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最終戦延期

不定期連載 山道をゆく 第196話
07/08/30~
旭岳(日本百名山、大雪山、庵選千名山412)、間宮岳(庵選千名山413)、
北海岳(庵選千名山414)、五色岳(庵選千名山415)、化雲岳(庵選千名山416)、
トムラウシ(日本百名山、庵選千名山417)、
グルメ街道を行く 大雪地ビール館(地ビール)、十勝ビール(地ビール)
【最終戦延期】

8/30(木)
庵庵…鴨居〜東神奈川…仲木戸〜神奈川新町
〜羽田空港(第2ビル)/(ADO31)/旭川空港…R237…西聖和〜旭川
…大雪地ビール館…コンビニ…旭川=旭岳温泉…大雪山白樺荘

8/31(金)
白樺荘…旭岳温泉≡姿見…旭岳…間宮岳分岐…間宮岳
…間宮岳分岐…北海岳…白雲岳分岐…白雲岳避難小屋…忠別沼
…忠別岳…忠別岳避難小屋

9/1(土)
避難小屋…五色岳…化雲岳…ヒサゴ沼分岐…天沼…北沼分岐
…トムラウシ…南沼キャンプ指定地…トムラウシ公園
…前トム平…コマドリ沢分岐…カムイ天上分岐…温泉コース分岐
…トムラウシ温泉東大雪荘

9/2(日)
東大雪荘−新得旅館…新得〜芽室…道道715号線…十勝ビール
…六花亭本店…帯広〜新得…新得旅館

9/3(月)
旅館…新得〜(とかち4号)〜南千歳〜(エアポート96号)
〜新千歳空港/(SKY710)/羽田空港(第1ビル)〜京急蒲田
〜仲木戸…東神奈川〜鴨居…庵庵

…:歩き、〜:電車、−:タクシー、=:バス、≡:ロープウェー、
/:飛行機

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
そろそろ潮時か。
ヒグマが出没しそうな山で2泊以上の縦走が必須な山並みである表大雪山系。できることなら避けたいが、万一、山上にてヒグマとの一戦を交えねばならない場面では、十分な体力を要するだろう。アントニオも一生命体として年輪を重ねて来た。ヒグマと戦えるのは今年が最後かも知れぬ。お盆は外さないと山小屋の混雑も免れないであろう。9月以降では寒過ぎて凍死しかねない。8/30(木)出発9/3(月)戻りのパターンで何とか格安の航空券を入手でき、宿も決まった。旅計画の最中、中3日を挟んで9/8(金)から1泊2日で社員旅行も催行されることになり、行き先アンケートでは特に希望を出さずにいたら、数の論理で北海道行きが決定してしまった。中3日。ならば、会社には土産を態々購入する必要もないか。社員旅行の枠組みの中で大雪山までは登らせてはくれまい。出発3週間前には山グッズショップで軽量の山用食料を各種調達した。出発寸前の週末には、大ザックに仮想荷物を包んで荷重耐久実験を敢行した。むむむ、重いぞ。これでは本番が思い遣られるな、、、縦走路上の水場の水は殆ど煮沸が必要である。口にするものの苦労程、体に堪えるものはない。心配性なアントニオは麓から水を大量に汲み上げて持ち運ばざるを得ないだろう。間違いない。水分で荷物が重くなれば必然的に庵速に響く。だが、図体がでかい上に閉所恐怖症なため、縦走路を頑張って1泊に収められれば小屋の混雑の心配も減らせ、食料自体も減らせて都合が良いのだ。α米などの軽量食料は初日の旭川で調達できるとは思えないため、自宅で何日分を持参するか思案を重ねた。万一を考えねばならぬ。軽量とは言え、減らせるものは極力減らしたい。思案を重ね、出発前日夜に漸く支度を調え終えた。
ADO31便は羽田発が7時35分である。満を持して5時台の横浜線で鴨居を発ちたい。5時台には自宅近辺を通過する119系統バスも走っていないが、初日の荷物内にはプラスティック製水筒、プラティパスは2つとも空状態だから、この程度の荷物で音を上げては問題と、タクシーも利用せず駅まで歩くこととした。然し、初っ端から荷重に苛まれていた。重い。宿泊道具と食料を抱えての山行きは4年振りであった。それ以来の重さだ。曇りがちな天気が肩の荷を更に重くした。
従来の縦走同様の序盤の艱難辛苦の末、羽田に到着し、パンにジュースを購入して朝食を済ませ、リムジンバスで航空機を目指す。小雨煙る羽田空港である。ADO31便はADO機体にADO乗員の模様だが、ANAとの共同運航便故か、機内ドリンクサービスは健在であった。昨今の合理化に恐れをなしていたのだが、ADO便は何となく安心感があった。有料だが、限定地ビールも販売されているようだ。俺は旭川で飲むからまだいい。落ち着け、アントニオ。
トラブルもなく、ADO31便は旭川空港に到着した。雲はあるが天候は申し分ない。さてさて、大雪地ビール館のある旭川駅付近までの移動だが、、、北の大地が呼んでいたため、富良野線の最寄駅まで歩くことにした。北の大地の雄大さが、肩の荷を軽くしてくれた。空港から歩いて旅を始めるなんて、アントニオらしいではないか。ふふふ、悔しかったらバスを降りてみろってんだ!この美味しい空気、全部吸っちゃうぞ〜、と豪語できる程ではなかった。光景は北海道のそれなのだが、空港近辺は如何せん交通量が少なくないのだ。旅情が失せる。悔しい。貴様ら、車を降りて歩いてみろ、こんにゃろ。空港の近くとは言え、北の国からを彷彿とさせる原野に勇気付けられ、身も心も軽くなった。今朝の鴨居での気分とは雲泥の差だ。嗚呼、北海道に来て良かったぜ。旭川空港から歩いて良かったぜ。

