不定期連載 陸道をゆく 話数知らず 05/03/20 荒川市民マラソン大会 【空色の人生】 3/20(日) 庵庵…鴨居〜菊名〜渋谷〜浮間舟渡 …板橋スポレクスタンド…総武線の陸橋付近 …板橋スポレクスタンド…浮間舟渡〜赤羽〜南浦和 …みなとの湯…寿司文−浦和〜赤羽〜渋谷〜菊名 〜鴨居…庵庵 −:車、…:歩き/走り、〜:電車 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 昨年が如く一月前から宴会を断った。だからと言っ て思うように練習も捗る訳でもない。昨年12月末 に大雪後の丹沢で辛酸を舐め、1月末には未だ雪 深い奥多摩にジョギングシューズで赴いてはまた 辛酸を舐め、2月中旬の妙高クロスカントリーで は大深雪に埋もれて辛酸を舐め、冬場の山に辟易 し、何時しか遠避けていた。だが、そろそろ山に 戻らないと免疫力も落ちると思い、本番一週間前 に高尾山をやった。久々の山に体中が疼く。今日 の富士も容姿端麗だ。雨上がりで少しは其の飛散 量が抑えられていたとは思ったが、飛んで火に入 る春の虫、一気に今迄経験の無かった病を患って しまう。余りの苦しさに当初の11時間コースの予 定を切り上げ、このアントニオが7時間程度で断 念せざるを得なかった程の辛さであった。「予防 接種」程度の積もりだった。だが花粉取りが花粉 だ。嗚呼、俺も普通の人に成り下がってしまった のか。 時に、年度末で業務も書き入れ時である。終電帰 宅も多い。土曜もオフィスに赴くこと屡、コンディ ションが良い理由はない。だが、IT業界の端くれ の者としてやれることはやっているような自負は ある。やった。やったさ。本物のアスリートなら ば土曜出勤なぞしないだろう。人のために走るこ とは難しいが、人のために別のことをしながら走 ることは出来るだろう。 そして、昨年越えられなかった4時間の壁。今年 こそ越えたかった。4時間に甘んじる者の風除け にはなりたくはなかった。先月からの風邪っぴき で練習も滞り勝ちだ。土曜か日曜に休憩を交えな がら延べ3時間を越える程度が関の山であった。 其れを越えると膝を痛めてしまう。膝を護るには サポーターが必要だが、長時間着用すると被れて しまうのである。もう少し早くから体重を絞るべ きだったとは思う。アスリート失格のコンディション だった。 前日、体を十分に休める意味も含め、市内のスー パー銭湯に赴く。混雑を嫌って14時前に風呂を浴 びる。強いて言えばもう少し温めで湯当たりせず 長湯の出来る浴槽が欲しかった。塩サウナにも寄 り存分汗を流して、さて、どうするか。昨年は知 人のアロママッサージに大変世話になった。今年 は全くご無沙汰で、今日くらいは奮発しても罰は 当たるまいと、併設のマッサージルームの最長時 間のコースを選択した。仕事疲れで上半身のツボ はボロボロだろう。肩、頭、首の至る箇所が軋ん でいた。予想通り、壊れていた。おまけに脹脛や 大腿の疲労も全く癒えていなかった。粗全身のツ ボが凝り固まっていた。大会は今日の明日である。 コンディションは最悪か。花粉症も抱えていた。 だが、体を張って仕事をしてきた自負があった。 明日は仕事を忘れ、存分走ることに専念したい。 食べ物はどうするか。似非カーボローディングの ために月曜昼から木曜夜まで炭水化物摂取を控え てきた。エネルギーが瞬く間に枯渇する。やって みんたいと解らないダイエット法だろう。そして 今日は存分炭水化物を吸収しよう。朝は暫く我慢 していた行き付けの焼き立てパン屋でフェイバリッ トをチョイス、昼は駅近くのインド料理屋で風味 そそる野菜カレーの美味さに感動した。夜はマル エツのコロッケが食いたくなって出掛けた。揚げ 物全品30%引きタイムだった。並んだレジのレジ 係が初心者で、何度も打ち間違えが続いた挙句、 アントニオが将に支払いをせんと欲した時、売り 場係から50%引きの札が到着してしまった。にも 拘らず、初心者氏を隣で見守るベテランレジ係氏 は毅然としてアントニオから30%引きのまま代金 を徴収した。明日の運命を髣髴とさせる一コマで あった。否、此処で少々苦虫を噛み潰していれば、 明日は五月晴れかも知れない・・・ 此処一週間は風邪続きのため、夜間掛け布団一枚 運動は諦めて毛布を利用することにした。