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WHITE BREATH2

不定期連載 山道をゆく 第219話
不定期連載 麦道をゆく 第15話
09/09/19~
大岳(日本百名山、八甲田山、庵選千名山464)、
扇子森(庵選千名山465)、新山(日本百名山、鳥海山、庵選千名山466)、
鳥海2号(庵選千名山467)、七高山(庵選千名山468)、
行者岳(庵選千名山469)、文殊岳(庵選千名山470)
月山銘水館(ミュンヒナー)
【WHITE BREATH2】

9/19(土)
庵庵−港北IC−第三京浜−玉川IC−環状8号−練馬中央陸橋−目白通り
−大泉IC−東京外環道−川口JCT−東北道−都賀西方PA−那須高原SA
−安達太良SA−

9/20(日)
−三本木PA−岩手山SA−津軽SA−黒石IC−R394−R103−酸ヶ湯
…小岳分岐…大岳…大岳避難小屋…井戸岳…大岳避難小屋…上毛無岱
…下毛無岱…酸ヶ湯−R103−R394−R102−R454−R7(羽州街道)
−大館西道路−ユップラ−ESSO−R105(鷹巣バイパス)−阿仁街道
−R285(五城目街道)−道の駅かみこあに−R7(昭和バイパス)
−臨海十字路−酒田街道(羽州浜街道)−道の駅岩城−道の駅にしめ
−道の駅象潟・レストラン眺海−ローソン−県道58号
−県道131号(鳥海ブルーライン)−鉾立山荘

9/21(月)
山荘…賽ノ河原…御浜小屋…扇子森…御田が原…八丁坂
…七五三掛…千蛇谷…大物忌神社…新山…鳥海2号…七高山…行者岳
…伏拝岳…文殊岳…七五三掛…八丁坂…御田が原…鳥の海南岸
…御浜小屋…賽ノ河原…山荘−県道210号(鳥海ブルーライン)
−R7−道の駅鳥海−サークルK−R345−MaxValue遊佐店−ゆりんこ
−R344−庄内東部広域農道(庄内こばえちゃライン)−R345(鶴岡街道)
−県道115号(藤島羽黒線・こばえちゃライン)−旅の駅漬物の里
−県道44号(こばえちゃライン)−R112−湯殿山IC−月山花笠ライン
−月山IC−R112−道の駅にしかわ

9/22(火)
道の駅−R112−月山志津線数キロ−R112−月山IC−山形道−古関PA
−村田JCT−東北道−安積PA−川口JCT−東京外環道−大泉IC
−目白通り−笹目通り−環状8号−井ノ頭通り−環状7号
−駒沢通り−環状8号−玉川IC−第三京浜−港北IC−新横浜
−庵庵

