return of the アントニオにできること1

不定期連載 麦道をゆく 第44話

アントニオにできること8

11/07/28~
栃木クラフトビアフェスティバル 栃木マイクロ(ローズヒップベリー、アスパラガーZ)、 ろまんちっく村(God Father '06)、日光ビール(いろはビール)、 プレストン(白鷺の恵)、那須サッポロ(プレミアム、デュンケル)、 那須高原(スコティッシュエール) ビアフェスタ福島
【return of the アントニオにできること1】

7/28(土)
庵庵…鴨居〜東神奈川〜東神奈川〜上野〜宇都宮…オリオンスクエア
…宇都宮〜郡山〜福島…エスパル福島…ホテル福島ヒルズ…満腹
…信夫ヶ丘緑地公園・松川河川敷(「復興元年」第34回ふくしま花火大会)
…ホテル

7/29(日)
ホテル…ファミマ…エスパル福島…ミニストップ…エスパル福島
…山女…エリア559…ミニストップ…福島駅

7/30(月)
=(スイート号)=浜松町…R15…泉岳寺〜京急川崎〜京急新子安
…大口〜鴨居…庵庵

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一昨年、昨年に続き、今年も福島ビアフェスタに出場することを決めた。吉田店長主催である。今年は運よく、前日が某社の出勤日とバッティングしておらず、しかも横須賀さん主催の栃木のイベントにも参加できそうであった。昨年は、福島ビアフェス入場料と宿のセットの割安パッケージもあったのだが、今年は企画が進まず、また、会場ボランティア募集も苦戦していた模様でもあり、福島は昼の部夜の部通しでお手伝いと決めた。日曜夜には打上げも、、、とのことである。土曜の宿は兎も角として、日曜はどうするか。格安高速バスを検索する中、料金的にも競争価格であり、3列席車両で利用実績もあり安心の東北急行バスを見つけ、月曜日は早朝浜松町着ながらも満を持して休暇取得とした。栃木イベントについては前売りだと400円も安いようであった。何処で入手すべきか。出店予定があるろまんちっく村のHPを探したが関連リンクも見当たらない。物は試しと、ろまんちっく村HPの問合せフォームにて前売り券の購入方法がないかを問うたところ、こちらも運良く、券は当日現金と引き換えだが前売り価格で購入できると言う。3日間のイベントの来場予定日と予定時刻、当日持参の携帯電話番号を伝えて予約と相成った。
その他の事前に以下の情報を入手していた。福島駅ビルのエスパル内の地酒売店に福島路ビールのサーバがあること、福島路ビールが土曜日に市内で行われる花火大会にも出店すること、後、福島は餃子の街であり、ビアフェスチケット持参で割引になる店リストから、当日行けそうな店をピックアップしておいた。
当日、栃木のイベント開始が11時ともあれば自宅出発は7時台で良く、楽な旅の始まりであった。宇都宮到着ぎりぎりの1本前の電車に乗車したのだが、途中の土呂でどうやら乗客にトラブルがあり、喧嘩で警察沙汰にも発展してしまった模様で、10分程度遅れてしまった。1本前のこの電車が定刻であれば、10分ほど会場で時間を持て余す可能性があったが、これは幸か不幸なのか。我慢ができない人が増えてしまった世知辛い世の中である。
電車は宇都宮までに申し訳程度に遅れを回復したが、乗り換える訳でもなく、特に困らずに宇都宮駅を辞去した。何時もの東塙田方面とは方角が異なり、歩行距離も少々長いような気もしたが、麦有引力によりアントニオの歩速は自ずとに増していた。オリオンスクエアまで約1km、トイレ休憩も含めて約15分で会場ゴングと同時に到着した。
そう、昨年の福島イベント昼の部の帰路に寄ろうとした東塙田のブルワリーは閉店しており、苦い思いであったのだ。程無く、携帯電話が鳴った。イベントの事務局の方からである。もうこちらは会場入りしてますよ、、、と会場内を歩いているうちに電話の主を見つけ、前売り券価格で当日券と同じ印刷のクーポン券を入手した。やった。