さて、旭川空港から富良野線の最寄駅は千代ヶ岡であり、今の足取り軽い勇み足アントニオのペースであれば次の列車まで大分余裕がありそうだ。絶好調アントニオは少しでも出費をケチるべく、針路を北へ変更した。1つ旭川寄りの西聖和を目指す。運賃にして80円程度の違いだが、北海道の大地を歩くべく、アントニオは進むことを決意した。線路沿いの砂利道を歩いていれば、旭川方面から列車が来るのではないか。茶色い。ハテ?鉄道マニヤは卒業したものの、鉄道雑誌は2月に1度は立ち読みして情報収集に余念はなかったアントニオだが、この地のディーゼルカーが茶色塗装に変更になったことまでは調査が至らなかった。然し、此方に向かってきたのはディーゼルカーではなかったのである。ノロッコだ。シーズンによっては釧路湿原沿線を走っているあれだ。富良野寄りの茶色の先頭車は何と客車である。客車に態々運転台を設置し、最後尾のディーゼル機関車を操っているのである。速い。機関車側から押す「推進運転」の場合は時速30km程度以下が常套と見られるが、目の前のノロッコは60km程度は出していたように感じた。客車3両を押しながら、ノロッコ号は一瞬で目の前を過ぎ去って行ったのである。ノロッコもジャガイモで栄養満点、俊敏なる成長を遂げた瞬間であった。頼もしいではないか。本数の少ない原野で列車を発見し、しかもノロッコとは幸先が良さそうだ。やがて線路沿いの道が途切れ、踏切を渡って少々離れた国道を歩くことになった。空港までのバス便も此処を利用しているようだ。交通量も多い。気温は20℃台だろう。少々汗ばむ程度だが、関東の酷暑には程遠い快適さだ。ただ歩くうちに標的、西聖和駅の位置が読み取れない程、国道は線路と離れてしまった。そう、千代ヶ岡付近の地図は印刷して持参したのだが、西聖和は無理と高を括っていたため、地図もうろ覚えであったのだ。不安が増幅したため、通り掛かりの自転車乗りのアンちゃんに、この国道を進めば駅に辿り着けるか、どれくらい時間が掛かるかとの問うた。彼が答えて曰く、う〜ん、1時間は掛かるのでは?非情なり。1時間はなかろう、、、そこまで地図を読み間違えてはなかっただろう、、、庵速フルスロットルでも30分は掛かるのだろうか、、、嘘だ、、、次の列車まであと15分程度しかない。これだけ歩けばそんなに西聖和は遠くはない筈だ、、、頼りになるか不明だが、携帯でマピオンにて西聖和駅近辺の地図を表示してみた。
駅の北側に幹線道路が東西に通じている。
このR237は地図上を富良野線と平行、即ち旭川に向かって南南東から北北西方向に伸びているから、、、あ゛、あのトラックが走っているのがこの幹線道路だろ!すると、、、をぉ!あった、多分あの何気ない看板が駅表示板だろう、、、国道を逸れ、畦道を突っ切って行けば、幹線道路の踏切の脇に駅は存在した。アントニオの動物的感覚も未だ未だ健在だ。
当然無人駅であった。「お待ちの列車が、時間を過ぎましても到着しない場合は、お手数ですが下記へお問合せください」と旭川駅の電話番号が記載されている看板があった。列車が来なければ誰に文句も言いようがない無人駅である。この遅れのレベルは通常如何程か。冬場に数時間では凍死も必至だろう。そこまで酷くはないと思うが、、、
さて、10分程で目的の列車は西聖和駅に到着した。2両編成のワンマン運転だ。車番はキハ150-2。車窓は原野から徐々に街らしく変わっていった。西聖和から25分程で旭川駅に到着した。旭川空港からのバス代の約半分程を改札口で支払い、先ずは午後、旭岳温泉までのバスの乗車場所を探索した。バス停の数は20近くに上るのではなかろうか、そんな中、駅前は思った程ゴミゴミしておらず、目的のバス停は難なく発見できた。
そして目指すは大雪地ビール館である。ゴールを目前とし、既に弛緩し始めているため、開店まで周辺散策で時間を潰す気力も残っていなかった。ビール館の周辺で写真を撮っているうちにアントニオの一番乗りを横取りしようとするグループも詰め掛けたため、急いで臨戦態勢を整えた。むむ、先に飲まれるまい、、、
永遠の地ビーラー、アントニオの右手人差し指は、寸分も違わず飲み放題メニューを指していたが、逡巡の末、インターネットクーポンで先ずは1杯、黒岳を所望することにした。先走ってはいけない。なお、日替わり定食の飲み物に、大抵のランチではコーヒー紅茶の選択肢が関の山だろうが、この大雪地ビール館ではビール、富良野大麦も選べるのであった。そうでなくては北の大地では生きていけない。平日お昼時と言うこともあり、差し詰め居酒屋ランチの様相か、店内は周囲の勤労者と思しき男女でごった返していた。日替わりは確かにお買い得ではあるが、北の大地にまで来て何故豚の生姜焼きを選択してしまったのか、若干の後悔はあった。黒岳と富良野大麦を飲み干した後、ケラ・ピルカのジョッキを所望した。都合3杯だがランチの付け合せとネットクーポンが手伝い1杯分の料金で済むとは鼻が高い。大雪地ビール館は平日の昼間だろうが構わないのだ。我々は麦の友達なのだ。ケラ・ピルカ、大雪ピルスナー、美白、黒岳、富良野大麦が待っているのだ。これが北の大地の正しい初日の過ごし方であった。そして、アントニオはレジにて武者震いをせざるを得なかった。ネットのクーポンの但し書きは最初の1杯目無料だったのだが、レジのお姉さんの粋な計らいか、金額的には最後の3杯目のジョッキ分がマイナスされていたのである。また訪れたい地ビールレストランであった。
旭川の町は残暑が厳しい方なのだろうか、それでも20℃台の気温では少々汗ばむ程度だ。これなら許せるな。駅周辺の土産物屋を除くと、食料品を取り扱う店を探すのが困難な街だのようで、モノ寂しさは否めなかった。そんな中、コンビニのおにぎりコーナーと菓子パン棚を物色し、日持ちするものを探しては明後日の昼間まで胃を持たせる算段であった。札幌から特急で1時間半程度、もう少し大きな街を想定していたが、少し拍子抜けだな。
旭岳温泉行きのバスも乗客は疎らであった。大雪山系はこれでも混雑しているのだろうか。バスが廃れてしまう。。。もっと、みんなでバスを利用しようよ。。。空港客の乗り継ぐべきバス停、道の駅ひがしかわ・道草館からも、ボストンバックを提げたカップルが1組乗車しただけである。縦走路が空いているのであれば嬉しいのだけど、少々複雑な心境ではあった。大雪山よ、待っていてくれ、明日、必ず行くから。バスは徐々に山間へ向かい、対向車も殆どない山への道を進んだ。平日とは言え、8月なのに、、、
白樺荘最寄のバス停は終点の1つ手前、キャンプ場前なのだが、運賃が一緒であることと、明日ロープウェー乗車場所の下見も兼ねて終点まで乗り、周囲を散策した。ロープウェーは八海山と異なり6時から営業である。頼もしい。駐車場から少し下った所にあるビジターセンターにも立ち寄った。羆の活動状況が判ればと思ったが、現場情報は思った程ないものの、興奮させないことなどの対策が示されており、道中の安全を祈らずには居られなかった。