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

本当は中国地方の3二百名山を攻める積もりだった。氷ノ山、三瓶山、蒜山と大山リベンジの壮大なスケールの夢を描いていた。そう、何故ならば、大山Gビール直売レストラン、ガンバリウスから徒歩圏内の宿に未だ空きの形跡が見られたからである。ビアへるんに出雲路ビールも口にできるかも知れなかったのだ。しかし、タッチの差で予約の先を越されてしまったようである。壮大な夢であった。早くもリベンジを画策しながらも、10月の体育の日連休近辺には休業が予定されていると言う。由々しき事態である。こうなったら、逆噴射だ。ベクトルの大きさを維持しながら、ベクトルの向きを著しく変化させるのだ。鳥海、月山、蔵王の三連戦あたりを模索していたのだが、一念発起し、気合で初日に八甲田リベンジを決めた。鳥取の仇は青森で討て。初日の八甲田後の鳥海山登山口までの移動距離も半端ではなさそうだ。しかし、3日目に月山の麓の道の駅にしかわが待っている。気合はこんな時にこそ入れるべきだ。4年前を思い起こせ。嵐の中、深夜の東北道を駆け抜けたではないか。
穏やかな出発日である。幸い、前日の業務が終電を逸するほどの多忙には至らなかった。何となしに16時頃庵々を発った。首都高は渋滞が予想されていたため、環8で大泉まで行ってしまう策を検討した。結果的には失敗だった。玉川ICを降りて数分後、後ろから救急車のサイレンがけたたましく鳴り響く。横須賀市消防局の救急車である。横須賀市消防局の救急車が何故環状8号に!?!?連休中の急病、或いは事故は災難である。盥回しと言うことか。。。渋滞にもがいていても、ほぼ五体満足なアントニオはまだ幸いであった。
その後も車列は短くはならなかった。四面道の手前で愈々牛歩未満の速度となった。青信号が2巡してもビタ1mm進めなかった。大事故処理?牛でも道を塞いでいたのか。四面楚歌とはこのことか。四面道に合掌。
そう、西川町と言えば。西川なのに何故か東川町を連想してしまう。東川町と言えばラトビアのスクリデ3姉妹。しかし、彼女等の名曲の旋律を一切覚えておらず、同じく北海道は稚内をレンタカー転がしながら聞いたABBAのチキチータが脳裏で大旋回して止まなかった。チキチータ特需、スクリデ受難である。さて、井荻トンネルに入って急に流れ出したのがまた災難の入口で、勢い余って右車線のまま笹目通り分岐を通過してしまったのである。やられた。。。何とか目白通りへ向けて左折してからは交通量の割りに流れていたのが幸いで、19:30、漸く大泉ICに到達した。予想より軽く1時間半くらいは時間をロスしてしまった。そもそも16時出発が敗因と言えなくもないが。青森着は何時になるのだろうか。。。これまでも大変だったが、これからも大変である。時は徒に過ぎ去り、フードコートや売店、レストランが今日の営業を終えてしまっているPA、SAも少なくはなかった。そんな中、事前に幾つかのSAのレストランの営業時間をメモしておいたのが役立った。急げば那須高原SAのレストランのラストオーダーに間に合うだろう。。。急げ。But事故るな。しかし、那須高原SAが、何故黒磯PAより北にあるのかが解せなかった。時刻表で漢字と地理を覚えたアントニオとしては、那須は黒磯の手前、東京寄りの認識なのである。何とか最小限の労力でレストランに到着したのが21:15過ぎであった。レストランは従業員数が多目に見えながらも片付いていないテーブルや膳も多く、目障りであった。夜21時半にもなろうと言うのに食器も片付けずに雑談とは何事か。これを国費で賄うようなことがあれば、即レッドカードモノである。仕方なく、豚生姜焼き定食を注文した。これより安い定食がなかったのだから仕方ない。ラストオーダーの気配すらなく、客は絶えなかった。しかし、無駄に働いているのだか、と言う従業員も目立つ。見たくはなかったが、3時間渋滞にはまったツケなのだろうか。
食事を済ませ、再びハンドルを握った。福島に入って給油した後、宮城県に入って睡魔の訪問回数が規定数に達し、危険を察知して三本木PAで寸分の仮眠を採る事にした。今日は長丁場である。可能な範囲で眠ると言うか、目を閉じて横になっていた。結局30分程横になって少々冴え、先に進むことにした。北を目指す車の量は激減し、東北道最北の給油地、岩手山SAに寄った後、少々肉体的余裕も戻り、戻ったと言うより気合が勝ったと言うべきなのだろうが、1PA分でも先に辿り着いてから纏めて仮眠をと考えているうちに、黒石IC手前の最終SA、津軽SAまで漕ぎ着けることが出来た。既に2時半を過ぎていた。
熟睡して5時の目覚ましで起床した。本当に熟睡か?しかし、周囲は明るく、勿体無い天気である。気合が再び注入された。光合成でエネルギーが蓄えられつつあった。八甲田を寄越せ!悔しかったら追い抜いて見給え!!!黒石ICを下車して国道に入る。前の車両は大型トラックなれど、勝手知ったる十和田道なのか、快走しているので追い越す余地はなかった。しかし、路上に受難あり。
6時前にして酸ヶ湯目の前と道路を挟んだ向かい側の、双方の駐車場にほぼ空きがない状況であった。枠外だが常識を逸脱しない程度のスペースを即座に確保して、6時直前に酸ヶ湯を発つ。数百m先にも駐車場があることを歩き出してから確認したが、こちらも飽和に近い。連休恐るべし。登山口周辺に、あの薄紫の細い花弁が可愛らしいミチノクコザクラを数輪見掛けた。他グループが居て撮影し難かったため、下山後にシャッターをと思っていたのだが、結局のところ撮影未遂であった。しかし、ミチノクコザクラが居れば、間違いはない。今日は天気だ、突き進め!八甲田紅葉中行軍にて、先行くグループをばったばったと薙ぎ倒して進んだ。