その東塙田の気ままなブルワー横須賀氏の作品から手始めに、ろまんちっく村のバーレーワインなどを嗜んだ。そう、厚木のランビックで知り合った夫妻や、小川町麦雑穀工房マイクロブルワリーの常連さんなども寄り集まり、ビール談義に花が咲いた。宇都宮なのに餃子の屋台が1軒のみと言うのも寂しいものであったが、確かにイベント規模的には1軒が妥当だったと思う。明日の福島も餃子の街である。餃子リレーランナーとして先ずは1パックいただいた。暑くてバテているためか、ビールの飲み過ぎでバテているのか、餃子以外のお摘みにはどうも触手が湧かず。ビールについても一通り、アントニオスペシャルな銘柄はいただき、福島方面へは特に黒磯以北は1時間に1本しか電車がないため、気持ちは既に白河の関を越えており、栃木の仲間達に挨拶をして辞去した。
途中トイレに寄ったりで予定していた電車には徒歩では間に合いそうもなく、体調が万全ではない中、また阿呆な酒後走りを宇都宮市街地に披露してしまった。走りは奏功して予定の電車に乗れたのが幸いであった。
黒磯での乗り換え列車は701系の2両編成でコメントしようがなかった。この地にロングシート車両はいかがなものか。古の客車列車時代は最低4両はなかったか。電車化されて本数が増えたかもしれないが。
郡山で乗り換えた車両は719系セミクロス車両であり、漸く解放された気分であった。進行方向向かって右、即ち上り列車線路側の車窓には、幾重にも人集りが存在した。 カメラを待ち構えた人も少なくはなかった。何か奇抜な列車が通過するのだろうか。その答えは、間もなく電車が福島駅に到着しようとしていた時に出てきた。通常のデジカメを持参していなかったアントニオがこの雰囲気を察知して駆け抜けてきた列車の先頭車両の撮影に何とか成功した。が、それは実は失敗だった。上野側の電気機関車で引っ張られている旧型客車群の末尾に、C61 20号機が連結されていたのである。とても携帯添付のデジカメでシャッターチャンスを逃さないことは困難であった。すっかり鉄道マニアは卒業してしまっていたアントニオであった。
C61より麦茶である。エスパル福島の地下は地酒の森に赴き、早速の1杯を所望したところ、売り場のお姉さん曰く、「凍ってて出ないのよ、、、」とのことである。後で吉田店長に言づける必要があった。どうせ花火大会でもいただくのだから。。。仕方ないので地酒ティスティングセットを所望した。店には明日のビアフェスのポスターが掲載されていたので、「明日これのボランティアするんですよ!」と挨拶をしておいた。
宿に荷物を置き、バテも手伝ってか、店選びをするのも億劫になってしまったため、結局宿至近の満腹の暖簾を潜ることにした。円盤餃子は30個で1500円である。下調べがあったため、1皿30個に恐れることは全くなかった。それどころか、店内で食っている間に、何度も何度もテイクアウト客が、2皿分、4皿分とお土産にして購入して行くではないか。それ程凄い消費の円盤餃子であった。この店は老舗だからかも知れないが、市内に円盤餃子の店は20軒は下らないと思われるので、殺人的な餃子消費市民の街と鳥肌が立つ思いであった。個人的には著名度では宇都宮が上と今まで思っていたが、この円盤餃子の前に宇都宮のネームバリューが再浮上することはないのでは、と思った。2階建て餃子とか、3Dキュービック餃子とか、4K高密度餃子とか、華厳の滝餃子とか、頑張らないと餃子の街の復権は難しいのでは、と。
さて、直前になってイベント行きを決めた花火大会である。駅からシャトルバスがあるようだが、、、300円もするのか、、、宿から4kmである。歩ける距離だ。満腹からR4方面に出て、そのまま奥州街道を北上した。道路も渋滞し、歩道にも浴衣姿の花火観覧者が多数、同じ方向を目指していた。