15時前ではあったが、16時頃にはイスラエルの仕入先との電話会議に参加せねばならないため、早めにチェックインとさせて頂いた。白樺荘は木造の温かみのある造りである。展望塔も優雅だ。然し、ヘリコプターが喧しい。五月蝿い。人命救助にしては頻繁過ぎる往来だ。物資輸送に明け暮れているのだろう。この、夏休みも終わろうとする8月30日に運搬すべき荷物とは?山中からゴミを下界に降ろしているのだろうか。
一番風呂と思しき温泉にも浸かった。露天風呂はジャングルのようだった。旭岳温泉となれば冬場は厳しかろうに、露天風呂とは頼もしい。
さて、会社携帯はFOMAを持参したのだが、幸か不幸かアンテナは3本立っている。その電話会議自体も、仕入先側の色良い返事が聞けたので、気分良く残りの旅を続ける気になっていた。もっとも、この時の仕入先側の認識ミスが2ヶ月以上も尾を引くとは露にも思わなかったのだが。。。
宿に着いて忘れ物に気付き、愕然とした。お盆の新潟行き及び今回の山行のために購入した虫除けスプレーを、その何れの行脚でも家に置き忘れてしまっていたのである。結果論だが、北海道は既に秋で、虫に刺される心配は皆無だった。
食事もユース並みの少品目数ではなく旅館レベルの多品目で、どの料理も美味しく、箸は勢い良く進んだ。食堂の面々を見ると、白樺荘宿泊者の中に山男山女は居なかった。羆との決戦の可能性と言う危険を乗り越えてでも山岳の醍醐味を味わおうと言う若者は居ないのか。明朝は6時始発のロープウェイに乗りたいと思えば宿の朝食を待つことはできないため、お握りを拵えて貰った。コンロのガスカートリッジを購入すると同時に宿泊費も支払った。清楚で綺麗な白樺荘である。大変気に入った。もう一度泊まりに来たい宿である。
食後もジャングル風呂に浸かってはまた展望塔に昇った。星が2億は見える。満月に近い。明日は稜線のジョニィと化そう。悔しかったらジョニィを越えてみろ。ジョニィって誰だ?縦走が2日で済ませられるか、3日かかるか、甚だ不安であった。明日、忠別岳到着で予選通過の是非が下る。さて、明日の体力温存には寝るに尽きる。ユースホステル宜しく相部屋で、それはそれは大袈裟に就寝支度をすることによって同室の人にラジオをやんわりと消して貰うようにお願いした。明日、始発ロープウェーで山越えする者はこの部屋には居ないのだろう。5時半過ぎには発つから、その後は存分騒ぐが良い。
翌朝、5時前には起床してジャングル風呂を浴び、お握りは途中で頬張るには億劫と思い、館内の談話室で頂いた。さぁ行くぞ。やるぞ。
ロープウェー乗り場の駐車場には幾多の4駆車が並んでいた。近隣の宿に泊まった者はアントニオの他は皆無なのか。と言うことは、車利用での旭岳ピストン者が殆どなのか。小屋まで辿り着こうと思う者は居ないのか。であれば、小屋が空いてて良かろう。少し、安心した。小屋まで無事辿り着けるか、辿り着けても混雑してスペースが無い、などと心配は尽きないA型の悲しい性である。兎に角目的地に一番乗りして自陣地確保が喫緊の課題だ。ゴンドラも改札一番乗りだ。ゴンドラ降りてからが勝負なのだが、逸る気持ちは抑えられなかった。