仙人池ヒュッテまで到達した頃に、大量のガスの上昇を確認し、早く山頂に到達しないとガスに巻かれて本リベンジが成立しなくなってしまうと心配し、当初、小岳への寄り道も検討されていたのだが、涙を呑んで割愛した。許せ小岳。待っていろ、大岳。雲が立ち込めるには未だ早過ぎるだろうに、、、


風は無情にも強く吹いていた。秋の涼しさなんて暢気に言っている場合ではない。大岳の風は八甲田雪中行軍の風だった。ガスの上に薄日が差す。時折雹のようなものが体にぶち当たった。「凍えそうな、季節に君は・・・」と口ずさむ体力をも奪われてしまう轟風である。何とか薄日に迎えて貰った。地方によっては盆が過ぎれば冬支度が必要だろう。この北風を感じよ。しかし、耳が凍りそうである、、、留まり続けたら凍傷も辞さないだろう。くっきりと晴れ渡るのを待った頃には、著しく体力を消耗してしまいかねない。命は惜しい。旅も未だ始まったばかりだ。心を鬼にして下ろうか。一瞬の津軽半島方面の雲海、日本海 南八甲田の山々も一瞬垣間見えた。

下るに連れ、白い視界が晴れてきた。日本海を見ながら下山!振り返れば山頂は、、、まだ白い。。。とは言いながらも次第にガスも消えていった。山頂は、、、未だ白くあってくれ、、、恐らくアントニオより15分遅く山頂に到着した者は視界良好な展望を縦にしていただろう。。。少々悔しいのだが、天は二物を与えず。明日の鳥海山で物凄いものを見てやろうではないか。八甲田登頂は今日のメインイベントとは言え、道中は長い。幸運を山頂で使い切るとその後の道中で逆襲に遭いかねない、そう言い聞かせて上毛無岱を下って行った。常念は二度行って二度ともガスであった。山頂天気機会均等法に則れば上出来な方だ。