一時は もう利用しないだろうと思って新潟に送ろうかと 思ったのだが、マフラー貸してクシャミ連発ダメ な人にはならずに済んだ。新潟に毛布を送らない で正解だった。私は決して神ではないのだ。 前夜は余計な程栄養摂取を試みたが、残念ながら 風邪は癒えていなかった。ただ、目覚ましできちん と起床出来ただけラッキーと思うべきか。昨晩拵 えたお握りをレンジチンし、Dバッグに色々と武 器を携え、決戦に向けて旅立つ。横浜線内に早く も敵を発見し、緊張感が漲る。東横線に乗換える と敵も増殖したが、アントニオはジーパン姿で平 静を装いながらお握りを貪って気を落ち着けた。 フルマラソン出走4時間前には食うべからずと言 われているが、俺は素人だ。けれども既に出走ま で2時半を切っている。食うべきは早く掻っ込め。 渋谷の埼京線ホームに至っては会う人会う人ジャー ジマン、犬も歩けばジャージマン、一寸先はジャー ジマンの群れであった。連休中日の朝7時台にし て異彩を放つ、ジャージマンよ。浮間舟渡駅は前 回利用しなかったため状況差は不明だが、朝の7時 台にしてホーム、階段、精算所、改札に溢れるば かりの賑わいだ。精算所が麻痺している。マラソン ランナーにSuicaは無縁なのか。今回は通勤もな いお年寄りや主婦達のための大会なのか。Suica を持たぬ者はきっと俺より練習時間が豊富だった ことだろう。貴方方のために、元旦の川崎大師平 間寺本道並みの芋洗い状態に巻き込まされるのは 遺憾だ。改札を抜けた後も99%の者が送迎バス乗 り場に殺到していた。お主等、本当にランナーな のか。会場まで15分も歩けないのか。そんな奴等 には負けたくはない。 予想外の駅の人間渋滞に多大な時間を蝕まれ、受 付後、ゼッケン貼り付けと着替え、荷物預けとト イレだけでスタート5分前になってしまった。確 かに出走前に斯くも慌しいと、緊張感高騰による ダメージの蓄積もなかったのが幸いかも知れない。 ただ、スタート地点へ並ぶのも遅れ、やや後方に 甘んじるしかなかった。ゼッケン裏の赤外線チッ プで真のスタート時刻を計測してくれるから安心 だ。ところで、ホノルルマラソンは赤外線チップ を利用していなかった筈だ。今迄何分損していた のだろうか。。。思いを巡らすうちに号砲が鳴っ たのが何時だか不明なまま、列が前に進んだ。荒 川オーロラビジョンに我が姿が映る。当然ながら ハンセンウィーーーーっ!の雄叫びだ。オーロラ ビジョンの計時に寄れば号砲4分後にスタートラ インを踏めたようだ。それにしても芋洗いだ。大 会第2回目にこの芋洗いに辟易して3回目以降の大 会参加を見合わせて久しかったのだが、1万人は 多過ぎる。でも青梅や河口湖より数段ましなのか も知れぬ。思い描いたペースで進めない。困った。 今日は時計を持つことを諦めた。持って何の意味 があるのか。時計を見て気を緩めることはあれど も、気合を引き締めて速度を上げたくとも其の頃 には肉体が言うことを聞かない状況に陥っていよ う。走行中の手荷物軽減のため、今日は時計は辞 めた。コース上のストップウォッチに身を委ねる しかない。 序盤から体が重い。昨日のマッサージ具合は芳し くないとは言え、足腰には特に支障は感じてない が、ランナーが感ずるべく軽快感が身上を一向に 訪れない。何時ものことさ、10分20分走れば身軽 になれるさ、そう信じながら数珠繋ぎのスタート 直後を小走りした。気温はそう高くはない。走る には悪くはない気候か。若干風が強めだが、環境、 外的要因による失速の弁解は利きそうもない。何 故だ、体が軽くならないのは何故だ、、、結局、 其れなりのことしか出来なかったのだ。心掛けか? そんなには悪くはなかったと思うぞ。日頃の行い か?そんなには悪くは無かったと思うぞ。ただ、 今年は例年に無く花粉飛散量や降雪量が多かった のだ。確かに今年の我が花粉対策は甘過ぎた。振 り返れば襤褸が出る。弱ったのか、弱らされたの か。昨年の自分より弱くなってしまったと言うの か。昨年以上にやってきたことはあるぞ。今年は 今年の風が吹く。見上げれば東北線の高架橋に成 田エクスプレスだ。ん?