ゴンドラが姿見に到着したが、何時もの通りアントニオには準備運動は不要と高を括り、すぐ出発した。確かに重い。兎に角、今日、最高峰をやるのだ。しかもコースタイムでは最初の3時間のうちに到達可能なのだ。今は必要な産みの苦しみ時と思いながら、周囲で軽装なハイカーが少々羨ましくもなってきた。初老の夫婦はアントニオと粗同速である。北海道の山は兵が揃っているのか、否、本州以南の人間が弱過ぎるのか、極端な発想に至ってしまいがちだ。いくら重荷を背負っているとは言え、アントニオと歩速を並べる者が居たかと思うと、それは脅威以外の何者でもなかった。軽装振りからして、今宵宿泊する避難小屋の寝床取り合戦で再び合見えることもない筈だが、単なる負け惜しみか、何故か北の大地で心地良い汗を掻けなかったアントニオが居た。休憩頻度は左程変わりあるまい。登山口から数十分でアントニオの独壇場、との台本通りのステージが描けなかったのである。北海道の山は違うとは常日頃からの言い伝えではあったが、このことか、と認めるのも悔しいと感じるセセコマシい思いであった。


結局、その初老夫婦とは山頂までほぼ似たようなペースだった。だが、手元の時計で7時48分、コースタイム2時間50分のところを1時間40分でクリアした計算だ。重荷は重荷ではあったが、キラー庵速は健在であった。噴煙は天空へと伸びている。穏やかな登山日和だ。そして、北海道最高峰だ。どうだ、俺は既にこの行程中の最高峰をクリアしたのだ。1つ難関をクリアした。後が此処より標高の低い地点を逍遥するだけだと思うと、肩の荷も大分軽減されると言うものだ。もうこの先アントニオを追う者もいまい。さらばじゃ!

そして、弛緩してスリップした。弛緩せずとも砂礫状の下り斜面に重装備の重量が加われば、自ずと低きに流れてしまうのだ。スタート地点から2時間経過していないのに膝を壊してしまうのは恐ろしい。登りでの1時間の貯金があるから、安全第一で進もう。

少々下ると間宮、北海、黒岳、北鎮岳、中岳が丸で巨大外輪を形成しているかのような光景と出合った。むむ、百名山ピークハンターにはこの雄大な自然の造形物への畏敬の念も湧かすことは出来まい。ふっふっふ。その擬似外輪周回路に入ると暫く平坦な地形が続く。間宮岳山頂はやや北西方向に戻る必要があった。もう追う者も居るまい。つい、lawnにnourishしてしまった。平坦だから誰か近づけば直ぐ気付くのだが、nourishしているうちに後ろから3人程が此方に向かって来るではないか。むむむ。矢張り最高峰だけでは神奈川県大の国立公園を堪能することは不可能だ。神の遊ぶ庭、カムイミンタラは未だ未だ先まで続くのだろう。
間宮北海の間に動物の落し物が3箇所発見された。そろそろ彼等の領域に入り込んでしまったのか。神でなく、神の番人の。。。

チシマリンドウは未だ青々としているものの、チングルマはすっかり秋仕様と化していた。稀少品種多い山系の筈だが、もうその季節はとうに終わっている。そして、心なしか空が灰色染みてきた。天気予報通り、明日は崩れるのか、、、夏と言えばサザンでなくTubeを好んで聞いていたのだが、最近はアルバムも購入しなくなって久しく、北の大地ではGLAYのメロディが恋しく感じるものである。垂れ込める雲と共に重力が増していくようで、ザックの荷が再び、徐々に両肩に苦痛を圧して来た。小泉岳分岐に到達したが、この空模様ではその山頂で爽快感を味わうことは厳しいものと思い、小泉岳並びに白雲岳への訪問は割愛させて頂いた。死ぬまでにまたこの奥深い山系を訪れる余裕が生まれるか、神のみぞ知るところだが、そんな機会が訪れることを願って当座は辞去させていただいた。



やがて、小屋を発見した。嗚呼、小屋だ。白雲避難小屋だ。然し、未だ若干11時だぞ。うむ。また空が明るみを回復しつつあるように感じた。うむ。忠別避難小屋まで残りコースタイム4時間45分か、、、行けるか、オイ!やれるか、オイ!明日崩れる天候を鑑みれば、今日中に進めるだけ進むべきだ。疲れてはいるが未だ進めるぞ。綺麗な白雲避難小屋に名残惜しむ間も無く先へ進もうとした矢先、キタキツネ君の逍遥舞台に遭遇した。急げ、シャッターチャンスと思いきや、丁度デジカメ用の電池が切れてしまい、撮影できたのは若干1枚のみであったが、野生の狐との遭遇に感動も一入であった。昔流行ったエキノコックスが最近猫で発見されるニュースも記憶に新しいが、生狐の微笑ましさにそんな心配は何処吹く風だ。来週は社員旅行の2日目に旭山動物園に行く予定だが、カムイミンタラは檻の中より奇なり、だ。