さて、花火は良いのだが、花火より麦茶である。河川敷は広い。露店の数にして、80軒くらいは並んでいるのではなかろうか。奥州街道に近い側のブロックを50軒程度確認したが、見慣れたグリーンのロゴ入り机カバーは見当たらない。むむ。松川を阿武隈川との合流方面に向かって見上げると、まだ確認していない露店のブロックがあるではないか。人いきれの中、麦を求めて三千里は骨が折れた。足下も暗く、麦有引力が殆ど効いていなかったのである。福島路ビールブースのどなたの連絡先も知らず、一時はどうやって辿り着くか、悲壮感に押し潰されそうであったので、パリの灯を見た気分であった。んまい。福島路ビールだ。近所の露店で肉系のお摘みを購入し、絶好の花火日和であった。
良い花火、良いビールで気分は良かったものの、一気に疲労が現れてしまい、帰路の4号線戻りはたいそうシンドかった。4号線は続くよ何処までも、と言う感じだった。実際に本当に日本橋まで続いているのだが、それはそれは遠い。
夜が明けた。シャワーを浴び、支度をして宿を発つ。途中のコンビニで遅い朝食代わりのパンを買って食べ、駅へ向かった。朝9時50分のミスド前の気温は既に30℃を越えていた筈で、界隈を知っているボランティア参加者達は、冷房の効いているミスドの入っているビル内で避暑して吉田さんの到着を待っていた。試合前に入念なアップを重ねて来たレスラーが如く、額に大量の汗を掻きながら吉田さんは我々の前に現れた。
エスパルの通用口から入店し、トレードマークのグリーンの記念Tシャツに着替え、各々に試飲を始めていた。銘柄の割り当ては予めなく、何処でも好きなのを担当して良い、とのことであった。人数も嵩み、場所の都合もあったため、アントニオは敢えて専属酒を求めなかった。プロがガス圧を巧みに調整し注ぎも入念に行えば、極力無駄は省けるのだろうが、何せほぼ素人集団、アントニオも然りだが、である。注いでもグラスに注がれるのは泡ばかりである。しかし泡も何時しか小麦色の液体に変わる。そんな泡のバケツが幾つも幾つもでき、しかも時間を追う毎にずんずんと溢れてしまいかねない状態となっていた。成る程と思ったアントニオは、バケツ空け隊長としてホール中央のビールサーバ一角と裏方のトイレ間を飲むに忍びないビールの溜まったバケツを何度も何度も運び続けた次第である。バケツから外れてしまったビールは急いでモップで吸い上げた。昨年から、3大ビアフェスと同様の飲み放題形式となったこのビアフェスタ福島だが、アルコールに飢えたファンは途絶えることはなかった。昨年の大会の前日、某社は新横浜最大級と思しきホテルの屋上を貸し切ってのビアパーティーを開催し、「新横浜からビールがなくなる日」と総務部は豪語していたのだが、今日、本当に、福島からビールがなくなってしまうのでは、との恐れを抱かずには居られなかった。屋内でも暑く、サーバの氷の予備も少なくなり、大会代表の五十嵐さんと一緒に買い出しに走ることとなった。エスパル1Fの食料品店街に、嗚呼、見覚えのある店の様相、そう、新横浜駅キュービックプラザ別館にあるジュピターの福島店があったのだ。先ずは此処に氷を求めたのだが、そんなものはない、コンビニに行くべし、とあしらわれてしまった次第である。表に出て通りを渡り、向いのミニストップに入り、冷凍庫内に存在した氷袋を片っ端から買い占めた。店員さんに、今日また氷の仕入れの追加はあるかと問うたが、空しく「ない」の返事であった。この勢いで夜の部のビールの冷却は間に合うのだろうか、五十抹の不安を覚えた。そう、冷却が悪くなると、泡ばかりになってしまうのである。