9:21、酸ヶ湯に帰還。6時前より当然状況は酷く、路上駐車も目に余り、律儀な駐車待ちも多く、身動きが取り難くなっていた。アントニオも既に駐車場枠外に止めていたのだが、更に枠を超えてもう1台、ここは常識外であろうという箇所に止められていた。朝日の後に起きてきたハメハメハ族と同じ土俵には立ちたくない。せいぜい、駐車スパンの空くのを待つが良い。売店ではおでんとそばが売られていたが触手も湧かない。予定より2,3時間早い下山なので、鉾立への移動時間に余裕が出来たのが幸いである。途中に何か美味しそうなものを発見したく、酸ヶ湯を後にした。
酸ヶ湯を発ってかなり経過後、ミチノクコザクラを撮影するのを忘れてがっくりしてしまった。。。そして、先ほど見た狸、、、の他、もう1匹も、、、連休で受難なことである。。。合掌。
既にこちらは下山したとは言え、未だ午前9時台ともなれば行楽地へ向かう下り線は交通量が嵩んでいるが、上り線利用のアントニオには影響もなく、信号の少ない国道を快適に進むことができた。
ツーリングマップルにて偶然見つけたユップラに寄る。露天風呂の浴槽が大理石風なので風情は薄れるが、300円とは安い。弱アルカリ性のぬるぬる感は本物だ。トレッキング時間3時間強なれど、筋肉痛から逃れられない年齢ともなれば、マッサージは入念さが要求されていた。お昼時とは言え、穴場でゆったりと過ごすことができて何よりであった。併設食堂には、残念ながらアントニオの琴線に触れるような地場ものメニューを探せなかったため、一先ず辞去することとした。
良い湯だった。大館市街は気温も上がり、未だ夏の様相である。八甲田の拷風に苛まれたのが4時間前とは想像の域を越えている。大館空港の脇を過ぎ、マタギの里へ入った。里とは言え、整備され過ぎているようで、地場のものを食べさせてくれる、何か心の置けないお婆ちゃん経営の食堂の類を模索していたが一向に見つからない。何時の間にか道の駅に辿り着いてしまった。道の駅以外にめぼしいスポットがない。この喧騒。ファストフード店。ここに家族を連れてくれば適当に時間が潰せると考えている貴兄も少なくはなかった。土産売り場は小奇麗で、満遍なく道の駅価格であった。シルバーウィークの昼時だ。何とか馬肉定食を所望したが、肝心の馬肉が新鮮かどうか不明だ。パサパサ感は缶詰モノを髣髴として止まない。2年前、ふきのとうにて馬肉ステーキ第一章を終えてしまったアントニオにとって、ここの馬肉定食は残念ながら力不足で、第二章を始めるには物足りなかった。シルバーウィーク。道の駅だけは騒がしいマタギの里である。
やがて五城目を過ぎ、秋田市街地に近づいて来た。派手な秋田市体育館である。秋田と言えばバスケットボールの能代高校があるか。うぬ、それくらい派手でも悪くはないか、、、土崎臨海十字路で右折してしまったが、臨海十字路とは別の交差点であった。。本物の臨海十字路で右折後は、片側一車線ながらもバイパス的に車が流れているルートだった。この分だと山小屋到着が早過ぎてしまう、、、
道の駅岩城で少々時間を潰す。色々と買い食いの後、空いている第2駐車場に車を移動して仮眠を貪ろうと思った途端、第1駐車場未遂で車が殺到して五月蝿くなってしまった。眠れなくとも数十分は横になっておくか、、、
その後R7西へ戻るにつれ、富士山型の美しい山が視界中を魅了し始めた。鳥海か。明日の山だ。きっちり、みっちり登ってやるから!!明日も天気でいてくれよ!!!
特にR7は道の駅と海浜公園以外に観光客が立ち寄って地場のものを食すことのできる店の類が殆ど見当たらなかったのは残念である。選択肢がないからか、皆、道の駅に群がってしまう。食すのが少々面倒な魚介類は敬遠されがちで1億総肉食獣となってしまう。品々は道の駅価格に釣り上がってしまう。偶に観光に訪れる者が偉そうに、と思われるだろうが、結局は道の駅以外に寄らずにそのような店を見過ごして潰してきてしまった、人類が得るべき代償なのであろう。
時間に余裕があると思い、道の駅にしめにも寄ってしまった。海産物をその場で食べたかったのだが、夕方で軒並み店仕舞いに慌しい店も多く、結局梨を土産代わりに購入して道の駅を辞去した。
夕暮れ時ともなれば交通量も少々増えたが、滞りの感覚を意識しないまま、道の駅象潟に到着した。道の駅には到着したが、道の駅価格未満の夕飯を採りたく、界隈を歩いて食堂を、と模索した。一軒、ホテル併設のそれを発見し、ディナータイムが17時からとの看板を目にしたが、17時になったものの、シルバーウィークにも拘らず開店の雰囲気もなく、仕方なく道の駅に戻ることにした。
レストランに入る。夕飯時混雑の直前に入れたため、待ち時間はなし。地場の焼き魚定食は辛くも売り切れていたが、鯛の甲煮が未だあるとのことで所望した。鯛は頭の部分のみと心配していたものの、杞憂だった。意外や食べられる部分が多くて嬉しい。レストラン眺海の窓外には沈む夕日が美しかったのだが、残念ながらカメラを車に置いてきてしまっていた。日没はあっけなく終焉を迎え、瞬く間に周囲は暗くなってしまった。鯛の甲煮は美味であった。
コンビニで就寝前酒を所望してから鳥海ブルーラインを上った。もう19時にもなろうと言う時間帯に、擦れ違う車、即ち山から下りて来る車が何台も存在したのには面を喰らった。単なる飛ばし屋だったのか。
シーズンは車が犇くとの噂で恐れていたものの、夜の鉾立山荘前駐車場は空いていた。3日前の電話で床を予約できてしまい、「込むから」と脅されたものの、何のことはない、2段ベッドの上段分を1人で使えるとのことで非常に安心した。対面のベッドには、小田原から来た学生風の方とそのお父さんが、就寝前酒中談義であった。どうやら今日、月山をやったと言う。アントニオとは逆回りだ。東名の用賀ICから同じく環8を利用したと言う。早朝出発で道路混雑はなかったようだが、大泉で間違えて関越道に乗ってしまい、所沢で降りて岩槻まで下道利用に四苦八苦したとか。アントニオは笹目通り進入未遂程度だったが、彼等もまた波乱万丈なドライブ生活を送っていた模様だ。息子さんは学生っぽいから、アントニオはどちらかと言うとお父さん世代に近いのだろうか。富士山山小屋の芋洗い談義はお父さんしか判らず仕舞いだったが、21時頃には気絶していた。
4時半のタイマーで目覚め、支度をする。丁度親子も1Fで軽食を採っていた。聞くところによると、どうやら1F部屋は宴会グループメンバーと同じ部屋だったお父さんは騒がしくて寝られなかった模様。合掌。申し訳ない、アントニオは快適な山小屋就寝生活を送れたのだが。