一応、熊出没地に突入した。そんな注意書き看板があった。路上の落し物は看板よりも彼等の存在を物語っていた。コマクサも夏の疲れに気落ちしている。ハイマツの覆う獣道も続く。初心者なら尻込みするだろう。彼等の落し物の出現頻度も上がってきた。忠別岳が見える頃から疲労困憊は募り、足取りも重くなった。その気になれば小屋には15時頃には到着できるのではなかろうか。小屋にさえ着ければ多少居場所が狭くても文句は言えまい。次の小屋を越えてまでは今日歩くことは不可能だ。本日最後のピーク、忠別岳を越えて間も無く尖がり帽子の避難小屋が見えた。直行コースが存在すれば14時台には到達し得たでことだろう。直行できなくとも、それでも1/3くらいは獣道のような縦走路であった。山道、本来そんなものなのだろう。深田久弥が歩いた頃はもっと酷かったのだろう。回り込めども、回り込めども、小屋への分岐が見当たらぬ。意識朦朧とした中で見落としてはいなかっただろうか、、、不安を募らせながらも何とか分岐を発見、その後も獣道をブルドーザーの如く歩き、雪渓の向こうに漸く小屋を見た。小屋の付近ではイワウメやエゾコザクラの歓待だ。来て良かったよ。この小屋に。



15時13分着。先客1組、学生グループ4人が小屋を占拠していた。挨拶をして小屋に潜り込む。多分、今日の宿泊者はこれで全員だろう。存分のスペースだ。白雲から力を振り絞った甲斐があったぜ。雪渓向こうの斜面にはエゾシカが遅ればせながらアントニオを迎えに来てくれたようだ。来て良かったよ。重かった。水は都合5リットルを麓から担ぎ上げて来た。山岳地図では湧水要煮沸や9月以降枯れる等の脅し文句が至る小屋周辺に煌いており、骨折より食中毒を心底恐れるアントニオは重荷を背負わざるを得なかったのである。忠別岳避難小屋のトイレの堆積物はとても少なかった。昨日爆音を轟かせていたヘリが、 夏休みに溜まりに溜まったそれを下界に運び去ってくれたのだろう。 ウルトラマンは健在だった。学生グループは荷物を分担できるのも手伝い、夜食もやや食べ応えがあったものを作っていたようだ。アントニオは引き換え、卵スープに五目御飯2合のみの質素なものであった。明日、天候が崩れる前に下山ができればもう少し食ってもいいかもしれないが、何が起こるか判らないのが山の掟だ。ラジオを聴きながら天気図を書く彼等だが、芳しくはなさそうなアナウンスが響く。なるようになれ。雨ならカッパを着ればいいのさ。ヒサゴ沼で立往生もありかな、、、できれば下山したいのだが、、、
朝4時台から明るいとは言っても未だエゾシカ、ヒグマタイムなのである。郷に入らば郷に従え。我慢しながら室内にて、またひもじく餅入り卵スープを啜りながら、時の過ぎるのを待っていた。小屋の外に出て唖然とした。快晴である。何だったのだ昨日の天気予報の脅しようは。お陰で庵速特急にバッテリーチャージは十分だ!エゾシカが今朝は親子で我々を見送りに来たのであろうか。来て良かったよ。この小屋に。



さて、矢張り熊対策には大人数での移動が効果的とのことで、先に発った彼等を急いで追うべく6時9分に小屋を出た。急いで追いつつも、分岐からは180°方角を変えて、1人、南に進むこととなった。確かに昨日も間宮岳を過ぎて小屋まで見たのは1人のみであった。トムラウシから新得駅までのバス便が、お盆で季節終了してしまうのが大きな要因か、縦走路は空いていて快適だが、熊との遭遇確率も高まると言うものだろう。ただ、この快晴下、光合成全開でエネルギーを十分吸収しているから、今日の俺なら熊と戦えるのではないかと鼻息も荒かった。




7時ジャスト、本日最初の山頂、五色岳に着いた。快晴!快調!!登っちゃうぞ〜、、、神の遊ぶ庭を独り占めである。昨日、負荷に耐えつつ足摺ながら忠別岳避難小屋まで歩き詰めた成果がこの大展望である。太陽と月のシンフォニー、トワイライトゾーンの下、ヒサゴ沼分岐近くでは、神の化身、シマリスが文字通り遊んでいた。縦走路を闊歩するハイカーも減った今、彼等の独壇場であることは間違いない。晴れていれば問題はないが、広がる岩礫海原には濃霧時に方角を見失う可能性が高い。晴天通過は幸運である。2箇所目のヒサゴ沼分岐の先にて、岩場から顔を出すナキウサギに逢った!北の山々を彩るべき稀種の花々の季節が去った今、天然記念物との出逢いには感動以外の何物もなかった。惜しむらくは、すばしっこいナキウサギ君はアントニオのシャッターチャンスを待つことなく岩陰に隠れてしまったことである。また逢いたかったらもう一度此処へ来い、と言うことだろうか。天然記念物の成せる業であった。



今日の主峰に近付くに連れて人も多くなった。人いきれイコール、羆との遭遇機会からの脱出と言えよう。ヒグマン・グレーシー vs アントニオの一戦は延期となった。無用な実力を発揮する機会は安心して逸しよう。


天沼、北沼を越えて10時半、トムラウシ山頂に到着。十勝岳、石狩岳、幌尻岳など360°の大展望。やった。やった。荷物は重かった。でも、残りは下るだけだ。うむ、縦走、シンドかったな。。。羆はもう遭わないだろうが、同様にナキウサギにももう今回は逢えないのだろうな、、、