吉田さんの精力的な活動により、3大ビアフェスと異なり、大手5社も出店している類稀な大会である。遅い昼食休憩をはさんだ夕方の部では、人手の都合でその大手ビールのサーバ辺りの担当が疎らになったため、そちらのサービングに勤しんだ。アサヒのスーパードライやバドワイザーが、他の地ビールに勝るとも劣らない勢いで消費されて行ったのは圧巻であった。思わず提供者側として、「普通のビールはいかがですか〜」と売り叫んでしまった次第である。夕方になって各ボランティアスタッフもサービングの腕を上げてきたためにバケツに溜まる泡の量はゼロにはならなかったが格段に減った。再びバケッターアントニオは奔走した。このバケツに入ったビールを濾過したらさぞかし美味いのではなかろうか。1バケツで10種類くらいはブレンドされているのだ。何処にもない味わいは間違いない。嗚呼、勿体ない。。。地ビールのケグの方は時間に連れて売り切れが続発した。未だ飲み足りなかった方には申し訳ないが、ビール提供者からしたら感無量であろう。
某本業の先輩同僚後輩方々には申し訳ないが、その某業の展示会とは時間の進み方の感覚がまったく異なり、肉体疲労的には寧ろ此方の方が上ながらも、あっという間にお開きとなってしまった。アントニオのような、呑兵衛参加者は少なく、何処からか引き抜かれてしまったような学生さんが多いボランティア集団であったが、徐々に個々の捌きの腕も上がり、またチームとしての一体感が醸成されて来たのが感じられ、主催者でないにも拘らず目頭は熱くなってしまった。
片付けも片付けで大変であった。今大会のために大手業者からビールサーバを大量にレンタルしていた模様で、美味しいビールを提供するには器具の洗浄も入念に行わなければならなかった。ビールは生きている。生きているものが器具内に残っており、それを放置すれば忽ち悲惨な結果が待ち受けているのである。嗚呼、福島からビールがなくなった。我々が打上げで飲む分を除いては 笑。
打上げは山女と言う餃子屋で行われた。大型円盤餃子は今日も登場した。そして、角屋そうすけの赤間さんからは、大量のコロッケ類の差し入れである。コロッケ20枚1パックが何パックあったであろうか。。。我々は、福島でのビール提供に貢献し、そのアワード、漢字を宛てるとしたら、泡ー努だろうか、として、コロッケ1年分を頂戴したようなものであった。
会場の都合で一次会から場所の移動があり、エリア559と呼ばれるパブに赴いた。勿論、大量のコロッケと、それからケグとである。パブに生ビールのケグ、サーバを持ち込んでしまうような暴挙に出たのは、世界広しと言えども我々ビアフェスタ福島連合軍くらいではなかろうか。ビールについては完売した。しかし、コロッケは、、、1週間分を土産として、エリア559を辞去した。
前日までは、バス出発時刻の1時10分まで偉く長い待ち時間を覚悟しなければならないと不安に感じてはいたのだが、結局飲み続けてしまい、一応時間潰しと考えていた駅ビル内のスーパー銭湯も営業が終わっており、まぁ、待ち時間が少なくなったので、ヨシとすべきかと感じた。昼間、緊急調達のための氷を購入したミニストップにてアイスクリームを購入し、バスの到着を待った。嗚呼、蒸し暑い。
余り待たずにバスに乗車し、就寝後、浜松町の貿易センタービル下のバスターミナルに到着した。蒸し暑いが未だ歩く気分は失せていなかったため、交通費節約にと泉岳寺まで歩き、京急に乗ってこれまた節約のために歩いたりしながら、何とか庵庵に辿り着いた。暫くのおかずは、コロッケになることであろう。大切な、コロッケの神様からの授かりものである。バケッターとしてはもう既に免許皆伝であろうが、サーバの準備や片付け前の清浄作業など、これまた奥が深く、回を重ねて覚えて行きたいものであった。ビール業者に貢献でき、美味しいビールで客に喜ばれ、サービングなどの技術も身に付き、商品知識も増え、提供者側に立つ、即ち見られるから自らの飲み過ぎは抑制され、ボランティアの人脈も繋がり、しかもビール代がかからないのである。一石七鳥、否、一注七杯だ。
これからも見せましょう、麦茶の底力を。
(完)

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付録:

麦旅アドバイス
・角屋そうすけでは各種コロッケの底力を見ることが可能。
コロッケ以外もあるが。