5:00、鉾立出発。今日は天気だ、朝焼け燃える!!!ファイヤーッ!!!!!今日は9時間強のコースで先は心配ではあったものの、そんな心配を宇宙の彼方に運び去るような抜群の展望の中を進んだ。この天気、勿体無い!!!!!!!早起きは4096文の得である。登山口からすぐに東雲荘を左手にし、また暫くして展望台を見つけた。燃える太陽。振り返ればブルー。既に素晴らしい展望だが、ここで満足する訳にはいかなかった。水場は軒並み枯れていた。下り時には膝を壊しそうで辟易したが、石畳の上り道を、チョウカイフスマの誘いと太陽の万有引力のなすがままに引かれて進んだ。
賽の河原と言えば、不幸の報いで苦を受ける場所とのネガティブなイメージはあるが、この好天中に苦を受けている余裕はなかった。山頂を目指せ、目指すのだ。
御浜小屋はシーズン営業を終えてひっそりとしていた。さて、ここから鳥ノ海南岸を回って往路では扇ヶ森を回避しようと計画していた。 しかし、山頂が呼んでいるため、往路の所要時間を短縮すべく、扇ヶ森を経由して進んだ。数人、前夜小屋泊のハイカーと擦れ違う。今日、先に鉾立を発った者は何人ほどいたのだろうか。御田が原から月山、朝日連峰、白神、八幡平などの展望が広がっていた。いや、この程度で満足してはいけない。
七五三掛けから千蛇谷方面へ進む。辺り一面、1,2ヶ月前であれば花々の大博覧会が繰り広げられていたことであろう。次のシーズンはより計画的に博覧会場を巡りたいものである。
自分の脚が速いとは言わない。ただただ、山頂引力に負け越しているだけなのだ。南側、行者岳稜線沿いには前夜小屋泊組の多くが日本海を目指していた。うぬ、急げ。
瞬く間に御室小屋前に到着したのだが、7時過ぎだと言うのに小屋泊組み数十名の残党が未だ準備体操に明け暮れているではないか!!!時間が勿体無いと思わないのか?アントニオはもう此処まで2時間も準備体操をしてきたのだぞ!!!お主らはそのうち太陽に見放されるぞ!!!!
最後の上りだが、大きめの岩だらけであった。グループなどで上ると大渋滞が発生しそうな場所であった。幸い、アントニオの前には若干1名が見える範疇にいただけで、彼も実際は途中で追い抜いたのだが、岩岩の間を慎重に自分のペースで上ることが出来て幸いであった。