てことは、我々はもう一 度成田エクスプレスの通り道を潜る筈だ。このルー ト、時速20km程度で疾走出来れば大宮発着の成田 エクスプレスより先回り出来るではないか!強ち 人類の不可能な挑戦ではないのだが、其れくらい のことが容易に出来ていれば北京への切符入手も 難くは無かろう。花粉症が愚図る最悪のパターン は回避しているのだが、体が軽くはならなかった。 でも空は徒に青かった。ゴールを夢見、完走後に 何を食おうか思案する余裕はなかった。重さに苦 しみながらもフラット走法を貫く。フルマラソン 時には命の次に大事な膝を護らねばならない。何 処までこの調子で足掻けるのか。若きジモティが 奏でる沿道の和太鼓には申し訳ないが、空元気し か分け与えて貰えなかった。腸子も今一つ、トイ レには2度も寄るが身が軽くなったのか???と疑問 符が3つ程癒えないまま、荒川沿いを南下するし かなかった。例年貪った給食所のクリームパンに は全く触手が湧かない。昨年膝は十数キロしか持 たなかった。今年は何処まで騙せるのか。サポー ターの威力や如何に。 膝痛は免れているのだが、何時しかフラット走法 の煽りで代わりに足の付け根に不用意な負担が掛 かり続け、痛みを感じ始めた。あと半分はある。 大澱筋を今日は捨ててでも膝を護り切るのか!?心 を鬼にして鐙踏ん張り立ち上がり、心中で「気合 ダーーーーーっ!(c)アニマル浜口」と雄叫びを上 げながら脚に鞭を打つ。時折登場する計時板に一 憂こそすれども一喜することはなかった。否。4時 間まで後あれだけ時間が残っているのだ。思い直 すしかない。大澱筋が次第に言うことを聞かなく なってきた。膝は未だ健全だ。ううむ。肉を切ら して骨を断つ前に、肉を切らせ過ぎたようだ。何 れも走ると言う行為には必須な器官だ。練習が甘 かったのだろうか。もっと真剣に普段からフラッ ト走法を意識していれば、今日初めて大澱筋の痛 みを味わわずにケアの準備が出来ていたことだろ う。人は体験をしなければ理解を深められない。 足の付け根の痛みは重く圧し掛かり、4時間の壁 を厚くした。走神は存在したのか。過ぎたるは及 ばざるが如し。膝は3時間走行を終えて尚健全で あった。其の膝が為に、大澱筋を犠牲にした。五 体満足でゴールしようなぞ、生温いのだ。大澱筋 の痛みを今日まで知らなかった。どうスパートを 掛けるべきか。スパートを我慢しているうちにサ ポーター上位の大腿に痙攣が襲う。膝は無事なの だ。ゴールは確かに近づいていると思いながら、 毎回35km過ぎに感ずる長い道程の途に平伏す。痙 攣を抑えるにはサポーターを外すしかなかろう。 立ち止まり、膝部を覆うサポーターを足首側に裏 返してずらす。すると、通りすがりのランナーか ら「大丈夫ですか」と心配げに声を掛けられた。 「大丈夫ですよ」と明るく返したのだが、何故心 配されたのか、ゴール後に発覚した。長時間に亘 るサポーターの締め付けで擦り切れ、数センチに 渡って膝裏で流血していたのである。大腿の筋肉 が言うことを聞かない。止まりたいが止まれば足 が攣りそうだ。走るも死、止まるも死。ゴールが 遠くなる。此処まで膝を庇う必要があったのか。 痙攣と攣りの狭間でもがきながら、賭けに出る。 残り数キロをスパートした。少しでも力加減を誤 れば御臨終だ。でも遠退く4時間、、、確かに2度 トイレに寄り、後半数回給水所で小休止した以外 は殆ど走り続けたのだが、其れでも4時間で足が 出てしまうことになろうとは、、、大会参加申し 込みをしてから21回の練習。一月間禁宴。数週間 に亘る食事調整。其れだけやれば十分ではない。 努力をすれば必ず報われる訳ではない。然し、報 われた人間の背後には必ず努力が存在した筈だ。 あれだけ歩かずに4時間切れないなんて、俺には 是以上望めないのか。引退の2文字がちらつく。 歓声の沸き上がるゴールに突っ込んだ。時計は4時 間5分頃を回っていた。あと1分。1分の壁は厚い。 あれだけの努力は8分程度にしかならなかった。 8分も、なのか。大腿と膝のバランスさえ何とか なれば、何とかなるのか。1分の壁を叩き割るに は血の滲む努力がまた必要だろう。両膝を堅守し た代償は尋常ではなかった。左膝裏の切り傷のみ ならず、右膝裏の被れが完治するのは一月先だろ うか。