名残惜しみながら下った。今日の最高地点を過ぎてすっかり脱力し、惰性であった。トムラウシ公園など、ハイカーは増えれども残された大自然は未だ未だ尊い。次第に雲行きは怪しくなり、ぽつりぽつりと降り始めてしまった。天気予報は正しかった。忠別岳避難小屋での彼等は目的地に辿り着けているのだろうか。止みそうか微妙な降りであったが、満を持して雨宿りしながらレインウェアを着用しているうちにトムラウシから降り注ぐ滝が如く雨量となってしまった。ただ、アントニオはトムラウシを晴天下に通過でき、不安も恐れるものもなかった。ただ、惜しむらくは、レインウェアに着替えたり小休止している間等に3人程度、追い抜かれたことである。本州の山中で追い抜かれたことはここ最近記憶にない。北海道のハイカーは庵速以上か、ただ今回肩の荷が重くてスピードを出せてなかっただけなのか。庵速に奢れる者も久しからず。小降りになって一度脱いだが、暫くしてまた雨脚も強くなって再びレインウェアのお世話になった。今日は下山した先の宿に泊まるだけだ。1人宿泊土曜日価格は懐に厳しかったが、この大雨ではそれ以上の活動は無理であろう。昨年レインウェアを新調したものの着用の機運に恵まれずうちに今日に至ったのだが、現在の泰然自若感は偏にレインウェアの功績と言えよう。