7:48山頂。月山、白神、岩手、秋田駒、早池峰、八幡平、岩木、八甲田連峰、朝日連峰、飯豊連峰、男鹿半島、飛島、、、絵本を開くと、海が〜、海が〜、開ける〜、、、絵本の中に居た。絵本の、ど真ん中に、居た。絵本の中にはおもちゃが一杯だ〜、、、
山頂より北側に、数m程度低いと見られるが、もう1つピークが存在した。山頂碑の類はなかったが、可愛そうなので鳥海2号と命名することにした。 2号の名も哀れかも知れないが、名無しよりは良いだろう。2号の方が海に近いのだ。この距離にして、最高峰新山に対し、こちらが旧山と言うのも当てはまらないだろう。2号へは白ペンキの道標がないが、新山登頂の出来る人にとっては難しくはない。新山が込み過ぎていたら退避するのに便利かも知れない。そこまで混雑している山は御免だろうが、、、


新山と2号からの展望を満喫し、千蛇谷を囲む山頂群の対面側に渡り、七高山から行者岳、伏拝岳、文殊岳の存する稜線を、ハッスルしながら歩いていた。今日のロングコースを既に半分クリアしてしまっているのだ。しかも未だ8時そこそこなのである。


しかも、トラバース道を行かずに態々稜線越えルートを少々スピードを上げて歩いているうちに、行者岳付近での下り途中で着地に失敗し、両腕を擦り剥き、腰を強打してしまった。流血してしまったが、消毒液を満遍なく塗布し、ありったけの絆創膏を貼って応急処置とした。腰が痛い。。。擦り剥いた腕も然り、、、好天で下山中で気を抜いた罰が当たったという事だろう。ハッスル魔多し。

小屋泊組みをバッタバッタと薙ぎ倒して追い越す勢いはハッスル裂傷後に潜めたものの、気持ちの良い山行である。御田が原から往路に未遂した鳥ノ海南岸を行く。9時間強のコースを速めに繰り上げられたとしても、エネルギー消費も馬鹿にならず、既に消化試合モードとなっていた。南岸から御浜小屋への上り返しが少々堪えた。御浜小屋からの石畳の下りにも膝が鳴いていた。遠く鉾立の山荘が見えたり隠れたり、、、地球の重力の赴くまま、惰性で下った。