フルマラソンと言う地雷原に足を踏み入れ もがきながら、また数ヶ月後には別の地雷を探し ているのだろうか。 ゴール直後、失われた水分補給のため生ビールサー バに吸引され、赤外線チップを回収箱に戻すこと をすっかり忘れていた。今年も4時間を切れなかっ た。もう少し頑張れば良かった。もう少し?頑張 れた?全力ではなかったのか?其の時の全力を出し 切ったのではなかったのか?全力だろ?出しただろ? 全力でやれば全て思ったことが実現する訳ではな いだろう?全力の結果だろ?スーパードライは幾多 の無念を凝縮して喉元を過ぎ去って行く。涙が落 ちそうだ。夢はまた潰えた。見上げる空は未だ青 かった。仕事もサボらなかったじゃないか。毎週 2,3時間は走ってたじゃないか。腸子は仕事疲れ で万全ではなかったのだから仕方ないじゃないか。 青い空は僕を肯定してくれたように思う。誰かに 肯定して貰いたかった。4時間、辛かった。今迄 やってきたことは役に立ったのか。身も心も痛い。 この複雑な心境を嘲笑うような変わり映えのない 露店の品揃えと人集りは無用だ、両脚を引き摺り ながら会場を去ることにした。確かにフルマラソン のダメージは大きいが、其れでも駅まで無料送迎 バスに長蛇の列を作ってまで乗りたいのだろうか。 貴方達はランナーではなかったのか。浮間舟渡駅 上りホームには未だジャージマンの群れである。 一刻も早くマラソンのイメージを忘れ去りたいの だが、空いている下り電車で乗り換える武蔵野線 の客層を思い起こすと更にダメージが深める可能 性があるため、一我慢して上り電車に飛び乗った。 赤羽で大分散った。南浦和まで一緒になったジャー ジマンは皆無のようだ。改札を出てスーパー銭湯 を目指す。両膝裏に湯が沁みる。今日のマッサー ジは不要だ。この勲章とも言うべき筋肉痛を早急 に癒す必要性は皆無だ。マッサージ代は寿司代に 組み換えだ。 湯上りでぼーっとしながらサラダを摘んでビール を飲んでいると寿司屋の後輩から電話が来た。17時 から営業しているとのことだ。18時頃に赴くと伝 え、この脚で約2kmを歩けば適当な時間帯に落ち 着くだろうと、敢えて隣駅まで歩くことにした。 引き摺る両脚はフルマラソン完走賞だ。勲章だ。 とさいたま市民に見せて進ぜようと思う程の人通 りのある通りは通過しなかったが、長い道程に気 持ちだけは何時の間にか浄化されていた。寿司屋 も連休中日の夜と言うことで、家族サービスのた めの注文も多く、板前さん達は忙しなく握りを量 産していたが、其の合間を縫って刺身盛りや罐焼 きなどを拵えてくれた。懐かしい味だ。42km、頑 張った甲斐があった。握りも上々だ。仕方ない。 今回出来なかったけど次は頑張るか。課題は見え た。命懸けだが、命をまた懸けてみたい。フルマ ラソンは過激な運動なのさ。また、地雷を探しに 行くか。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 後日、正式タイムをネットで確認して驚愕した。 昨年は、4時間9分23秒、10566人中4509位であっ た。今年は、 10755人中3673位、 そして、走行時間は、 4時間0分40秒 であった。40秒。敢えて全角文字表現にしたい、 40秒。人は40秒でどれだけトイレ内の作業を 進められるのか。人は40秒でどれだけ水が飲め るのか。人は40秒でどれだけブドウ糖を摂取で きるのか。人は40秒でどれだけ筋肉鎮痛剤を太 腿に擦り込めるのか。人は40秒でどれだけ屈伸 できるのか。そして、 人は40秒でどれだけ進めるのか。 人生は自分の意思に反して大きく狂わされること は殆どない。狂わされて前日になって全身がボロ ボロだったのか。本当に狂わ「され」たのか。鷺 沢萌曰くの「バラ色の人生」ではなかったのか。 40秒に泣いた空は青かった。 (完) ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 付録: 陸旅アドバイス ・ハーフパンツはポケットは大きいが冗長。 大腿に水を掛けて冷やすなど、思い切ったことがやり難い。 ショートパンツにするか、寒さが気になる人はドライラインの ロングパンツにするか。