雨の降り止まぬ中、15時25分、東大雪荘に到着した。建物の様は予想を覆し、山間に清楚過ぎるホテルの出で立ちである。もう少し木造チックな、旅館じみた、自然に溶け込んだそれを想像していたのだが、、、出で立ちが予想外だからと言って予約してしまったものは泊まるしかない。案の定、ホテルマンからは、早いですね、の一言であった。部屋に入って荷物を置き、レインウェアやザックカバーを洗って玄関外のテントの下に干した。
さて、新交通タクシーさんからは、トムラウシ山中の何処何処で携帯電話が通じるから、その何れかの場所から連絡を入れてくださいと懇切丁寧な返事メールを貰った。同日に問い合わせメールを送った東大雪荘からは何の返事もなかった。トムラウシ山頂から電話をすると、「返事のしようがなかった」との回答である。少々腹立たしい。確かに、「下山が早ければ宿泊、遅ければ(=山中泊が増えれば)日帰り入浴のみ」希望の旨で問い合わせたとは言え、新交通さんに倣って、山中の何処ぞで携帯が使えるから、宿泊の場合は早めに連絡をくれると助かります、ご来荘をお待ちしております云々、程度の表現は思い当たらなかったのだろうか。ホテルのロビー内を見遣れば、新交通さんが教えてくれた携帯通話可能地点情報がそっくり記述された張り紙が存在するではないか。更に、フロントのオバさんに明日の天気を問うても、そこの柱の張り紙を見てくれと、Yahoo天気予報の印刷物を指すだけの対応であった。中身を理解せずに張り紙をしているのか。 国民宿舎は公営なのか。接客業が今一つ板についていない面々である。もう少し鄙びた建物を想像していたが、立派なホテルと言える。何か、その代わりに人の温かみのようなものが足りないと感じたのはアントニオだけであろうか。付近に競合他社もなければ多少の粗相で客が減ることもないのだろう。温泉は室内2槽に水風呂、打たせ湯、ミストサウナに露天2槽の充実振りが勿体無い。晩飯は豪勢なのだが、選択した日本酒が甘口で失敗した。ついてない。いろいろと裏目に出てるな、、、しかし、明日夕方下山の旨をメールしておいた新交通さんに、明朝への繰上げ送迎の依頼電話をしたところ、電話口のオバちゃんは予約承ってる、明日朝に変更は問題ない、と気持ちよく2つ返事で応対してくれてたのが唯一の救いだった。
夜が明けた。雨は一応上がっているが雲行きは怪しい。表に干したザックカバー等を回収整理した。昨晩飯も18時からの部で一番乗りだったが、今朝も朝食は一番乗りだ。今日も元気だご飯が進む。新得旅館に大荷物を置いて9時7分の各駅停車で帯広方面へ向かいたく、7時45分には宿前にタクシーを回送して貰った。願わくば新得駅方面までタクシーを割り勘にしてくれそうなお客さんが居ればと思っていたが、この時分、縦走&タクシー乗車と言ったプランのツアラーも乏しいと感じ諦めた次第である。タクシーの運ちゃんはアントニオに匹敵する程寡黙であり、一言、下界では既に雨もぱらついたとのことであった。振り返れば東大雪荘上も霞んでいる 昨日中の下山はアントニオの勝利だろうヒグマン・グレーシーとの一戦は、向こうの不戦敗とさせて貰おう。
北アルプスは折立から有峰口までバスで1時間5分、22km程と思しき道程を小走りを交えながら3時間超でクリアしたが、お盆で今年度の運転を終了してしまった北海道拓殖バスの行程を予め地図で調べて愕然とした。60km程はある。タクシー代をけちるため、途中まで歩いてなどとの芸当を考える余地もない。人間業ではない。フルマラソンよりも長い距離だ。先日、ジョギングシューズ履きの軽装で漸く4時間を切れた距離に、更に15km程追加の計算なのだ。15kg程の荷物では、1日以上のアルバイトになってしまう。諭吉1名以上は必須のコースだが、タクシーのお世話にならざるを得ないであろう。
宿を出て8km程砂利道を通過したが、割となだらかであった。然し8時台にして今から登山口に向かう馬鹿ハイカーがこの地にも!!!トムラウシの標準コースタイムをお主は知っているのだろうか。。。
HPにも記載してあったが、空きの運転士が交代で事務所係りを行って人件費を節約している旨だったが、昨晩電話口に出たおばちゃんは生粋の事務員さんではなかったのだろうか。また、メーターの運賃表示より610円も負けてもらい、気分良くタクシー乗車を終えることができて本望であった。帰宅後新交通さんのHPで確認したところ、長距離割引とのことで、7000円以上の運賃から一律1割引いてくれる制度のようだ。事務所は新得駅付近である。約60kmの区間、回送料金すら徴収されなかった。予定していた予算よりややオーバーしたものの、気持ち良くタクシー旅を終えることができた。
新得旅館は駅前、横断歩道の信号待ちをしても徒歩2分だろう。宿のおばちゃんが荷物を引き受けてくれた。新得駅にそもそもこの大ザックが入るコインロッカーがあるか不明だし、あっても此方の物価でも500円は下らないであろう。有難う。
さて、今日は、今日もか、美味しくビールを頂くための準備運動を如何程にすべきか悩んだ。帯広駅周辺まで西帯広から6.7km、大成から11.5km、芽室から13.6kmだ。ガイドブックの地図を見ると、何と芽室駅前の通りが十勝ビール付近まで本当に一直線になっているではないか。大成、西帯広からだとその通りに出るまでに少々距離があった。この直線道路は、アントニオの滑走路たる故、真っ直ぐなのだろう。西帯広からより面倒がなさそうだ。大成くらいで勘弁してやらんこともないのだが、乗ろうとしている列車は快速でもないのに通過してしまうし、停車する列車は13時台までないのだ、、、
遠路遥々滝川からの普通列車はキハ40 1707、1両編成であった。行き違いをしたスーパーおおぞら2号は堂々10両編成である。東海道本線を謳歌したブルートレインなぞは15両編成が当たり前だった十数年前は夢の跡、両数2桁に及ぶ列車が長大編成と思われるようになって久しいか。どんよりとした十勝平野を単行列車で約30分、芽室駅に到着した。敢えて地図を開く必要もなし、駅前ロータリーの先に、滑走路は存在した。
若干の起伏はあった。然しながら、地図の示す通り、道は真っ直ぐ帯広市街地へ西を向いていた。芽室から歩くことを決意したのは昨日、ガイドブックの地図を見ながらであった。その地図の縮尺は10万分の1程度で、途中行程を確認すべきのランドマークも覚束なかった。ただ道は只管西へ伸びていた。国道ではないが、一定の交通量を誇っていた。カルビーの看板もある。芽室事務所も近いのだろう。カルビーと言えば、ポテチでは後発のメーカーだったが、「百円でポテトチップスは買えますが、ポテトチップスで百円は買えません」のキャッチフレーズのCM、先行メーカーが150円で販売していたところを100円で販売したり、余計な製造コストを掛けないために割と高価な良品質原料のみを利用したり、かっぱえびせん40年のロングセラーには見習うべき点も多いのである。最近、ポテチもえびせんも口にしていないアントニオであった。 そう、ランドマークもなければ地名も、西○条などと、○の箇所には漢数字が入る訳だか、帯広は西何条に相当するのだろうか、気は遠くなる一方だ。徒歩行脚後半の息切れ、歩き飽きは否めなかった。市街地に近付き、通りには「白樺通り」の名が冠されるようになった。メガネ屋が多い。何故だろう。暗い部屋で本を読む方が多いのだろうか。緑色は視力回復に一役買いそうだが、ジャガイモの色では無理、と言うことなのだろうか。やがて帯広競馬場の脇に辿り着いた。人集りもなければレースもないのだろう。然し、レースなけれども馬車は健在だ。何処まで行くのだろう。首を擡げて気落ちしていそうなお馬さんであった。
やがて根室本線の高架線が視界に入って来た。ゴールは近い。頑張れ、アントニオ。12時前に、12時前にだっ!!!
11時52分、閑散として営業中なのか甚だ訝しい十勝ビールに到着した。13.6kmを2時間15分。正義はカツ!!!11時から営業の筈だが、日曜日だと言うのにどう見ても11:52到着のアントニオが今日一番の客のようだ。ランチメニューのサイドディッシュとなるべきフリーチョイスのサラダの準備が未だなのである。心配を他所に、ジャガドライを所望した。スーパードライを越える切れ味だ。鬼のようなウルトラドライである。ジャガイモには負けましたわ、とスーパードライもぐうの音も出ないだろう。続けて口にしたモール温泉ビールのプレミアム感も格別であった。歩き続けた甲斐が、とそう思い続けていたのだが、、、
アントニオを怒らせてしまった。一番乗りなのは理解できる。セルフサービスのサラダを食う権利があるのは、アントニオと他客2名ほどで、全員一旦はサラダを皿に盛った後であった。アントニオが2皿目をと思ってサラダバー方向を振り返った瞬間、サラダ一式が片付けられていたのである。日曜日の昼12時過ぎである。お主等、もう客は増えないとでも思っているのか。未だこの時刻にして準備中なのか。アントニオの逆鱗に触れたことを店員は1人も気付いていない。山岳地ビールライナー、アントニオの酔いは一気に醒めてしまった。
ジャガドライもモール温泉ビールもよかったのに、、、ジャングルのような洒落た店内装の集客力は低くはなさそうなのに、、、アントニオの動きを読まずに雑談に花を咲かせ続けていたた店員たちよ、接客業とはそうではなかろう。店限定販売のお土産ビールを購入する気も失せてしまった。夏休みの端くれとは言え、日曜昼時にシャッターが目立つ界隈である。客の集まる店にはそこそこの賑わいが存在するのだ。現に六花亭本店は、以前より進化していた。本店限定のサクサクパイに、サクサクイチゴタルト、サクサクサツマイモタルトとサクサクブルーベリータルトと派生バージョンが充実したことも然ることながら、それを販売する、喫茶コーナーとは別の場所だが、立ち食い用スタンドに無料でコーヒーも備え付けも目を見張った。革新が、工夫が必要だ。
翌日の一般紙朝刊の社会面を飾るは、帯広市の日本一の幅のピザであった。54.9mだと言う。それを一人で喰うならば見応え、食べ応えがあろうが、そうでない場合、何が面白いのだろう。それを焼いた釜はその後どのような扱いを受けるのか。恐らく、地球に優しくない展開が齎されることは想像に難くない。正直、このイベントには見向きもしなかったのだが、後程HP等で確認したところに拠る十勝ビールで定評のあるピザを喰い損ねた方が、庵的にはダメージが深かった。
帯広駅の高架ホームにぽつねんと佇むキハ40 740が帰路の車両であった。釧路から遥々やって来て、20分以上の大休止である。急いではいけない。北海道にしては残暑の厳しい9月最初の夏の昼下がりの帯広駅を発ち、各駅停車は約1時間かけて新得へと舞い戻った。