11:30、喧騒の鉾立に戻る。アザミも色々あるようだけど、枯れかかりと思って撮影未遂だったのだが、チョウカイアザミなる特異種が存在していたことを帰宅後に発見し、項垂れざるを得なかった。しかし、シルヴァーウィーク酣ともなれば、この喧騒は仕方ないか。登山客でなく、観光客が空き駐車スペース探しに躍起となっており、非常に見、聞き苦しい。アントニオが山荘を発った5時頃にはまだまだ駐車スペースに十分余裕があったと言うのに。悔しかったら早起きし給え。
山頂食堂に見る地場ものとしては、由利牛利用のものを見かけたが、肉食獣等と一緒にされたくはなく、何も食わずに辞去を決めた。
ブルーラインを下る。爽快、爽快。日本海は未だ夏の様相であった。下界に降り立ったすぐに道の駅が存在し、此処にも肉食獣が蠢く中、サザエとイカの串焼きを所望した。
すぐ先の角のコンビニでアイスクリームを所望した後、海岸に近い国道7号線を逸れ、内陸を目指す国道345号線へと入った。先程道の駅で串焼きを2本口にしたので昼飯としては仰々しいモノは不要と思っていた矢先、ジャスコが視界に入り、298円弁当を口にした。うぬ、米は米処のかも知れないが、他のおかずは298円弁当のそれとしか思えない味だった。止めればよかった。
気を取り直し、温泉へ向かう。今日のゆりんこも穴場であった。確かに昼過ぎの中途半端な時間帯だったとも言えるが、茶褐色泉の湯温もよろしく、400円でこれだけとは大満足であった。気楽な露天風呂で小学生も泳いでいた。。。湯上りのたわわアイスクリームも美味であった。ラッキーだった。
図書館で借りた山形県都市詳細地図内に、こばえちゃラインの文字列を発見していた。それまでは下道では複雑そうに見えたため、山形道を利用しようかと迷っていたが、この広域農道は快適かも、との憶測が広がっていた。途上、漬物の里を見つけた。山形県産の各種漬物だけに留めておけば良いものの、秋田産のいぶりがっこまで置いていた点で激しく幻滅させられた。自分の武器で最後まで勝負すべきではなかったか。打ちひしがれた気持ちを払拭するため、だだちゃ豆ソフトクリームを所望してしまった。本日、アイスクリーム3品目であった。夏の山形路であった。いやはや甘みが殆どなく、美味しい大人のソフトクリームであった。やればできるではないか!!!母屋外の小屋に混ぜご飯?釜飯?の売り場が存在したが、炭水化物摂取過剰と判断して断念した。
国道112号線へのルートが当初は複雑だと思っていたが、こばえちゃラインがすんなり導いてくれていた。温泉にも既に寄ってしまった。後は晩飯食べて寝るだけである。国道112号線は交通量が多かった。多少込んでくれていた方が時間潰しになるので歓迎だった。月山花笠ラインは元々山形道相応のルートとして建設されたのであろうと思う。月山ICから南側の山形道も暫くは片側一車線区間が続くのだから、そのまま有料扱いにしてもよかったと思うのだが、何故この区間だけ無料になっているのかが不明である。確かに旧道と言うべき、R112は少々難儀なルートなためか、北側区間からの合流車両も集中し、車の流れが緩やかになった。どうせ数分で今日のゴール地点に到着してしまうのだ、焦ってはいけない。
やがて月山ICを過ぎ、高速道と袂を分かった。ツーリングマップル記載の道の駅の場所が間違っているのか、中々辿り着けない。やっぱり温泉館のすぐ手前であった。地図中の温泉の場所は正しかった。17時台ではあるが、就寝のための駐車場所を探した。芝生地帯にテントを張っている兵もいた。
月山銘水館を訪れる客の面々で、どう見てもドライバーらしき方も多いのだが、後ほど氷解した。アントニオと考えることが同じだったのである。或る者は道の駅の芝生地帯にテントを張り、準備を怠っておらず、或る者はボンゴフレンディにて折り畳みベッドを広げるなど、みな、どうやらこの道の駅で夜を明かす算段だったのである。辺りはすっかり暗くなった道の駅の駐車スペースには、30台を越えるビーラーファミリーの車が集結していたのであった。アントニオは地場の幸の乗った定食と、ミュンヘナーをピッチャーで所望した。残り2酒がヴァイツェンとピルスナーで、力不足(笑)だったためである。
車に戻ると、隣の車の脇では屋外BBQが繰り広げられていた。道の駅でそこまでするかね、、、チキチータ道の駅にしかわであった。
夜が明けた。昨日の天気予報でも曇りであった。星は見えない。4時台に起床して支度を済ませ、月山に向かう積もりで一旦車を西へ走らせた。IC付近で旧道に逸れて暫く進む。ガスの晴れそうな気配はない。i-mode圏内に入ってから天気予報を確認した。雨かもしれない、と。既に心中半分は、渋滞に巻き込まれる前にさっさと帰京してしまうべしと考えていた。折角の遠出で勿体無い、との考えは余りない。終わりよければ全てよし、としたい。
(完)

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

付録:
山旅・麦旅アドバイス
・酸ヶ湯の駐車場は午前6時程度で満車に近い。
・八甲田山域強風の場合は凍傷の危険あり。
・土崎臨海十字路と臨海十字路は別の交差点。
・鉾立山荘は相部屋になっても1ベッドを複数人で共有ということはなし。
寝具あれば1370円。食材等は下界で調達すべし。