎より値は張るが、今日は公営はお断りだっ!!!これでいいのだ!!!!!
さて、その栄えある第1号に割り当てられた部屋は玄関に至近の「駒ヶ岳」である。館内を巡って気がついたのだが、「北岳」より「標高」が数十センチ程「標高」が高い部屋である。駒ヶ岳信仰の賜物か。露天風呂がないのが少々減点ものだが、内湯の湯温は最適であったのが幸いである。下山後の湯に相応しい。貸切に粗等しいのも嬉しい。
夕食もテーブルを覆う数々の皿。ベニマスの刺身がコチコチに凍ったままなのが玉に瑕、素晴らしく豪華な食卓だった。調理した方への感謝の意を表するには当然完食するしかないのだが、下山後としては久々に食い過ぎたと感じた。宿のおばちゃんと北岳「部屋」のおっちゃんとで、明日の出発時刻、バスの時刻と朝食の準備云々の会話が交わされていた。おっちゃんは山をやる人と察した。アントニオの「明日はどちらの山をやるのですか」を発端に山家同士の会話が弾んだ。今の天皇が鳳凰三山をやった当時にこの旅館に泊まったらしく、その頃の白黒写真が食堂に飾られていた。行幸直後の山道は整備されて快適という話だが、それは自然破壊に他ならないのだろう。困ったものである。また、リーダーとして体力旺盛で、何時も山行では皆より先に歩き過ぎてしまう嫌いがあると、将にアントニオに似た悩みを持たれていた。だが、自分が強くなければ人を助けることはできない、との当たり前のような名言も耳にした。話も際限なく、おっちゃんの機嫌も麗しく、夜叉神は少々甘口の吟醸酒であったが、おっちゃんの奢りの酒はとても美味かった。おっちゃん、有難う。アントニオも将来は同じように語れるようになりたいよ。
瓶のコカコーラの自動販売機までも存在した。瓶の自販機を見たのは高校時代以来である。缶ビールの自販機に至っては、新500円玉を受け付けてくれないのだ。新500円玉は何時から発行されたのだろうか。未だに新幹線、と比較するのは酷だろうが随分遡るのではなかろうか。食後の風呂上りの1杯を所望しようとした矢先に出鼻を挫かれたアントニオは両替を希望した。おばちゃん曰く、瓶なら直ぐ出せますよ、とのことであった。商売上手なおばちゃんであった。
目覚めの一風呂を浴びてから食堂に赴く。8時半の朝食とは激遅ではあるが、そんなノンビリを久しく忘れていた。昨晩と同じ大きさの膳に幾重の一品が並ぶ。そう、昨日は蝗に沢蟹まで登場していたな。男性でも完食は厳しいと思われる量のおかずが並ぶ中、おばちゃんは「ご飯たくさん食べてくださいね」と言う。おっちゃんは昨晩炊いたご飯で製造されたお握りを持参して既に宿を発った今、炊飯器内のご飯粒粒の大半は我が支配下にあった。宿の朝飯としては多量に摂取した後、支度をして宿を辞去した。斯くして、日本の屋根を、終えた。
(完)

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付録:
山旅アドバイス
・北岳山荘から南側は割りと空いている。
・農鳥小屋では、奈良田の宿を斡旋して貰える。