晩飯は蕎麦の町、新得の名物が霞む豪勢振りだった。瓶ビールを都合1本頂いたが、久々に腹の膨れる晩飯を食ったものである。
小雨煙り一夏を経た新得の駅前旅館の部屋に、冷房装置は不要だった。涼しい夜だった。
新得旅館はハイカー客も多いようで、矢張り翌日新千歳から飛ぶ者は此処でガスボンベを置いて行き、逆に此処でお裾分けを貰っては縦走に向かう者も居るとのことであった。空港で没収されるよりは数段気分が良いので、アントニオのボンベの残りも旅館に進呈することとした。
時刻表の編成表に拠れば通常は5両編成で先頭車から2両が自由席車の筈だが、今日は7両に増両されていながら自由席車は先頭車のみの設定となっていた。 さて、8時28分発のとかち4号はアントニオの心配を他所に、自由席車は新得の寸前まで空気を大量に運んでいたようででラッキーであった。車番はキハ183 1554。アントニオの地の鉄魂を呼び覚ます被り付きシートが空いているではないか!!!JR北海道、粋な計らいだな。制御室の扱いだが、トンネルが多くとも進行方向向かって左側の運転室のみをカーテンで覆っているが、右側覆いなく丸見えなのだ。生憎の雨だが鉄魂は燃え盛り、長大トンネル内の信号所の数々や擦れ違うスーパーおおぞら号などに瞬きをする間も惜しみつつ鉄分を補給し続けていた。夕張の隣、十三里駅ではDE15型ディーゼル機関車と擦れ違おうとしていた。貨物列車かと思いきや、後ろはSLに旧型客車であった。しまった。シャッターチャンスを逃した。翌日の一般紙の社会面を度デカく飾った、C11-207号機。嗚呼、今日は試運転だったのかいな、、、そうだよな、今日は月曜だし。来週も頑張ってくれ、C11よ。
気温17℃Tシャツでは涼しい日和だった。乗車していたとかち4号と新千歳空港行き快速列車は南千歳駅がほぼ同じ時刻で、親切に反対側ホームに停車して乗換客を待っていてくれて、、、などとの考えは甘く、乗換駅であること以外何もない南千歳駅の涼しい最中、ほぼ15分待たされた。同じく快速の6両編成で車番はクモハ721 3203、大きなザックを抱えていたが運良くデッキ側のシートが空いていた。都合3分だろうが空いた席には座らせてもらおう。
ボンベも新得旅館に置いて来た。登山用食器セットで機内持ち込み違法なステーキナイフは、昨年熊本空港にて廃棄処分させていただいた。受託手荷物として違法な品目は一切持ち合わせていないのだが、SkyMarkの係員が気に掛かるとのことで調べられてしまった。今まで同じ荷物で疑惑を受けたことは皆無だっただけに、遺憾である。違法な物が含まれてるか、探せるものなら探してみろってんだ。結局お咎めなしではあったが、調査待ち時間も嵩み、胸糞悪い心象でチェックインをせざるを得なかった。おまけに土産売り場で詰まらぬクレジットカード会社のアンケートに捕まって結局時間が無駄なため、アンケートの景品すら受け取らなかった次第である。JAL系統の搭乗口のため、売店でEdyも利用できない。クラシックさえ置いてない。機内でも飲み物は全て有料である。次回格安なら何とかADO往復で行きたいところだ、と肝に銘じた。利尻リベンジに加え、羅臼、斜里、阿寒、十勝、幌尻、後方羊蹄と登らねばならぬ北の山は多い。羅臼や幌尻あたりはヒグマンとの一戦も不可避かも知れぬ。戦えるのは今しかないのか。だが生兵法は怪我の元。来年は、何処を登ろうか。
(完)

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付録:
山旅アドバイス
・白樺荘、東大雪荘はクレジットカード払い可能。
・旭岳ロープウェーはEdy払い可能。
・忠別岳避難小屋破損伝説はあったが、仮修復はされていた。
2階は「涼しい」かも知れない、、、